婚約破棄された私が辺境で薬師になったら、元婚約者が後悔し始めました

たくわん

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エリアスが十歳になった年。リディアは四十歳を迎えようとしていた。

 あの婚約破棄から、二十年以上が経っていた。

 ローゼンタールは今や、世界的な医療教育の中心地となっていた。国際医療支援機構の本部があり、毎年数百名の学生が学びに来る。

 かつての小さな寒村は、立派な学術都市へと発展していた。

 ある秋の日、リディアは分校で講義をしていた。聴衆は五十名ほど。様々な国から来た若者たちだ。

「医療の本質は、技術ではありません」

 リディアは語った。

「最も大切なのは、患者への共感です。相手の痛みを理解し、寄り添うこと。それができて初めて、良い医療者になれるのです」

 学生たちは真剣にノートを取っていた。

 講義の後、一人の若い女性が近づいてきた。

「先生、質問してもよろしいですか」

「もちろん」

「先生は、どうやって困難を乗り越えてこられたのですか。私は自信がなくて...」

 リディアは優しく微笑んだ。

「私も最初は自信がありませんでした。病弱で、誰からも期待されていなかった」

「でも、今は...」

「諦めなかったから。そして、自分を信じたから」

 リディアは女性の肩に手を置いた。

「あなたにも必ずできます。自分を信じて、一歩ずつ進んでください」

 女性は涙を浮かべて頷いた。

 その日の夕方、リディアは一人で丘に登った。かつて、何度も来た場所。ここから村を見下ろし、決意を新たにした場所。

 今、眼下に広がるのは、美しく発展した街だった。

「ここまで来たのね」

 リディアは呟いた。

 そこに、レオンが登ってきた。

「ここにいたのか」

「ええ。少し一人になりたくて」

 レオンは隣に座った。

「何を考えていた?」

「過去のことよ。婚約破棄されて、ここに来た日のこと」

「あの時の君は、どんな気持ちだった?」

「悔しくて、悲しくて、でも同時に、自由を感じていたわ」

 リディアは微笑んだ。

「今思えば、あれは人生最良の日だったのかもしれない」

「最良の日?」

「ええ。あの日から、本当の私の人生が始まったから」

 レオンは彼女の手を握った。

「君は素晴らしい人生を築いた」

「あなたがいたから」

 二人は抱き合った。二十年の歳月を共に歩んできた絆は、何よりも強かった。

 その時、エリアスが駆け上がってきた。

「父さん、母さん、大変だ」

「どうしたの?」

「村の井戸が枯れそうなんだ。みんな困っている」

 リディアとレオンはすぐに村に降りた。確かに、主要な井戸の水位が下がっていた。

「これは...地下水脈が変わったのかもしれない」

 リディアは調査を指示した。数日後、原因が判明した。

「上流で新しい開墾が行われた影響で、地下水の流れが変わったようです」

「では、新しい井戸を掘らなければ」

 リディアは技師たちと相談し、最適な場所を見つけた。村人総出で井戸を掘り、一週間後、豊富な水が湧き出た。

「これで安心だ」

 村人たちは喜んだ。

 この出来事は、リディアに改めて気づかせた。自分はまだ、この村に必要とされている。世界的な名声を得ても、故郷への責任は変わらない。

 ある日、王都から手紙が届いた。差出人は、リディアの父だった。

 手紙には、父が重病であると書かれていた。

「すぐに行かなければ」

 リディアは王都に向かった。フォルテ侯爵邸に着くと、父は床に伏せていた。

「父上」

「リディア...来てくれたのか」

 父は痩せ細り、顔色も悪かった。リディアは診察した。

「心臓が弱っています。薬を処方しますが...」

「分かっている。もう長くないだろう」

 父は静かに言った。

「リディア、最期に言いたいことがある」

「何でしょう」

「お前を追放したことを、一生後悔してきた」

 父の目に涙が浮かんだ。

「でも、お前は立派に生きた。私の想像を遥かに超えて」

「父上...」

「誇りに思う。お前は、フォルテ家最高の娘だ」

 リディアは父の手を握った。

「ありがとうございます。でも、追放してくれて感謝しています。あれがなければ、今の私はいなかった」

「お前は...優しい子だな」

 父は微笑んだ。

「最期にお前の顔が見られて、幸せだ」

 父は数日後、静かに息を引き取った。リディアは最期まで看取った。

 葬儀には、多くの貴族が参列した。リディアは喪主として、父を送り出した。

「父上、安らかにお眠りください」

 葬儀の後、リディアの兄が話しかけてきた。

「リディア、父の遺言で、お前に屋敷の図書室を譲ると言っていた」

「図書室を?」

「ああ。お前が幼い頃、いつも本を読んでいた場所だ。父は、あの部屋がお前の原点だと言っていた」

 リディアは図書室を訪れた。何も変わっていない。自分が医学書を読み漁った机も、窓辺の椅子も。

「ここから全てが始まったのね」

 リディアは本棚から一冊の医学書を取り出した。最初に読んだ本だ。

 ページをめくると、幼い頃の自分の書き込みがあった。

「いつか、病気を治せる人になりたい」

 その夢は、叶った。それどころか、想像以上の成果を上げた。

 リディアは本を胸に抱いた。

「父上、私はあなたの娘として誇りを持って生きます」

 王都での仕事を終え、リディアはローゼンタールに戻った。

 村では、特別な式典が準備されていた。

「何の式典?」

「領主様の在位二十周年記念です」

 村長のハンスが説明した。

「あなた様がこの村に来て、二十年。その間に、村は見違えるほど発展しました。感謝を込めて、記念碑を建てたいのです」

 式典当日、村の広場に多くの人が集まった。村人だけでなく、かつての教え子たち、世界中の医師たち。

 広場の中央には、リディアの像が建てられていた。

「リディア・フォルテ記念碑」と刻まれている。

「領主様」

 ハンスが言った。

「あなた様は、この村の恩人です。いえ、世界の恩人です。この記念碑は、あなた様の功績を後世に伝えるものです」

 リディアは感動して涙を流した。

「みんな...ありがとう」

 エリアスが前に出た。

「母さん、僕からも」

 彼は一通の手紙を読み始めた。

「母さんは、僕にとって最高の母親です。そして、最高の先生です。母さんから学んだことは、技術だけじゃない。人を思いやること、諦めないこと、そして自分を信じること」

 エリアスの目にも涙が浮かんでいた。

「僕は母さんの息子であることを誇りに思います。そして、いつか母さんのような医者になります」

 リディアは息子を抱きしめた。

「ありがとう、エリアス。あなたは私の宝物よ」

 式典の後、祝宴が開かれた。音楽が流れ、人々は笑顔で踊った。

 リディアはレオンと踊りながら、周りを見渡した。

「幸せね」

「ああ、これ以上ない幸せだ」

「ねえ、レオン」

「何?」

「もし、あの時婚約破棄されなかったら、私はどうなっていたと思う?」

 レオンは少し考えた。

「きっと、不幸だっただろう。本当の自分を生きられなかったから」

「そうね。だから、アーサーには感謝しているの」

「今、彼はどうしているんだろう」

「幸せに暮らしているわ。シャーロット様と息子さんと」

 リディアは微笑んだ。

「みんな、それぞれの幸せを見つけたのね」

 夜が更け、星が輝き始めた。リディアは丘に登り、一人で星空を見上げた。

「お母様」

 亡き母に語りかけた。

「見ていますか。私は幸せです。あなたが信じてくれた通り、強く生きています」

 風が優しく吹いた。

「そして、父上。あなたも見ていますか。私は、フォルテ家の娘として、誇りを持って生きています」

 リディアは深く息を吸った。

「かつて、婚約破棄されて追放された時、世界が終わったと思いました。でも、それは新しい世界の始まりでした」

 星が一段と明るく輝いた。

「病弱で役立たずと言われた私が、今や世界中の人々を救っている」

 リディアは微笑んだ。

「大切なのは、今。愛する家族と、素晴らしい仲間と、やりがいのある仕事」

 背後から、レオンとエリアスが登ってきた。

「母さん、ここにいたんだ」

「ええ。星を見ていたの」

 三人は並んで座った。

「綺麗だね」

 エリアスが言った。

「ああ」

 レオンが答えた。

「この星空の下、僕たち家族がいる。これ以上の幸せはない」

 リディアは二人の手を握った。

「これからも、一緒にいましょう。どんな困難があっても、三人なら乗り越えられる」

「もちろんだ」

 レオンが言った。

「永遠に、一緒だ」

 星空の下、三人は抱き合った。

 
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