こちら駿ゼミ予備校緑地公園寮

hiroki1983

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入寮日

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 その部屋を見たとき、僕と母は絶句した。

 いびつな三角形をした三畳ほどの部屋には、ベッドと小さな勉強机があるのみ。他は何も無い。というか、他の物を置けるようなスペースも無い。田舎の広々とした一軒家で過ごした僕は、このような狭い部屋が存在することに、由良川よりも深いカルチャーショックを受けた。

 「まるで監獄ではないか」と、思わず呟きそうになる。
 
 母親も同じことを思っているだろう。しかし、これからここに住む息子のことを思うと、そんなことは口にも出せない様子。
 これから僕はこの監獄で足に鉄球を嵌められ、勉強マシーンとして訓練されるのだ。朝夕のご飯と束の間の昼休み(だいたいバスケとかしてる)だけを生きがいに生きるのだ。
 どこかテレビの中の世界を見ているような気分だ。
 
 寮長による部屋の説明は、エアコンの使い方をレクチャーするだけで、1分ほどで終了した。何せ物が無いので説明もすぐに終わるのだ。
 ただ、なんかこうもっとあるだろうと思った。「皆すぐに仲良くなれますよ」とか「何でも頼ってください」とか、不安で一杯の入寮したての寮生に気の利いたコメントの一つくらい言えないものなのだろうか。
 寮長の説明を聞いても母は「ははっ……」と乾いた笑顔が顔が貼りついたまま呆然としている。入寮前の下見なども一切しなかったのだが、まさかこんな部屋とは想像していなかった。
 
 初対面でも見抜けるほどにいい加減そうな初老の寮長は、屈託の無い笑顔で部屋を案内した後、「トイレがあそこで、その横には洗濯機がありますんで」と言い残し、スリッパを引きずりながら階下にすたこらと引き上げていった。
 僕たち二人は寮長の後姿をうらめしそうに見つめた後、顔を見合わせた。「何も言うまい」と互いの目が語っている。

 母と連れ立ってトイレと洗濯機を見に行くと、今度は目を疑うようなとんでもない輩に遭遇した。
 丸刈りに金髪、赤シャツに金のネックレス、そしてサングラスという出で立ちの、絵に描いたような型通りのヤクザ風の輩が洗濯機に洗い物をぶち込みながら、こちらを「カッ」と一瞥してきた。
 僕の背中に戦慄が走った。なんという鋭い眼光だ。これが大阪の「めんち」ってやつか。危うくオーラで消し飛ぶところだった。殺傷能力を備えていてもおかしくない程の強烈な視線が、サングラス越しにもビンビンと感じられる。
 
 「これが本物のヤクザ……さすが大阪やでぇ……」と、思わず呟きそうになる。
 
 待て、ここは予備校の寮だ。なぜヤクザがいるのか。
 赤シャツは手際よく洗濯機を回すと、肩で風をきりながら自分の部屋に引き上げていった。
 あぁ、どうやら彼は同じ階の寮生のようだ。彼も浪人生だというのか。彼の放つ威圧感に比べると、地元のヤンキーが鼻くそのように見える。
 予備校の寮というからにはヒョロヒョロとしたガリ勉ばかりが入寮しているのかと想像していたが、完全に裏切られた。ほんまもんの刑務所やないかい。
 
 寮に着いて早々、もう既に脳はオーバーフローしている。なんせ情報量が多すぎる。勉強どころではない。受験とかどうでも良い、本当にどうでも良い。今すぐ家に帰らせてくれ。
 僕と母は逃げるようにして三畳一間の監獄に戻ったが、座るスペースが無い。狭い、どうしようも無く狭い。仕方がないので僕は勉強机のイスに座り、母はベッドに腰をかけた。無言が時を支配している。言いたいことはお互い山ほどあるが、絶対に口に出していけない気がした。
 
 京都山奥の田舎でぬくぬくと育った僕が大都会大阪に一人住むというだけでも大冒険なのに、その上このような劣悪な……いや、カオスの中に放り込まれて、無事に一年間勉強をやっていけるのだろうか。それよりもまず、生きていけるのだろうか。
 鉄格子の小さな窓から外を見ると、桜の木が見える。春の爽やかな風に、桜がヒラヒラと舞う。儚く散っていく桜の花が、涙を誘う。

 「ここで、生きていけるのだろうか」と、思わず呟きそうになる。
 
 赤シャツの金髪坊主が強烈にフラッシュバックしてくる……。もう許してくれ。

 初めての 
  大阪暮らし 
   獄中で 
    ヤクザと出会い 
     あぁ命惜し

 「勉強よりも大切なことがある」

 貴重な教訓を、予備校寮の一日目に学べたことに、心から感謝しよう。
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