となりの京町家書店にはあやかし黒猫がいる!

葉方萌生

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第一話 三つ葉書店の黒猫

月の光の下

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 と、その時だった。
 ぼふん、と何かが軽く爆発したような音がしたかと思うと、目の前の猫が煙に包まれて、一人の人間が姿を現した。

「え、ええええっ!?」

 目の前で起こったことが信じられなくて、絶叫してしまう私。
 さっきまでモナが座っていた場所に立っているのは、さらさらの黒髪の女性だった。
 肌が白く、暗い中でも透き通っているように見える。長い前髪は横に流していて、おでこを出した顔は目鼻立ちがはっきりとしていた。
 私よりは少し年上のお姉さんだろうか。
 綺麗な人だな——見た瞬間にそう感じてしまって、彼女が猫だということを忘れてしまうところだった。

「あの……びっくりされましたか?」

 先ほどのあやかし猫とは違う、やさしく透き通るような声がして、これまた驚く私。
 あやかし猫だった時の挑戦的な視線とは全然違う、臆病そうなまなざしを彼女は私に向けていた。一体どういうことだろう。

「びっくりというか、なんというか……」

 正直言って、何が何だか分からないカオスな状態なんだけれど。
 戸惑う私の様子を見て、「ですよね」と彼女はため息を吐いた。

「こうして人間の前で化けたのは初めてなんです。実はまだ、あまり慣れていなくて……」

「初めて? さっき、すごく自信満々な口調で“証明してあげる”って言ってたじゃん」

「あれは……わたしの中のあやかし猫がそう言わせたというか。あ、ごめんなさいっ。意味分かんないですよね。だから、つまりその……あやかし猫である時のわたしと、人間になった時のわたしは、ちょっと人格が違うんです。あやかし猫になると、頭の中で電気が走ってるみたいに自信がみなぎってくるというか……」

 しどろもどろに状況を説明するモナ。とどのつまり、彼女自信もあやかし猫である時の自分を制御できていないということだろうか。そんなことってあるんだなあ。全てがフィクションのように感じられる私にとっては、もう何を言われても動じない。

「なんとなく、理解はできた。人間になる時に何か条件とか、あるの?」

「それは、あれです」

 彼女はそう言って頭上を指さした。なんだ、空がどうした? と上を見上げると、そこに浮かんでいるのは三日月だ。

「月の光の下でだけ、わたしは人間の姿になれるんです」

「月の光の下……」

 なんだかすごくロマンチックな設定だな——と感心してる場合ではなかった。月の光の下でだけ人間になれる。そんなあやかし猫がこの世に存在しているなんて。やっぱり信じられないのに、目の前で起こってしまった出来事は信じざるを得ない。

「普段、猫の姿の時は人間には見えないんですよ。こうして人間の姿になった時だけ他の人間にも見えるようになる——だから、あなたが猫の姿をしたわたしが見えるのはすごく特別なんです」

「そっか……うん、なんだか分からないけれど、納得はした」

 嘘だった。本当は全然彼女の言うことなんて受け入れられない。でも、時々通り過ぎていく人たちが、私が猫と話しているときはぎょっとした様子で距離を置いたのに、今こうして人間のモナと話している時はスルーしてくれているのを見ると、そういうことらしい。

「私、霊感でもあるのかな」

「そうかもしれません。古くから京都に根付いている人たちの中には一定数、あやかし猫の姿である私のことが見えることがあるみたいです」

「へえ。じゃあうちのお母さんとおじいちゃんも見えるかも」

 今度、モナと会わせてみようかな、なんて考えもしたが、気の強い母のことだから、あやかし猫のモナと口喧嘩になってしまうかもしれない。そこまで想像してやめておこうと思った。

「とにかく事情は分かった。それで、モナの目的は何?」

 そう。ずっと気になっていた。モナが私の前に現れたのは単なる気まぐれなのか、それとも明確な目的があるからなのか。

「目的は……今は言えません。でも、あなたの前に現れたのは、偶然ではないです」

「……そっか。まあ、そんなことだろうと思った」

 納得できない答えではあったが、何かしらの想いがあって私に近づいたことだけは理解できた。

「と、とにかくこれからよろしくお願いしますっ!」

 何を「よろしく」されているのか分からないのだけれど、恭しく頭を下げるモナに対して、私も反射的に「ど、どうも」と答えてしまっていた。まったく意味が分からない。あやかし猫と目の前の女性の人格が違いすぎて、どちらの話についていけばいいのかすらも。

 雲が再び夜の空を流れていき、三日月を覆い隠す。すると、ぼふんという音と共に、彼女は再び猫へと戻っていた。

「フン、そういうわけだからよろしくね。お隣・・の月見彩葉ちゃん」

 お隣? 一体何のことだろうか。
 聞こうと思ったのだけれど、私が口を開く前にモナはいつのまにか姿を消してしまっていた。

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