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第一章 廃病院からの誘い
◾️八月二十三日土曜日Ⅳ
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ブログを読み終えた私は、しばらく身体がじっと固まってしまっていた。
この「Hisa」というブログの主が書いているように、ブログ自体は日常を綴ったものだったようだ。ただこの記事の中で、気になる記述がいくつか見受けられた。
『この度、このブログと勤め先である清葉病院を辞めることにしました。理由は、病院の秘密に気づいてしまったからです。』
『よくここに産婦人科を開こうと思ったなと不思議に思っていましたが、その理由を、最近ようやく知ることができました。いや、実際は知りたくなんてなかったんですけどね……。』
この部分を見ると、「Hisa」さん(以下敬称略)は清葉病院についての何らかの秘密を知ってしまって、病院を去ることにしたようだ。書き方からするに、おそらくあまり良いものではなく——たとえば、世間に知られてはまずいような“秘密”だったのではないかと推測する。それが何か、まったく見当がつかないけれど……。
この“秘密”と院長が自殺したことは、何か繋がりがあるのだろうか。
今の段階ではすべて推測の域を出ない。だが配信する動画をより面白くするために、清葉病院についてより詳しく知りたいという欲が芽生えた。
どうにかして、“秘密”について知ることができないか——考えた結果、私はこの「Hisa」のブログにコメントを残すことにした。二十五年も前のブログにコメントしたところで、返事が返ってくる確率なんて限りなく0に近いだろう。でも、今の私にはこれしか方法がない。「Hisa」は二十五年前の時点で社会人として働いているので、当時二十代だとすれば現在五十代ぐらい、当時三十代だとすれば六十代である可能性もある。あるいはそれ以上ということも。
きっともうブログの存在すら忘れているだろうな。
その年代の人たちのリテラシーについてはあまり分からないけれど、私だったら二十五年も前に更新をやめてしまったブログのことなどすっかり忘れて暮らしているだろう。
だからこれは、そう。気休めに過ぎない。返信が来たらラッキー、ぐらいに考えておく。
ブログの「コメントを送る」という欄に指を這わせる。
【初めまして。突然のご連絡失礼いたします。私は、YouTubeにて『ヨミの国チャンネル』というチャンネルで配信をしているヤミコと申します。この度、本記事を読んで清葉病院についてお伺いしたいことがあり、コメントさせていただきました。現在はもうこのブログを運営されていないかと思いますが、もし何かの折にご覧になることがございましたら、下記メールアドレスまでご連絡くださいますと幸いです。よろしくお願い申し上げます。
アドレス:Nyuoub_v3d4Xni@XXXX.com】
こういう時のために昔作っていた捨てアドレスを記載して、ブログの画面を閉じる。そのタイミングで新幹線がトンネルに突入した。自然とスマホから顔を上げて、車窓から真っ暗な闇を見つめる。
「Hisa」から返信は来ないだろうな。
ぼんやりと考えながら、頭の片隅では、もしかしたら返信が来るかもしれないと期待している自分がいた。
トンネルはまあまあ長かった。
その間、真っ暗なだけの景色を眺めていたのだが、ふと背筋に悪寒が駆け抜ける。その刹那、窓の外の闇に、一瞬だけ白い顔のような影が見えた気がして、「ヒッ」と口から悲鳴が漏れる。
「い、今のはなに……?」
新幹線の席でひとりごちる。幸い隣の席には誰も座っていないから、私が独り言を言っているのを聞いているひとはいなかった。
椅子の隙間から、後ろの席に座っているひとをちらりと見る。三十代ぐらいの男性が窓のほうをぼんやり見つめているが、自分のように白い影を見て戸惑っているような様子は見受けられなかった。今度は前の席のひとの頭を覗き見たけれど、こちらはどうやら眠っているらしい。
今の白い顔の影……私にしか見えていない?
それともただの勘違い……なのかな。
気のせいにしてははっきりと顔の形をしていたのが引っかかる。目と鼻と口の部分は空洞で、真っ黒だった。例えるならムンクが描いた『叫び』の人間のように。目も口も丸く開かれていて、お面のようだとも思った。
「はあ……」
ぱたん、と背中を椅子の背もたれにつけて目を閉じる。
きっと今日、清葉病院で怖い思いをしたから、心が疲れているのだ。白い顔は私が生み出した幻覚だ。トンネルの壁についた汚れを見て、脳が勘違いして怖いものを見せてきただけだ。そうに違いない……。
冷静に考えれば、トンネルの壁の汚れを時速300kmほどのスピードで走る新幹線から視認できるはずがないのだが、その時の私は、これ以上不可解な現象について考える気力が残っていなかった。
東京の自宅に帰り着いたのは二十時前だった。
夕飯を作る元気が残っていないので、東京駅で買ってきた駅弁を部屋の中で食べる。一度やってみたかったのだ。駅弁を電車以外で食べるということを。買ってきたのは幕内弁当だが、家で食べるとなるほど、まあ普通のコンビニ弁当と変わらないな、と正直な感想を抱く。ところ違えばお弁当の味の感じ方も変わるのだと勉強になった。
それから入浴を済ませ、二十一時半。
ようやく今日GoProで撮影した動画を見返そうと思い立った。明日でも良かったのだが、今日のこの興奮が冷めやらないうちに見ておくことも大事だろうな、と思い立つ。
スマホでGoPro専用アプリ「Quik」を開くと、GoProとスマホを同じWi-Fiに繋ぐ。そこで今日撮影した動画を確認してみた。
この「Hisa」というブログの主が書いているように、ブログ自体は日常を綴ったものだったようだ。ただこの記事の中で、気になる記述がいくつか見受けられた。
『この度、このブログと勤め先である清葉病院を辞めることにしました。理由は、病院の秘密に気づいてしまったからです。』
『よくここに産婦人科を開こうと思ったなと不思議に思っていましたが、その理由を、最近ようやく知ることができました。いや、実際は知りたくなんてなかったんですけどね……。』
この部分を見ると、「Hisa」さん(以下敬称略)は清葉病院についての何らかの秘密を知ってしまって、病院を去ることにしたようだ。書き方からするに、おそらくあまり良いものではなく——たとえば、世間に知られてはまずいような“秘密”だったのではないかと推測する。それが何か、まったく見当がつかないけれど……。
この“秘密”と院長が自殺したことは、何か繋がりがあるのだろうか。
今の段階ではすべて推測の域を出ない。だが配信する動画をより面白くするために、清葉病院についてより詳しく知りたいという欲が芽生えた。
どうにかして、“秘密”について知ることができないか——考えた結果、私はこの「Hisa」のブログにコメントを残すことにした。二十五年も前のブログにコメントしたところで、返事が返ってくる確率なんて限りなく0に近いだろう。でも、今の私にはこれしか方法がない。「Hisa」は二十五年前の時点で社会人として働いているので、当時二十代だとすれば現在五十代ぐらい、当時三十代だとすれば六十代である可能性もある。あるいはそれ以上ということも。
きっともうブログの存在すら忘れているだろうな。
その年代の人たちのリテラシーについてはあまり分からないけれど、私だったら二十五年も前に更新をやめてしまったブログのことなどすっかり忘れて暮らしているだろう。
だからこれは、そう。気休めに過ぎない。返信が来たらラッキー、ぐらいに考えておく。
ブログの「コメントを送る」という欄に指を這わせる。
【初めまして。突然のご連絡失礼いたします。私は、YouTubeにて『ヨミの国チャンネル』というチャンネルで配信をしているヤミコと申します。この度、本記事を読んで清葉病院についてお伺いしたいことがあり、コメントさせていただきました。現在はもうこのブログを運営されていないかと思いますが、もし何かの折にご覧になることがございましたら、下記メールアドレスまでご連絡くださいますと幸いです。よろしくお願い申し上げます。
アドレス:Nyuoub_v3d4Xni@XXXX.com】
こういう時のために昔作っていた捨てアドレスを記載して、ブログの画面を閉じる。そのタイミングで新幹線がトンネルに突入した。自然とスマホから顔を上げて、車窓から真っ暗な闇を見つめる。
「Hisa」から返信は来ないだろうな。
ぼんやりと考えながら、頭の片隅では、もしかしたら返信が来るかもしれないと期待している自分がいた。
トンネルはまあまあ長かった。
その間、真っ暗なだけの景色を眺めていたのだが、ふと背筋に悪寒が駆け抜ける。その刹那、窓の外の闇に、一瞬だけ白い顔のような影が見えた気がして、「ヒッ」と口から悲鳴が漏れる。
「い、今のはなに……?」
新幹線の席でひとりごちる。幸い隣の席には誰も座っていないから、私が独り言を言っているのを聞いているひとはいなかった。
椅子の隙間から、後ろの席に座っているひとをちらりと見る。三十代ぐらいの男性が窓のほうをぼんやり見つめているが、自分のように白い影を見て戸惑っているような様子は見受けられなかった。今度は前の席のひとの頭を覗き見たけれど、こちらはどうやら眠っているらしい。
今の白い顔の影……私にしか見えていない?
それともただの勘違い……なのかな。
気のせいにしてははっきりと顔の形をしていたのが引っかかる。目と鼻と口の部分は空洞で、真っ黒だった。例えるならムンクが描いた『叫び』の人間のように。目も口も丸く開かれていて、お面のようだとも思った。
「はあ……」
ぱたん、と背中を椅子の背もたれにつけて目を閉じる。
きっと今日、清葉病院で怖い思いをしたから、心が疲れているのだ。白い顔は私が生み出した幻覚だ。トンネルの壁についた汚れを見て、脳が勘違いして怖いものを見せてきただけだ。そうに違いない……。
冷静に考えれば、トンネルの壁の汚れを時速300kmほどのスピードで走る新幹線から視認できるはずがないのだが、その時の私は、これ以上不可解な現象について考える気力が残っていなかった。
東京の自宅に帰り着いたのは二十時前だった。
夕飯を作る元気が残っていないので、東京駅で買ってきた駅弁を部屋の中で食べる。一度やってみたかったのだ。駅弁を電車以外で食べるということを。買ってきたのは幕内弁当だが、家で食べるとなるほど、まあ普通のコンビニ弁当と変わらないな、と正直な感想を抱く。ところ違えばお弁当の味の感じ方も変わるのだと勉強になった。
それから入浴を済ませ、二十一時半。
ようやく今日GoProで撮影した動画を見返そうと思い立った。明日でも良かったのだが、今日のこの興奮が冷めやらないうちに見ておくことも大事だろうな、と思い立つ。
スマホでGoPro専用アプリ「Quik」を開くと、GoProとスマホを同じWi-Fiに繋ぐ。そこで今日撮影した動画を確認してみた。
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