婚約破棄された私が辺境で薬師になったら、元婚約者が後悔し始めました

たくわん

文字の大きさ
5 / 20

5

しおりを挟む
王都から戻って一週間、リディアは薬草園の拡大に取り組んでいた。村の北側に広がる遊休地を開墾し、新しい薬草を植える計画だ。

 村人たちが総出で手伝ってくれた。男たちは土を耕し、女たちは種を蒔く。子供たちも水やりを手伝った。

「お嬢様、この種はどこに植えればいいですか」

 村の若者が尋ねた。

「その薬草は日陰を好むから、あの木の下に植えて。そして、水は毎日たっぷりあげてね」

 リディアは一人一人に丁寧に指導した。薬草の栽培には知識が必要だが、村人たちは熱心に学んだ。

「領主様のおかげで、わしらにも仕事ができる」

 老人の一人が言った。

「薬草を育てて売れば、収入になる。こんな日が来るとは思わなかった」

「皆さんが協力してくださるから、実現できるのです」

 リディアは微笑んだ。

 薬草園の拡大は、村の経済を変えつつあった。以前は貧しく、冬には食料にも困っていた村が、今は安定した収入を得られるようになった。

 リディアが作った薬は王都で高値で売れ、その利益の一部が村人たちに分配される。薬草の栽培や収穫に協力した者には、賃金が支払われた。

「お嬢様は、本当に私たちのことを考えてくださる」

 村長のハンスが感謝を述べた。

「わしらが単なる労働力ではなく、対等なパートナーだと扱ってくださる。今までの領主とは大違いじゃ」

「当然のことです。皆さんなくして、私の仕事は成り立ちません」

 ある日、隣村から使者が来た。その村でも病人が多く、リディアの助けを求めていた。

「分かりました。明日、伺います」

 リディアは快諾した。

 翌日、ガレスと共に隣村を訪れた。村は ローゼンタールよりもさらに小さく、家屋も粗末だった。

 村長が案内してくれたのは、十人ほどの病人が横たわる小屋だった。皆、高熱と下痢に苦しんでいる。

 リディアは慎重に症状を観察した。共通しているのは、激しい腹痛と水様性の下痢。これは感染症だ。

「井戸を見せてください」

 村の井戸は、家畜小屋の近くにあった。リディアは顔をしかめた。

「これが原因です。井戸が家畜の排泄物で汚染されている可能性があります」

「しかし、この井戸しかないんです」

「では、すぐに対策を取りましょう」

 リディアは指示を出した。まず、井戸の使用を中止し、川から水を汲むこと。その水は必ず煮沸してから飲むこと。

 次に、病人の治療を始めた。下痢で失われた水分を補給し、解毒と殺菌効果のある薬を投与する。

 夜遅くまで治療を続けた。三日間、リディアは隣村に泊まり込んだ。徐々に病人の症状が改善していく。

 一週間後、全ての病人が回復した。村人たちは涙を流して感謝した。

「命の恩人です。お礼をさせてください」

「お礼はいりません。ただ、今後のために衛生管理を学んでください」

 リディアは村人たちに、水の煮沸、手洗い、排泄物の適切な処理方法を教えた。

「病気の多くは、予防できます。清潔を保つことが、何より大切なのです」

 この出来事は、周辺地域に広く知れ渡った。「辺境の名医」リディアの名声は、さらに高まった。

 ローゼンタールに戻ると、エマが興奮した様子で出迎えた。

「お嬢様、大変です。王都の商人ギルドから、大量の注文が来ています」

 注文書を見ると、予想の三倍の量だった。

「これは...作るのが大変ね」

「私も手伝います。それに、村の女性たちの中にも、薬作りに興味がある方がいます」

「本当?」

「はい。簡単な作業なら、手伝えると言っています」

 リディアは考えた。薬の調合は専門知識が必要だが、薬草の洗浄や乾燥、瓶詰めなどの作業は、訓練すれば誰でもできる。

「それなら、工房を作りましょう。村人を雇って、薬の製造を組織化するの」

「素晴らしいアイデアです」

 こうして、ローゼンタール薬草工房が誕生した。領主館の隣に新しい建物を建て、そこで薬の製造を行う。

 リディアとエマが調合を担当し、村の女性たち十名が補助作業を行う。男性たちは薬草の栽培と収穫を担当する。

 村全体が、一つの大きな薬草生産共同体となった。

 ある日、見知らぬ馬車が村に到着した。馬車から降りてきたのは、若い女性だった。長い黒髪に、知的な雰囲気を漂わせている。

「リディア・フォルテ様をお訪ねしたいのですが」

「私がリディアです」

「初めまして。セリーナ・グリーンと申します。王都で植物学を研究しております」

 セリーナは丁寧に名刺を差し出した。

「あなた様の薬草園の噂を聞きまして、是非見学させていただきたく参りました」

「もちろんです。ご案内します」

 リディアはセリーナを薬草園に案内した。セリーナは一つ一つの薬草を興味深そうに観察した。

「素晴らしい。これだけ多様な薬草を、これほど良い状態で育てているとは」

「ありがとうございます。試行錯誤の結果です」

「特にこの薬草」

 セリーナは珍しい青い花をつけた植物を指差した。

「これは北方にしか自生しない希少種のはずです。どうやって手に入れたのですか」

「行商人から種を買いました。この地域の気候に合うよう、品種改良を重ねたんです」

「品種改良まで。あなたは薬学だけでなく、植物学の知識もお持ちなのですね」

「独学ですが」

 セリーナは感動した表情を浮かべた。

「あなたと協力したい。私の植物学の知識と、あなたの薬学の知識を合わせれば、もっと素晴らしいことができるはずです」

「協力、ですか」

「はい。例えば、薬効の高い新品種を開発するとか。あるいは、栽培が難しい薬草の育て方を研究するとか」

 リディアは即座に答えた。

「喜んで。共同研究をしましょう」

 こうして、リディアは新しい研究仲間を得た。セリーナはローゼンタールに滞在し、二人で研究を始めた。

 夜遅くまで、二人は議論を重ねた。薬草の特性、栽培方法、品種改良の可能性。話は尽きなかった。

「リディア様、あなたと話していると、時間を忘れます」

「私もです。同じ情熱を持つ人と語り合えるのは、本当に幸せなことです」

 ある夜、二人は丘の上で星を見上げていた。

「リディア様、失礼ですが、お尋ねしてもよろしいですか」

「何でしょう」

「あなたはなぜ、辺境で研究を続けるのですか。その才能があれば、王都でもっと恵まれた環境で研究できるはずです」

 リディアは少し考えてから答えた。

「王都では、私は常に誰かの期待に応えなければなりませんでした。良い娘、良い婚約者、良い令嬢。でも、ここでは私自身でいられる」

「自分自身で」

「ええ。誰にも遠慮せず、自分の信じる道を進める。それが何より大切なの」

 セリーナは頷いた。

「分かります。私も似たような経験があります。女性が学問をするのは不適切だと、何度も言われました」

「でも、続けたのですね」

「ええ。学問への情熱は、誰にも消せませんでしたから」

 二人は微笑み合った。同じ苦労を経験した者同士、特別な絆が生まれた。

 翌週、フェリックスも訪れた。彼は王立医学院での講義の反響を伝えに来たのだ。

「リディア様の講義は、大反響でした。多くの学生が、あなたの方法を実践し始めています」

「それは嬉しいです」

「それで、もう一つお願いがあるのですが」

 フェリックスは真剣な表情になった。

「定期的に王都で講義をしていただけませんか。月に一度でも構いません」

「考えさせてください。村を離れる時間が増えると、患者さんたちに迷惑がかかります」

「では、こういうのはどうでしょう。私がここに来て、あなたから直接学ぶ。そして、その内容を王都で教える」

「それなら可能かもしれません」

 こうして、リディアの周りには研究仲間が集まり始めた。セリーナ、フェリックス、そして時々訪れる他の学者たち。

 ローゼンタールは、小さいながらも学術コミュニティとしての側面を持ち始めた。

 ある日、村長のハンスが嬉しそうに報告に来た。

「領主様、大変なことになりました」

「何かあったのですか」

「隣国の商人が、わしらの薬草を買いたいと言ってきたんじゃ」

「隣国まで」

「ええ。評判が国境を越えて広がったようです」

 リディアは感慨深かった。数ヶ月前、ここは誰も注目しない寒村だった。それが今や、国際的な取引の対象となっている。

「素晴らしいことです。でも、品質管理をしっかりしないといけませんね」

「もちろんです。領主様の指導の下、最高の薬草を育てます」

 夜、リディアは日記に書いた。

「私の夢が、少しずつ現実になっている。この村を医学の中心地にする。そして、病に苦しむ全ての人を救う。まだ道半ばだが、確実に前進している」

 リディアは窓の外を見た。工房からは明かりが漏れている。夜遅くまで働く村人たちの姿が見えた。

 みんなで創り上げている。新しい未来を。

 そして、その中心にいる自分を、リディアは誇らしく思った。かつて病弱で役立たずと言われた自分が、今は多くの人の希望となっている。

 これこそが、最高の達成感なのかもしれない。

 復讐ではなく、成功すること。自分の価値を証明すること。そして、かつて自分を見捨てた者たちに、後悔させること。

 リディアは微笑んだ。まだ始まったばかりだ。これからもっと、もっと高く登っていく。

 そして、いつか振り返った時、かつて自分を傷つけた者たちが、遥か下に見えるようになる。

 その日を夢見ながら、リディアは眠りについた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私より幼馴染を選んだ婚約者に別れを告げたら謝罪に来ましたが、契約を守れない貴族とは取引しませんので

藤原遊
恋愛
祖父が創立した大商会で、跡継ぎとして働いている私。 けれど婚約者は、私より幼馴染を選びました。 それなら構いません。 婚約という契約を守れない相手と、これ以上関係を続けるつもりはありませんから。 祖父の商会は隣国と新たな取引を始めることになりました。 ――その途端、なぜか元婚約者が謝罪に来るようになりましたが、もう遅いです。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」と言われたので別れたのですが、呪われた上に子供まで出来てて一大事です!?

綾織季蝶
恋愛
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」そう告げられたのは孤児から魔法省の自然管理科の大臣にまで上り詰めたカナリア・スタインベック。 相手はとある貴族のご令嬢。 確かに公爵の彼とは釣り合うだろう、そう諦めきった心で承諾してしまう。 別れる際に大臣も辞め、実家の誰も寄り付かない禁断の森に身を潜めたが…。 何故か呪われた上に子供まで出来てしまった事が発覚して…!?

子供のままの婚約者が子供を作ったようです

夏見颯一
恋愛
公爵令嬢であるヒルダの婚約者であるエリックは、ヒルダに嫌がらせばかりしている。 嫌がらせには悪意しか感じられないのだが、年下のヒルダの方がずっと我慢を強いられていた。 「エリックは子供だから」 成人済みのエリックに、ヒルダの両親もエリックの両親もとても甘かった。 昔からエリックのやんちゃな所が親達には微笑ましかったらしい。 でも、エリックは成人済みです。 いつまで子供扱いするつもりですか? 一方の私は嫌がらせで寒い中長時間待たされたり、ご飯を食べられなかったり……。 本当にどうしたものかと悩ませていると友人が、 「あいつはきっと何かやらかすだろうね」 その言葉を胸に、私が我慢し続けた結果。 「子供が出来たんだ」 エリックは勘違いをしていた。 自分は何でも許されていると思い込んでいたエリックは、婿入り予定でありながら別の女性と子供を作ってしまう。 それによりエリック中心だった世界は崩壊し、ヒルダは本来の公爵令嬢としての生活を取り戻していく。 ただ、エリックの過ちは仕組まれたものだった。 エリック自身とエリックを嵌めた者達を繋ぐ糸は、複雑に別のものと絡まり合いながら、ヒルダを翻弄する。 非常識な婚約者に悩まされていたヒルダが、結婚をするまでの物語。 ※体調の関係もあり、更新時間がかなり時間が不定期です。 相当なクズ親が出てきます。ご注意下さい。

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

救国の代償で白髪になった聖女、一度のミスを理由に「無能の戦犯」として追放される ~隣国の覇王に拾われ、愛され、奇跡の力を見せつける~

スカッと文庫
ファンタジー
聖女アリシアは、百年に一度の大氾濫から国を守るため、禁忌の魔力全解放を行い、単身で数万の魔物を殲滅した。その代償として、彼女の美しい金髪は真っ白な「白雪色」に染まり、魔力は一時的に枯渇してしまう。 しかし、その功績はすべて現場にいなかった「偽聖女セシリア」に奪われ、アリシアは「結界を一部損壊させた戦犯」「魔力を失った役立たず」として、婚約者の王太子ギルバートから国外追放を言い渡される。 「失敗したゴミに、この国の空気は吸わせない」 泥の中に捨てられたアリシア。しかし、彼女を拾ったのは、敵対国として恐れられていた帝国の「武徳皇帝」ラグナールだった。彼はアリシアの白髪が「高純度の神聖魔力による変質」であることを瞬時に見抜き、彼女を帝国の宝として迎える。 数ヶ月後。アリシアが帝国の守護聖女として輝きを取り戻した頃、王国では「一度きりの奇跡」だったセシリアの魔力が尽き、本当の滅亡が始まっていた。 「今さら結界が解けたと泣きつかれても、もう私の魔力は一滴も残っていません」

婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、 悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。 王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。 だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、 冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。 再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。 広場で語られる真実。 そして、無自覚に人を惹きつけてしまう リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。 これは、 悪役令嬢として断罪された少女が、 「誰かの物語の脇役」ではなく、 自分自身の人生を取り戻す物語。 過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、 彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。

「地味な婚約者を捨てて令嬢と結婚します」と言った騎士様が、3ヶ月で離婚されて路頭に迷っている

歩人
ファンタジー
薬師のナターリアは婚約者の騎士ルドガーに「地味なお前より伯爵令嬢が ふさわしい」と捨てられた。泣きはしなかった。ただ、明日から届ける薬が 一人分減るな、と思っただけ。 ルドガーは華やかな伯爵令嬢イレーネと結婚し、騎士団で出世する——はずだった。 しかしイレーネの実家は見栄だけの火の車。持参金は消え、借金取りが押し寄せ、 イレーネ本人にも「稼ぎが少ない」と三行半を突きつけられた。 3ヶ月で全てを失ったルドガーが街角で見たのは、王宮薬師に抜擢された ナターリアが、騎士団長と笑い合う姿だった。 「なあ、ナターリア……俺が間違っていた」 「ええ、知ってます。でも、もう関係のない話ですね」

処理中です...