46 / 66
第四章 友との約束
◾️九月七日日曜日Ⅰ
しおりを挟む
皐月と遊びに行った翌日、先週清葉病院で撮影し編集までしていた動画をアップした。いろんなことが一挙に起こったせいで、実はまだできていなかったのだ。
動画を投稿した時間は十時二十分。日曜日のこの時間にどれだけのひとが見てくれるかは疑問だけれど、のんびりと反応を待つことにした。
編集している時には不思議なことに、私が見たあの白い人間のようなものや耳にした赤ん坊の声は入っていないようだった。
でも、前回もアップロードをした後に怪奇現象が映り込んでいることに気づいたから警戒している。
というか、アップロードして公衆に晒された時点で怪異が目に見えるものとして発生していると考えるほうが自然なのかもしれない。どういう理屈でそうなっているのかは分からないけれど。
動画を投稿したあとは、DNA鑑定について調べた。
どうやら私のように個人的な理由で鑑定をすることを「私的鑑定」と呼ぶらしい。しかも、検査キットというものがあるらしく、申し込みをしてから検査キットが自宅に届き、自分で検体を採取するとのこと。頬の内側に綿棒を擦り付けるあのやり方で済むらしい。なんというか……ずいぶん簡易的なのだなと思う。
そう。自分の検体採取は簡単なんだけど、問題は母のほうだ。
母は現在岩手県の介護施設で暮らしている。施設に連絡をしてスタッフの方に事情を説明して実施してもらうのが現実的だが、母がDNA鑑定をするのを拒む可能性がある。暴れる可能性もあるし、拒否されるのを前提でやるしかない。
ひとまず検査キットを申し込み、施設に電話をかける。電話をするのは久しぶりだ。出てくれたスタッフの方とは一度顔を合わせたことがあったので、説明はしやすかった。
のっぴきらない事情があり、母と親子鑑定をしたいと思っている。協力していただけないか、と伝えると、しばらくの間黙り込まれた。
「ご協力したい気持ちは山々なんですけれど、DNA鑑定はプラバシーの観点からこちらで代理で行うことは難しいんですよ。もし本当にされたいという場合は、ご本人の同意が必要になってくるかと思います。だけど藤島さんの場合、私どもが説明をしたところで同意してもらえるかちょっと分からないです」
「本人の同意……」
そう言われて慌ててスマホで「DNA鑑定 同意」と調べると、確かにDNA鑑定を本人の同意なしで無理やり行うとなると法に触れるリスクがあるようだ。そんなことにも思い至らなかった自分の浅はかさを呪う。
「ご本人が正常な判断をできずに同意が得られないとなると、おそらく後見人や補助人の方の同意が必要になるかと思いますが、そういった方はいらっしゃいますか?」
「いえ……いません」
「そうですか。まあ藤島さんの場合はまだそれほど認知症が進行しているわけではなくて時々症状が表れる程度なので後見人までは必要ないかもしれません。ただ、やっぱりDNA鑑定の同意を得るには娘さんから説明していただく必要がありますね」
「はあ。分かりました。お手間をとらせてすみません」
「いえ。藤島さんと娘さんが心穏やかに過ごせるようにこちらも最善は尽くしたいと思っていますので。何かあればまたご相談ください」
「ありがとうございます。あ、すみませんあと……最近の母はどんな様子でしょうか?」
このまま事務的な連絡だけで会話を終わらせるのも忍びないというか、なんだかスタッフの方にも母にも申し訳ないような気がして、思わず引きとどめてしまった。
「藤島さんですか。普段は明るくにこにことされていることが多いんですけれどね。ふと気がつくと、ちょっと寂しそうな表情をしていることがあります。特に娘さんのことを心配されている様子ですよ」
「私を心配、ですか」
「はい。やっぱり親にとってはいくつになっても娘は娘。気になるのは自然のことだと思います。『娘を東京にひとりで置いてきてしまった』って申し訳ないと思っているようです」
「そう……ですか。教えてくださりありがとうございます」
母にそんなふうに思われていたなんて、考えもしなかった。私はただ自分がやりたい職業に就いて仕事をしていただけだ。趣味の動画だって好きで始めた。それなのに母にとっては、「置いてきた」という気持ちになってしまうのか。
それが、母という生き物なんだ。
母と自分のつながりを疑っていたのに、母からの愛情を感じて胸が締め付けられるように痛い。そっとお腹に手を当てる。もし私がこの子を産んだら、母のように娘の身を第一に案じることができるのだろうか。そのとき、ぽこ、とお腹の内側から赤ん坊が蹴ったような感覚がしてああ、とため息を吐いた。
そんなはずないのにね。
まだ小さな種ほどの存在が、お腹を蹴るなんてこと。
「ひとまず、DNA鑑定についてはまた考えるしかないかな」
頭を一度空っぽにして、部屋の掃除を始める。
のんびりと家事をしながらお昼ご飯の準備をしていると、少しだけ気持ちが凪いで穏やかに変わっていった。
動画を投稿した時間は十時二十分。日曜日のこの時間にどれだけのひとが見てくれるかは疑問だけれど、のんびりと反応を待つことにした。
編集している時には不思議なことに、私が見たあの白い人間のようなものや耳にした赤ん坊の声は入っていないようだった。
でも、前回もアップロードをした後に怪奇現象が映り込んでいることに気づいたから警戒している。
というか、アップロードして公衆に晒された時点で怪異が目に見えるものとして発生していると考えるほうが自然なのかもしれない。どういう理屈でそうなっているのかは分からないけれど。
動画を投稿したあとは、DNA鑑定について調べた。
どうやら私のように個人的な理由で鑑定をすることを「私的鑑定」と呼ぶらしい。しかも、検査キットというものがあるらしく、申し込みをしてから検査キットが自宅に届き、自分で検体を採取するとのこと。頬の内側に綿棒を擦り付けるあのやり方で済むらしい。なんというか……ずいぶん簡易的なのだなと思う。
そう。自分の検体採取は簡単なんだけど、問題は母のほうだ。
母は現在岩手県の介護施設で暮らしている。施設に連絡をしてスタッフの方に事情を説明して実施してもらうのが現実的だが、母がDNA鑑定をするのを拒む可能性がある。暴れる可能性もあるし、拒否されるのを前提でやるしかない。
ひとまず検査キットを申し込み、施設に電話をかける。電話をするのは久しぶりだ。出てくれたスタッフの方とは一度顔を合わせたことがあったので、説明はしやすかった。
のっぴきらない事情があり、母と親子鑑定をしたいと思っている。協力していただけないか、と伝えると、しばらくの間黙り込まれた。
「ご協力したい気持ちは山々なんですけれど、DNA鑑定はプラバシーの観点からこちらで代理で行うことは難しいんですよ。もし本当にされたいという場合は、ご本人の同意が必要になってくるかと思います。だけど藤島さんの場合、私どもが説明をしたところで同意してもらえるかちょっと分からないです」
「本人の同意……」
そう言われて慌ててスマホで「DNA鑑定 同意」と調べると、確かにDNA鑑定を本人の同意なしで無理やり行うとなると法に触れるリスクがあるようだ。そんなことにも思い至らなかった自分の浅はかさを呪う。
「ご本人が正常な判断をできずに同意が得られないとなると、おそらく後見人や補助人の方の同意が必要になるかと思いますが、そういった方はいらっしゃいますか?」
「いえ……いません」
「そうですか。まあ藤島さんの場合はまだそれほど認知症が進行しているわけではなくて時々症状が表れる程度なので後見人までは必要ないかもしれません。ただ、やっぱりDNA鑑定の同意を得るには娘さんから説明していただく必要がありますね」
「はあ。分かりました。お手間をとらせてすみません」
「いえ。藤島さんと娘さんが心穏やかに過ごせるようにこちらも最善は尽くしたいと思っていますので。何かあればまたご相談ください」
「ありがとうございます。あ、すみませんあと……最近の母はどんな様子でしょうか?」
このまま事務的な連絡だけで会話を終わらせるのも忍びないというか、なんだかスタッフの方にも母にも申し訳ないような気がして、思わず引きとどめてしまった。
「藤島さんですか。普段は明るくにこにことされていることが多いんですけれどね。ふと気がつくと、ちょっと寂しそうな表情をしていることがあります。特に娘さんのことを心配されている様子ですよ」
「私を心配、ですか」
「はい。やっぱり親にとってはいくつになっても娘は娘。気になるのは自然のことだと思います。『娘を東京にひとりで置いてきてしまった』って申し訳ないと思っているようです」
「そう……ですか。教えてくださりありがとうございます」
母にそんなふうに思われていたなんて、考えもしなかった。私はただ自分がやりたい職業に就いて仕事をしていただけだ。趣味の動画だって好きで始めた。それなのに母にとっては、「置いてきた」という気持ちになってしまうのか。
それが、母という生き物なんだ。
母と自分のつながりを疑っていたのに、母からの愛情を感じて胸が締め付けられるように痛い。そっとお腹に手を当てる。もし私がこの子を産んだら、母のように娘の身を第一に案じることができるのだろうか。そのとき、ぽこ、とお腹の内側から赤ん坊が蹴ったような感覚がしてああ、とため息を吐いた。
そんなはずないのにね。
まだ小さな種ほどの存在が、お腹を蹴るなんてこと。
「ひとまず、DNA鑑定についてはまた考えるしかないかな」
頭を一度空っぽにして、部屋の掃除を始める。
のんびりと家事をしながらお昼ご飯の準備をしていると、少しだけ気持ちが凪いで穏やかに変わっていった。
10
あなたにおすすめの小説
【1分読書】意味が分かると怖いおとぎばなし
響ぴあの
ホラー
【1分読書】
意味が分かるとこわいおとぎ話。
意外な事実や知らなかった裏話。
浦島太郎は神になった。桃太郎の闇。本当に怖いかちかち山。かぐや姫は宇宙人。白雪姫の王子の誤算。舌切りすずめは三角関係の話。早く人間になりたい人魚姫。本当は怖い眠り姫、シンデレラ、さるかに合戦、はなさかじいさん、犬の呪いなどなど面白い雑学と創作短編をお楽しみください。
どこから読んでも大丈夫です。1話完結ショートショート。
意味がわかると怖い話
邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き
基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。
※完結としますが、追加次第随時更新※
YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*)
お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕
https://youtube.com/@yuachanRio
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
さよなら、私の愛した世界
東 里胡
ライト文芸
十六歳と三ヶ月、それは私・栗原夏月が生きてきた時間。
気づけば私は死んでいて、双子の姉・真柴春陽と共に自分の死の真相を探求することに。
というか私は失くしたスマホを探し出して、とっとと破棄してほしいだけ!
だって乙女のスマホには見られたくないものが入ってる。
それはまるでパンドラの箱のようなものだから――。
最期の夏休み、離ればなれだった姉妹。
娘を一人失い、情緒不安定になった母を支える元家族の織り成す新しいカタチ。
そして親友と好きだった人。
一番大好きで、だけどずっと羨ましかった姉への想い。
絡まった糸を解きながら、後悔をしないように駆け抜けていく最期の夏休み。
笑って泣ける、あたたかい物語です。
短い怖い話 (怖い話、ホラー、短編集)
本野汐梨 Honno Siori
ホラー
あなたの身近にも訪れるかもしれない恐怖を集めました。
全て一話完結ですのでどこから読んでもらっても構いません。
短くて詳しい概要がよくわからないと思われるかもしれません。しかし、その分、なぜ本文の様な恐怖の事象が起こったのか、あなた自身で考えてみてください。
たくさんの短いお話の中から、是非お気に入りの恐怖を見つけてください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる