Contactlogue〜怪異邂逅奇妙譚〜

冬月日凪

文字の大きさ
4 / 5
Reflect〜呪鏡怪異譚編〜

Reflect④

しおりを挟む


「あなた、とても綺麗な色してるのね」
 私を見つめて一人の幼い少女が笑っている。長く綺麗な黒髪を持つ美しい彼女。彼女は私の二番目の主だった。最初の主が病で死んだ後、その娘である彼女が私を形見として引き取った。彼女は私をとても大切に扱ってくれた。だから、私も彼女を愛したいと思うようになった。
 彼女が笑っている限り、私も共に笑っていられる。私と彼女は一心同体で私は彼女の分身。彼女の瞳が私を映す時には、私も彼女の姿を映し出す。彼女が成長していくごとに、私に映し出される彼女の姿も成長していった。家族や友人と過ごした日々の些細な出来事を語りながら、無邪気に笑う彼女のことが私は本当に大好きだった。彼女が幸せに笑っていられる未来の姿を私は見ていたかった。

 なのに、どうして。彼女は。彼女の運命は……。
 赤く染まった彼女の虚ろな瞳はもう私を映さない。残された私だけが無残に引き裂かれた彼女の姿を映し続けている。彼女はもう二度と笑わない。彼女にこの先の未来はもう二度とやって来ない。それだけはどうしようもなく分かってしまう。
 どこかで誰かが泣いている。幼い子供の泣き声が特別に響いて聞こえて来る。私が彼女であったなら、泣かないで、と声を届かせる事が出来たのだろうか。彼女が愛した幼い子供を抱き締める事が出来たのだろうか。共に彼女の事を想い、涙を流して寄り添う事が出来たのだろうか。

『私』には何も出来なかった。『私』はただ、そこにいただけだった。彼女から未来を奪った者を『私』は絶対に許さない。復讐を遂げるその瞬間まで『私』は……。

***********

 ガシャンと鏡の割れる音がまた響いた。しかし、現実の鏡そのものは一向に割れてはいない。ただ、鏡の中に存在していた異質の何かを覆い隠していた透明な壁のようなものが割れただけだ。
 その事を広瀬も茅野も分かっていた。
 鏡に纏わる事象については一任されているとはいえ、あの大音量で響き渡った異様な破壊音に、家中の人間が誰も様子を見にやって来ないというのはやはりおかしい。恐らくはこの鏡の置かれた部屋そのものが、異質のモノの空間に既に組み込まれてしまっている。
「絶対こういう展開になると思ってたんだよ……だから、広瀬と組んで動くのは嫌なんだ」
「ええ―、でもあの人は俺が呼んだんじゃないよ?」
「お前が自分から怪奇現象の類に首を突っ込んでおいて、何も起きない訳がないだろ、自分の体質を自覚しなよ」
 いや、自覚した上でのこれなのか。
 異質のモノに惹かれる広瀬と、異質のモノに引かれる茅野の体質。それを分かっていた上でこの二人を毎度コンビとして怪奇現象の現場に送り込む『雇い主』の思考にこそ問題があるのだろう。
「どっちにしたって何とかしないと、この部屋からだって出られないよ」
「そんなのは言われなくても分かってる……ちなみにお前はどうする気?」
 こういう時に広瀬という生き物の思考回路を理解しようと思ってはいけない。三年の付き合いの中で、茅野はそれを嫌と言う程に学んでいる。ただし、突然の奇行に走られるぐらいなら、考えの一端ぐらいは把握しておいた方がマシなのだという事も経験として知ってしまっていた。
「まあ、とりあえずは相手の事を知らなくちゃあ、何も出来ないよね……というわけだから、ちょっと行ってきますよっと」
 その一言を残して、異質の権化となった鏡の中に、広瀬は迷いなく飛び込んでいった。
「……これだから、俺はお前を理解出来ないんだよ……」
 というより絶対に理解などしたくはないのだった。あんな珍獣バカの事は。

 広瀬の消えた鏡の向こう側には、広瀬の姿も黒髪の霊の姿ももう見えない。この現象の根源は広瀬が飛び込んだ鏡の奥に在るのだろう。だからと言って、茅野には広瀬の後を追うつもりはない。そもそも追う余裕など無かった。
 突如、背後から出現した黒い靄のような何かが茅野に食らいつくようにして飛びかかってくる。それを茅野は懐に潜ませていた呪符付の小刀で切り裂いた。見渡せば多くの異質のモノがこの部屋の中に集まってきてしまっている。姿形がくっきりと見える霊体から曖昧な靄のような念の塊まで。鏡の中が異質の支配する空間ならば、鏡の外であるこの部屋も既に異質が蔓延る空間になっているのだ。
 この空間そのものが異質のモノ共の暴走によって壊されないように。嫌でも向き合うしかないというわけだ。逃げようの無いこの状況に追い込まれた事に、茅野はただ深い溜息を吐くしかなかった。

 鏡の継承者である依頼人の少女は、この家の家族は……本当に気づいていなかったのだろうか。鏡だけでは無い、この部屋そのものの明らかな異変に。
「……まあ、本当に気づいてなかったなんて事はないんだろうな」
  映る異変と映らない異変なら、映る異変の方が目を引くだろう。目に見える異変を種に、目に見えない異変が蔓延っているこの異質の部屋の存在は、この一か月間で生み出されたものだとは到底思えない。
 さて……広瀬が彼女と出会ったのは、本当に「たまたま」の出来事だっただろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?

猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」 「え?なんて?」 私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。 彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。 私が聖女であることが、どれほど重要なことか。 聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。 ―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。 前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。

義弟の婚約者が私の婚約者の番でした

五珠 izumi
ファンタジー
「ー…姉さん…ごめん…」 金の髪に碧瞳の美しい私の義弟が、一筋の涙を流しながら言った。 自分も辛いだろうに、この優しい義弟は、こんな時にも私を気遣ってくれているのだ。 視界の先には 私の婚約者と義弟の婚約者が見つめ合っている姿があった。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

処理中です...