私に用はないのでしょう?

たくわん

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婚約破棄された私は辺境で真の力に目覚めます

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弟子になる、というアルカードの言葉に、リディアは戸惑った。

「でも、私は何も知りません。魔法の訓練も受けたことがないし、基礎すら」

「それは好都合だ」

アルカードは楽しそうに言った。

「変な癖がついていない方が、教えやすい。それに、お前の魔力は特殊だ。通常の魔法とは異なるアプローチが必要になる」

「私に、魔法が使えるようになるのでしょうか」

リディアの声は震えていた。希望と不安が入り混じる。

「使えるようになる、というレベルではない。お前は、この世界の理を書き換えるほどの力を手にすることになる」

アルカードは真剣な表情で続けた。

「ただし、それには厳しい修行が必要だ。覚悟はあるか」

リディアは迷わず頷いた。

「あります。私は、自分が何者なのか知りたい。そして、この力を正しく使えるようになりたい」

「よろしい。では今日から、お前は私の弟子だ」

こうして、リディアの新しい人生が始まった。

最初の一ヶ月は、基礎訓練だった。

アルカードは朝早くから厳しい。日の出前に起床し、瞑想から一日が始まる。

「魔法とは、世界の法則を理解し、それに働きかける技術だ。まずは自分の内なる魔力を感じ取ることから始める」

塔の最上階にある修練場で、リディアは毎朝座禅を組んだ。

最初は何も感じられなかった。だが、一週間が過ぎた頃、ふと体の奥底で何かが脈打つのを感じた。

「これが」

「そうだ。それがお前の魔力だ。感じられるようになったな」

アルカードが微笑んだ。珍しく、優しい笑みだった。

「次は、その魔力を外に出す訓練だ。イメージするんだ。お前の内側にある力が、手のひらから流れ出ていく様を」

リディアは目を閉じ、集中した。

体の中を流れる暖かい何か。それを手のひらへと導いていく。イメージする。光となって、外へ。

「できた」

目を開けると、手のひらに小さな光の球が浮かんでいた。それは虹色に輝き、まるで小さな星のようだった。

「素晴らしい。初めてでこれほど安定した魔力を出せるとは」

アルカードの賛辞に、リディアは顔を赤らめた。

訓練は日に日に難しくなっていった。

魔力の制御、属性魔法の基礎、古代語の学習、魔法陣の描き方、薬草学、魔物の生態、世界の成り立ち。学ぶべきことは山のようにあった。

だが、リディアは全てを吸収していった。まるで渇いた大地が雨を吸い込むように、知識と技術を我が物としていく。

「お前の学習速度は異常だな」

ある日、アルカードが感心したように言った。

「通常、この段階まで到達するには五年はかかる。お前は三ヶ月だ」

「それは、アルカード様の教え方が素晴らしいからです」

「謙遜するな。お前の才能は本物だ」

アルカードは窓の外を見つめた。

「かつて私が教えた弟子たちの中でも、お前が最も優れている。あの魔王でさえ、これほどではなかった」

「魔王を、教えたのですか」

「ああ。彼は私の最初の弟子だった」

アルカードの声に、僅かな悲しみが滲んだ。

「彼は優秀だったが、力に溺れた。そして、世界を支配しようとした。私は、自分の手で彼を封印するしかなかった」

「それは、辛かったでしょうね」

リディアは優しく言った。

アルカードは驚いたように彼女を見た。そして、小さく笑った。

「お前は不思議な娘だな。私を恐れないのか」

「どうして恐れる必要があるのですか。あなたは私に、こんなにも親切にしてくださっています」

「私は魔王を生み出した張本人だぞ。世界を混乱に陥れた元凶だ」

「でも、その魔王を封印したのもあなたです。そして今、私に正しい道を教えてくださっている」

リディアは真っ直ぐアルカードを見つめた。

「あなたは良い人です。それは、一緒に過ごせば分かります」

アルカードは暫く黙っていた。そして、ゆっくりとリディアの頭に手を置いた。

「ありがとう、リディア」

その言葉には、深い安堵が込められていた。

四ヶ月が過ぎた頃、リディアは既に上級魔法を使いこなせるようになっていた。

「では、実戦訓練に移る」

アルカードが宣言した日、リディアは緊張した。

「実戦、ですか」

「この森には魔物が棲んでいる。彼らと戦うことで、実践的な魔法の使い方を学ぶ」

「でも、魔物を殺すのは」

「殺す必要はない。制圧すればいい。魔物たちは、強い者に従う習性がある」

森の中で、リディアは初めて魔物と対峙した。

それは巨大な狼のような姿をした、ダイアウルフと呼ばれる魔物だった。鋭い牙を剥き出しにして、リディアに襲いかかってくる。

「落ち着け。お前の魔力を感じさせるんだ」

アルカードの声が背後から聞こえる。

リディアは深呼吸をした。そして、自分の魔力を解放した。

虹色の光が彼女の体から溢れ出す。それは穏やかだが、圧倒的な力を秘めていた。

ダイアウルフは動きを止めた。そして、ゆっくりとリディアの前に頭を垂れた。

「これは」

「お前の魔力に、屈服したんだ。魔物は本能的に、強者を見分ける」

その日を境に、リディアが森を歩くと、魔物たちは道を開けるようになった。中には、彼女の後をついてくる者さえいた。

「まるで森の主だな」

アルカードは面白そうに笑った。

訓練の合間に、二人はよく話をした。

アルカードは五百年の人生で見てきたことを語り、リディアは王都での日々を話した。

「婚約破棄された時、悲しかったか」

ある日、アルカードが尋ねた。

「いいえ。むしろ、ほっとしました」

リディアは正直に答えた。

「アレクシス王子は、私のことなど見てもいませんでした。ただの政略結婚の道具。それが壊れたから捨てられただけです」

「そうか」

「でも、今は感謝しています。あの婚約破棄がなければ、ここに来ることもなかった。アルカード様に出会うこともなかった」

リディアは微笑んだ。

「だから、あれは私にとって幸運だったのだと思います」

アルカードは暫く黙っていた。そして、静かに言った。

「お前といると、世界がまだ美しいものだと思えるよ」

その言葉の意味を、リディアが理解したのは、もう少し後のことだった。

半年が過ぎた頃、リディアの魔力は完全に制御可能になっていた。

「もう、教えることはほとんどない」

アルカードは少し寂しそうに言った。

「これからは、実践の中で学んでいくことになる」

「アルカード様」

リディアは勇気を出して言った。

「私、もう少しここにいてもいいですか」

「当然だ。ここはお前の家でもある」

アルカードは優しく微笑んだ。

だが、平和な日々は突然終わりを告げた。

ある日の夜、セバスティアンが血相を変えて隠れ里に駆け込んできた。

「お嬢様、大変です。王都から使者が」

「使者」

「はい。グランヴェル領の館に、王太子殿下が直々にいらっしゃいました」

リディアとアルカードは顔を見合わせた。

「アレクシスが、何の用だ」

翌日、リディアはアルカードと共にグランヴェル領の館へ向かった。

館の前には、豪華な馬車が止まっていた。王家の紋章が刻まれている。

中に入ると、応接室でアレクシスが待っていた。そして、その隣には、見覚えのある顔が。

「エリーゼ」

かつて婚約者を奪った女性は、以前とは打って変わって憔悴していた。目の下には隈ができ、顔色も悪い。

「リディア」

アレクシスが立ち上がった。その顔には、明らかな焦りの色があった。

「久しぶりだな。元気そうで何よりだ」

「王太子殿下こそ。お元気そうですね」

リディアは冷静に答えた。以前の自分なら震えていただろうが、今は違う。

「単刀直入に言う。助けてほしい」

「助ける」

リディアは首を傾げた。

「何をでしょうか」

「王都が、魔物の群れに襲われている」

アレクシスの声は切羽詰まっていた。

「三ヶ月前から、突然現れ始めた。最初は小規模だったが、今では毎晩のように襲撃がある。騎士団では対処しきれない」

「それは大変ですね」

リディアは他人事のように言った。

「で、私に何をしろと」

「お前には魔力がないと思っていたが、どうやら間違いだったようだ」

アレクシスはアルカードを見た。

「この方と一緒にいるということは、何か力を得たのだろう」

「そうですね。多少は魔法が使えるようになりました」

リディアは謙遜した。実際には、王都の宮廷魔法使い全員を合わせても敵わないほどの力を得ていたが。

「なら、王都を助けてくれ。お前は元王太子妃だ。この国を守る責務がある」

「元、ですよね。私は婚約を破棄されました。もう、王家とは何の関係もありません」

リディアの声は冷たかった。

「そ、それは」

アレクシスは言葉に詰まった。

「お願いです、リディア様」

突然、エリーゼが跪いた。

「私が悪かったのです。あなたから王太子殿下を奪ったのは、私の罪です。だから、私を罰してください。でも、罪のない民まで見殺しにしないでください」

涙を流すエリーゼに、リディアは複雑な表情を向けた。

「リディア」

アルカードが静かに言った。

「決めるのはお前だ。私は、お前の決断に従う」

リディアは深呼吸をした。

確かに、彼らは自分を傷つけた。でも、罪のない民を見捨てることはできない。それは、父が教えてくれた貴族の責務に反する。

「分かりました。調査には協力します」

「本当か」

アレクシスの顔が明るくなった。

「ただし、条件があります」

リディアは指を立てた。

「まず、私は王家の命令では動きません。あくまで、自分の意志で民を守るために動く」

「それは」

「二つ目。この件が解決した後、王家は二度と私に干渉しないこと。グランヴェル領の自治権を完全に認めること」

「承知した」

アレクシスは即座に頷いた。それだけ、状況が切迫しているのだろう。

「では、明日王都へ向かいます。それまでに、魔物出現の詳細な記録を用意しておいてください」

こうして、リディアは半年ぶりに王都へ戻ることになった。

その夜、アルカードが言った。

「お前は優しいな、リディア」

「そうでしょうか」

「ああ。私なら、あいつらを見捨てていた」

アルカードは窓の外を見つめた。

「だが、それがお前の良いところだ。力を持ちながら、慈悲を忘れない」

「アルカード様は、一緒に来てくださいますか」

「当然だ。私の弟子を、一人で危険な目に遭わせるわけにはいかない」

そう言って、アルカードはリディアの肩に手を置いた。

「それに」

「それに」

「お前を傷つけた者たちに、誰が本当の力を持っているか見せつけてやるのも悪くない」

アルカードは意地の悪い笑みを浮かべた。

リディアは思わず笑った。

「アルカード様、性格悪いですね」

「五百年生きれば、こうもなる」

二人は笑い合った。

明日からまた、新しい物語が始まる。だが今のリディアは、もう恐れていなかった。

隣に、信頼できる師がいる。そして、自分自身の力がある。

何が起ころうと、もう大丈夫だ。そう思えた。
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