私の居場所を見つけてください。

葉方萌生

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第四章 友との約束

◾️九月七日日曜日Ⅰ

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 皐月と遊びに行った翌日、先週清葉病院で撮影し編集までしていた動画をアップした。いろんなことが一挙に起こったせいで、実はまだできていなかったのだ。
 動画を投稿した時間は十時二十分。日曜日のこの時間にどれだけのひとが見てくれるかは疑問だけれど、のんびりと反応を待つことにした。
 編集している時には不思議なことに、私が見たあの白い人間のようなものや耳にした赤ん坊の声は入っていないようだった。
 でも、前回もアップロードをした後に怪奇現象が映り込んでいることに気づいたから警戒している。
 というか、アップロードして公衆に晒された時点で怪異が目に見えるものとして発生していると考えるほうが自然なのかもしれない。どういう理屈でそうなっているのかは分からないけれど。

 動画を投稿したあとは、DNA鑑定について調べた。
 どうやら私のように個人的な理由で鑑定をすることを「私的鑑定」と呼ぶらしい。しかも、検査キットというものがあるらしく、申し込みをしてから検査キットが自宅に届き、自分で検体を採取するとのこと。頬の内側に綿棒を擦り付けるあのやり方で済むらしい。なんというか……ずいぶん簡易的なのだなと思う。
 そう。自分の検体採取は簡単なんだけど、問題は母のほうだ。
 母は現在岩手県の介護施設で暮らしている。施設に連絡をしてスタッフの方に事情を説明して実施してもらうのが現実的だが、母がDNA鑑定をするのを拒む可能性がある。暴れる可能性もあるし、拒否されるのを前提でやるしかない。

 ひとまず検査キットを申し込み、施設に電話をかける。電話をするのは久しぶりだ。出てくれたスタッフの方とは一度顔を合わせたことがあったので、説明はしやすかった。
 のっぴきらない事情があり、母と親子鑑定をしたいと思っている。協力していただけないか、と伝えると、しばらくの間黙り込まれた。

「ご協力したい気持ちは山々なんですけれど、DNA鑑定はプラバシーの観点からこちらで代理で行うことは難しいんですよ。もし本当にされたいという場合は、ご本人の同意が必要になってくるかと思います。だけど藤島さんの場合、私どもが説明をしたところで同意してもらえるかちょっと分からないです」

「本人の同意……」

 そう言われて慌ててスマホで「DNA鑑定 同意」と調べると、確かにDNA鑑定を本人の同意なしで無理やり行うとなると法に触れるリスクがあるようだ。そんなことにも思い至らなかった自分の浅はかさを呪う。

「ご本人が正常な判断をできずに同意が得られないとなると、おそらく後見人や補助人の方の同意が必要になるかと思いますが、そういった方はいらっしゃいますか?」

「いえ……いません」

「そうですか。まあ藤島さんの場合はまだそれほど認知症が進行しているわけではなくて時々症状が表れる程度なので後見人までは必要ないかもしれません。ただ、やっぱりDNA鑑定の同意を得るには娘さんから説明していただく必要がありますね」

「はあ。分かりました。お手間をとらせてすみません」

「いえ。藤島さんと娘さんが心穏やかに過ごせるようにこちらも最善は尽くしたいと思っていますので。何かあればまたご相談ください」

「ありがとうございます。あ、すみませんあと……最近の母はどんな様子でしょうか?」

 このまま事務的な連絡だけで会話を終わらせるのも忍びないというか、なんだかスタッフの方にも母にも申し訳ないような気がして、思わず引きとどめてしまった。

「藤島さんですか。普段は明るくにこにことされていることが多いんですけれどね。ふと気がつくと、ちょっと寂しそうな表情をしていることがあります。特に娘さんのことを心配されている様子ですよ」

「私を心配、ですか」

「はい。やっぱり親にとってはいくつになっても娘は娘。気になるのは自然のことだと思います。『娘を東京にひとりで置いてきてしまった』って申し訳ないと思っているようです」

「そう……ですか。教えてくださりありがとうございます」

 母にそんなふうに思われていたなんて、考えもしなかった。私はただ自分がやりたい職業に就いて仕事をしていただけだ。趣味の動画だって好きで始めた。それなのに母にとっては、「置いてきた」という気持ちになってしまうのか。
 それが、母という生き物なんだ。
 母と自分のつながりを疑っていたのに、母からの愛情を感じて胸が締め付けられるように痛い。そっとお腹に手を当てる。もし私がこの子を産んだら、母のように娘の身を第一に案じることができるのだろうか。そのとき、ぽこ、とお腹の内側から赤ん坊が蹴ったような感覚がしてああ、とため息を吐いた。
 そんなはずないのにね。
 まだ小さな種ほどの存在が、お腹を蹴るなんてこと。

「ひとまず、DNA鑑定についてはまた考えるしかないかな」

 頭を一度空っぽにして、部屋の掃除を始める。
 のんびりと家事をしながらお昼ご飯の準備をしていると、少しだけ気持ちが凪いで穏やかに変わっていった。
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