豊穣の剣

藤丸セブン

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4章 最終編

49話 マリーゴールド

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「風刃!」
 風の刃が目の前の敵を切り裂いて敵が倒れた事を確認する。
「ふーぅ。戦闘は得意じゃないんだからあんまり襲ってこないで欲しいなぁ」
 襲って来た組織の構成員を蹴散らした焔は額から流れる汗を拭って一息付く様に地面に腰を降ろす。
「ナウラに貰った薬飲んじゃおう」
 懐から小さな小瓶を取り出して口元へ運ぶ。中に入っている水を一気に飲み干すと戦闘で負った傷が段々癒えてくるのが感じられる。
「ぷはぁ!美味い!もう一本!」
 ふざけながら小瓶をゴミ箱に放って背伸びをしながら立ち上がる。戦闘が苦手とは言ってもここでいつまでも休んでいる訳にはいかない。焔が今いるのは武具を持たない自衛隊の隊が配置されている場所。出来る限り命を守る為の戦いをしてきたが、死傷者は既に多く出ている。
「・・・いや。私はよく頑張ってる!私がいなかったらもっと人が死んでたさ!」
 自分を鼓舞させる為に頬を叩き走り出す。既に三十人以上の組織の構成員を倒したが、まだまだ敵は多いだろう。
「お?」
 街角を曲がると一人の自衛隊員が蹲っているのが視界に入った。
「どうした?大丈夫か!?」
「来ては行けません!」
 隊員に駆け寄ろうとした焔を隊員が制止する。すると隊員は突然立ち上がり銃を焔に向けた。
「え?」
「逃げて下さい!」
 隊員がそう叫ぶと同時に引き金が引かれて弾丸が焔に飛ぶ。焔はすぐ様反応して風で弾丸を防いだ。
「ど、どうしたんだ!?私あなたに何かしたっけ!?」
「違うんです!体が、体が勝手に!」
 震えながらも銃口を焔に向ける隊員。その瞳には涙が浮かんでおり、焔を撃つ意思がない事は容易に窺える。
「っ!すまない!」
 焔が鞭を振い隊員の手から銃を叩き落とす。
「よし」
「まだです!」
 銃を落とせて安心した焔に隊員の声が響く。隊員は小刀を持って焔に駆け出していた。完全に油断していた。間に合わない。
「君は本当に甘いな」
 聞き覚えのある声が焔の耳元で聞こえたと思った瞬間に隊員が炎に包まれた。その勢いは強く、隊員の体が直ぐに燃えていく。
「あ、りが」
「・・・」
 隊員の最後の声に隊員を燃やした少年は無言で答えた。
「なぜだ、なぜ殺した!?彼はまだ生きていただろう!ヨゾラ!」
「ああ、生きてたね。でも、だから動いていた。彼を生かしていたら今頃君は死んでたよ」
 ヨゾラはいつもの人を煽る様な言葉遣いで焔の問いかけに答える。
「確かに彼の様子は可笑しかった。でも救う方法はあったかも知れないだろう!」
「ないさ。彼の体には、小さなマリーゴールドが咲いていたからね」
 ヨゾラのその言葉に焔は思わず息を呑む。普通の人間なら何を言っているのか分からないで困惑してしまうだろうが、焔は違う。体にマリーゴールドが咲くなどという本来あり得ない事例を焔は知っている。
「あいつか」
 焔の目には普段温和な性格をしている彼女からは考えられない程明確な殺意が宿っていた。その焔の姿を見てヨゾラは静かに決意を固めた。
「行こうヨゾラ。こんなふざけた事をした奴を、殺しに行かないと」
「いいのかい?殺しは約一名の隊員が嫌がると思うけど。それと、君もね」
 ヨゾラの言葉に焔が唇を強く噛む。焔とて好んで人殺しをしたくないし、七尾矢の言う生きて罪を償わせるという考え方にも賛成だ。しかし。
「何事にも例外はある。何者かは知らないけど、犯人を生かしていたらダメだ。これ以上、母さんや父さんの様な人を作りたくない」
 そして、焔の様な人間も。これ以上作るわけにはいかないのだ。
「それじゃあ、急がないとだね」
 ヨゾラがそう言って視界を移す。そこには、体の至る所にマリーゴールドの花を咲かせた自衛隊の男性達がこちらに向かってきていた。
「彼らの先に、あいつがいると思うか?」
「念の為ナウラに場所を探らせて、ボクらはこの人達を埋葬してあげよう」
 ヨゾラは素早くスマホでナウラに連絡の言葉を打ち込み終わると武具を起動した。
  ◇
「さて、それではあの自ら邪神と名乗っているくそ神を殺しに行きましょうか」
 場面は切り替わり、レインとの戦闘後。七尾矢、六継紀、茜の治療を終えたレインが笑顔で物騒な事を口走る。
「裏切らせた俺が言うのも何だけど、そんな事言ってもいいのか?」
「拙は他の幹部程あの人に尊敬の気持ちがあるとか狂信してるとかいう気持ちは無いので。何度か下克上しようとしましたし」
「それは、なるほど」
 常に笑顔で話すレインに七尾矢は冷や汗を流す事しか出来ない。
「ええ。なので拙が裏切る事は想定の範囲内だと。そうですよね?」
「え?」
 レインがまるで誰かに語りかけている様な口調で七尾矢に、否。そこにいる誰かに言う。
「その通り。よく分かったね」
 七尾矢の背後から声が聞こえる。その声の主は先程レインが倒した筋肉質の男だった。
「こんにちは。お元気ですか、ロキ様?」
「なっ!?」
 ロキと言う人物名に七尾矢は耳を疑う。ロキ、とは組織のボスである神ロキの事で間違いないのだろうか。
「いいや。正確に言うならばこの体は私のものではないよ。今はこの体を借りて話しているに過ぎない」
「それで、貴方を裏切った拙にはどんな罰が待っているのですか?」
「何、そんなに酷いことはしないさ。君にはこの世界を征服した後に戻ってきてもらうつもりだからね」
 傷だらけの男が目を閉じたまま話をするのは凄くシュールな光景だが、そんな事を言っている場合ではない。
「随分と落ち着いてるんだな。仲間が、しかも幹部の一人が裏切ったっていうのに」
「君が神谷七尾矢君。レインを堕とした相手。そして」
 ロキの含みのある言葉に違和感を持ちながらもその事を口には出さない。ただ次のロキの言葉を待つ。
「先程レインちゃんが言った様に、彼女が裏切る事は想定済みだったからね。それに、人生というゲームには!予想外の出来事がないと面白くないからね!!」
「面白い?そんな、そんな理由で沢山の人を殺したのか!!?」
「そうとも!何と言ってもオレは邪神だからね!!!」
 両手を広げて誇らしげに威張るロキに七尾矢は無性に腹が立ってくる。この男を、直ぐにでも捕らえなければ。
「さて、無駄話はここまでだ。レインちゃん。君に罰を与えよう」
 ロキは親指と薬指を合わせて指を鳴らした。パチンッ!という軽快な音が鳴った瞬間、レインが右耳に装着していた異界武具であるイヤリングが粉々に粉砕された。
「異界武具を!?」
「そんなに驚く事はないだろう?彼女にはまだ利用価値がある。そして幾ら彼女と言えど武具がなければ脅威とはなり得ない。そうだろう?」
「確かにその通りです。悔しいですが、これで拙はあなた様の力にはなれなくなってしまいました」
 レインが申し訳なさそうに七尾矢を見る。勝ち誇った様なロキの表情は尺に触るが、今はレインの気持ちの保護を大切にしよう。
「大丈夫だよ。君が敵にならないだけでも大きな成果だ」
 この言葉に間違いはない。もしレインが力になってくれればかなり戦況が有利にはなるが、力になれなくても敵対しないだけでも七尾矢達にとっては大きい。
「おっと、そろそろこの体が持たないか。では七尾矢君、君がオレの元へ辿り着ける事を願っているよ!」
「辿り着く?お前は今どこにいるんだ!?」
「幹部を皆んな倒したら教えてあげよう。さて、では」
 ロキがそう言うと街に大きな音で放送が鳴り響いた。
 <戦争中の諸君!今戦況が大きく動いた!我らが組織の幹部、レインが破られた!レインを破ったのは我らが敵のスーパールーキー!神谷七尾矢君だ!!しかしオレは心配などしていないよ。君達は強い!必ずオレに勝利をもたらしてくれると信じている!さあ諸君!戦争を楽しんでくれたまえ!!!>
 ロキの声が街中に響く。この放送は組織の鼓舞にもなるが、同時に特異課の鼓舞ともなる。
「何の為の放送なんだ?」
「楽しんでいるのですよ。彼は、この戦争を」
 ロキは戦争を楽しんでいる。自分達の兵隊と敵の兵隊両方を鼓舞して更に激しく、見応えのある戦争へさせようとしているのだ。
「一刻も早く幹部を倒して、あのふざけた神様の元へ行かないと」
「ええ。拙も微力ながら協力させて貰います。武具は使えなくとも、シンプルに剣で戦うくらいは出来ます」
 方法は決まった。後は、幹部を全員倒すだけだ。
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