たとえ私がいなくても

葉方萌生

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なるようになる

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 ***


 美智子はもう何年ぶりか分からない休暇に、羽を伸ばしていた。
 部屋の中で好き放題音楽を流したり、コンビニスイーツを好きなだけ食べたり。時には一人で喫茶店に行き、三時間ほど読書をして帰ってくることもある。とにかく、ストレスがかからないようにと、悠々自適に過ごせる日々が訪れたのだ。

「うわ、やっちゃったー! 卵焼き、丸焦げじゃない」

 朝、リビングから聞こえてきた愛梨の悲鳴を聞いたのは今日で三度目だ。
 大学生で、一番時間を持て余している愛梨が率先して家族のご飯を作ってくれている。でも、愛梨はこれまでほとんど料理なんてしたことがない。強いて言えば、学校でやった調理実習くらいだろう。それだけの経験で、突然家族四人分の食事を作らされる羽目になったのは、我が子ながらお気の毒としか言いようがない。
 でも、ここは心を鬼にして、愛梨の成長を見届けなければ。
 私が一ヶ月もの間、ストライキをすると決意した意味がなくなってしまう——。

「はあ、なんとかできた……。祐樹、これお弁当に詰めていきなさい」

「うお、なんだこの丸焦げの卵焼き!」

「いいでしょ、これぐらい。四の五の言わずに持っていく!」

「ちぇ……まあ、作ってもらったんだし、しゃあないな」

 祐樹のしおらしい返事に、蚊帳の外状態で話を聞いていた美智子ははっとさせられる。祐樹は食べ物の好き嫌いが多く、お弁当に苦手なものが入っていると、いつもぐちぐちと文句を言ってきた。こんなふうに、作ってもらったご飯に感謝している様子など、今まで微塵も見せなかったのに。
 祐樹も愛梨も、少しずつ母親のいない現実を受け入れて、動き出したということかしら。
 嬉しいような、寂しいような、けれどやっぱりどこかほっとしている自分がいて、美智子はじんわりと胸が熱くなるのを感じていた。まだストライキを始めて一週間だというのに、子供たちの成長はあまりにも早い。

「お父さん、ネクタイ曲がってるよ」

「え? ああ、ありがとう」

 どうやら徹は、まだ身だしなみも自分で直せていないらしい。徹らしいと思いつつも、徹が仕事から帰ってきて、こっそりトイレ掃除をしてくれているのを知っている。徹が帰って来た後にトイレに行くと、ブラシがいつもと違う場所に置かれているからすぐに分かった。

「お弁当、お父さんの分も作ったからどうぞ。あ、でも卵焼きは焦げてるから勘弁してね」

 なんと愛梨は、父親の分のお弁当も用意しているらしい。本当にやればできる子だ。

「何から何までありがとうな。行ってきます」

 徹が子供たちに比べると家事の時間が取れないのは、仕方がないことだと思う。毎日クタクタになるまで仕事をして帰ってくる徹に、以前から感謝する気持ちはあった。
 でも、徹は美智子に対して、ご飯をつくっても「美味しい」の一言すら言ってくれない。だから、少しでも徹が「誰かが家事をしてくれるのが当たり前のことではない」と分かってくれたらそれで良かった。美智子は家族に多くは求めない。みんなで支え合って家庭のことを回してくれたらいい。今回のストライキの趣旨はそこにあった。
 どうやらその目標は、たったの一週間でほとんど達成されてしまったようだ。
 愛梨は家族の中で一番進んで家事を覚えようと頑張ってくれている。
 祐樹はまだできることは少ないけれど、姉の背中を見て変わり始めている。
 徹は日頃の自分の行いを反省したのか、お弁当を作ってくれる愛梨に素直にありがとうを伝えられるようになった。
 まさか、こんなにもスムーズに事が上手くいくとは思っていなかった。美智子は、部屋の中から朝の騒動を聞きながら、心配することは何もないのだとホッとする。

 さて、もうすぐ予定の時間が来るわね。
 美智子は椅子から立ち上がり、身支度をする。
 一番最後に家を出る愛梨が大学に向かった後、いつもの鞄を持って靴を履いた。
 今日は何を言われるのかしら。
 なんて、今考えても仕方がない。
 人生、なるようにしかならないのだから、と自分に言い聞かせながら、玄関の扉を開けた。
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