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第五話 忘れられない人がいるあなたへ
限界
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「その日から、妻はひどく精神的に病んでしまって……。専業主婦ですが、私が家に帰って来ても、ずっとソファに座ってぼうっとしたまんまなんです。ご飯もろくに食べない。掃除もしない。妻の辛い気持ちはよく分かります。私だって、本当に辛くて今でもまだ娘がいなくなってしまったなんて、信じられないのです。しかし、さすがにこのままではまずい。妻まで自分の前からいなくなってしまうような気がして……。一週間前ぐらいから有給をとって、昼間妻を外に連れ出すようにしたんです」
最初は自然の空気に触れてほしいと思って、ここらで有名な温泉へ。
温泉に入ったり、温泉街で名物のプリンを食べたりしている間、妻は終始無言で俯きっぱなしだった。
「温泉、気持ちよかった~」
「……」
「名物の温泉プリンも最高だったな!」
「……」
「……」
温泉は失敗だったかと思い、今度は手軽に街でイルミネーションが綺麗な公園に連れて行った。金色や青色、白、ピンクと色とりどりの光に包まれたその空間に、二人きりで赴くというのは、何年ぶり、いや何十年ぶりだっただろうか。おそらく、まだ僕たちが結婚する前、交際を始めたばかりの頃、緊張した面持ちの彼女の手を引いて連れて行ったのが最後だった。その時は、緊張しながらも「綺麗だね」って彼女が何度も言ってくれたのが嬉しくてたまらなかったことを思い出す。だから久しぶりにイルミネーションを見せてあげれば彼女の気も晴れると思ったのだ。
実に約二十年ぶりのイルミネーションに、彼女は最初ピクリと反応し、何度か目を瞬かせた。
でも、二十年前みたいに綺麗だとかまた来たいとか、そんな感想を漏らすことなく、ただただ星のように煌めく光たちをじっと見つめていた。納得のいく反応ではなかったけれど、温泉の時みたいにずっと俯いているよりはマシだと思った。
そして今日。
買い物やぷらぷら観光するのが好きな妻を、京都の観光地周辺散策へと連れ出すことにした。
場所は祇園四条から八坂神社、建仁寺近く。ド定番なコースだったが、ここは王道を行く方が、自分自身「次はどうしよう……」と迷わずに済むと思ったのだ。観光地なら人も多いし、彼女の辛い気持ちも紛れることを期待して。
けれど、それが間違いだったのかもしれない。
いつものようにどこか思いつめたような、諦めたような表情で自分の一歩後ろを歩く妻が、突然大きな声を上げたのは、祇園四条通りから八坂神社、花見小路、建仁寺と観光地を順調に巡ったあと、家に帰るための電車の駅に向かっている最中だった。
「ここ、気になってたんだ!」
つい興奮して、先走ってしまったのがきかっけだった。
僕は目先にある「京都和み堂書店」「本」「カフェ」という看板を見た途端、雑誌でその店を見つけた時の興奮が、
全身に溢れてしまっていた。
あるいは、特に文句もなくここまでついてきてくれた妻に自分の気になっている店を紹介して元気になってほしい、という気持ちが大きくなっていたのかもしれない。
とにかく僕は、一刻も早く京都和み堂書店に入りたくて仕方なくて。
妻の手をぐいっと引っ張ってしまった。
「な、なに!?」
僕があまりに性急すぎたため、妻もびっくりしてしまったのだろう。
そして、緊張と我慢の糸が、その時点で切れてしまったに違いない。
「だからもうっ、嫌なんだって!」
そんな妻の叫び声と、妻がガラガラと京都和み堂書店の扉を開け放ったのは、同時だった。
最初は自然の空気に触れてほしいと思って、ここらで有名な温泉へ。
温泉に入ったり、温泉街で名物のプリンを食べたりしている間、妻は終始無言で俯きっぱなしだった。
「温泉、気持ちよかった~」
「……」
「名物の温泉プリンも最高だったな!」
「……」
「……」
温泉は失敗だったかと思い、今度は手軽に街でイルミネーションが綺麗な公園に連れて行った。金色や青色、白、ピンクと色とりどりの光に包まれたその空間に、二人きりで赴くというのは、何年ぶり、いや何十年ぶりだっただろうか。おそらく、まだ僕たちが結婚する前、交際を始めたばかりの頃、緊張した面持ちの彼女の手を引いて連れて行ったのが最後だった。その時は、緊張しながらも「綺麗だね」って彼女が何度も言ってくれたのが嬉しくてたまらなかったことを思い出す。だから久しぶりにイルミネーションを見せてあげれば彼女の気も晴れると思ったのだ。
実に約二十年ぶりのイルミネーションに、彼女は最初ピクリと反応し、何度か目を瞬かせた。
でも、二十年前みたいに綺麗だとかまた来たいとか、そんな感想を漏らすことなく、ただただ星のように煌めく光たちをじっと見つめていた。納得のいく反応ではなかったけれど、温泉の時みたいにずっと俯いているよりはマシだと思った。
そして今日。
買い物やぷらぷら観光するのが好きな妻を、京都の観光地周辺散策へと連れ出すことにした。
場所は祇園四条から八坂神社、建仁寺近く。ド定番なコースだったが、ここは王道を行く方が、自分自身「次はどうしよう……」と迷わずに済むと思ったのだ。観光地なら人も多いし、彼女の辛い気持ちも紛れることを期待して。
けれど、それが間違いだったのかもしれない。
いつものようにどこか思いつめたような、諦めたような表情で自分の一歩後ろを歩く妻が、突然大きな声を上げたのは、祇園四条通りから八坂神社、花見小路、建仁寺と観光地を順調に巡ったあと、家に帰るための電車の駅に向かっている最中だった。
「ここ、気になってたんだ!」
つい興奮して、先走ってしまったのがきかっけだった。
僕は目先にある「京都和み堂書店」「本」「カフェ」という看板を見た途端、雑誌でその店を見つけた時の興奮が、
全身に溢れてしまっていた。
あるいは、特に文句もなくここまでついてきてくれた妻に自分の気になっている店を紹介して元気になってほしい、という気持ちが大きくなっていたのかもしれない。
とにかく僕は、一刻も早く京都和み堂書店に入りたくて仕方なくて。
妻の手をぐいっと引っ張ってしまった。
「な、なに!?」
僕があまりに性急すぎたため、妻もびっくりしてしまったのだろう。
そして、緊張と我慢の糸が、その時点で切れてしまったに違いない。
「だからもうっ、嫌なんだって!」
そんな妻の叫び声と、妻がガラガラと京都和み堂書店の扉を開け放ったのは、同時だった。
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