転校生とフラグ察知鈍感男

加藤やま

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文化祭

第5話 メイド服が置いてある教室からゴソゴソ聞こえると…

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 学校に戻る頃には日が傾き始め、準備のために残っている生徒もまばらになっていた。ひとまず買ってきたものを教室に置きに行くが、言っていた通り誰も残ってはいなかった。
「ふぅ…意外に重くて大変だったけど、何とか無事帰って来れたね。」
「ほとんど持ってたのは俺だけど。」
「確かにそうだ!感謝してます。この通り!」
 アリスがおどけながら手を合わせてくる。美少女はこういう時もおどけるだけで許されてしまうから世の中不公平だ。
「それにしても、まだ雑然としてるね。ちょっと片付けしてから帰ろうか。」
 アリスの言う通り、じゃんけんの後みんなそのまま帰ったらしく、飾りの材料などが出したままになっている。今でもかなり遅くなってしまっているが、このまま帰るというわけにもいかない。
「ちょっと準備で遅くなるって家に電話するから先に片づけててもらっていい?」
 アリスに声を掛けてから廊下で家に電話する。母親が出たが、文化祭準備で遅くなると伝えるとあれこれ質問してきて、しまいには雑談までし始めたので予想以上に長引いてしまった。さらに、電話しながらだとなぜか歩いてしまうという人間の謎の習性によって、教室棟の端にまで来てしまった。急いで長話に区切りをつけて教室に戻ると、掃除ではなさそうな服が擦れるような物音がする。
――アリスはメイド服を着たがっていた。教室には明日使う服があったはず……これは、アリスが勝手に試着しているやつじゃないか。さすがに着替えを覗くのはまずい。
「いやぁ、母さんの話が長くて困っちゃったなぁ…」
 あえて大きな音を立てて歩き、声をかけながら教室に入る。物音が止むのを待って入ったつもりだったが、そこにはちょうどメイド服に着替えて後ろのファスナーを上げようとしているアリスがいた。
 元の制服に着替え終わったかと思っていたが、まだ着ている段階だったようだ。これは失敗した。人としては失敗だったが、男としては大成功だなんて思ってはいけない。それにしても、メイド服はこの人に着られるために発明されたのではないかと疑ってしまうほどよく似合っている。長名の時にも同じようなことを思った気がするが。
 当のアリスは硬直していたかと思うと、みるみる顔が赤くなっていきその場にしゃがみ込んでしまった。
「これは…別に意味はなくて…そこにあったから着てみようとしただけで…そんなに見ないで…」
 有名な登山家の名言のような言い訳をしながら、しおしおと小さくなっていく。
「ごめん!あまりに似合ってたから、つい見とれて…いや、まぁ…こんなに可愛いメイドは他にいないなぁみたいな。服も着てもらえて本望だろうなぁ的な…」
 なぜかこちらまで恥ずかしくなってしまい、取り繕うこともできずに本音がぼろぼろと口から溢れて止まらない。セクハラ発言が止まらない。
「…そう?そんなに似合ってるなら着てみて正解だったかな。ついでにちょっとファスナー上げてくれない?」
 顔は依然赤いままだったが、アリスはちょっと機嫌が良くなり普段の調子を取り戻し始めた。要望通りファスナーを上げに近寄るが、緊張で手が震えて上手くいかない。女子の着替えを手伝うなんてイベントがまさか自分に降りかかるなんて。
「いつまでかかってるの?さては、私の可愛さのあまり緊張してまともに動けなくなったな?」
「いや…まぁ…」
 図星をつかれて返答に困っていると、やっとファスナーが上がってくれた。
アリスは勢いよく振り返り、怒ったような笑ったような不思議な顔をしている。
「ねぇ!そんな返事されるとすべったみたいになるじゃん!もう…」
 アリスも変な空気になってしまったのを何とかしようとしたんだろう。わざとおどけてくれたのを、見事にどもってしまい上手く返せず台無しにしてしまった。きっと今教室には真っ赤な顔をして黙り込んでいる男女が突っ立っているというシュールな光景が広がっているのだろう。
「いや、ごめん。でも本当にかわい…」
「もういいから!着替えるから外で待ってて!合図するまで覗いたらダメなんだから。」
 さらに墓穴を掘りそうになるのをかき消され、廊下に放り出された。夏の始まりの廊下はまだ涼しい風がどこからか吹き込んでおり、火照った体を冷ますのには丁度良い暑さだった。
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