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第六話 トラウマを消し去りたいあなたへ
春がくる
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二ヶ月かけて、物語は完成した。
「物語のタイトルは、『京都和み堂書店でお悩み承ります』です」
その、こてこてのタイトルを聞いて、詩乃さんは笑うだろうかと少し不安だった。
私があえてこのタイトルにしたのには理由がある。
一つには、京都和み堂書店を知らない人たちに、知って欲しかったから。京都和み堂書店に来れば、新しい本に出会えるだけじゃなくて、本が大好きな他のお客さんたち、店員にも出会える。
そして、何より優しい光に包まれた温かい空間が、どんな悩みさえも吹き消して安らぎを与えてくれるから。
そんな素敵な京都和み堂書店を、もっと多くの人に味わって欲しかった。
「ふふっ、いいタイトルだね」
数年続いたトラウマを乗り越えてようやく書き上げた小説のタイトルを聞いて、詩乃さんは嬉しそうに目を細めた。
「詩乃さんは……びっくりしないんですか?」
詩乃さんが笑ってくれても、私は不安だった。いや、不安というより、戸惑っていた。
だって私は、ずっと書けないと思ってきたのに。
祖母との悲しい別れを経験したせいで、もう二度と書くことができないと思い込んでいたのに。
だけど、詩乃さんが教えてくれた小説が、こんなにあっさりと、自分の心のつっかえを砕いてくれるなんて。
「うん。本当言うと、私も分からなかったよ」
まばらにやってくる外国人のお客さんが、外人さん向けの本を楽しそうに見ている。私はそんなお客さんの様子を見ながら、それでも詩乃さんの答えに必死に耳を傾けた。
「でも、なのちゃんになんて言葉をかけようか迷っていたときに、杉崎さんが話してくれたんだ」
——私は、彼女の作品に救われたんです。息子の死から立ち直れなかった私に、一つの勇気をくれたんです。
「なのちゃんが書いた小説が、彼に勇気を与えたって。だから書いてほしいんだって。その言葉に動かされて、自分にできることは何か考えたの」
そうして気づいた。
なのちゃんがいつも、お客さんにしていることをしてあげようって。
一冊の小説で、あなたの心を癒すことができるはずだって。
『小説の神様』は、お客さんからおすすめしてもらったの。
小説が大好きだっていうお客さん。
その人は、誰かって? それは秘密。だけど、誰だっていいじゃない。
ここに来るお客さんはみんな、本を愛している。物語を愛している人が、いっぱいいる。
詩乃さんが語ってくれたことは、私にとってちょっぴり衝撃だった。
杉崎が、そんな事情を抱えていたこと。私の物語で、彼を励ますことができたということ。
それを今、初めて知った。
だからこそ彼が、あんなにも私に小説を書いてほしいと言ってくれたんだと思うと、胸がいっぱいになるのを感じた。
今度杉崎に会ったらお礼を伝えよう。そして、私の小説を読んでくださいとお願いする。
その時は、笑って言おう。
私の書いた物語、お口に合うか分かりませんが、いかがですか——と。
「いらっしゃいませ」
見慣れた木製の扉がまたゆっくりと音を立てて開く。
まだちょっぴり肌寒いけど、少しだけ暖かくなった春の風が、京都和み堂書店に舞い込んできた。
「書店だけでも、カフェだけでも、ご利用になれます」
私はすうっと息を吸い込んで、京都の別れの季節を肌で感じる。
お別れは淋しいけれど、また一つ先の未来で素敵な出会いがあるから、明るくなれる。
「よろしければ、お話だけでもしていきませんか?」
トラウマを消し去りたいあなたへ。
相沢沙呼著『小説の神様』はいかがでしょう?
【終】
「物語のタイトルは、『京都和み堂書店でお悩み承ります』です」
その、こてこてのタイトルを聞いて、詩乃さんは笑うだろうかと少し不安だった。
私があえてこのタイトルにしたのには理由がある。
一つには、京都和み堂書店を知らない人たちに、知って欲しかったから。京都和み堂書店に来れば、新しい本に出会えるだけじゃなくて、本が大好きな他のお客さんたち、店員にも出会える。
そして、何より優しい光に包まれた温かい空間が、どんな悩みさえも吹き消して安らぎを与えてくれるから。
そんな素敵な京都和み堂書店を、もっと多くの人に味わって欲しかった。
「ふふっ、いいタイトルだね」
数年続いたトラウマを乗り越えてようやく書き上げた小説のタイトルを聞いて、詩乃さんは嬉しそうに目を細めた。
「詩乃さんは……びっくりしないんですか?」
詩乃さんが笑ってくれても、私は不安だった。いや、不安というより、戸惑っていた。
だって私は、ずっと書けないと思ってきたのに。
祖母との悲しい別れを経験したせいで、もう二度と書くことができないと思い込んでいたのに。
だけど、詩乃さんが教えてくれた小説が、こんなにあっさりと、自分の心のつっかえを砕いてくれるなんて。
「うん。本当言うと、私も分からなかったよ」
まばらにやってくる外国人のお客さんが、外人さん向けの本を楽しそうに見ている。私はそんなお客さんの様子を見ながら、それでも詩乃さんの答えに必死に耳を傾けた。
「でも、なのちゃんになんて言葉をかけようか迷っていたときに、杉崎さんが話してくれたんだ」
——私は、彼女の作品に救われたんです。息子の死から立ち直れなかった私に、一つの勇気をくれたんです。
「なのちゃんが書いた小説が、彼に勇気を与えたって。だから書いてほしいんだって。その言葉に動かされて、自分にできることは何か考えたの」
そうして気づいた。
なのちゃんがいつも、お客さんにしていることをしてあげようって。
一冊の小説で、あなたの心を癒すことができるはずだって。
『小説の神様』は、お客さんからおすすめしてもらったの。
小説が大好きだっていうお客さん。
その人は、誰かって? それは秘密。だけど、誰だっていいじゃない。
ここに来るお客さんはみんな、本を愛している。物語を愛している人が、いっぱいいる。
詩乃さんが語ってくれたことは、私にとってちょっぴり衝撃だった。
杉崎が、そんな事情を抱えていたこと。私の物語で、彼を励ますことができたということ。
それを今、初めて知った。
だからこそ彼が、あんなにも私に小説を書いてほしいと言ってくれたんだと思うと、胸がいっぱいになるのを感じた。
今度杉崎に会ったらお礼を伝えよう。そして、私の小説を読んでくださいとお願いする。
その時は、笑って言おう。
私の書いた物語、お口に合うか分かりませんが、いかがですか——と。
「いらっしゃいませ」
見慣れた木製の扉がまたゆっくりと音を立てて開く。
まだちょっぴり肌寒いけど、少しだけ暖かくなった春の風が、京都和み堂書店に舞い込んできた。
「書店だけでも、カフェだけでも、ご利用になれます」
私はすうっと息を吸い込んで、京都の別れの季節を肌で感じる。
お別れは淋しいけれど、また一つ先の未来で素敵な出会いがあるから、明るくなれる。
「よろしければ、お話だけでもしていきませんか?」
トラウマを消し去りたいあなたへ。
相沢沙呼著『小説の神様』はいかがでしょう?
【終】
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