君が残してくれたものに、私は何を返せるだろう。

加藤やま

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第59話 つばめの恩返し

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 ……と、まぁここまで長々とピアノの応援をしたけど、実は僕は森野さんにピアノがなくてもいいんじゃないかとも思ってます。なくてもいいといったら語弊があるか、その…ピアノに限らず森野さんの全部を応援してるっていうのが正しいかな。もちろん、大好きなピアノでプロになって成功するっていうのを1番に願ってるよ。でも、それだけじゃなくって、ピアノじゃなくても森野さんが好きになって夢中になったり、他に真剣に取り組めるものができたりしてもいいんじゃないかってこと。その好きなもので森野さんが幸せになってくれたら、それで十分です。
 ……本当はそれが僕で…森野さんを幸せにするのが僕だったら良かったんだけど……もう、それは、ね……だから、何でもいいです!ピアノでもいい他のことでもいい…誰か好きな人ができたとしても、って言っててお腹がよじれそうなくらい苦しいけど。でも僕がいなくなってからの人生で森野さんを縛りつけたくないから、きっといい人を見つけて熱い恋愛をしてください。そして、幸せな家庭を築いてください。そして、パートナーの人とか子どもとか孫とか友達とか仕事仲間とか、たくさんの人に囲まれて人生を生きて、たくさんの人に見送られて最期を迎えてください。
 とにかく、森野さんが幸せになってくれることなら何でもいいです。君の幸せ、それが僕の唯一で1番の願いです。
 あー、というわけで、僕からのメッセージは以上です。それじゃ。」

 山石君のメッセージの回想が終わるとともにピアノを弾き終え、視界を遮っていた涙を拭って改めて周りを見渡してみると周囲に人だかりができていた。急いで鍵盤の水滴を拭き取ってから立ち上がる。それと同時に、聴衆からは拍手が沸き起こる。笑顔で拍手に応えていると、1人の男性が近づいてくる。空港に来てからずっと探していた人が向こうから見つけてくれたみたい。
「つばめさん、そろそろウィーン行きの便の手続きが締め切りになりますから急ぎましょう。」
 世界的ピアニストでコンクールの時に話しかけてくれたソンユン氏のマネージャーさんが聴衆をかきわけて移動を促す。こっちが探してたのにいつの間にか立場が変わっちゃってる。
 促されるままに搭乗口に向かう間、さっきまでピアノを聞いていた人たちが口々に褒めてくれた。声を掛けてくれる人たちに挨拶しながら、ふとポケットに手を差し入れる。そこには、例のスマートフォンを仲間に入れたお守りがずっしりとした重さになってポケットの中を占領していた。
 ありがとう、山石くん。私、向こうに行っても頑張るね。私も山石くんのおかげで人生が変わったんだよ。感謝しなきゃいけないのはこっちの方だよ。このお返しはこれから弾くピアノの音に乗せるからね。世界中で山石くんと一緒に作ってきた音を奏でて、君がいた証をいつまでも響かせるから。きっと見守っててね。
 お守りを強く握り締め直し、ウィーンに飛び立つ飛行機に乗り込む。
 夏の始まり。晴れ渡る青空には、わた雲が一つ浮かぶだけ。それに向かってつばめが一羽、真っすぐ上に飛び上がっていった。
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