スティグマータ・ライセンス 〜異能者たちのバトルロイヤル〜

よもぜろ

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第七話 冷製人形

第七話 冷製人形 (3)

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「――んで、それだけ? その鈴峰とかいう三年の女子が怪しい理由ってのは」

 放課後の宿直室。秀彰の話を聞き終えた真田は例の簡易炬燵に突っ伏したまま、気怠げな声を上げた。普段の壇上ではキチリと後ろ結びに束ねている長髪も、今は解けてボサボサと撒き散らすかのように炬燵机の上を侵食していて、だらしないこと極まりない。

「それだけですけど、何となく嫌な予感がするんですよ」
「『何となく』に『予感』ねぇ」

 ずりずりと炬燵机の上で頬を擦りながら、真田は秀彰の顔を斜め下から見上げている。その姿はまるで炬燵に取り付いた妖怪みたいだ。

「アンタ、嫉妬してるんじゃないの~? 親友に可愛い彼女が出来たからってさぁ」
「違いますよ。そんな子供じみた感情じゃない」

 秀彰は苛立ちを抑えるように、きっぱりと否定した。

「俺が懸念しているのは、土方が『鈴峰久美子』という素性の知れない、そしておそらくは敵である可能性の高い痕印者に、あまりにも無防備に近づきすぎているという事実です。これは嫉妬じゃない、リスク管理の問題だ」

 早口で、まるで自分に言い聞かせるかのようにまくし立てる。年季の入った漆塗りの丸盆に積まれた蜜柑を一つ手に取り、橙色の皮を剥き始める真田は、そんな教え子の必死な姿を、面白そうに眺めていた。

「ふーん、言うようになったじゃない。けどさぁ、アンタこの間の事件の影響受け過ぎだってば。仮にその子が痕印者だとしても、皆が皆……はむっ……あのガキみたいな狂人ってワケじゃないのよ」
「それは、俺だって分かってます」

 言いながら真田は瑞々しく実った蜜柑の果実を一房ずつ口に運んでいく。格好はさておき、放たれる言葉は的確に秀彰の思考の弱い部分を貫いた。

 痕印者とは誰しもが脅威であり、狂気を秘めている。否、そうあって欲しいという内なる願望が秀彰の心の奥底に芽生えているのを、真田に見透かされたのだ。

「ま、勘の良い赤坂がそこまで言うのなら、アタシも少し探りを入れてみようかしらねぇ。どうせ杞憂に終わるだろうけども」

 食べ終えた蜜柑の皮を古新聞紙製の紙箱に放り込みつつ、真田は柔らかく崩した笑みを浮かべた。頼もしい師の相貌に無意識の内に視線を下げていた秀彰も顔を上げ、暗くなりかけていた表情をリセットする。

「そうして頂けると助かります」
「もし見当違いだったら、後でちゃんと土方にも詫び入れておきなさいよ?」

 パシっと無造作に投げ渡された蜜柑をキャッチした秀彰は真田に習って蜜柑を剥き始める。旬外のせいか甘さは控えめだが、今はその味が彼にはお似合いだった。

 それから三日後。
 平穏に見えた日常の裏側から、悪意を持った冷たい影がゆっくりと侵食を始めた。

「――長谷川君、土方君……あら、土方君はお休みなの?」

 朝のホームルーム、形式的な点呼を掛けていく途中で担任の美月先生が意外そうな声を上げた。

「先生の方には何の連絡も入ってなかったけど、土方君の欠席理由について誰か知っている人居る?」

 いつもの頼りない聞き方でクラス全員に問い掛けるが、返事は無い。本当に誰も知らないのか、それとも軽く無視されているのか。未だクラス内の状況に疎い秀彰には判別が付かなかった。勿論秀彰も信吾の欠席理由なんて聞いていない。

「え、えーとぉ、委員長の中川さんも知らない?」
「えっ!? は、はい、私も特には聞いていませんけど……」

 突然振られた中川がオドオドと慌てた返答を返す。この美月という教師は何か困りかねた事態が起きると大抵の場合、教卓に一番近く、かつクラス委員でもある中川に助けを求めがちなのだ。相変わらず損な役回りだな、と秀彰はどこか小芝居染みた光景を他人事のように眺めている。

「副委員長の赤坂くんなら、な、何か知っているかも……? いつも仲良くお話してますし……」
「……は?」

 肘をついて傍観を気取っていた秀彰の口から素の驚きが漏れ出た。反射的に中川の方へ視線を送り返すが、彼女は彼女で申し訳無さそうにペコペコと頭を下げている。見かねた秀彰は視線を外し、代わりに教壇の方を向く。

「そ、そうなの、赤坂君……??」
「いや、俺も何も聞いてません。ただの寝坊じゃないですか?」
「ね、寝坊っ! そ、そうよね! うん、きっとそうだわ……っ」

 仕方なく秀彰は美月先生に思ったままの言葉を伝えたが、彼女はずっと出席簿で視線をガードしつつ、あらぬ方向を向いてコクコクと頷いている。思えば入学式以来、担任である彼女とまともに視線を合わせた記憶が秀彰には無かった。きっと彼を人喰い鬼か何かと勘違いしているのだろう。

「で、では一時限目を始めます。皆さん、教科書の用意は出来ていますか?」

 やがて何事も無かったかのように時間割り通りの授業が始まる。秀彰は吐きなれた呆れ味の溜息を出してから、気を取り直して数学の本を開いた。結局、その日は目の前の空席が埋まる事は無かった。どうせ彼女と遊びふけっているのだろうと、秀彰はそれ以上深くは考えなかった。

 だが、さらにその明くる日も信吾は出席して来なかった。二日続けての無断欠席にはさすがに秀彰も不信感を抱く。午前授業の合間に彼の携帯に何度か電話を掛けてみたが、ことごとく繋がらない。

(おいおい、問題児の俺より不真面目になるんじゃねえよ馬鹿野郎)

 痺れを切らした秀彰は、昼休みの間に三年の教室へと向かう事にした。

「失礼します。一年の赤坂ですが、鈴峰はいらっしゃいますか?」
「赤坂……って、まさか『あの』……!?」

 中川に教えてもらったクラスを訪ねると、賑やかだった上級生の教室が一瞬にしてしんと静まり返った。好奇と嫌悪の入り混じった視線に囲まれ、時折秀彰の名前とその悪行を囁く声が耳に入る。不快極まりない扱いだがしかし、それを承知の上でやって来たのだ。ここは耐えるしか無い。

 やがて近くに居た一人の女生徒が慎重に距離を取りながら、秀彰に話しかけてきた。

「え、えっと、鈴峰さんは今日もお休みなんだけど……」
「そうですか。あの、欠席理由とか分かりませんか?」
「そ、それは……ちょ、ちょっと待ってね……っ」

 そう言い残して、上級生の女生徒は教室の奥へと引っ込んでしまう。今日も、ということは昨日も欠席していたのだろう。信吾と二人、示し合わせたかのようなタイミングでの無断欠席。当人同士の問題ならば首を突っ込むのは無粋だと思う一方で、危惧していた予感が当たったのではという焦燥感も秀彰の胸中に渦巻いている。

(あの馬鹿のコトだ。浮かれ気分で彼女と小旅行にでも出かけてるんだろう。そうに決まってる――)

 熱くなった思考を冷まそうと上級生の教室に踵を返そうとした、その時だ。

「待って! ……実はね、鈴峰さんから手紙を受け取っているの」

 背後から呼び止められて秀彰が振り向くと、先ほどとは別の女生徒が佇んでいた。校則に準拠した肩まで掛からない黒髪に、聡明さの溢れる双眸と眼鏡。真面目だが責任感の強そうな表情は、どことなく中川の数年後を連想させる。

「俺に、ですか?」
「うん。一年の赤坂くんが訪ねてきたら渡してって。もしかしたらその中に理由も書いているかも」

 手渡された手紙は真っ白で飾り付けがなく、きっちりと封がされていた。それが余計に秀彰の心中に妙な胸騒ぎを呼び起こす。

「ありがとうございます。それと、ご迷惑をお掛けしました」
「ううん、気にしないでいいよ。それより久美子……鈴峰さんの事、私も心配だから、もし会えたらヨロシクね」

 秀彰は鈴峰の友人らしき懇切丁寧な先輩に頭を下げ、上級生のクラスを後にした。額からは嫌な汗が止めどなく流れ出てくる。一刻も早くこの手紙を読まなければならない。その思いに駆られるがまま、秀彰は周りにひと気が無いことを確認してから、慎重に手紙の封を手折り切った。

「――ッッ」

 ピリリリと紙の裂ける繊細な音とともに現れたのは、『鶴彦倉庫へ一人で来い』と書かれた三つ折の便箋と、一枚の写真。

「鈴峰……テメェ……ッッ」

 途端、秀彰の奥歯が怒りの軋みをあげた。そこには喫茶店と思しきテーブルの一角で、屈託なく笑う信吾の顔が写っていた。必要最低限にして悪意十分な脅迫文を目の当たりにした瞬間から、秀彰の身体は自然と動き出していた。

「邪魔だ、どけッッ!!」

 道行く上級生らを鬼の形相で跳ね除けながら自分の教室へと直行すると、財布の入った鞄を引き千切れんばかりに手繰り寄せた。退室間際、誰かが秀彰の名前を呼んだ気がするが、振り返る余裕なんて無い。そのまま午後の授業の予鈴が鳴るのも構わず、秀彰は一人校舎を飛び出して全力で走り続けた。

「はぁっ、はぁっ……ぐっ……クソッ!!」

 疾走すること十数分。駅前のタクシー乗り場を見つけるやいなや、秀彰は迷わず半開きの車内へと駆け込んだ。

「ちょっとキミ、学校は――」
「鶴彦倉庫まで出してくれ! 早く!!」

 運転手が何か文句を言っていたが、ひと睨みすると大人しく従ってくれた。遠ざかる駅前通りの景色を眺める事で、秀彰の荒れた心が少しずつ平穏を取り戻していく。

(落ち着け、冷静になれ。そうしなければ……)

 くしゃくしゃになった手紙を鞄に仕舞いつつ、右手を強く握りしめる。腹に堪える痛みと指先から流れ落ちる血を引き換えに、沸騰しかけた怒りが一旦奥へと引っ込んだ。

(無事で居てくれよ、信吾)

 秀彰の祈るような思いを乗せたタクシーが、車通りのまばらな湾岸道を走り抜けていく。

 やがてタイヤが砂利を巻き込む音を響かせ、車体が少々乱暴に停止した。揺れる後部座席の窓越しに見えるのは、金属製の表札に「鶴彦倉庫」と大きく書かれた入場ゲート。ここが指定の場所で間違いなさそうだ。

「毎度あり。まだ若いんだから変な気は起こすなよ」

 学生服を着たまま運賃を支払う秀彰を見て、運転手の中年男性は何やら心配そうな目を向けていたが、暫くすると元来た道を猛スピードで走り去っていく。吹き抜ける潮風が学ランの襟をパタパタとはためかせて、少し肌寒い。

(社会科見学以来だな、この辺りに来るのは)

 錆とオイルの混じった匂いに鼻をひくつかせながら、秀彰は周りの様子を眺めた。市内湾岸沿いに造られたこの倉庫は、隣接する工場地帯で生産された大型製品を出荷するための一時保管場所として利用される他、海外から輸入した原料を卸売業者が搬出する拠点としても用いられているらしい。それ故、昼夜問わずフル稼働しているはずだが、今日に限っては異様なほど静かだった。

(まるで災害避難命令でも発令された後のような有り様だな)

 封鎖された入場ゲートを無断でくぐり抜け、敷地のド真ん中を堂々と歩いても、咎める者は誰も居ない。船着き場にも、事務所にも、検問詰所にも、人の気配は不気味なほど無かった。

 だだっ広く整備された敷地内にはフォークリフトやトレーラートラック数台が無造作に放置されており、それがこの場を急いで離れなければならなかった様子を物語っている。

(普通の女子高生一人の命令で動かせるような場所じゃねえ、あの鈴峰の女の裏には何かが潜んでやがる)

 集積するコンテナの隙間を縫うように進んでいくと、一つだけシャッターの下りていない倉庫が目についた。まるで「ここに来い」と指示されているかのような露骨さだが、手紙の差出人はそこに居ると確信した秀彰は、警戒を怠ること無く中へと入る。

 倉庫内は薄暗く、タイヤのゴム臭と思しき臭気が至る所から放たれていた。一歩一歩慎重に奥へと進む度、パシャパシャと濡れた床から水音が鳴る。何の液体なのか分からない恐怖もあったが、重油の類でないことは足裏の感触から判明している。どの道、今更怖じ気付いた所で、もう遅い。

 部屋の中央へと到達すると、唐突にパチンとスイッチらしき物を弾く音が響き、薄暗かった視界が急速に明るさを取り戻していく。夜間作業を意識した強烈なライトに目を眩まされる最中、秀彰の耳に忌々しい女生徒の声が届いた。

「ご機嫌よう赤坂くん。招待状が無事に届いたみたいで嬉しいわ」
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