すきとおるほどつながれる

葉方萌生

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恋の刃

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「さっき……紡くんがお見舞いに来た時も言ったけれど、私、恋をしちゃいけないんだって思ってた。だってさ、恋って誰かを恋しく思う気持ちでしょ? 私は1年後に死ぬってわかってるのに、誰かと心を通わせてしまったらきっと、失うのが怖くなるよ。いずれ近い将来に訪れる別れに怯えながら恋をするなんて、そんなの寂しい。私がいなくなったあと、私が好きになった人は——紡くんは、心に傷を負うことになる。そんなの……そんなの、あんまり残酷でかわいそうだって思う」

 絃葉の想いの一つ一つを聞き逃さないように、俺はじっと側で耳を傾けていた。とてもゆっくりとした歩みで、俺たちは進んでいく。海から遠ざかり、目の前に広がるのは山の奥へと続く道だ。

「だから私は恋をしないって決めたの。この気持ちは死ぬまで胸に抱えて生きていこうって。ほんとはね、文化祭の時から、紡くんのことが気になってた。でも、もうきっと会わないから大丈夫だろうって、この恋を封印してたの」

 カタカタと、歩道の横を生い茂る竹林が風に揺られて音を立てる。絃葉の声が、木々のざわめきや鳥のさえずりと混ざり合っても、俺にはくっきりと響いて聞こえていた。

「でもさあ……出逢っちゃったんだもん。どうしてなんだろう。あの日、あなたが病院に現れて、私はこの恋が止められなくなった。まさか、憧れの先輩と言葉を交わす日が来るなんて思ってもみなかった。それと同時に思ったの。神様、どうして私を病気にしたの。どうして病気になってから出会わせたのって……」

 グサリと心臓を鋭利な刃物で突かれたように、彼女の言葉が痛い。

「病気になんてならなければ、私はあなたを素直に好きでいられるはずなのにっ……。ねえ紡くん。私はあなたを好きだけど、私を好きでいないで。だってやっぱりこの恋は刃だもん……! いつかあなたに抉るような痛みを、押し付けてしまう。だから、私のことは、もう忘れて……」

 嘘だ。
 忘れてほしくない。
 好きでいてほしい。
 彼女の心がそう叫んでいるのが聞こえた。
 絃葉の瞳が涙で濡れている。絃葉の心が泣いている。
 俺は、隣を歩く絃葉の手をぎゅっと握りしめた。もう片方の手でポケットをまさぐり、いつも彼女に見せていたものを、泣きじゃくる彼女の前に差し出した。

「違う。俺たちの恋は刃になんかならない。恋は、この糸と同じ。いろんな色に煌めいて、想いをつないでくれる糸や。だから俺は絃葉のことを離さない。絶対好きでいる」

 絃葉の顔に驚きの表情が広がる。俺の顔と、俺の手に握られた糸に視線を行ったり来たりさせている。そして、「この糸——」とつぶやいて、俺の目を再び見た。

 分かってる。分かってるんだ。
 絃葉の言いたいことが、俺にはすべて分かっている。
 この糸が、透明に見えていること。
 俺にはそんなふうには見えないけれど、絃葉の目には透き通って見えていること。
 白川さんが教えてくれた。
 俺が持っている糸が、透明に見えるのだと。
 それを聞いたとき、気づいたのだ。
 この糸は、とある条件を揃えた人が持つと、他人から透明に見える。それも、ある程度関わりの深い人からしか透明には見えないらしい。糸を持っている本人には、普通の糸に見える。俺がこの糸が透明になるのを見たのは、絃葉とばあちゃんが糸を手にした時だ。ばあちゃんは亡くなった。絃葉は余命宣告されている。ばあちゃんが持った時の方が、糸はより透き通って見えた。

 そして、俺が持っている糸は、きっと、もっと——。

 絃葉も同じ事実に気づいたのか、彼女の顔がみるみるうちに青ざめていくのが分かった。
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