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第一話 三つ葉書店の黒猫
猫の名前
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「そんなに驚かなくてもいいでしょ。猫だって喋るわよ。人間たちには聞こえないだけで」
「いやいやいや、喋んないでしょ! そりゃ猫同士で通じ合える言葉みたいなもんはあるのかもしれないけど、人間の私に通じちゃってるの、おかしいよっ」
「ふふん、この京都の地ではね、そんな摩訶不思議な現象の一つや二つ、起こってもおかしくないものよ」
「わっかんない! あなたが何言ってるのか、まっったく理解できないです」
ぜえぜえ、と上がっていく呼吸を整えながら、なんとかこの不可解な現象を冷静に見つめようと必死になった。でもやっぱり分からない。どうして猫が人間の言葉を喋っているの……?
「そっか。あなたって理解力がないのね。どっからどう見てもわたし、この世のものじゃないでしょう?」
「この世のものじゃない……?」
つまり、幽霊ってこと?
確かに、幽霊ならば触れないのも納得がいくし、猫が人語を喋っても、まあなんとか受け入れることはできる。
と、思わず納得しそうになったけれど、そんな簡単に喋る猫の幽霊の存在を認められるはずがない。
「なんだか混乱している様子ね。もう言っちゃうけどわたし、あやかし猫なの」
「あやかし猫? なにそれ、妖怪?」
次から次へと飛んでいく話に、もはやついていけずにオウム返しに質問をするbot化してしまっている。
「まあ、そうね。妖怪、で正解かしら。人はわたしのことを“化け猫”と呼ぶわ」
「化け猫って……アニメや漫画でよく出てくるやつ?」
「ん、よく出てくるかは分からないけれど、そうね。物語では定番の妖怪かもね」
「はあ」
彼女の話には全然ついていけていないが、反射的に彼女の背中で揺れる尻尾や黄色い瞳を見つめてしまう。妖怪というからには尻尾が何又かに別れていたり、目が怪しく光っていたりするのかと思ったのだが、そんなことはない。見た目はごく普通の、というか一般的な猫より美しい猫だ。
「どうやら信じてもらえないご様子ね。まあ仕方ないわ。喋りかけてみたのはあなたが初めてだし、当然の反応よね」
妖怪猫にしては物分かりのいい口ぶりに、つい笑ってしまいそうになる。
「そりゃあねえ。正直今でも夢なんじゃないかって疑ってる。というか、夢であってほしい」
思わず口から本音が漏れた。
日頃の疲れが祟って、妖怪猫と人語で会話をしているなんていう夢を見ているに過ぎないなら滑稽だ。でも現実で頭がおかしくなったと思うよりはずっといい。
「残念ながら夢じゃないわ。わたし、歴とした現実で生きる妖怪猫だもん」
「そっか……うーん。まあ、そういうことにしておく……」
納得はいかないが、耳に響く心地の良い川のせせらぎや、鼻を掠める春の自然の香りは確かに現実のものとしか思えない。五感すべてで、今自分が息をしているのが夢の世界ではないというのを訴えかけてくる。普段は気にならない周囲の雑音や飛行機が空を飛んでいく音まで、無駄に感じてしまうのだからもう受け入れるほかなかった。
「あの、あやかし猫さん。あなた、名前は何て言うの」
受け入れてしまえば、この目の前の不可思議な存在について、もう少し深掘りしようという気が湧いてきたのだから不思議だ。
そもそも名前なんてあるのか分からないけれど。知り得る情報があるなら引き出したい。あやかし猫と話をするなんて貴重な経験、人生でもう二度とないだろうしね。ひょっとしたらお店に来た観光客にネタとして披露できるかも——なんて浅ましいことを考えたことは秘密!
「わたし? 三沢萌奈よ」
「三沢、萌奈……え、人間じゃん」
ミケ、とかクロ、とかそういう猫らしい名前を期待していた私は度肝を抜かされる。なんだその名前は。苗字と、名前。明らかに人間じゃない! 自分で考えたんだろうか。だとしたら面白い。
「気軽に三沢様って呼んでもらっていいわよ」
「……」
高飛車な物言いのあやかし猫に、ジト目を向ける私。
いやいや、ちょっと待って。
どうして今この場に、私以外に彼女と会話をしている人間がいないんだろう……!
彼女の人名が本当なのかボケなのか、私一人じゃ判断ができないっ。
「もー何その疑り深い顔は。あやかし猫って言ったでしょ。名前だって普通じゃないに決まってるじゃない」
「あやかし猫ってみんな人間の名前してるの?」
「そういうわけじゃないけど、まあ結構いるわね。好きなアニメのヒーローからとった『逆瀬川蓮』とか、バトルアクション映画の俳優の名前と同じ『ジョン・パーカー』とか」
「……あやかし猫ってみんな陽気なのね」
「勘違いしないでちょうだい。わたしの名前はちゃんと本名です。生まれたときからこの名前なの」
「ふうん」
さっきの口ぶりだと、あやかし猫たちはみんな、自分が好きなように名前を付けている感じだけれど。
「人間の人生が十人十色なように、あやかし猫の人生——いや“猫生”だっていろいろなの。信じられないなら証明してあげる」
一体何が始まるのかと身構えていると、三沢萌奈——モナはすっと真面目な表情になり背筋を伸ばした。
ちょうどその時、雲に隠れていた月が再び姿を表す。薄暗い夜の河原が、月明かりでちょっとだけ明るくなったような気がした。
「いやいやいや、喋んないでしょ! そりゃ猫同士で通じ合える言葉みたいなもんはあるのかもしれないけど、人間の私に通じちゃってるの、おかしいよっ」
「ふふん、この京都の地ではね、そんな摩訶不思議な現象の一つや二つ、起こってもおかしくないものよ」
「わっかんない! あなたが何言ってるのか、まっったく理解できないです」
ぜえぜえ、と上がっていく呼吸を整えながら、なんとかこの不可解な現象を冷静に見つめようと必死になった。でもやっぱり分からない。どうして猫が人間の言葉を喋っているの……?
「そっか。あなたって理解力がないのね。どっからどう見てもわたし、この世のものじゃないでしょう?」
「この世のものじゃない……?」
つまり、幽霊ってこと?
確かに、幽霊ならば触れないのも納得がいくし、猫が人語を喋っても、まあなんとか受け入れることはできる。
と、思わず納得しそうになったけれど、そんな簡単に喋る猫の幽霊の存在を認められるはずがない。
「なんだか混乱している様子ね。もう言っちゃうけどわたし、あやかし猫なの」
「あやかし猫? なにそれ、妖怪?」
次から次へと飛んでいく話に、もはやついていけずにオウム返しに質問をするbot化してしまっている。
「まあ、そうね。妖怪、で正解かしら。人はわたしのことを“化け猫”と呼ぶわ」
「化け猫って……アニメや漫画でよく出てくるやつ?」
「ん、よく出てくるかは分からないけれど、そうね。物語では定番の妖怪かもね」
「はあ」
彼女の話には全然ついていけていないが、反射的に彼女の背中で揺れる尻尾や黄色い瞳を見つめてしまう。妖怪というからには尻尾が何又かに別れていたり、目が怪しく光っていたりするのかと思ったのだが、そんなことはない。見た目はごく普通の、というか一般的な猫より美しい猫だ。
「どうやら信じてもらえないご様子ね。まあ仕方ないわ。喋りかけてみたのはあなたが初めてだし、当然の反応よね」
妖怪猫にしては物分かりのいい口ぶりに、つい笑ってしまいそうになる。
「そりゃあねえ。正直今でも夢なんじゃないかって疑ってる。というか、夢であってほしい」
思わず口から本音が漏れた。
日頃の疲れが祟って、妖怪猫と人語で会話をしているなんていう夢を見ているに過ぎないなら滑稽だ。でも現実で頭がおかしくなったと思うよりはずっといい。
「残念ながら夢じゃないわ。わたし、歴とした現実で生きる妖怪猫だもん」
「そっか……うーん。まあ、そういうことにしておく……」
納得はいかないが、耳に響く心地の良い川のせせらぎや、鼻を掠める春の自然の香りは確かに現実のものとしか思えない。五感すべてで、今自分が息をしているのが夢の世界ではないというのを訴えかけてくる。普段は気にならない周囲の雑音や飛行機が空を飛んでいく音まで、無駄に感じてしまうのだからもう受け入れるほかなかった。
「あの、あやかし猫さん。あなた、名前は何て言うの」
受け入れてしまえば、この目の前の不可思議な存在について、もう少し深掘りしようという気が湧いてきたのだから不思議だ。
そもそも名前なんてあるのか分からないけれど。知り得る情報があるなら引き出したい。あやかし猫と話をするなんて貴重な経験、人生でもう二度とないだろうしね。ひょっとしたらお店に来た観光客にネタとして披露できるかも——なんて浅ましいことを考えたことは秘密!
「わたし? 三沢萌奈よ」
「三沢、萌奈……え、人間じゃん」
ミケ、とかクロ、とかそういう猫らしい名前を期待していた私は度肝を抜かされる。なんだその名前は。苗字と、名前。明らかに人間じゃない! 自分で考えたんだろうか。だとしたら面白い。
「気軽に三沢様って呼んでもらっていいわよ」
「……」
高飛車な物言いのあやかし猫に、ジト目を向ける私。
いやいや、ちょっと待って。
どうして今この場に、私以外に彼女と会話をしている人間がいないんだろう……!
彼女の人名が本当なのかボケなのか、私一人じゃ判断ができないっ。
「もー何その疑り深い顔は。あやかし猫って言ったでしょ。名前だって普通じゃないに決まってるじゃない」
「あやかし猫ってみんな人間の名前してるの?」
「そういうわけじゃないけど、まあ結構いるわね。好きなアニメのヒーローからとった『逆瀬川蓮』とか、バトルアクション映画の俳優の名前と同じ『ジョン・パーカー』とか」
「……あやかし猫ってみんな陽気なのね」
「勘違いしないでちょうだい。わたしの名前はちゃんと本名です。生まれたときからこの名前なの」
「ふうん」
さっきの口ぶりだと、あやかし猫たちはみんな、自分が好きなように名前を付けている感じだけれど。
「人間の人生が十人十色なように、あやかし猫の人生——いや“猫生”だっていろいろなの。信じられないなら証明してあげる」
一体何が始まるのかと身構えていると、三沢萌奈——モナはすっと真面目な表情になり背筋を伸ばした。
ちょうどその時、雲に隠れていた月が再び姿を表す。薄暗い夜の河原が、月明かりでちょっとだけ明るくなったような気がした。
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