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第1話

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「サオリ、あなたを勇者パーティから追放します」

青いつり目が真っ直ぐに私を捉えながらうそぶく。彼女は女勇者のエルザ。私たちは魔王討伐のために死の森と呼ばれる、危険地帯を行進している。

「そ、そんな、急にどうして……」

「分からないのですか? あなたは今のパーティには必要ないのですよ。ここ最近はろくに戦闘にも参加していないではありませんか」

「だって、エルザちゃんが私は戦闘には参加するなって言うから。私はご飯の確保とか、偵察任務はしっかりこなしてたよ」

「食料の確保に偵察任務? そんなの誰にでもできるではありませんか」

「うんうん。僕もエルザの言う通りだと思うよ」

「だなぁ! おまけに、サオリの眷属はキモすぎるからな!」

魔術師のフーゴと、剣聖のテオもエルザに同調する。

「2人まで……。それにテオさん。私の眷属を悪く言わないで!」

「お? いつもは大人しい癖に、今日はやけに騒がしいじゃねぇか。あんな眷属のなにがいいんだか、俺には理解できねぇよ。何度でも言ってやる。てめぇの眷属はキモイ」

「僕もテオの考えと同じだよ。全く、昆虫に触れた手で作った料理を今まで食べていたと思うと吐き気がする」

「フーゴさんまで。酷い」

「分かりましたか? あなたはもうこのパーティには不必要なのです。早くここから立ち去りなさい」

「立ち去れって、ここは凶悪な魔物の巣食う死の森だよ! 私1人じゃ死んじゃうって。せめてこの森から帰還してからでも良いじゃん」

魔王の鎮座する城は死の森を超えた先にある。だけど、今回はあくまで偵察に来ただけ。生息する魔物なんかを調査したら、死の森の近くにある町に戻る予定になってるはず。

「はぁ……本当にあなたは今の状況が分かっていないのですね。蟲遣いなどという、穢らわしい無能が勇者パーティにいた事実は無かったことにしなければなりません」

「もしかして、みんなは私に死ねって言ってるの?」

フーゴは下卑た笑みを浮かべる。

「安心してよ。サオリは僕たちをかばって魔物に襲われたことにしてあげるから。幸い、君が蟲遣いということはあまり知られていない、というか、上層部が情報統制して知られないようにしていたからね。サオリは蟲遣いじゃなくて、神獣フェンリルを飼い慣らす従魔遣いだったことにしよう」

「なーにが従魔遣いだったことにしよう、だよ! 俺らの目的はそれじゃねぇか。勇者パーティに蟲遣いが在籍してたなんて外聞悪いからな」

「嘘でしょ……」

「さぁ、早くどこかに行ってください。ああ、荷物はもちろん置いていってくださいね。私たちが有効活用しますから」

「……。さようなら」

私は背中から背嚢はいのうを降ろすと、エルザたちから離れて行こうとする。

すると、何かが私の足元に落下する。見ると、地面に1本のショートソードが落ちていた。エルザが投げたのかな。

「せめてもの情けに、自決用の短剣を渡しておきます」

「ありがとう」

ショートソードを拾うと、私は再び森の奥深くへと歩き始めた。



◆◆◆◆◆◆


「ぐすぐす……」

私は大きな岩の窪みにうずくまり、涙を流す。思えば今まで酷い人生だったなぁ。私は元々、エルザたち西の国々の住民じゃない。

東にある島国、ジパングの寒村で生まれた。暮らしはとても貧しくて、その日の食べ物にも困る有様だったの。

そんなある日、西の国の奴隷商人がやってきて、私は売られた。別に家族を恨んではいない、と思う。寒村に家族と一緒にいたところで、餓死する可能性も充分あったから。

西の国に到着した私は農場で朝から晩まで働かされた。そんな中で、私は自分が蟲遣いのスキルを持っていることを発見したの。

最初はなんて気味が悪いスキルを持ってしまったのだろうと思ったわ。だけど、これが中々に便利なスキルだった。

肉食の昆虫を従えることで、害虫の駆除をしたり、バッタに雑草を食べさせることで、私の任された農場区画の作物はすくすくと成長した。

だからこそ、私は他の人たちよりも早く解放奴隷として、農場を後にすることができたわ。勿論、農場主には蟲遣いのスキルのことは黙っておいた。

バレたら農場から解放させてくれないだろうしね。農場をでた私は冒険者として活躍し、最高位のオリハルコン級冒険者になった。その後勇者パーティに抜擢されたわけだけど……。

最初のうちから、みんなは私に冷たかった。冒険者たちには、スキルカーストと呼ばれるものが存在する。

持っているスキルがどれほど華やかな存在であるかによって、パーティ内のカーストが決まってしまう。

勇者とか、魔法使いなら、多くの人からの尊敬を集めるけれど、残念ながら蟲遣いは彼らとは真逆の扱いを受ける。

地域によっては、蟲遣いは被差別民として扱われることもあるみたい。だからエルザたちは私のことを疎ましく思ってたんだろうな。

追放される少し前には、私の眷属たちと一緒に戦いたくないからといって、私が戦闘に参加することを拒否されちゃったし。

実際、オリハルコン級冒険者になっても、私が蟲遣いだからという理由だけで依頼をしてくれる人は少なかった。ああ、私ってなんでに運が悪いんだろうか。

涙を流していると、頬を舐められる感触がしたため、私は思わず目を開ける。

「あれ、ヒャクちゃん、呼び出してないのに出てきちゃったの?」

基本的に従魔というのは、こちらから呼びかけなければ召喚されない。しかし、稀に召喚士が危機的な状況に陥ったときなどに、従魔が勝手に飛び出してくることはある。

「あはは、くすぐったいよ」

私はヒャクちゃんをじっと見る。彼女は大ムカデだ。足が100本あるから百、ヒャクといった感じでヒャクちゃんと呼んでる。

「ちょっと、もうやめてったらぁ」

執拗に舐めてくるので、頬がべとべとになってきた。

ガサリと後ろから音がしたため、振り返ると、青いエフェクトを発しながら、様々な種類の魔物が現れる。

全部私の従魔で、イナゴやハエ、アリ、ワームなど、昆虫型の魔物だ。

「み、みんなぁ。ごめんね、心配かけちゃったね。もう大丈夫だから。ありがとう」

私は岩のくぼみからでて立ち上がる。やっぱりくよくよしてる場合なんかじゃないや。今の私は1人じゃない。

確かに勇者たちからは捨てられたけど、この子たちのためにしっかりしなくちゃ。

「はぁ、ったくよ~。どうして魔王四天王である俺様が、死の森の魔物を間引かなきゃいけねぇんだよ」

「仕方なかろう。四天王の1人であったリウルが勇者たちに殺され、支配領域の管理が疎かになっておるのだから」

「えっ?」

唐突に、若い男女の声が聞こえてくる。やばい、誰か来ちゃった。もしかしたら、私を確実に葬るために勇者が送り込んできた刺客かも。慌てて先程いた岩の窪みに隠れる。

従魔たちもヒャクちゃんだけを茂みに隠し、他は召喚を解除する。彼らとの距離が近くなったのか、靴音まではっきりと聞こえてきた。

現れたのは、4人組の男女だった。

「しかし、この森の魔物を間引くのはナターシャ様1人で充分だったのでは? 魔王様及び四天王総出で赴く必要性は低いと愚行いたします」

執事服を身にまとい、トカゲのような尻尾を持った壮年の男が言う。

「ふむ。しかしな、たまには我々も魔王城の外にでて運動でもした方が健康的ではないか」

答えたのは褐色の肌に赤眼を持ち、頭から2本の白いツノを生やした青年だった。目つきは凛々しく、鼻梁は整っており、端正な顔立ちをしてる。

「ま、肩慣らしには、ここの魔物は手頃だよな」

褐色の肌に耳長のエルフが返事をした。

「いヒヒヒ。そうに違いありませんねぇ~♪」

同調したのは色とりどりな色彩の服を着ている道化師の男。髪と鼻は真っ赤に染まり、顔には厚化粧をしていて気味が悪い。いや、今はそんなことより――。

(ま、魔王!? あの勇者と互角に渡り合える存在がどうしてここに!? 本格的に不味いかもしれない。まず、戦闘になっちゃったら確実に殺されちゃう)

私は思わず窪みの奥へと後ずさる。

「キャア!」

しかし、窪みの奥は少し急になっていたため、つまづいた私は声をあげながら後ろにひっくり返ってしまう。

「なにやつ!」

若い女性の声と一緒に、何かが飛翔してくる風切り音が聞こえてくる。見ると、私目掛けてファイアーボールが飛んできていた。

ガキイイン。

しかし、ファイアーボールは茂みから姿を現したヒャクちゃんの体表に防がれた。

「なぁ!? 大ムカデだと!? こいつは倒しがいあるじゃねぇか」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

私は隠れていた窪みから飛びだす。なにか策があるわけじゃない。だけど、このままだとヒャクちゃんは魔王たちには勝てないと思った。

だから、私が飛びだして交渉するしかない!

「ああん? なんでこんなところに人間がいるんだよ」

「む、貴様は勇者パーティの蟲遣いではないか」

魔王が鷹揚に呟く。

「そうです。私は勇者パーティにサオリです」

「ほう。所属していたとな? それは一体どういうことだ?」

私は魔王たちに今までの事情を話す。

「味方を見捨てるとは愚かな」

「全くです。おまけに、彼女の価値にも全く気づいていないとは」

「それはともかくよぉ。こいつ生かしておくのはまずいんじゃね? 厄介な虫をたくさん持ってるしな」

「イヒヒヒヒ。殺してしまいましょう」

私は土下座をする。

「お願いします。私の命はどうなっても構いません! だから、私の従魔たちを逃がす時間をください」

従魔というものは、基本的に魔物を従えている者が死ねば死んでしまう。だけど、契約を解除してしまえば、それは回避できる。

「いやいや、死の森の魔物が増えてきたから、それを討伐しにあたしらは来たんだよね。魔物を見逃すわけないじゃん」

「なら、彼らの使役権を魔王様方に譲渡します! だからお願いします。役に立つ子ばかりなので、損はしません」

「イヒヒヒヒ。元とはいえ、勇者パーティのメンバーが無様に魔王様へ媚びる様を見るのは楽しいですねぇ」

「ははは。確かにな。で、どうするよ」

「うーむ」

魔王は少し考え込むような動作をする。暫くすると、魔王は私の側まで歩みよる。そして――。

右手で私の下顎を持ち上げた。

(こ、これってもしかして、いや、もしかしなくてもアゴクイってやつだよね!?)

魔王の端正な顔がこちらに近づいてきて、私は自分の顔が真っ赤になるのを感じる。

「お前、俺の物にならないか?」

「お、俺の物!?」

(ど、どういうこと!? なんで魔王は私にそんなこと言いだすの!?)

唐突な告白に、私の頭は更に混乱する。

「ちょうど四天王の席がひとつ空いているからな。人間と敵対することにはなるだろうが、よろしく頼む」

「あっはい。分かりました。……ってええ!? 私が魔王軍の四天王に!? 私は元勇者パーティの一員ですよ!?」

「無論、人族の、しかも元勇者パーティのメンバーを四天王とすることに反発もあるだろう。だから魔族たちを傷つけることができないよう、契約魔法で行動を制限させて貰うがな。しかし、貴様と眷属たちの命は保証しよう」

(びっくりした。俺の物になれってそういうことかぁ。うん、これはもう断るわけにはいかないよね。人間とは敵対することにはなるけど仕方ない)

「そ、その、不束者ですがよろしくお願いします!」

「ふむ。人族の少女よ、歓迎しよう」

こうして私は魔王の配下になるのだった。


◆◆◆◆◆◆


死の森を抜けて、私たちは魔王城に入っていく。魔王は玉座の間にある黄金の椅子に座った。

「まずは自己紹介といこうか。俺はゲルド。いずれ世界を統べることになる魔王だ。魔族の中でも希少な悪魔族の首長でもある」

「私は魔王軍四天王が1人、龍人族ドラゴニュートのザウルと申します。以後お見知りおきを。魔王城内のことは私にお聞きください。執事長も務めておりますから」

「俺も四天王の1人、ダークエルフ族のナターシャだ。エルフ族全体の族長でもある。よろしくな!」

「私も右に同じく、四天王のピールです☆ 道化族の首長でもありますよ。敵軍のかく乱はお任せ下さい。イヒヒヒヒヒ」

「はい! 皆さん改めてよろしくお願いします!」

魔王軍四天王の1人となった私は、それから多くの人間と戦った。不思議と同族の国々を滅ぼすことに罪悪感は湧かない。

襲っているのは故郷から離れている国々なのはもちろん、蟲遣いだからという理由で虐げられていたからというのもあると思う。

おまけに魔王ゲルド様は慈悲深く、支配した人間にも、最低限の生活は保障している。魔王国は他種族国家だからか、私のような蟲遣いにも優しかった。

最初は四天王最弱だった私も、徐々に頭角を現し、親魔王派の人族を配下に治めていった。そんなある日――。

「久しぶりですね。見損ないましたよ。まさかあなたが魔王の軍門に降り、人族を裏切るとは」

いつも通り人間の町を攻撃していると、私はエルザたち、勇者パーティと再開した。

「見損なう? それはこっちのセリフだよ! あの日、同じ人間に殺されそうになるなんて思わなかった」

「別に殺そうとしたわけじゃないけどなぁ。実際、生き残れる可能性はあったしね」

「そうだそうだ!」

「白々しい」

「まぁ、確かに戻って来たとしても、その時は暗殺してたかもしれんな! わはは!」

「そう。でももう気にしてないから良いもん。今の私は魔王軍四天王の1人なんだから!」

「そうですか。ならばあなたを気兼ねなく殺せます! はああ!!!」

エルザが私を屠らんと駆け出す。しかし、エルザは落とし穴に引きずり込まれた。

「なんなのだ!?」

落とし穴は円錐形を逆さにしたような形をしており、頂点にあたる部分、つまり落とし穴のそこには昆虫の触覚が見えていた。

つまり、この穴はアリジゴク。エルザが魔法を穴の底に放とうとし、フーゴとテオも彼女を助けようと動きだしているけど、させない!

「ベルくん、アーバンちゃんたちお願い!」

人よりもふた周りサイズ大きいハエ型とイナゴ型の魔物、ベルゼブブとアバドンたちが上空からフーゴとテオを急襲する。

今まで雲の中に隠れていたのだ。群れの先頭には私がそれぞれベル、アーバンと名付けた子が飛んでいる。

ベルたちは上空から火炎瓶や煙玉を落とす。

魔法障壁マジックバリア!!!」

フーゴとテオの周囲に薄緑色の障壁が生みだされる。火炎瓶や煙玉による攻撃は全て弾かれたが、バリアを張っている間、2人は動くことができない。

氷弾嵐アイスストーム!」

そうこうしている間に、エルザはアリジゴクに向けて魔法を放ってしまう。

彼女の周囲から、数十発の氷弾が放たれる。流石勇者としか言いようがない。

「それ見た事か! アリジゴクと同じように、ほかの魔物も始末してあげましょう!」

しかし、氷弾がアリジゴクに届くことはなかった。乾いた土の中から黒くて長い何かが飛びだすと、その堅牢な装甲によって全ての氷弾は弾かれる。

「な、なんだと!? 渾身の一撃が弾かれるだと!? 多量の魔力を込めたというのに……」

エルザが見たのは、大ムカデだった。

「なぁ!? こんな害虫ごときに私の攻撃が弾かれたですって!?」

「害虫なんかじゃない。ヒャーくん今だよ!」

ヒャクちゃん以外の大ムカデが地中から尻尾を振りかざし、エルザの背中にトゲを刺す。

「ぐぁ! しまった……」

エルザはすっかり気絶する。暫くすれば、身体に毒が回って死ぬはずだ。勇者とはいえ、ヒャーくんの毒には耐えられないと思う。

「キシャアア」

「ギシギシ」

「キシャアアア!」

眷属たちの勝どきが響き渡る。見ると、フーゴとテオもすっかり毒によって倒されていた。彼らの周りにはたくさんの、小さい、とはいっても猫サイズの子ムカデが侍っている。

ヒャクちゃんとヒャーくんの子供たちだ。

「やっと終わった」

私は緊張が解けたせいか、ぺたりと地面に座りこむ。

「残念でしたね」

「えっ?」

先を見ると、私にロングソードを突き刺したエルザが立っている。自分のお腹に目を向けると、下腹部に刃の先っぽが刺さっていた。

「私たちには毒を無効化する指輪を装備しているのですよ」

「そ、そんな……」

私の身体からロングソードが抜きだされ、どくどくと大量の鮮血が流れる。

ヒャクちゃんたちが私を助けようとエルザに襲いかかるも――。

ザシュッ。

私は首をはねられ絶命し、ヒャクちゃんたちも消滅していった。


「あはははは! やりました! 遂に裏切り者を始末でき……グウッ」

胸に痛みがはしり、倒れそうになったため、エルザは地面にロングソードを突き立てて身体を支える。

「はぁはぁ……この指輪、全ての毒を無効化するんじゃねぇのかよ。痛ってぇなぁおい」

「全くだよ。ドワーフの国に行ったら文句を言わなきゃね」

フーゴとテオの2人も、各々杖とロングソードで身体を支えながらエルザの元に近づく。

「それはともかく、さっきの醜態はなんなのです。虫ケラごときにあの体たらくとは」

「チッ。あんなのまぐれだろ。害虫どもめ、せこい手を使いやがって!」

「まぐれだろうとせこかろうと、運や計略も実力のうちだと思うがな」

「誰だ!」

エルザが声を発すると同時に――。

フーゴの頭に矢が刺さり、テオの胸部に太い腕が挿しこまれた。

「フ、フーゴ! 畜生!」

性根の腐った魔術師は矢が刺さるとすぐに絶命し、傲慢な剣士は胸部から腕が外へでていくと同時に大量の出血をしながら倒れ伏す。

「はぁ。毒が効いてたせいか、大したことなかったなぁ」

次の矢を番えた状態のナターシャがため息をつく。

「さすがはサオリ様の毒ですな」

ザウルは腕を振りかぶり、付着した血液を飛ばしながら答える。

「あ、あなたたちは魔王と四天王!? どうしてここに……」

エルザは目を大きく見開いて驚愕する。無理もない。彼女たちは先程、遠見の魔法によって魔王たちが遠くにいたことを知っているからだ。

「俺は転移魔法が使えるからな。あれくらいの距離を移動するのは造作もないことだ」

「クッ! 最早これまでですか。魔王の抹殺は他の者に託す他ないですね。裏切り者を始末できただけでも良しとしましょう」

「何を言っている。貴様はその裏切り者とやらも始末していないぞ」

「その通りだよ。残念だったね」

「!? なぜあなたは平然とそこに突っ立っているのです! 先程確かに切り伏せたはず!」

「イヒヒヒヒッ。それは私の幻覚魔法に掛かっていたからですねぇ」

ピールが横から声をかける。そう。私は切られてなどいない。エルザが切断したと思い込んでいたのは、幻覚の私。

「クソッタレ。あなたのようなおかしな奴にしてやられるとは!!!」

「言い残すことはあるか?」

「そんなものはありません。さっさと殺しなさい」

「承知した。ではサオリ、約束どおり」

「はい」

「なにをする気なのです?」

「お前に直接復讐したいとの要望をサオリから受けていてな。彼女は上手く使える魔法はないが、魔力量は多い。そこで、俺がサオリをサポートすることでお前を葬るつもりだ」

「構いません。さっさとしてください」

私とゲルド様は漆黒のショートソードを2人で持ち、魔力を込めていく。

「これくらい込めれば良いか。サオリ!」

「「霊魂封印スピリット・シールド!!!」」

2人で魔法名を詠唱すると、エルザの腹部にショートソードを刺した。

「ぐぬぅ。ま、まさかその魔法は……」

「うん。ただで殺すくらいじゃ許せないから、封印しちゃうね」

「外道め!!!」

「ごめんね。だけど、私にとってはエルザも外道だと思うけどね。後、この短剣のこと覚えてる? 瘴気によって黒くなってるけど、死の森でエルザが私にくれたやつだよ。これからはこの中で大人しくしててね」

漆黒のロングソードから禍々しい瘴気が放たれ、エルザの魂を肉体から剣に移動させる。エルザはぐったりとし、すっかり動かなくなった。

「これで本当に終わり」

「まだ人間の領地は残っているがな。しかし、勇者が封印された以上、消化試合のようなものだ」

「えい!」

私はゲルド様にデコピンをする。

「いきなりなにをする!」

「なにをする! じゃないですよ。魔王様がもう少し来るのが遅れていたら、幻覚みたく殺されるところだったじゃないですか!」

「し、仕方なかろう。人間が急に戦闘を仕掛けてきたのだから。おまけに勇者パーティがこの町の方に来ているとは思わなかった。おそらくサオリが1人になる状況を伺っていたのだろうな」

「確かに、想定外のこともありましたけど。でももう少し早く来て欲しかったなぁ」

「すまない」

「……を繋いでください」

「うん?」

「手、手を繋いでくれるなら許してあげます」

「そんなことで良いのか」

ゲルド様は大きくてごつごつした手を私の右手と繋げる。私たちは手を繋いだまま町を攻め落とし、地元の有力者を懐柔させた。

「おいおい、あんたら随分といちゃいちゃしてんじゃねえか。戦場だってのに呑気なもんだな」

「イヒヒヒ。初々しいですねぇ」

「手を繋ぐくらいであれば、作業に支障はでないかと」

「なんと言おうと、今日一日、ゲルド様の左手は私の物だからね!」

「ふむ。まぁ良いだろう。一度魔王城に戻るか。次にどこに攻め込むか考えるとしよう。この世界の全てを俺の物にするのだ! お前たちも付いて来い!」

「はい、ゲルド様! どこまでも。私はあなたの物なのですから!」
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