豊穣の剣

藤丸セブン

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4章 最終編

56話 イレブン

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「ロキが、アレグリア?」
 今目の前にしている光景に目を疑う。隣には幾度となく同じ戦場を駆け、助け合った仲間のアレグリア。目の前にはいかにもラスボスが座っていそうな席に座り、漆黒のマントを纏ったアレグリアと全く同じ顔をしたロキがいる。
「何故君がこの神殿を知っているのか。そうボクがそう聞いた時に君はこいつにあった方が説明が楽と言ったな。これがその理由なのかい」
「その通り。後は、ちょっとしたサプライズかな」
「笑えないね」
 苦笑いを浮かべながらそう言うアレグリアにヨゾラが真顔で返す。確かにこのサプライズは嬉しくも無ければ笑えるものでもない。
「何だ。まだ説明していなかったんだね」
 ロキが楽しそうに笑いただの事実を口にする。
「そこにいる彼、高菜アレグリアを名乗っている人物は。オレのクローンさ」
「アレグリアが」
「ロキのクローンだって?」
 七尾矢とヨゾラの視線がロキからアレグリアに移る。そんな目線で見られたアレグリアは静かに頷いた。ロキの語った事が事実であると。
「オレはここで生まれた。ロキという完全なる神のクローン、その十一体目としてね」
  ◇
 その男が初めて目を覚ましたのは暗く、狭い水槽の中だった。
「おお!目を覚ました!成功じゃ!!」
 若い男の声が耳に入り、上手く動かない体を傾けてその声を主を見る。そこには筋肉質の男とその他の白衣を着た男女がいた。男の脳内にある科学者という職業に該当する様な見た目をしている事から、彼らをそのまま科学者と考えた。
「さて」
 筋肉質の男が男の入った水槽についている機械を操作する。すると数秒後に水槽が音を立てて解体されていった。そうなると必然的に男は水槽の外へ出される。
「初めましてじゃな。ワシの名は、何じゃったか」
 男に会話を試みてきた筋肉質の男が自分の名前を忘れて頬に指を当てる。
「な、まえ」
「お、そうじゃな。うぬにも名前が無いと不便じゃ」
 男の小さな呟きに答える様に筋肉質の男はポンと手を叩いた。
「うむはイレブンじゃ。十一体目の素体じゃからな」
「イレ、ブン」
 それがイレブン、現在の高菜アレグリアがこの世界に誕生してから初めてした会話だった。
「今日から実験を始めるとしようかの」
 イレブンがこの世に生まれてから三日後。戦闘訓練が始まった。イレブンに求められていたのは七属性の使用。その七つの属性を使いこなす事だった。
「属、性?」
「うむ。ロキ様は七つの属性全てを使いこなす。無論武具なしでじゃ。うぬにも七つの属性を武具なしで扱って貰う」
 そうして実験が始まった。生まれたばかりのイレブンはまず一つの属性を使う事に集中した。選んだ属性は水。その理由は水槽の中に入っていた事から最も想像しやすい属性だったからだ。その結果は。
「うむ。流石はロキ様のクローンじゃ」
 成功。イレブンは水の武具を使う事なく水を放出する事に成功した。水の威力は凄まじく、傷の治療という応用の技術もイレブンはすぐに取得した。その事に科学者達は実に満足げだった。しかし、問題が起こった。
「がっ!はぁ、ぅぅ!」
 水の次、氷属性を使いこなす為の実験中にイレブンの全身を痛みが襲った。何故痛みが走ったのかは不明。どうすれば痛みが治るのかも不明。何もかもが不明だった。
「これは、不味いのぅ」
 実験は続いた。毎日、毎晩。休む事なく。イレブンの体は実に頑丈だ。斬られれば血も出るし、痛みの蓄積は溜まっていくけれど、実に頑丈に作られているので壊れはしない。それを良しとして科学者達は実験を辞めなかった。氷の術をイレブンにぶつけて氷の感覚を掴ませる。冷凍庫に一晩閉じ止める。イレブンが氷という属性を使いこなす為に科学者達はありとあらゆる手段を用いた。そんな日々が続いたある日、イレブンは突然氷属性を使える様になった。氷に触れた期間は実に二ヶ月だ。
「二ヶ月で一つ扱えたのなら、もう二ヶ月かければもう一つの属性も使える様になるのう」
 その言葉はイレブンにとっては恐怖以外の何者でもなかった。二ヶ月間に及ぶ実験は生まれたばかりのイレブンの心を壊すには充分すぎる物だった。
「嫌だ、嫌だ」
 実験が辛い。痛い。悲しい。痛い。虚しい。痛い。体が壊れる。痛い。痛い。恐ろしい。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
「逃げなきゃ」
 逃げる。どこに?
「逃げるんだ」
 逃げる。どうやって?
「に、げ、ないと」
 どうすればいいのか。イレブンは今鉄格子の檻の中にいる。鉄格子の檻は頑丈だ。破る事は出来ない。その様にイレブンは記憶している。だが。
「鉄、格子」
 その鉄格子に触れてみる。硬い。普通に考えればただの人間が鉄格子を素手で壊せる訳がない。だが。
「壊せる」
 鉄格子は錆びており、イレブンは普通の人間ではない。イレブンは生まれこの方反抗的な態度を取ったことがないので警備としてはザルだ。イレブンが本気で脱走をしようと思えば、恐らく可能だ。
「狙うのは、朝の五時」
 ロキの神殿は基本夜型である。故に脱走を狙うのならば朝と夜の境目。その時間帯が一番可能性がある。
「脱走、か」
 例え、上手く逃げられたとしても。行き場はあるのか。人間としての知識はある。しかし知識があるだけでは人間世界には馴染めない。
「いや。よそう」
 そんな事を考えても仕方がない。イレブンはここから抜け出すのだ。この地獄にこのままいたら、せっかく芽生えた自分の人格が完全に崩壊する。それだけは、嫌だ。
「オレには自分がない。親がいない。兄弟はいるらしいけれど、生きている兄弟はいない。いたとしてもオレと同じ実験台。それなら」
 自分が自分でいる為に。自分という人格を形成する為にも、イレブンはここから逃げるのだ。行き場はない。これからの目標もない。それでも。
「オレは、オレの人生を生きる」
 決意は万全。その為の睡眠もしっかりと取った。そして、予定時刻となった。
「よし」
 結構前に周囲を確認。見張りはいない。この時間はちょうど見張りが交代するタイミングで、今日の警備員はサボり癖がある。抜け出すには絶好の機会。
「・・・ふぅ」
 鉄格子に触れ、自らの体内に流れる気力に集中する。繰り出す属性は一番使いやすく、慣れ親しんだ、水属性。
「激流よ」
 イレブンの身体中に流れる気力が掌に集まり、凄まじい激流を放つ。イレブンから放たれた激流は鉄格子を、鉄格子の先の扉を、扉の先の壁を呑み込み突き進む。その激流が収まる頃には、イレブンの掌の先は一キロ先が見える程に開かれていた。
「さあ、行こう」
 こうして、イレブンと呼ばれた男は外の世界へと飛び出した。

それから数ヶ月後。

「はぁ、はぁ、はぁ」
 外の世界は未知の世界。生きるのにはお金が必要で、お金を稼ぐには仕事がいる。そして仕事をするには身分が必要だった。
「くそ、余分な性能を付けやがって。クローンに空腹機能なんていらないだろ」
 イレブンはクローンなので人間ではない。だが時間が経てば腹が空くし、睡眠を取らなければ活動に支障が出る。極め付けは傷を負えば血が出るし致命症を負えば死ぬのだ。
「本当に、人間みたいだな」
 人間になりたいと願った事はない。イレブンは人間ではなく自分を望んだのだ。自分が自分でいられる場所を探して。しかし現実は甘くなく、職に就けたと思えば組織から追われ、結局遠くに逃げらければならなくなる。イレブンがイレブンとして生活していける場所は未だに見つからない。
「イレブン、か」
 イレブンと言う名前は自分を示す名前。しかし、その名前は果たして自分を示す名前なのだろうか。
「分からない」
 子供の名前は親から与えられるもの。イレブンと言う名前もその様なものならこの名前は自分を示す物なのだろうが。凄く、嫌な気持ちになる。
「不味い、最近、食事を摂って、いなかったから」
 体の調子が悪い。目がぼやける。それでもイレブンは歩き続けなければ。
「ここ、を。離れ、ないと」
 数日前からイレブンを働かせてくれていた親方は良い人だった。そんな良い人をイレブンの都合に巻き込みたくない。ならばどうするか。できるだけ遠くへ。危害が及ばない様に遠くへ。
「く、そ。自分って、何なんだよ」
 イレブンの意識が段々と薄れて、とうとうその場に倒れ込んだ。
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