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第一章 廃病院からの誘い
◾️八月二十二日金曜日Ⅳ
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コメントはラストの編集が中途半端に終わっていることを指摘するものが多かったが、「清葉病院に行ってほしい」という声が十件ほど寄せられていた。
普段なら、ネットでその場所を調べた上で調査に行くかどうかを決めるのだけれど……。
さっきも言ったとおり、どうにも「清葉病院」が気になるのだ。
まるで、そこに潜む怪異に呼ばれているように。
そんなことあるはずがないのに、オカルト動画配信者である私の脳は都合の良い解釈をしてしまう。
ただ、そう思うのに一つ理由があった。
清葉病院があったという岩手県某市にある霜月町には、母の実家があるのだ。子どもの頃は二年に一度ほど帰省していたが、清葉病院についてはまったく知らなかった。そんな廃病院があれば目にしていてもおかしくはないと思うが、私もお便りをくれたひとと同じように、母の実家に帰るときは引きこもっていることが多かったから。出かけるにしても、もっと遠くの繁華街に行ってショッピングを楽しむ程度だった。
今ではもう祖父母が亡くなり、母が岩手で暮らすのみである。が、母はある理由で一年前から施設に入居しており、実家にはいない。
そして、私が生まれたのも岩手県である。
だが父が亡くなり、私は物心がつく前に母と東京に移り住んでいて、岩手で育った記憶はない。
試しにスマホで、「清葉病院」と検索してみた。
すると、当たり前だが病院のHPなどは見当たらず、情報まとめサイトに「二十五年前に閉業」とだけ記されていた。もっと詳しく調べたらより詳細な情報も出てくるかもしれないが、今はそこまでの熱意もなく、病院があったという事実さえ掴めたならそれで良かった。
「行ってみようかな」
誰もいない部屋で独りごちる。
私がYouTubeでオカルト動画を配信しているのも、実は“なんとなく”が始まりだった。子どもの頃から心霊番組やホラー小説はわりと好きなほうだったが、熱中していたほどではない。手元にコンテンツがあれば触れる程度の興味だった。
が、去年あたりから仕事で追い詰められることが増えてきて、現実逃避で何かできることはないか——そう考えたとき、ふと頭に浮かんだのがオカルト動画配信だったのだ。
どうしてかは分からないが、こう……お腹の底からむくむくと沸き上がる衝動のようなものを感じた。
私は、オカルト動画を配信しなければならないと。
誰かに言われたわけではない。でもなぜか、自分の中でそう思う気持ちが大きくなっていた。そして、それから一週間と経たないうちにオカルト動画配信を始めていたのは、我ながら破天荒だなと呆れている。
清葉病院だったところに訪ねてみようと思い立った今日は金曜日。タイミングが良すぎる。スマホを開き、新幹線の予約画面を見つめる。東京から岩手まで、「はやぶさ」を利用して二時間十分ほどで到着する。そこからは霜月町までバスで移動する必要があるが、一時間もあれば着く。昔、母親と帰省する際に使っていた交通手段だ。今回は廃墟となった清葉病院を訪ねるだけなので、日帰りで十分だろう。お昼ごろ盛岡に到着する新幹線を予約した。
それからまたパソコンの画面に視線を戻す。
視聴者からのお便りが来ていないか、SNSのDM画面を確認する。YouTubeではチャンネル主と視聴者がDMでやりとりすることができないので、宣伝も兼ねて他のSNSを使用していた。いつも、そこにメッセージが送られてくるのだが、その日は特に誰からもメッセージは来ていなかった。
その後入浴を済ませて、明日の準備に取り掛かる。最新型のGoProカメラ、懐中電灯、軍手などを鞄に入れた。念のため、お清めの塩を袋に入れてこちらも鞄のポケットに忍ばせる。万が一何かあった際にはこれを使おう。実際、そういった場面に遭遇したことがないので、幽霊に塩が効くのかどうか、定かではないけれど。霊感もさほど強いほうではない。今まで幽霊なんて見たこともないし、今回もたぶん、幽霊は現れないだろう。
だが、清葉病院についてお便りをくれた“シンちゃん”も、霊感がないのだと言っていた。それでも清葉病院で何かの気配を感じたという。作り話の可能性ももちろんあるが、彼の手紙の文面からはリアルな恐怖心が伝わってきた。
だから、幽霊なんて出てこないとは思うものの、念のため準備はしておく。
幽霊が怖いわけじゃない——と必死に自分に言い聞かせる。
「そうだよ。いちばん怖いのは……」
生きた人間だと思っている。
大好きだった彼に浮気という最大の裏切りを受けて捨てられた私は、人間不信になりかけていた。この世でいちばん信用していたひとに裏切られる悲しみはどんな呪いよりもつらく苦しい。私がいちばん分かっている。
つい慎二のことを思い出してしまう、だめだ、と首を横に振る。
そのとき、チクリとした痛みが腹部を襲うのを感じた。ここ最近ずっと腹痛に悩まされてはいたけれど、いつもと違う。私のお腹の中で何かが蠢くような感覚だ。
私は、そっと自分の下腹部に手を添える。さらりと撫でてみると、痛みとは裏腹に、どこか恍惚とした気分にさせられた。
「まさか……ね」
都合の良い想像に、思わず口から笑みがこぼれる。
そんなはずないじゃない。
慎二と別れて一週間、まだまだ私はどこで彼の恋人気分でいるのだ。囚われれば囚われるほど、どんどんそこから動けなくなってしまう気がする。だから早いとこ、忘れるしかない。
慎二のことは一度頭の中から振り払って、ベッドに横になった。
痛み止めの薬を飲もうとしたのだが、本能が「やめろ」と叫んだので結局飲むこともせずに。
一週間分の疲れと共に、深い眠りの底に沈んでいった。
普段なら、ネットでその場所を調べた上で調査に行くかどうかを決めるのだけれど……。
さっきも言ったとおり、どうにも「清葉病院」が気になるのだ。
まるで、そこに潜む怪異に呼ばれているように。
そんなことあるはずがないのに、オカルト動画配信者である私の脳は都合の良い解釈をしてしまう。
ただ、そう思うのに一つ理由があった。
清葉病院があったという岩手県某市にある霜月町には、母の実家があるのだ。子どもの頃は二年に一度ほど帰省していたが、清葉病院についてはまったく知らなかった。そんな廃病院があれば目にしていてもおかしくはないと思うが、私もお便りをくれたひとと同じように、母の実家に帰るときは引きこもっていることが多かったから。出かけるにしても、もっと遠くの繁華街に行ってショッピングを楽しむ程度だった。
今ではもう祖父母が亡くなり、母が岩手で暮らすのみである。が、母はある理由で一年前から施設に入居しており、実家にはいない。
そして、私が生まれたのも岩手県である。
だが父が亡くなり、私は物心がつく前に母と東京に移り住んでいて、岩手で育った記憶はない。
試しにスマホで、「清葉病院」と検索してみた。
すると、当たり前だが病院のHPなどは見当たらず、情報まとめサイトに「二十五年前に閉業」とだけ記されていた。もっと詳しく調べたらより詳細な情報も出てくるかもしれないが、今はそこまでの熱意もなく、病院があったという事実さえ掴めたならそれで良かった。
「行ってみようかな」
誰もいない部屋で独りごちる。
私がYouTubeでオカルト動画を配信しているのも、実は“なんとなく”が始まりだった。子どもの頃から心霊番組やホラー小説はわりと好きなほうだったが、熱中していたほどではない。手元にコンテンツがあれば触れる程度の興味だった。
が、去年あたりから仕事で追い詰められることが増えてきて、現実逃避で何かできることはないか——そう考えたとき、ふと頭に浮かんだのがオカルト動画配信だったのだ。
どうしてかは分からないが、こう……お腹の底からむくむくと沸き上がる衝動のようなものを感じた。
私は、オカルト動画を配信しなければならないと。
誰かに言われたわけではない。でもなぜか、自分の中でそう思う気持ちが大きくなっていた。そして、それから一週間と経たないうちにオカルト動画配信を始めていたのは、我ながら破天荒だなと呆れている。
清葉病院だったところに訪ねてみようと思い立った今日は金曜日。タイミングが良すぎる。スマホを開き、新幹線の予約画面を見つめる。東京から岩手まで、「はやぶさ」を利用して二時間十分ほどで到着する。そこからは霜月町までバスで移動する必要があるが、一時間もあれば着く。昔、母親と帰省する際に使っていた交通手段だ。今回は廃墟となった清葉病院を訪ねるだけなので、日帰りで十分だろう。お昼ごろ盛岡に到着する新幹線を予約した。
それからまたパソコンの画面に視線を戻す。
視聴者からのお便りが来ていないか、SNSのDM画面を確認する。YouTubeではチャンネル主と視聴者がDMでやりとりすることができないので、宣伝も兼ねて他のSNSを使用していた。いつも、そこにメッセージが送られてくるのだが、その日は特に誰からもメッセージは来ていなかった。
その後入浴を済ませて、明日の準備に取り掛かる。最新型のGoProカメラ、懐中電灯、軍手などを鞄に入れた。念のため、お清めの塩を袋に入れてこちらも鞄のポケットに忍ばせる。万が一何かあった際にはこれを使おう。実際、そういった場面に遭遇したことがないので、幽霊に塩が効くのかどうか、定かではないけれど。霊感もさほど強いほうではない。今まで幽霊なんて見たこともないし、今回もたぶん、幽霊は現れないだろう。
だが、清葉病院についてお便りをくれた“シンちゃん”も、霊感がないのだと言っていた。それでも清葉病院で何かの気配を感じたという。作り話の可能性ももちろんあるが、彼の手紙の文面からはリアルな恐怖心が伝わってきた。
だから、幽霊なんて出てこないとは思うものの、念のため準備はしておく。
幽霊が怖いわけじゃない——と必死に自分に言い聞かせる。
「そうだよ。いちばん怖いのは……」
生きた人間だと思っている。
大好きだった彼に浮気という最大の裏切りを受けて捨てられた私は、人間不信になりかけていた。この世でいちばん信用していたひとに裏切られる悲しみはどんな呪いよりもつらく苦しい。私がいちばん分かっている。
つい慎二のことを思い出してしまう、だめだ、と首を横に振る。
そのとき、チクリとした痛みが腹部を襲うのを感じた。ここ最近ずっと腹痛に悩まされてはいたけれど、いつもと違う。私のお腹の中で何かが蠢くような感覚だ。
私は、そっと自分の下腹部に手を添える。さらりと撫でてみると、痛みとは裏腹に、どこか恍惚とした気分にさせられた。
「まさか……ね」
都合の良い想像に、思わず口から笑みがこぼれる。
そんなはずないじゃない。
慎二と別れて一週間、まだまだ私はどこで彼の恋人気分でいるのだ。囚われれば囚われるほど、どんどんそこから動けなくなってしまう気がする。だから早いとこ、忘れるしかない。
慎二のことは一度頭の中から振り払って、ベッドに横になった。
痛み止めの薬を飲もうとしたのだが、本能が「やめろ」と叫んだので結局飲むこともせずに。
一週間分の疲れと共に、深い眠りの底に沈んでいった。
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