私に用はないのでしょう?

たくわん

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隣国の王妃になりました

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エリアナとアレクサンダーの朝の散策は、日課となった。毎朝、同じベンチで待ち合わせ、森を歩きながら様々な話題について語り合った。

三日目の朝、アレクサンダーは興味深い質問を投げかけた。

「エリアナさんは、幸せとは何だと思いますか?」

「幸せ、ですか……」

エリアナは少し考えてから答えた。

「以前の私なら、地位や名誉と答えたかもしれません。でも今は、自分自身でいられることが幸せだと思います。誰かの期待に応えるために自分を偽るのではなく、ありのままの自分を受け入れてもらえること」

「素晴らしい答えですね。多くの人は、他者からの評価に自分の幸せを委ねてしまう。しかし、本当の幸せは自己の内側から湧き出るものです」

アレクサンダーの言葉に、エリアナは深く頷いた。ルシウスとの関係は、まさに他者の評価に縛られたものだった。彼女は「侯爵令嬢」という役割を演じ続け、自分自身の声を聞くことを忘れていた。

「アレクサンダー様は、どのような人生を歩まれてきたのですか?」

エリアナが尋ねると、アレクサンダーは少し遠い目をした。

「私は……多くの責任を背負っています。生まれた時から、自分の意志よりも立場が優先されてきました。しかし最近、本当に大切なものは何かを考えるようになりました」

「それで、この温泉地に?」

「ええ。時には肩書を忘れて、一人の人間として過ごす時間が必要なんです」

二人は森の奥深くまで歩いて行った。そこには小さな滝があり、水しぶきが朝日を浴びて虹を作っていた。

「美しいですね」

エリアナが呟くと、アレクサンダーは彼女を見つめて言った。

「ええ、本当に」

しかし、彼の視線は滝ではなく、エリアナに注がれていた。エリアナはそれに気づき、頬を染めた。

一週間が過ぎた頃、宿の主人がエリアナの部屋を訪れた。その表情は明らかに緊張していた。

「エリアナ様、実は……今宿には、非常に高貴なお方がいらっしゃっておりまして」

「高貴な方?」

「はい。それが……エルドリア王国の国王陛下なのです」

エリアナは驚きで息を呑んだ。エルドリア王国は、彼女の祖国と国境を接する隣国だった。両国は友好関係にあるが、政治的には微妙な緊張関係も存在していた。

「国王陛下がこのような場所に?」

「はい。極秘の静養とのことで、警備の者たちも町の外に待機しております。私も口外しないよう厳命されておりましたが……エリアナ様には知っておいていただいた方がよいかと」

その瞬間、エリアナの心に一つの予感が走った。まさか……あのアレクサンダーが?

翌朝、エリアナはいつものベンチに向かった。アレクサンダーはすでに待っていた。しかし、今朝のエリアナの表情はいつもと違っていた。

「アレクサンダー様……いえ、陛下」

エリアナが深々と礼をすると、アレクサンダーは苦笑いを浮かべた。

「気づかれましたか。いつかは話すつもりでしたが、こんなに早くとは」

「なぜ、お名前を偽られたのですか?」

「偽ってはいません。アレクサンダーは私の本名です。ただ、肩書を隠しただけです」

アレクサンダー、いやエルドリア国王は立ち上がってエリアナに向き直った。

「エリアナさん、私はあなたと出会えて本当に良かった。生まれて初めて、国王としてではなく、一人の男性として接してくれる人に出会えた」

「陛下……」

「いいえ、私たちが一緒にいる時は、どうかアレクサンダーと呼んでください。私はあなたの前では、ただのアレクサンダーでいたいのです」

エリアナは複雑な表情で彼を見つめた。確かに、この一週間で彼女は彼に特別な感情を抱き始めていた。しかし、相手が国王となれば話は別だ。

「私はただの元婚約破棄された令嬢です。陛下とは立場が違いすぎます」

「立場など関係ありません。私はあなたの知性、優しさ、そして内面の強さに惹かれているのです」

アレクサンダーは一歩近づいた。

「婚約破棄されたと聞いて、私は密かに安堵しました。不謹慎かもしれませんが、それはあなたが自由だということを意味したからです」

「陛下は、すべてご存知だったのですか?」

「ええ。実は、あなたがここに来る前から、ヴェルナー侯爵令嬢エリアナについては知っていました。聡明で教養深く、政治にも造詣が深い女性だと聞いていました」

エリアナは驚いて彼を見つめた。

「では、偶然の出会いではなかったのですか?」

「最初の出会いは偶然でした。しかし、あなたが誰かを知った時、私は運命を感じました。そして、実際に話してみて確信したのです。あなたこそ、私が探し求めていた伴侶だと」

エリアナの心臓が激しく鼓動した。これは夢なのだろうか。数週間前に婚約破棄された自分が、今、隣国の国王から求愛されているなど。

「しかし、陛下。私には何の権力もありません。国際結婚には多くの政治的な問題が」

「私は単なる政略結婚は望んでいません。もちろん、あなたとの結婚が両国の友好関係を強化することも事実です。しかし、それ以上に、私はあなたと共に人生を歩みたいのです」

アレクサンダーの真摯な眼差しに、エリアナは言葉を失った。

「エリアナ、すぐに答えを出す必要はありません。しかし、私の気持ちだけは受け取ってください」

彼はそう言うと、ポケットから小さな箱を取り出した。中には、深い青色のサファイアがあしらわれた指輪が入っていた。

「これは、私の母が生前大切にしていたものです。次の王妃に渡すようにと、遺言で託されました」

「こんな貴重なものを……」

「あなたに相応しい女性は他にいません。どうか、考えてください」

その日の午後、エリアナは部屋に戻って深く考え込んだ。マリアが心配そうに声をかけてくる。

「エリアナ様、お顔色が優れませんが」

「マリア、私はどうすればいいのでしょう」

エリアナは、アレクサンダーが国王であったこと、そして求婚されたことを打ち明けた。マリアは驚きながらも、優しく微笑んだ。

「エリアナ様、私は長年お側に仕えてまいりました。あなたが本当に幸せそうな顔をされたのは、この一週間が初めてです」

「本当に?」

「はい。ルシウス様との婚約中も、あなたは常に完璧な令嬢を演じておられました。しかし、ここでは違う。本当のあなたがいらっしゃる」

マリアの言葉に、エリアナは自分の心を見つめ直した。確かに、アレクサンダーといる時の自分は、自然体でいられた。彼の前では、侯爵令嬢としての仮面を被る必要がなかった。

三日後、エリアナは決心してアレクサンダーに会いに行った。彼はいつものベンチに座り、不安そうな表情で彼女を待っていた。

「アレクサンダー様」

エリアナが彼の名を呼ぶと、彼は立ち上がった。

「私は、まだあなたのことをすべて知っているわけではありません。これからも、あなたを困らせることがあるかもしれません」

「エリアナ……」

「でも、あなたといる時の私は、本当の自分でいられます。それが、私にとってどれほど大切なことか、あなたは理解してくださいました」

エリアナは深呼吸をして続けた。

「ですから、もしあなたが本当に私を必要としてくださるなら……私は、あなたの伴侶となることを受け入れます」

アレクサンダーの顔が歓喜に輝いた。彼はエリアナの手を取り、優しく額にキスをした。

「ありがとう、エリアナ。あなたは私の人生に光をもたらしてくれました」

遠くで小鳥がさえずり、森の木々が風に揺れていた。二人は手を取り合い、新しい未来へと歩み始める決意を固めた。

しかし、彼らはまだ知らなかった。この結婚が、思わぬ形でエリアナの故郷との再会をもたらすことを。そして、かつて彼女を捨てた人々が、彼女に助けを求めてくることになることを。
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