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22話 天網評議会 その1

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 天網評議会の緊急招集。その日は定例会議の日ではなかったが、評議会のメンバーは普段使用しているロードスター宮殿の第一会議室への招集が決定していた。

「ダンライラム殿、やはり早いですね」
「む? アトモスではないか、貴公も早いな」

 第一会議室へと向かう途中の廊下で、二人の評議会メンバーは顔を合わせる。赤い髪を背中辺りまで伸ばした二枚目の青年アトモス・オリヴェイラと、白髪でしわが目立つ人物のダンダイラム・オーフェンだ。年齢は50歳を越えているが、目力は若い頃と変わらず凛々しいもので、全盛期の力を保持している。

 評議会序列はアトモスが5位、ダンダイラムが7位となっている。



「評議会の緊急招集……ただ事ではない気配が致します」
「うむ。ヨルムンガントの森について、サラから報告があるようだ」
「私も先ほどサラの姿を見かけましたが……とてつもない表情をしていましたよ。なにか恐ろしい物を見たような。あんな表情の彼女は初めてですね」

 緊急招集の内容は明かされていない二人であるが、サラの表情などからも既に何らかの脅威が確認されたことを予想していた。

「そういえば、ニッグやエルメスたちの姿は見たか?」
「いえ、私が見たのはサラのみです。今回のメンバーではないですが、アナスタシア殿は先ほど拝見しましたが」
「アナスタシアは目立つからな。確か、彼女は仮面の道化師関連の騒ぎに招集されているはず。会議にも遅れて来るだろう」
「そうですか」

 アトモスとダンダイラムの二人は会話をしながら第一会議室の前へとやって来る。彼らが到着した時には既に先客が椅子に着席していた。

「アトモス、ダンダイラムさん。……こんにちは」
「ホアキンか。君は相変わらず言葉遣いが変ですね。ははは」
「気に、しないで」

 片言の言葉を話しているのか、ホアキンと呼ばれた男はアトモスに返した。特に言語障害があるわけではなく、こういった方言なのだ。ホアキンはアトモスよりも若く、年齢は20歳だ。眉毛は太く、黒い瞳は焦点が定まっていない。やや右よりに分け目を入れており、黒髪の長さは耳にかかる程度のものだ。

 見た目は機械のように感情が読みにくい印象を受ける人物であった。彼は現在の評議会で3番目に若いメンバーである。

「我々と9位のホアキンが揃ったか。あと来るメンバーは……」
「ネロは遅れてくる、と言っていた」
「2位のネロも遅れるのか。3位のアナスタシアも遅れるようだからな……」


 2位と3位が遅れてやってくる。ダンダイラムは既に揃っている面子とこれから来る面子を指で数えながら確認していた。

「サボり癖の酷い、あの者は含めないとして……あとはサラやニッグたちだな」

「ニッグ様たちは……来られません」

「サラ……?」

 そんな時、第一会議室に入って来たのはサラだ。ダンダイラムたちは彼女に視線を合わせるが、彼女の眼は生きているとは思えないように淀んでいた。仮にも評議会序列10位の人間。精神力は並みの人間などとは比べ物にならないはずだ。

 そんな生気の薄い彼女の表情を見て、会議室の者達は一抹の不安を覚えた。


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「3名の評議会メンバーが死んだというのか……!?」

 天網評議会……円卓の会議用の荘厳な机には、サラを含めて合計で4名の人物が座っていた。それぞれが、サラの報告に言葉を失っているようだ。ヨルムンガントの森からの唯一の生還者である彼女に至っては、汗だくになりながら、既に生気を帯びていない。

「ニッグ、エルメス、ランパード……彼ら3名は使命を全うするも、名誉ある死を遂げました……サラ・ガーランドより報告致します」

 サラは少し涙目にすらなっている。目の前で起きた現象は未だに信じられないのだ。伝説上でしか確認されていない竜族……。

 魔神の部下と名乗っていた銀色の竜は、ニッグたち評議会のメンバーを次々と殺戮していった……。

 サラ自身を含め、テルミス大陸の調停者としての自負を有していた者達。魔物たちからの脅威を守るのは、自分たちであるとの自信が見事に粉砕された瞬間でもあったのだ。

 青の髪を有する美しいサラの姿はそこには存在しておらず、自信を打ち砕かれた女性が、ただ立ち尽くしているだけとなっていた。

 評議会のメンバーの1人である白髪の初老の男、ダンダイラムが口を開く。その唇は震えており、事実とは認識し難いということが伝わって来た。


「序列4位に属していたニッグまでもが……。あり得ない、いくらシルバードラゴンという未知の魔物であったとしても……そんなことが」

 ダンダイラムの懸念は、ただ評議会のメンバーがやられたことには留まらなかった。ニッグたちを打ち倒したドラゴンは魔神の配下に該当しているのだ。彼らにとって、その点がなによりの脅威となっていた。

「序列4位のニッグ、6位のエルメス、8位のランパード、彼らの弔いは後程行うとして……今はこの壮絶な事態にどのように対処するかを早急に考えるべきですな」

 ダンダイラムの隣に座っていた、アトモス・オリヴェイラが口を開いた。年齢は24歳と若い彼ではあるが、この会議の時点で相当に歳をとったような雰囲気を醸し出していた。

「アルビオン王国はテルミス大陸はもちろん、周辺の大陸を含めても非常に強力な戦力を有していると思われます。その中での最大戦力である我々が3人も同時に失うなど、前代未聞と言えましょう」

 アルビオン王国の1000年以上の長い歴史を鑑みても、評議会のメンバーが3人も同時に消えることなど無かったと言える。その1点を考えても、非常に重大な事態と考えることができた。序列5位に属しているアトモスの表情も非常に強張っている。

「サラ、あなたの見たシルバードラゴンですが……如何ほどの実力かは想像ができますか? 序列4位のニッグ以上ということは明白ですが、3位のアナスタシア、2位のネロと比較しての話になります」

 アトモスは唯一の生き残りであるサラに問いかける。この場には二人の姿はまだないが、だからこそ、アトモスは問いかけを行ったのだ。

 サラは震えていた。銀竜であるレドンドの姿を思い浮かべているのだ。通信機越しに、レドンドの名前も聞こえていたサラ……姿そのものは見ていないが、震えを止めることはできない。


 サラは評議会2位のネロ、3位のアナスタシアという人物のことを良く知っていた。特に同じ女性であるアナスタシアとの交流は深く、全力の強さはわからないながらも、自分とは比較にならない実力を有していることは承知している。

 しかし、彼女の表情はなおも暗いままだった。


「評議会最下位である私の見立ては曖昧なものかと思われますが……ネロ様、アナスタシア様をもってしても、単独であの竜を討伐することは不可能かと存じます」

 サラの率直な意見と言えた。彼女の序列は10位であり、この中では実力は最下位であるが、それでも騎士団長のハンニバル以上の力を有している。彼女の言葉は非常に重みのあるものであった。

「そうですか……実際に現場にいたあなたの言葉だ。その竜の強さは尋常ではないのでしょう」
「……はい。遠距離まで届く、相当に弱い攻撃ですら、私とハンニバル様の二人で弾き返すのがやっとでした」

 アトモスやダンダイラムの表情は強張る。緊急招集とは伺っていた彼らではあるが、出だしから絶望的な状況を聞かされている気分になっていた。

「も、問題が、山積みだな……」
「ホアキンの言う通りだ。辺境地とはいえ、我が領土内にそのような化け物が存在するとは……。さらに、3人の評議会員の喪失……こんなことが北のマリアナ公国などに知られたら侵略の隙を許す可能性もある」

 ダンダイラムは焦っていた。北のマリアナ公国はアルビオン王国に匹敵すると言われている強国である。以前まではそれなりの強さの国であったが、近年になって急激に軍事拡張を行ったことでも知られていた。そういったこともあり、戦力の中心である評議会が削がれたのは非常に厳しい事態なのだ。


「公国の動きにも注視しなければなりませんが、まずはその竜をどのように始末するかでしょう」
「そうであるな……では、騎士団をヨルムンガントの森に総動員することで決着は付けられるのか?」

 シンプルな考えからダンライラムは述べる。王国の騎士団員は合計で10万人程度を誇っており、王国の全人口の2%近くを占めている。物量作戦で魔神の眷属を追い詰めようという作戦だ。

「武器も通常装備ではなく、最新鋭の火器を出来る限り用意しての進軍だ」

 しかし、アトモスは首を横に振った。

「それは現実的に難しいです。騎士団員に火器を装備させ、南の森に集中し配備するというのは、他の前線は手薄になってしまう。それに……」

「あの竜に、どこまで通用するかという疑問も多分に残ります」

 アトモスの言葉を補完するかのようにサラは続けて話し出した。

「ふむ、ならば次の提案に移るとしようか」

 ダンダイラムはある程度わかっていたことなのか、すぐに意見を取り下げた。そんな中、会議室には聞き覚えのない声がこだまする。

「緊急招集とは聞いていたけどね。随分と危険な事態になっているみたいさね」

 野太い声が会議室を覆い、サラ達は一斉にそちらを振り返った。そこには赤い服に身を包んだ大柄な女性の姿があったのだ。評議会序列3位のアナスタシアである。
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