豊穣の剣

藤丸セブン

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27話 誘拐

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「かはっ」
 鋭い水に体を貫かれた七尾矢は口から大量の血を吐き出す。貫かれた部位は肩。六継紀を助ける為に体を張ったとはいえ致命傷は避けた。しかし、出血量が多すぎる。
「お兄ちゃん!!!」
「旦那様!!!」
 七尾矢の負傷に六継紀と、敵である筈のレインすらが七尾矢の元へ駆け出してくる。
「お兄ちゃん!!どうしよう!救急車!!いやナウラさんに連絡を!!」
「いいえ、きっとそれでは間に合いません」
「はぁ!?じゃあどうしろってのよ!!というかあんたの攻撃のせいでお兄ちゃんは!!!」
「拙が治します」
 レインが手に水を集めてそれを七尾矢の傷口に翳そうとする。が
「待て。信じられる訳ないでしょうが」
 当てようとして六継紀に腕を掴まれた。殺意を込めた目で。
「今は歪みあっている場合ではありません。事態は一刻を争いますよ」
「だからって!!!」
「六継紀」
 怒り狂う六継紀を制止したのは傷口を抑えた七尾矢だった。
「大丈夫。彼女を信じよう」
「でも」
「彼女は敵だけど、話してると普通の女の子と大差ないよ。それで、本気で俺の事を心配してくれてる」
 七尾矢に釣られて六継紀もレインの顔を見る。そのレインの顔は六継紀と同じ顔。大切な人を心配する顔をしていた。
「っっっ。あんたなら治せる訳?」
「必ず」
 即答したレインに六継紀はしぶしぶ腕を離す。
「信じてくれてありがとう。六継紀ちゃん」
「その妹に対する口調みたいなの辞めてくれる!?私とあんたは敵!!!お兄ちゃんとあんたも敵なんだからね!!!」
 凄くツンデレみたいな事を言う六継紀に七尾矢とレインはクスリと笑う。
「今の腹立つ!!!なんかツンデレが発動した妹を微笑ましく見つめる兄とその妻って感じがしてほっっっっんとに嫌!!!!」
「自覚あるのか」
 そのような会話をしている間に七尾矢の傷が段々癒えていく。その治癒能力はナウラには劣るものの素晴らしいものだった。
「ありがとうレインさん」
「さんなんて辞めてください。私の事はレイン、もしくはハニーとお呼び下さいだーりん」
「油断も隙も無さすぎる!お前なんかにお兄ちゃんはあげません!!」
 傷が完全に癒えた七尾矢はその傷を負った原因の攻撃をしたレインに躊躇わずにお礼を言う。普通なら考えられない事だが六継紀もレインも驚きもしない。神谷七尾矢がこういう人間だと分かっているからだ。
「それにしてもこの程度の攻撃で深傷を負ってしまうなんて。可愛いですね」
「認めたくないけど同感。毎回こんな怪我してたらいずれ死んじゃうよ!だからさっさと辞めるべき!」
 六継紀は今でも七尾矢を特異課を辞めさせることを考えている。今回はそのきっかけを与えてしまったかも知れない。
「その分強くなるさ」
「いいえ。その必要はありませんよ」
「え?」
 レインの方に七尾矢が振り向くと水で出来た巨大なスライムが七尾矢を包んだ。
「んん!?」
「なっ!あんた!」
「あなた様が弱いのなら、一生拙のお家で暮らせばいいのですから」
 レインは荒れた吐息をしながら七尾矢と暮らすと口に出す。そのレインの瞳には光が消えていた。油断。レインはあくまでも敵である。七尾矢の傷を癒したからと言って警戒を少しでも解くべきてはなかった。
「ふざけんな!!」
 六継紀がすかさず岩石の弾丸を連射するが全て水に勢いを殺され、吸収される。力の差は歴然。
「拙とお兄様の結婚、祝福して下さいね」
 レインは怪しい笑みを浮かべながら水で出来た巨大なハンマーの様なものを振り下ろした。
「岩石の大楯!!」
 レインの攻撃をなんとか防ごうと今の六継紀の全てを込めた盾を作り攻撃を止める。しかし。
「うわぁぁぁぁ!」
 盾は壊れ、六継紀の小さな体に巨大な衝撃が襲いかかった。
「んんんー!!」
「大丈夫です。ちゃんと死なない様に加減しましたから」
 スライムに包まれた七尾矢が声を荒げるとその心配はないと言わんばかりにレインが微笑む。しかし七尾矢はその言葉に耳を貸さずにスライムから抜け出そうともがき続ける。
「あら、どうしてですか?ちゃんと生きてますって」
「お、にぃ、ちゃ」
「ほら」
 六継紀が傷だらけの体を這わせながら手を伸ばす。その姿があまりにも痛々しく七尾矢は思わず目を閉じた。
「さて、そろそろ参りましょうか」
 レインはそう呟くと黒い球を取り出して宙へ投げる。すると球は空中で止まりそこに亀裂が走った。
「んん!?」
「初めて見ましたか?こうやって異世界を行き来するんです。さ、拙のお家に行きましょう、あなた様?」
 レインがゆっくりと歩き時空の歪みとも言える亀裂の中に入っていく。そしてレインと七尾矢が消えた数秒後、亀裂が消えた。
  ◇
 七尾矢とレインが消えてから数分後。六継紀の申請を受けて駆け付けた特異課のメンバーが集った。
「六継紀殿!ひどい傷でござる、ナウラ殿!」
「分かってますよ」
 ナウラが怠そうに六継紀の傷を治療する。幸いアザなどは残らなさそうだ。
「アルカイア」
「うむ!拙者でござるよ!遅くなってしまって申し訳ない!何があったのでござるか!?」
「おにっ、おにぃちゃんが、おにぃちゃんがぁぁぁ」
 アルカイアの腕に抱かれながら六継紀は大粒の涙を流し始める。
「七尾矢殿が!?しかし七尾矢殿の姿は何処にも」
「多分七尾矢は死んでないよ。落ち着いて状況を説明してくれ、六継紀」
 泣きじゃくる六継紀の説明に七尾矢が死んでしまったと勘違いするアルカイア。その勘違いを止めたのはアルカイアの兄であるアレグリアだった。
「お、おにぃちゃんが。誘拐された。レインって奴に」
「誘拐!?」
「レイン。隊長の調査にあった幹部の名前か」
 アルカイアは誘拐という単語に、アレグリアはレインと言う名前に反応した。慌てるアルカイアとは裏腹にアレグリアは驚く程冷静なままだ。
「ふん。あんな雑魚誘拐しても人質になんかならないだろうに。敵もバカだね」
 ヨゾラが鼻で笑いながらそう言うと六継紀とアレグリアがヨゾラを睨む。
「ヨゾラ。冗談は時と場合を考えて言った方がいい」
「・・・そうだね。悪かったよ」
 焔に嗜められてヨゾラが素直に謝罪をする。今や七尾矢は特異課にとって大切な存在となっていたのだ。
「でも何故誘拐なんて事したのかしら。殺すつもりならここで殺した方が早いだろうし、人質にするつもりなら六継紀も攫った方がいいわ」
「あいつ、お兄ちゃんに惚れたって」
「はぁぁ!?」
 先程まで冷静に状況確認をしていた茜が惚れたという言葉一つで冷静さを完全に失う。今にも六継紀に掴みかかってしまいそうになったが、抑えた。
「じゃあ何?幹部の女は七尾矢をつがいにするつもりで誘拐したの?」
「つがい?」
「夫婦ってことだよ」
 ヨゾラの言い回しが分からなかった六継紀にヨゾラが呆れながら答える。その姿に少しイラッとしながらも「そうだと思う」と言う。
「とにかくお兄ちゃんを取り戻しに行く!でも私だけじゃ無理。だから力を貸して」
「馬鹿を言うね。七尾矢一人のためだけに全員を死地に連れて行くつもりかい?」
 ヨゾラと六継紀がお互いに睨み合う。ヨゾラの言い分は正しい。それは六継紀も分かっている。しかし、だからと言って七尾矢を見捨てるなんて絶対に出来ない。
「二人とも一度落ち着いて下さい。野次馬が集まって来ました。この続きは会議室で行いましょう」
「でも!」
「七尾矢を夫にする為に誘拐をしたのならば七尾矢に危害が加えられる可能性はゼロです。焦って救出に失敗したら全滅ですよ」
 ナウラの言葉に六継紀は口を閉じる。反論のしがいがないからだ。
「皆さんもそれでいいですね?」
「ええ」
「勿論」
「ああ」
「いいとも」
「勿論でござる」
 
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