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第十二話 二人の吐息
しおりを挟む翌日、朝早くに学校に行くと、いつになく蓮がソワソワした面持ちで「風間さん遅いよ」と私に声をかけてきた。分かっている。今日は完成した動画をコンテストの主催者に提出するのだ。だからこそ、まだ誰もクラスメイトも来ていないような時間帯に二人で待ち合わせをしていた。
「ごめんごめん。でも私、ちゃんと待ち合わせ通りに来たよ?」
「そうか? 俺は待ちくたびれたわ」
「蓮が早すぎるだけだって。女の子は支度に時間がかかるんです」
蓮にとって、私はずっと撮影のモデルで、私にとって蓮はカメラマンだった。でも、撮影が終わった今、ただのいちクラスメイトとして、同じ研究会の友人として、むきだしの私たちの関係がぽつりと残された。
「じゃあ早速送るで」
「お願いします」
動画の提出はコンテストのHPから行えるようになっている。私たちが応募するのは、「全日本青春動画コンテスト」という、映画の制作会社が主催する大規模なコンテストだ。高校生だけの大会ではなく、一般人も応募できる。あえて高校生のみコンテストを選ばなかった理由は、蓮が本気で映像クリエイターを目指していると言っていたからだ。
「俺は、日本人全員を感動の渦に巻き込めるような映像を作りたい。だからな、高校生だけじゃだめなんや。本気で腕を試したいから。俺がこれから戦っていく土俵はこっちやけん」
そんな蓮のまっすぐな熱意に負けて、私は一般の人も応募するコンテストへの応募に同意したわけだ。私としては、もともと蓮の夢にのっかって務めてきた仕事だったので、蓮の希望通りにしてあげられればそれでいいと思った。
蓮が「応募フォーム」に必要事項を記入し、動画ファイルを添付した。しばらく待ってアップロードが完了すると、「送信ボタン」をゆっくりと押した。
『提出が完了しました。
なお、受賞者には来年三月に記載いただいたご連絡先に直接通知します。
ご応募ありがとうございました。』
という文字が画面に浮かび上がったとたん、私と蓮の肩からすっと力が抜けていくのがわかった。
「応募、できたね」
「ああ、そうやな。長かったなあ」
誰もいない朝の教室で、二人の吐息が重なる。耳を澄ませば、竜太刀岬の波の音が聞こえるくらい静かだった。蓮は今、どんな気持ちでいるんだろう。
「蓮すごい頑張ってたもんね。報われるといいね」
「それはこっちのセリフや。風間さん、全然知らん世界やのに、二年とちょっと付き合ってくれてありがとうな」
なんだかここでお別れでもするかのようなしんみりとした空気に、私は心を掴まれて、急激に寂しさが押し寄せてきた。
終わりたくない。蓮との撮影の日々が、まだ続くんじゃないかと思っていた。終わりがあることを知っていたのに、終わってしまえばあっけなくて。
高知なんていう知らない土地に一人放り出されて散り散りになりそうだった二年半前の心が、また戻ってきたかのような感覚に襲われた。
私が不安げな表情を浮かべていたからか、蓮は私の方を、じっと見ていた。「どうしたん?」と一声かけられると、ざわついていた心臓の音が、いくらか和らいでいった。
そうだ、私は一人じゃない。
たとえ撮影が終わっても、蓮がいる。蓮と、俊がいる——。
「俺さ、ずっと言おうと思ってたんや」
蓮の顔は、いつのまにかまっすぐな、純朴な少年そのものに変わっていた。
「撮影が終わったら、風間さんに言おうって」
メガネの奥で蓮が瞬きを繰り返す。いつも見ていたはずなのに、知らない人のように感じられるのはどうしてだろう。私は無意識のうちに、やめて、と心の中で叫んだ。
「俺は、風間さんが——」
ばしゃん。
岩にぶつかる波の音が耳の奥で聞こえたような気がして、はっと教室の扉の方を見た。
「ちーっす。あれ、お前ら早いな」
クラスメイトの男子が登校してきたのだ。その後ろからまた数人の男女が入ってくる。
弾かれたようにはっとした顔を後ろに向けた蓮が、困ったような笑顔を浮かべながら、
「まあな」
と返事をしていた。
「風間さん、ありがとう」
それだけ言うと、蓮は自分の席に戻っていく。
心臓の音が、やっぱりうるさいくらいに鳴っていたことに気づいたのは、蓮が教室の端の席につくのを見たあとだった。
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