結婚はするけれど想い人は他にいます、あなたも?

灯森子

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第七章

再び始まった結婚生活

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会談の翌日、そろそろ朝食を食べ終えるかという頃、レオンがエレノアを誘った。
「このあと、弓の練習をしてみないか」
「はい、ぜひ」
エレノアは目を輝かせた。

子どもの頃、エレノアは兄たちが鍛錬しているのを、いつも退屈に眺めているだけだった。女だという理由だけで、弓を持たせてもらえなかった。けれど、ずっと弓を射てみたいと思っていたのだ。

部屋へ戻ると、さっそくメイドのアンナとケリーに着替えを手伝ってもらう。
エレノア自らデザインした乗馬服は、弓を射るのにも動きやすく適している。
着替えを終えて訓練場へと向かうと、レオンは先に来て準備をしてくれていた。

「まずは、見本をみせよう。」
美しい横顔に凛々しい立ち姿でレオンが弓を構える。戦場を駆け回る騎士というよりも、しなやかな雄鹿を狩る狩人と言った方が似合う。

絵になるわね。敵兵も見惚れちゃって戦意喪失するんじゃないかしら。

そんなことを考えて、気をとられていたエレノアだったが、突然、大きな音がして我に返った。

シュッ、バン!

レオンが的を射たのだ。矢は見事に中心を貫いていた。
「すごいわ。」
思わずエレノアは手をたたいて感嘆した。


「弓は目の高さで構えて。まっすぐ引いて、狙いを定めて。」
レオンの声に合わせて構えるが、思ったよりも弦がかたい。エレノアが弓を引くのに苦戦していると、レオンが後ろからエレノアを包み込むように立ち、弓矢に手を添えてきた。

レオンの力を借りて目一杯、弓を引く
「胸を張って、お腹に力をいれて。」
「はいっ。」
「離すぞ。」
矢は緩やかな放物線を描いて飛んでいき、かろうじて的にとどいた。

「当たったわ!」
エレノアは満面の笑顔でレオンを振り返った。
レオンの顔が触れそうなほど近くにあり、恥ずかしさに固まってしまった。

レオンも不意打ちをくらったように、目を見開いたが、それは一瞬のことで、すぐに柔らかく微笑むとエレノアの髪をそっと撫でて言った。
「よかったな。腕の力がつけば、もっと上手くなる。」
「そうね!狩猟祭までに頑張るわ。」
「うーん、それはどうかな。」
「なによ、無理だって言うの?」
「はは、どうだろう。」
「もう!ひどいわ。」
レオンはぷんとすねるエレノアの髪をまた優しく撫でた。



昼食はレオンとは別々に部屋でとることにした。
処理してしまいたい書類がたくさん残っており、夕食までには片付けてしまいたかったからだ。
仕事に没頭していたエレノアは、ノックの音で夕方になっていることに気がついた。
「どうぞ。」
アンナが扉を開けると、使用人が立っていた。レオン付きの小間使いだ。

「レオン様は外出のため、エレノア様は先に夕食を済ませるようにとの言伝です。」
アンナがエレノアを振り返る。エレノアが頷いたのを確認して、アンナが使用人に了承を伝えると、使用人は一礼して去っていった。

エレノアは、夕食は一緒に食べるものと思いこんでいたため、拍子抜けすると同時になんだか恥ずかしい気持ちになった。
朝方、弓を教えてもらっていたときは、ロゼンタールを離れる前よりも親しくなれた気がしていたが、それは、レオンが気を遣ってくれてたからだろう。
おそらく、別れましょうなどという手紙を送っておきながら、のこのこと公爵邸に戻ってきたエレノアが気まずくならないように。

それをわたしったら、なにを期待して‥。
‥期待して?‥なにを?
いいえ、優しさに甘えてしまっただけよ。

エレノアは、ぶんぶんと否定するように首を振ると、赤くなっているのをアンナに悟られないように両頬をおさえた。



「エレノア様が戻ったばかりだというのに、行き先も告げず出かけるなんて。」
夕食後、寝支度を手伝いながら、ケリーがぶつくさとぼやいている。もともとケリーはロゼンタールのメイドだが、今ではすっかりエレノアの味方だ。
アンナも言葉足らずなレオンに、歯痒さを感じているものの口には出さない。

「仕事なら仕方ないわ。明かせないこともあるのでしょう。」
そう、いくら近くに感じても、私たちはなんでも話し合えるような、愛し合う夫婦とは違うのよ。

「そういうものでしょうか。」
ケリーは納得できないと言ったようすだ。
「わたしだって、ポリニエールの内情はなんでも話せるわけじゃないもの。」
エレノアは、なんてことないというように明るく答えてみせた。
「それはそうですけど、なんだかすっきりしないんです。」
着替え終わったドレスをたたみながら、ケリーが口を尖らせる。
エレノアは、もうこの話を終わらせたいと思った。
「ケリーはいつも心配してくれるのね。ありがとう。」
そう言って、エレノアはケリーに抱きついた。
「きゃあー、エレノア様っ。」
ケリーは驚きながらもうれしそうだ。

「さあさ、あしたも弓の稽古をされるんですよね。もうお休みにならないと。」
アンナがふざけるエレノアをやれやれと嗜めた。
「はーい、おやすみなさい。」
エレノアがおどけてベッドに入ると、メイドの二人は灯りを消して出て行った。
「おやすみなさいませ。エレノア様。」



それからも度々、レオンは夜に出かけて行った。
そして、いよいよ王宮に出仕するという前日、緊張で夜遅くまで眠れなかったエレノアは、馬車の音に窓の外を見た。
ちょうど正装をしたレオンが馬車から降りてくるのが見えた。


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