豊穣の剣

藤丸セブン

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4章 最終編

57話 アレグリア

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「・・・んっ?」
 体を走る痛みにイレブンと名付けられた少年は目を覚ました。目を覚まして一番最初に見えたのはベージュ色の天井。次に見えたのは見知らぬ顔の男。
「お、目が覚めたかい?」
 そう問われてイレブンは慌てて周囲の状況を確認する。見たところここは普通の家の一部屋。イレブンはそこにあるベットに寝かされており目の前には自分を心配そうに見る二人の男女がいた。
「大丈夫かい?」
「っ!触るな!」
 男がイレブンに心配そうに触れようとするのでその手を思い切り弾きベットから飛び降りる。そして氷の短剣を作り出し戦闘体制をとる。
「ま、待ってくれ!僕たちに敵対の意思はない!」
「その通りです。それにそんな体で無茶をしては」
 男女は敵対の意思がないと主張して両手を上にあげる。その二人を暫く見ていたが本当に敵対の意思はない様に見えたのでイレブンも短剣を消滅させた。
「ここはどこだ?」
「僕たちの家だよ。昨日の夜傷だらけで倒れていた君のアルカイア、僕達の息子が発見してね。君の目が覚めるまで保護していたと言う訳さ」
 男の言う事に嘘はない。少なくともイレブンはそう判断した。
「何故オレを助けた?」
「何故?」
「意味もなくオレを助ける訳が無いだろ。なにか見返りを求めているんだろう。金なら少しは」
「いやいや!そんなものいらないよ!僕達は見返りを求めて君を助けたんじゃない!」
 男が頭を激しく振り女も首を縦に振る。
「は?」
「人が人を助けるのに理由なんていりませんよ。私達はあなたを助けたいから助けたのです」
 人が人を助けるのに理由はいらない。そんな筈はない。人とは自分の利益の為にしか動かない。科学者の輩は勿論、脱走した後にイレブンを働かせてくれた人達も労働力を対価としてイレブンを少しの間匿っていた。なんの対価も求めないなど、あるはずがない。
「おっと、自己紹介がまだだよね。僕はアルフォーゼ。彼女は僕の妻のアンだ」
「あなたのお名前は?」
 アンと紹介された女に名前を問われる。自分の名前。それは。
「・・・分からない」
 イレブンという言葉は自分を指す言葉だ。それは間違っていない。しかし今の自分は実験体ではない。ならば、自分の名前は。自分とは何なのだろう。
「ふむ。それは寂しいな」
「じゃあ何か好きな食べ物はありますか?作って持ってきますよ」
「好きな、食べ物」
 名前の次は食べ物。しかし、これも思い当たるものがない。食事は行うが、何が好きかなど考えた事もなかった。
「・・・」
「うーん。これもなしか。薄々気づいていたけどかなりひどい生活をしてきていたのだろうね」
 沈黙を貫くイレブンに二人は悲しげな顔を見せる。
「じゃあ、名前を付けてあげようよ」
 部屋の外から高音で可愛らしい声が聞こえた。ふと扉を見ると扉を小さな体で開けていた少年がいた。先程アルフォーゼが言っていた息子だろう。
「いい考えだね。君はどんな名前がいい?」
「どんな、名前」
 思いつくはずがない。この世の事どころか自分の事すら分からない自分に。相応しい名前など。
「じゃあ、アレグリアって名前はどうかな?」
「アレ、グリア」
「うん。この間テレビで見たんだ。なんとか語で喜びって意味なんだって。お兄さんのこれからの生活が喜びに溢れる様に」
 小さな少年は何が嬉しいのか笑顔を見せてそう答える。その少年の心は、今きっと喜びに満ちているのだろう。
「いい名前だ。我息子ながら最高のネーミングセンスだよ」
「ええ。素晴らしい名前だと思います。あなたはどうですか、アレグリア?」
 アンが未だに困惑するアレグリアに優しく微笑んで静かに問いかける。そしてアルフォーゼとアルカイアが静かに自分、イレブン、アレグリアの答えを待っている。
「アレグリア。オレの名前は、アレグリアが、いい」
「うん!」
 イレブンを改め、アレグリアの小さな呟きにアルカイアは元気に頷いた。
「さて、それでは食事にしましょう。アレグリアもお腹が空いたのでは無いですか?」
「お腹、空腹か」
 そう言われるとアレグリアの腹が空腹を主張する為にギュルルルという音を立てた。
「うふふ。じゃあ作ってきますね」
「僕も手伝うよ。アルカイアはアレグリアと一緒に待っていて」
「うん」
 こうしてアレグリアは彼らとの生活を始めた。アルフォーゼ達は優しくいつまでもここにいていいと言ってくれた。アレグリアにとってその言葉は本当に嬉しい言葉だった。勿論アレグリアもただでいさせてもらった訳ではない。アルフォーゼの仕事を手伝ったり、掃除や洗濯を覚えてアンと共に行ったり、アルカイアと二人で勉強もしていた。アレグリアにとってこの生活は本当に喜びに包まれたものだった。だが。
「っ!!!」
 部屋で寝ていたアレグリアは恐ろしい気配を感じて飛び起きる。奴らだ。
「ここも、いつにバレたか」
 この街を壊させる訳にはいかない。アレグリアは一刻も早くこの家を出ていかなければ。
「ごめんなさい。ありがとうございました」
 小さく三人にお礼を言い、アレグリアは何も持たずに家を出た。ここが襲われる前に一刻も早くこの街を。
「なっ!」
 アレグリアが家を出た瞬間、街に巨大な雷が落ちた。他の家が炎に包まれ、雷は再び違う場所へ落ちる。
「クソ、ふざけるな!!!」
 アレグリアは駆けた。今のアレグリアがやる事はここから逃げる事ではない。奴らを全員殺す事だ。
「お前らァァァァ!!」
 扇風機という道具から得た着想を使い自らの体に風を纏わせて通常よりも早く、それこそ風の様に走る。そして目に見える組織の構成員を水の刃で切り裂いていく。本来なら今すぐここを離れるべきなのかも知れない。だが、アレグリアがいないからと言って奴らが街を放置するとも限らない。
「はぁぁ!」
 何十人目か分からない組織の人間の首を切り落とし肩で息をする。アレグリアの捜索に組織はかなりの人数を使っている様だ。そして、あの雷は恐らく幹部クラスのもの。
「ウワァァァァァァァァァァァァァ!!」
 そんな事を考えている時、聞き覚えのある声の絶叫が聞こえた。
「え?」
 その声の持ち主をアレグリアは知っていたが一瞬彼の声だと分からなかった。アレグリアの知る彼の声は常に優しく、温もりに満ちていたから。
「間に合ってくれ!」
 アレグリアは風のように駆け、絶叫の聞こえた場所へ着く。アレグリアがその場に着き、氷の防壁を作り上げるのと幹部らしき少年がアルカイアに雷が放ったのは同時だった。
「・・・ハハ!やはりここにいたんだ!探したんだよNo.eleven!!」
 楽しそうに笑う幹部の少年を捨て置きアルカイアを見る。
「ゴメン」
 アレグリアは謝る事しか出来なかった。アルカイアがここにいる。その時点でアレグリアは察してしまったのだ。きっと、彼の両親はもう。
「お前は、ここで殺す」
「それは好都合だ。ちょうど援軍が到着すると聞いたんだ」
 アレグリアがその言葉に静かに驚く。組織は自分に想像以上の戦力を裂いていた。ここは。
「ちっ!」
「なっ!逃げるのか!?そりゃないだろ!」
 氷の防壁を張って属性を変更。風を纏って気絶したアルカイアを抱えてその場を離れた。そうするしかなかった。
 これが、No.elevenの。高菜アレグリアの罪。自分のせいで自分の大切な人を殺してしまった。
「この子を、頼むよ」
 その後、組織に敵対しているレジスタンスと呼ばれる人々に気絶しているアルカイアを託し、アレグリアはその場を去った。大切な人を殺し、更に生きてはいても死よりも悲しい状況を作ってしまった。そんなアレグリアにアルカイアの側にいる権利はない。
「彼の身元は我々が責任を持って預かる。だが、君はどうするんだ?どこかいく場所はあるのか?無いのなら君も一緒に」
「ありがとう、でも」
 レジスタンスの一員の気遣いに感謝を述べるが、アレグリアの考えは変わらない。確かにアレグリアに行き場はない。だが、アルカイアの側にはいられない。
「お互いに、生きていたらまた会おう。その子を、弟をよろしく頼むよ」
 アレグリアはまた、行き場のない旅を続ける。
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