豊穣の剣

藤丸セブン

文字の大きさ
上 下
26 / 51

26話 義妹?

しおりを挟む

 七尾矢は呆然と棒立ちをしていた。しかし理由もなく棒立ちをしている訳ではない。
「えっと、聞き間違いかな?」
「式は洋風と和風とどっちがいいですか?拙はどちらでもいいのですが、できれば和風のあなた様を見てみたいと思っております」
「聞き間違いじゃねぇ!?」
 体をくねくねと恥ずかしそうにしながらレインは嬉しそうに話をする。その様子を見ると頭が混乱してくる。彼女は組織の幹部で七尾矢を殺しにきたのはないのだろうか。
「あなたは組織の幹部で、俺を殺す為にこっちの世界に来たのでは?」
 疑問に思っていていても状況は変わらない。故に真っ向から質問してみる事にした。どういう訳か彼女は七尾矢に幻想を持っている様だ。すぐに殺されはしない可能性が高い。
「ええ。初めはあなた様を殺すようにという任を受けてあなた様の周囲の水から情報を得てあなた様を待ち伏せて殺そうと思っていました」
 自分から白状してくれたおかげで彼女が組織の幹部である確証を得られた。更に水から情報を得る事が出来るという事も把握できた。
 (水って、水道水とか水たまりとかから会話とか姿が見えるって事か?)
 そんな情報収集力があるとは、彼女は非常に危険だと言えるだろう。
「でも状況が変わりました。あなた様を殺す為に待ち伏せをしていたら、命知らずなお猿さん達が寄ってきたのです。あなた様を殺す前に死体を出しては騒ぎになりあなた様の暗殺が出来ません。はたはた困り果てていた所に、救世主が訪れたのです」
 レインは淡々と、しかし情熱的に七尾矢と出会った状況の事を詳しく教えてくれる。
「拙は生まれてこの方敗北を知りません。そして敗北を知らない拙を男は助けてくれません。拙、憧れがあったんです。ピンチになった拙を白馬の王子様が助けてくれるのを。しかしそれが出来なかった。起こらなかった。だから拙は諦めていたんです。諦めていたのに!白馬の王子様は現れてくれた!!」
 早口でこれまでの経緯を事詳しく教えてくれるレイン。どうやらレインは物語上の白馬の王子様に七尾矢を重ねてしまった様だ。
 (そうだよな。何かしらの理由がないと俺に惚れるなんてあり得ないよな)
 鈍感系男子の七尾矢は女性に惚れられるという出来事を現実離れした話に感じている。七尾矢の言い分も間違ってはいないのだが、あってもいない。
「でもあなた様は直ぐに去ろうとしたので、本当にあなた様が王子様なのか確かめる事にしました」
「それで街を案内して欲しいって?」
「はい。そしてあなた様は拙の思った通りの王子様でした」
 レインが恋する少女の目で七尾矢を見つめてくるが当の視線を向けられている本人は不思議そうな顔をした。
「何故?物語の王子様と俺は全くの別人な気がするが」
「いいえ。突然のお願いに応えてくれるし、話をしていて楽しいし、拙の歩く速度に合わせて歩いてくれるし、さりげなく車道を歩いてくれるし、話す時に目線を合わせて話してくれる。拙の思い描く王子様そのものです」
「ええー」
 困惑の声をあげる。七尾矢がやってきた事は普段意識すらしていなかった人として当然の事だ。しかしそれをサラッとやってのける人物は多くはないだろう。
「なので最後に拙の旦那様にする為に家に誘いました」
「ラストが怖いな!?ごめんなさいだけど俺は貴方とは結婚できません!」
「ええ。あなた様がそう言うであろうと言う事は今まで観察してきて予想済みです。なので」
 レインは嬉しそうに満面の笑みを浮かべると、レインの背後に水で作られた大量の剣が作られる。
「力ずくであなた様を奪います」
「くっそ!やっぱそうなるのか!」
 七尾矢が自然の剣を構えてレインを注視する。ここで戦っては周囲に影響を及ぼしてしまう。否、正々堂々戦っては勝ち目がない。
「芽生えろ!」
 レインの前に大樹の壁を生成してレインの視界から逃れる。
「そんで!」
 大樹の枝を伸ばして逃げる。フリをする。誰も乗っていない枝の伸ばしながら七尾矢は偶然近くにあった物陰に隠れる。これで七尾矢が遠くへ逃げたと思って追いかけてくれれば時間が稼げる。
「と、考えると思いました」
 大樹の壁が粉々に破壊され、あまりにもあっさりと見つかってしまう。時間稼ぎにすらならない。
「くっそ!やるしかないのか!」
 自然の剣で木々を生成。地面から生えた木々がレインに襲いかかる。
「ふふ。やっぱり」
 木々がレインに衝突する、瞬間に水の刃で一瞬にして切り刻まれる。
「あなた様、弱いですね」
 くすりと笑いながら七尾矢を嘲笑するレイン。そんな事は言われるまでもなく百も承知だ。
「そうだ、俺は弱い。だから君を守る白馬の王子にはなれないよ」
「いいえ。あなた様は王子様です。拙の、拙だけの!」
 レインが七尾矢の真似をする様に水の塊が自分の意思を持つ様にうねうねと動く。その姿はまるでスライムのようだ。木々でスライムを攻撃して抵抗を試みたがそのスライムに七尾矢はなす術もなく捉えられる。
「このっ!」
「無駄です。先程よりも力を込めているので」
 スライムを振り解こうと自然の剣を発動させようとするが身動きが出来ない上に力が入らない。最初の襲撃時は七尾矢が弱い事に気づいて手を抜いていたと言う事か。ならば七尾矢のやる事は一つ。
「聞かせてくれないか?どうしてそこまで俺に固執するんだ?俺は王子様なんて偉大な物にはなれないよ」
「大丈夫です。あなた様は既に拙の王子様になったのです。後は拙と共に生き、子を成し、共に死んで欲しいのです。それだけが、拙の望みです」
 レインの願いは聞くだけならごく自然のものだった。それはレイン程の若い女性なら誰しもが望んでいるであろう平凡な幸せだった。
「王子様っていうのは名称でしかないってこと?」
「そうですね。拙はただ純粋に、あなた様に恋をしたのです。だから。拙はあなた様と一緒になりたい」
 やり方は強引だがレインの返答はごく自然のものだ。だが。
「そんなもん!!!許せる訳ないでしょうがぁぁぁ!!!」
 七尾矢の言葉を誰かが代弁する。その声の持ち主は七尾矢にまとわりつくスライムを切り尽くしレインに岩の柱を振り下ろす。
「な、なんでここにいる六継紀!?今は授業中の筈だろ!?」
 七尾矢の言葉を代弁し、七尾矢を助けたのは七尾矢の実の妹、神谷六継紀だった。
「お兄ちゃんに付けた盗聴器と発信機がぶっ壊れたから助けに来たの!特異課とアルカイアにも連絡入れたから後数分で着くよ」
「あら六継紀ちゃんではないですか。可愛い私の義妹」
「ふっざけんな!!お兄ちゃんは渡さないから!!!」
 レインはあたかも六継紀と知り合いであるかの様に六継紀に話しかける。それが六継紀の逆鱗に触れ、七尾矢と同じ形の違う異界武具を握りながら六継紀は大声でレインに叫びながら剣を向ける。妹よ。兄の為にここまで怒ってくれるのか。
「お兄ちゃんは私と結婚するの!!!だからあんたは死ね!!!お兄ちゃんに近づく雌猫共は悉く死ね!!!」
「・・・」
 完全に自分の為だった。七尾矢の為でもあるのかも知れないが、いや。六継紀本人の為であろう。断言できる。兄の感動を返して欲しい。
「そんなぁ。拙は六継紀さんの事大好きですよ?可愛い可愛い義妹ですから」
「私とあんたは他人ですぅ!!!よってお兄ちゃんとあんたも他人!!!赤の他人です!!!」
 怒りに身を任せながら大声でレインを怒鳴る六継紀。ブラコンここに極まれり。
「はぁ。出来れば仲良くしたかったけれど、仕方ありませんね」
 レインが短く、少し色っぽいため息を吐くと手に水の短刀を作り出して怪しげな笑みを浮かべる。
「力尽くで旦那様を盗ませて貰います」
「殺す!!!」
 レインが足を動かす前に六継紀が剣を振る。すると巨大な岩石の弾丸が周囲に作り出され、即座に放出される。
「そういえば直接見るのは初めてだな」
 六継紀の異界武具は岩石の剣。七尾矢の自然の剣の兄弟剣で自然の剣と違うのは属性のみという珍しい武具だ。ちなみに岩石の剣の方がお姉さんなのだそうだが、そんな事はどうでもいい。
「いい技ですね。旦那様より強いみたい」
 微笑をしながらレインは二人の元へゆっくり歩いていく。そのレインの前方には水の盾の様なものが展開されており、岩石の弾丸を受け止めては岩石を破壊していく。
「舐めんなっ!」
 六継紀が中指を勢いよく突き立てるとレインの足元から岩石の槍が突き出て、レインを貫き空へと飛ばす。
「痛っ。やってくれましたね」
「その程度のダメージって。ふざけてんの?」
 六継紀の攻撃は確かにレインを貫いた。しかしダメージはお腹に少し切り傷があるだけだ。
「水だ!レインの体には水が展開されててそれが外傷を最小限に減らしてる!!」
「厄介極まりないっ!!」
 七尾矢の言葉に六継紀が舌打ちをしながら岩石の柱をレインと六継紀の間に打ち立てる。
「逃げるよお兄ちゃん!こいつには私達だけじゃ勝てない!」
「六継紀!!!」
 七尾矢の手を取って走り出そうとした六継紀を七尾矢が突き飛ばす。
「お、兄、ちゃ」
 その瞬間。凄まじい勢いの水が岩石の柱を貫き、七尾矢の体をも貫いた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

伯爵様は色々と不器用なのです

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:122,589pt お気に入り:2,492

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:8,194pt お気に入り:3,810

妹ばかり見ている婚約者はもういりません

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:53,906pt お気に入り:6,784

天才第二王子は引きこもりたい 【穀潰士】の無自覚無双

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,158pt お気に入り:3,290

趣味を極めて自由に生きろ! ただし、神々は愛し子に異世界改革をお望みです

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:10,962pt お気に入り:11,864

一般人がトップクラスの探索者チームのリーダーをやっている事情

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,307pt お気に入り:78

処理中です...