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地獄への道は善意で舗装されている
しおりを挟むうわぁ……報道管制敷かれてるよ。
まぁ、アレだけ派手にヤラかしたら流石に情勢を鑑みたら、不要な混乱が起きない様にせざる得ないんだろうけどね。
翌朝のニュースを何時もの様に朝食を食べながら観ていた涼子は、自分達がヤラかした件が特別な形でニュースになっている事にポーカーフェイスの内側で滅茶苦茶ドン引きしていた。
「突然の停電にホテルでのガス爆発?恐いわね」
涼子の母親がニュースの内容を他人事の様に言えば、涼子は気にする事無く朝食をモソモソと食べながら分析していく。
一帯に襲い掛かった停電が人為的に行われた事と、ホテルの爆破をガス爆発による事故と言う事にして、暴力団の被害者に関しては伏せて水面下で捜査してるのかな?
正樹の指示でサッチェルを置き土産にしたけど……
コレも計算の内なのかしら?
涼子が置き土産にサッチェルを仕掛けたのは、正樹の指示によるものであった。
正樹曰く、"犯行現場を派手に吹っ飛ばしちまえば、生き残りが居ても始末出来る上に証拠隠滅と捜査の妨害が3つ同時に出来る"。
確かに犯行現場そのものを無くして瓦礫の山にしてしまえば、私達に繋がる証拠を捜すのは実質不可能になる。
その上、犯行を実行する前に監視カメラをコントロールする大元の端末とも言えるPCを全て破壊して於けば、潜入した際の記録も完全に消失する。
そして、一番酷いのは停電を引き起こす事でその一帯の混乱を助長すると同時に監視カメラの機能を完全に使い物にならなくした事。
まぁ、そのお陰で私達の犯行は完全に記録に残る事が無いから逮捕されるリスクは実質無いんだけどね……
正樹が即興で描いた昨夜の虐殺と言う脚本はミリタリー趣味者の涼子から見ても、芸術的であった。
自分達の犯行の証拠は一切残らない上に、例の外国人2人の口から自分達の存在が露見する問題を完全に消し去る結果を叩き出す。
そんな脚本を創り上げた正樹を涼子は呆れながらも、手離しに称賛せざる獲なかった。
即興で書き上げたと言う割にコレ以上無い完璧な結果を叩き出すんだから、流石はプロのロクデナシって言うべきかしら?
正樹が即興で考えたと宣う虐殺に至る展開は、コレ以上無い戦果を叩き出す事に成功した。
先ずは関東八塚会の幹部達を文字通り皆殺しにした事。
指揮系統の中枢を担う彼等が文字通り全て死に絶えてしまった事で、関東八塚会の機能は完全に麻痺した。
同時に、トップである会長とナンバー2である若頭を始めとした上位幹部陣が一気に消し飛んだ事で、次のトップにならんと野心を熱く滾らせるロクデナシ達によって内紛が起きる環境を創り上げる事にも成功した。
だが、正樹が関東八塚会に対して狙った効果はもう1つあった。
指揮中枢が完全に粉砕された事で誰がトップとして、報復の指揮を執るのか?
ソレを巡って大きな内紛が起きる様になった。
そして、それは同時に今回の件を知った外部の敵対組織がチャンス到来。
そう言わんばかりにハゲタカやハイエナ……と、言うよりは屍肉群がるハエとウジの如く無数に群がる環境も出来上がった事も意味する。
そのお陰で関東八塚会は動きが完全に取れない機能不全に陥ってくれた。
これで、私達の悩みの種が1つ処理出来た事になる。
正樹は僅かな時間から即興で関東八塚会がハゲタカやハイエナ。
それにハエやウジ等から啄まれ、貪られる屍肉同然の状態へと追い込んだのだ。
そんな展開を産み出した正樹の事を、芸術的なシナリオライターと称賛せざる得ないのは当然の帰結と言えるだろう。
だが、そんなシナリオライターである正樹が描いた脚本が産み出した結果には他のメリットがあった。
次の結果は例の2人の外国人を始末出来た点だ。
コレに関しては、正樹としては居たらラッキー。
その程度にしか考えていなかった。
だが、実際に確認したら居た。
偶々。
または、"まぐれ"。
そう言っても良い状況であれど、結果として始末する事に成功した点は涼子にとっては大きな戦果と言えた。
あのクソ2人を始末して口封じが出来た点は大きな戦果と言っても良い。
奴等の脳内にあった記憶から確保した情報も含めて……
そのお陰で日本国内に居る他のキマイラ派とやらの居場所も判明。
スマホも回収したから、スマホから連中の隠れ家の位置も掌握出来る。
コレで日本国内に居るキマイラ派の完全なる始末は、時間の問題となった。
後は老人派とやらだけど……まさか、キマイラを殺る前に殺った2人の内の片方のジジイの事とは思わなかったわ。
自分がこうなる切っ掛けとなった夜。
キマイラを殺す前に『疫病』の2つ名を示す一端を見せつけ、いとも容易く殺害した2人が居た。
その内の片方である老人が、老人派のトップでありキマイラが率いる組織のナンバー2であった。
そんな老人の事を振り返りながら、涼子は老人に関して解ってる事を朝食を食べながら脳内で確認していく。
あの老人がまさかの東南アジアを始めとした一帯を牛耳るチャイニーズマフィア。
それの首魁とは思わなかったわ。
そうなると、私はチャイニーズマフィアも相手にしなければならない事になる。
自分が容易く殺した老人が、チャイニーズマフィアの首魁である事を振り返ると共に老人が率いていたチャイニーズマフィアすらも相手にしなければならない。
その事実にウンザリとした面持ちを浮かべると、小声でボヤいてしまう。
「つーか、何で犯罪組織がオカルトやファンタジーに傾倒してるのよ?」
「何か言った?」
母親が首を傾げると、涼子は素っ気無く返した。
「色々と面倒臭いなぁ……って思ってさ」
そんな涼子の答えに母親は大人としてアドバイスする。
「面倒臭くてもヤラなければならないなら、やる方が面倒は圧倒的に少ないわよ」
母親のアドバイスに涼子は「解ってるよ」と返せば、空の食器を流しの洗い桶に入れて部屋へと向かう。
その後、学校に行く支度を済ませれば、家を後にして駅へ向けて歩き出す。
「おはよう。薬師寺さん」
歩いてる途中。
陽子と出会った。
そんな陽子に涼子は挨拶を返した。
「おはよう。陽子」
涼子は陽子と共に駅へと歩いて行く。
そんな中、陽子が恐る恐る尋ねて来た。
「ねぇ、薬師寺さん……」
「どうしたの?」
「何で、薬師寺さんから死臭がするの?」
その問いに対し、涼子は呆れの表情と言うポーカーフェイスと共に惚ける。
「何言ってるのよ?何で、私から死臭がするのよ?」
だが、半分ばかり大妖怪の血を引く陽子を誤魔化せなかった。
「嘘……」
アッサリと見破られれば、涼子は諦めて正直に答える。
無論、オブラートに包んでだ。
「昨日、ちょっとだけ派手に暴れたのよ」
涼子の答えに陽子は察してしまう。
「まさか、朝のガス爆発と停電のニュース……」
陽子にアッサリと見破られた涼子であったが、ポーカーフェイスを保ったまま嘘を返す。
「それは知らないわよ」
「…………そう言う事にしておくわ」
だが、陽子を誤魔化せなかった。
しかし、陽子は其処から先へ踏み込もうとしなかった。
そんな陽子に対して涼子が内心で感謝していると、陽子はもう1つの事を尋ねる。
「薬師寺さん、人を殺すのってどう言う感じなの?」
唐突に重過ぎる問いを投げられると、涼子はボヤく様に返した。
「朝からする話じゃないわね」
「御免なさい。でも……」
謝罪と共に言い澱んでしまう陽子に涼子は告げる。
「日本で普通に生きるんなら、知らなくても良い事。寧ろ、知らなくて当然よ」
それは御尤もな意見と言えた。
普通に平和と平穏に満ちた明るい人生を歩むならば、知らなくても良い感情だ。
だが、今も迷い続けるが故に陽子は知りたかった。
そんな陽子の気持ちを察したのだろう。
涼子は認識阻害の魔法を静かに行使し、周りの人々が聴こえないようにしてから答える。
「最初の1人目から何人かは罪悪感とかで自己嫌悪し続けたわ。でも、それが続いていくとね、人って慣れちゃうのよね」
自分の経験則として、殺人に関する感情を語った涼子。
そんな涼子に陽子は敢えて、深く踏み込んでいく。
「そうなんだ……愉しくなる事ってあるの?」
殺人に対して快楽を感じるのか?
そう問われると、涼子は肯定する。
「あるわよ。でも、相手を殺す事自体に快楽を感じるわけじゃないのよね」
「まぁ、傍から見れば同じだろうけどね」と、自嘲と共に締め括った涼子に陽子はどう違うのか?
問うた。
「殺す事自体に快楽を感じてないのは、どう言う事なの?」
陽子の問いに涼子は正直に答える。
「……殺されるって時に相手を逆に殺す事に成功して生き延びた事に対する快感……それが愉しく感じる感情と言うべきかしら?でも、時には相手を殺そうと策を巡らせて成功した時も最高に気持ち良く感じる事もあるから、やっぱり殺す事自体も愉しく感じてるんでしょうね」
「やっぱ、殺す事自体に快楽感じてるわね」そう呆れる涼子。
そんな涼子の言葉を陽子は過去の経験から理解してしまう。
「私も退魔師をしていた時に同じ感情を抱いてたのかな?」
そう前置きした陽子は語る。
「私よりも強い妖魔と独りで戦う羽目になって、周りは助けてくれなかった時があったんだけどね……私は何とか倒す事が出来たんだけど、倒した後に嬉しくって思わず笑ってしまったの」
退魔師として戦い抜いて来た経験があるが故に、陽子は涼子の語る殺人の快感に対して理解と納得が出来てしまった。
そんな陽子へ、涼子はハッキリと告げる。
「そんな感情、さっさと忘れなさい。平和で平穏な日常には不要過ぎるわ」
「解ってるんだけどね……あの時からの体験が私の頭にこびりついて離れないんだ」
陽子の答えに涼子は内心で「退魔師共ブチのめせば良かった」と、苛立ち混じりにボヤいてしまう。
だが、時計の針は絶対に戻る事はない。
それを受け止め、受け入れた上で前に進むしかない。
それが生きると言う事なのだから……
だからこそ、前途有望な少女に対して魔女は老婆心を見せた。
「兎に角、私は陽子……貴女が私の立つ闇と屍しかない世界に足を踏み入れて欲しくない。例え、貴女が私に恩義を感じ、恩義に報いたい気持ちを持っているとしてもね」
陽子の気持ちを理解した上で、涼子は陽子に自分の居る碌でもない世界へ来るな。
そう願いを込めてハッキリと告げる。
だが、皮肉にも陽子は涼子の一言で覚悟を決めてしまった。
「薬師寺さん。貴女は私に生きる愉しさを思い出させてくれたばかりか、私に明るい未来を与えてくれた。だから、私はその恩義に報いる為に貴女に使い潰されて死にたい」
陽子の言葉に嘘偽りは一切無かった。
本心から、涼子に殉じたい。
そう告げられると、涼子は怒りを覚えてしまう。
「ふざけるな。小娘如きが粋がるなよ」
足を止めて立ち止まり、普段なら使わぬ魔女としての口調を使ってしまう程に涼子は怒りを露わにしていた。
「小娘……私は言った筈だ。貴様が平穏な生活を過ごし、真っ当な人生を歩む事こそが私の要求する対価だと……その契約を不履行にするつもりか?」
怒りに満ちた濃密な殺気と共に問われれば、陽子は恐怖に震えてしまう。
だが、陽子は引き下がらなかった。
「私は私が望む生きる道を進みたい。その為なら、私は貴女の望む対価を払うのを辞めるわ」
陽子にとって、それは初めての我が儘であった。
そんな陽子を涼子は今直ぐに殴り殺してやろうか?
そう思ってしまう。
だが、強い理性で以て陽子を殴り殺したい気持ちを抑え込みながら問うた。
「二度と安息の日々は迎えられない。常日頃から死の恐怖に身を震わせ続ける日々を受け入れたいのか?」
「だとしても、私は涼子と共に生きたい」
地獄への道は善意で舗装されている。
そんな結果を目の当たりにしてしまうと、涼子は何も言えなかった。
だが、それでも涼子は……
「期限まで未だ2週間以上ある。結論を出すのは、その時まで待ちなさい」
無駄な努力と理解した上で、陽子の決意に対して時間稼ぎをする。
それから、怒気と殺気を嘘の様に霧散させて「この話は終わりよ」と、告げて歩き出すのであった。
陽子に対して己が差し伸べた善意が、陽子自身を地獄へと誘う結果になってしまった事への罪悪感から逃げる様にして……
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