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4章 最終編
58話 豊穣の剣
しおりを挟むアレグリアの旅は二年ほど続いた。組織こら逃げ、時には応戦し、アレグリアはアレグリアなりの戦いを繰り広げたが、心は一向に晴れなかった。アレグリアの心の中にはアルフォーゼとアンを殺したという罪悪感が募る一方だ。そして幼いアルカイアの両親を奪ってしまったという重圧。それらが重く苦しい鎖となってアレグリアを縛っていた。そんな時、組織に襲われていた女を見つけ、見殺しにするのも夢見が悪いので助けた事があった。
「いやぁ助かったわ。助けてくれてありがとうね」
「・・・いや」
その女性は長い緑色の髪をぐちゃぐちゃにしながら肩で呼吸をしながらアレグリアにお礼をいう。その顔立ちは非常に整っており胸部は実に豊かに膨らんでいた。並の男性なら即座に一目惚れしてしまう様な美女だったが、アレグリアは何とも思わなかった。
「珍しいわね」
「何が?」
「初めて会う男の子って大体ワタクシの胸を凝視してくるものだから」
「胸部を見ることになんの意味があるんだい?」
本気で疑問に思っているアレグリアに女性は笑って「気にしないで」と笑った。
「見た所あなたは彼らに抗っている様ね。そして抗えるだけの力を持っている。けれど、レジスタンスのメンバーではない様ね」
「何故?」
「ワタクシはあなたを見た事がないもの」
想定外の言葉が返ってきてアレグリアは少し困惑する。自分が覚えていないからレジスタンスじゃない。その理屈が通るならこの女性はレジスタンスを一人一人覚えているという事だ。そうでなければこの理屈は通らない。
「新人かも知れないだろ」
「それならあんなに戦い慣れてないわ」
「・・・戦い慣れた新人もいる」
「うふふ。そうね、確かにいるかも知れないわ」
何故か女性のその言い分に反抗したくなって少し反論をしてみる。そうすると女性はアレグリアの反論を包み込む様に受け入れた。不思議な女性だ。彼女といると、彼女と会話をしていると不思議と心が安らいでいく様な感覚がする。実際にそんな事はないのだろうが。
「もしあなたさえ良ければ、レジスタンスに入ってくれない?今のあの子達は仲間が少なくてね、あなたの様に強い子の力が必要なの」
「・・・」
「何か入りたくない理由があるの?」
女性の目は実に穏やかだ。そしてその声は慈愛に包まれている。話すつもりはなかった。その女性は偶然助けただけのただの他人だ。しかし、アレグリアは話した。
「オレは、レジスタンスに入る権利がない。その資格がない」
「どうして?」
「大切な人が、出来たんだ。付き合いは凄く短かったけど、大切な人になった。そんな人達がいたんだ。でも、オレのせいで死んだ。オレが殺した」
アレグリアの脳裏に憎悪に満ちたアルカイアの顔が浮かぶ。アルカイアのあんな顔を、アレグリアは初めて見た。アルフォーゼとアンの遺体は確認していない。だが、アルカイアを見れば二人の安否は一目瞭然だった。アレグリアが殺したのだ。
「仲間を作るのが怖いのね。また大切な人を作って、失うのが」
「え?」
アレグリアは女性の言葉に俯いていた顔をあげる。失うのが怖い。今までアレグリアはそんな風に考えていなかった。アレグリアにはレジスタンスに入る資格がない。そうとしか考えていなかった。
「レジスタンスに入るのに資格なんて必要ないのよ。あなたが入りたいと願ったら、その時点でレジスタンスの仲間なの」
「でも」
「勿論入らなくてもいい。それはあなたの自由意識だもの。でも、レジスタンスにはあなたの大切な人がいるんじゃない?」
「っ!」
女性に心を読まれた様な気持ちになって少し警戒心を露わにする。そんなアレグリアを見て女性は急に驚き、「ごめんなさい!無神経だったかしら!?」とおろおろし出した。
(変な人だな)
慈愛に満ちていると思えば信念がある。かと思えばアレグリアを不快にさせたのでは無いかと考えて子供の様におろおろし始める。
「おほん!それで、どう?レジスタンスの仲間になってくれるかしら?」
そんな様子を隠す為に咳払いをしてアレグリアに手を伸ばす。レジスタンス。ロキに反抗する為の組織。アレグリアはロキを恨んでいる。自分の様な存在を、アルカイアやアルフォーゼの様な存在をもう二度と作らない為に、ロキを殺す。その為なら何でもする覚悟はある。そして。
「アルカイア」
たった数年間弟だった少年の名前を口にする。アルカイアはまだ生きている。だが、その心にはきっとアレグリアと同じく憎悪の炎を燃やしているだろう。いつ死んでもおかしくない戦場に立っているのだろう。
「あなたならアルカイアを救えるわ。どうかアルカイアを助ける為に、ロキを倒す為に。力を貸してくれない?アレグリア」
「・・・もしかして、襲われてたのは演技だったのか?」
「いいえ違うわ。あなたを勧誘しに来たのはホントだけど。その間に護衛の子と逸れちゃって。本当に襲われたの。実に危なかったわ」
冗談めかして笑う女性だが、それが本当なら実に危なっかしい人だ。
「人は一人で出来る事には限度がある。だから力を合わせるのよ」
「でも、オレは人じゃない」
「人でなくても一緒。ワタクシも、あのロキですらも。一人で出来る事には限界があるのよ。だからみんなの力を借りるの。ロキは世界征服という娯楽を達成する為に。ワタクシはあの男の性根を叩き直す為に。それがワールドオブルーラーとレジスタンスよ」
人ではない。そのアレグリアの言葉に女性は一切怯まずに言葉を続ける。その姿は実に神々しかった。
「見つけました!どこに行っていたのですか!」
呆然としていたアレグリアの耳に聞いたことのある声が響いた。聞いたことのある声。最近は聞いていなかったけど、忘れる事の出来ない声。少し成長して大人びていた、大切な、弟の声。
「っ!」
女性を探していた男、アルカイアがアレグリアを見てふにゃっと張り詰めた表情を崩した。
「お久しぶりです。兄さん」
アレグリアに見せたその顔は、憎悪に満ちたあの顔とはまるで違う。初めて会った時に見た、太陽の様な笑顔だった。
◇
そうして、アレグリアはレジスタンスの一員となった。アレグリアはロキのクローンである事を隠し、女性から授かった氷結の槍のみで戦った。力を見せたらせっかく出来た仲間に嫌われる気がした。
「アレグリア」
加入してから数ヶ月後。アレグリアはあの時の女性に出会った。
「お久しぶりです。お元気そうで良かった」
「ええ。早速本題なのだけれど、預かり物をして欲しいの」
「預かり物、ですか?」
アレグリアが首を傾げると女性は小さく頷いてとある物をアレグリアに渡した。
「これは?」
「彼女の為に作った特注品よ。属性を持った特別な武具は全部ロキが作ったものだけど、これはワタクシが作ったの。ロキとは違って量産する為にちゃちゃーっ!と作ったんじゃなくて、丹精込めて、入念に、愛情込めて作った自信作!」
女性は胸を張ってアレグリアに自慢する様にそれを撫でる。アレグリアは苦笑いをしながらそれを見る。
「でも、ご自分で渡せばいいのでは?」
「ワタクシはこれから用事があってね。彼女に渡して欲しいの。今は子育ての為にお休みしているワタクシの一番の信者に」
「そんな人に渡して力を発揮できるのですか?」
「ええ。彼女の信仰心は消えていない。寧ろこれがあればロキを背中からぐっさりイケるかも知れないわ!」
楽しそうに女性は笑いながら酷い事を言う。しかしそれは普段通りなので何も言わない。
「それで、この武具を渡す相手の名前は?」
「アリア。あ、今は違うか。神谷有紗と言う方がいいのかしら」
別の世界にいる彼女の一番の信者で彼女が実の娘の様に思っているの名前。この女性はアリアに絶対的な信頼を置いており、アリア自身も女性に絶対の信頼を置いている。故に彼女が作った武具を真っ先に使うのはアリアなのだ。
「あ、でももし彼女が訳あって使わないなんて事になったら別の人に渡して」
「別の人、とは?」
「決まってるじゃない。彼女の息子にしてワタクシの孫、神谷七尾矢ちゃんに」
◇
「お、俺!?」
アレグリアの長い話を聞き終え、その話に自分の名前が出てきた七尾矢が驚く。
「ああ。でもその後色々あって君のお母さんにそれを渡す事は出来なかった。でも、君には渡せたよ」
「え!?いや、アレグリアに貰ったものなんてあったっけ?」
七尾矢は今までのアレグリアとのやりとりなどを思い出す。すると、一つだけ思い当たるものがあった。それは、七尾矢が初めてアレグリアに出会った時に受け取ったもの。
「渡しただろ?」
アレグリアが笑顔で七尾矢に問いかける。その声に呼応する様に七尾矢の腰に下げてあった剣が輝く。その光は慈愛と信念が感じられる温かい光だった。
「それこそが豊穣の女神デメテルが創り上げた唯一にして最高の神造武具」
「豊穣の剣!!!!!」
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