こちら駿ゼミ予備校緑地公園寮

hiroki1983

文字の大きさ
2 / 13

孤独と絶望の向こう側

しおりを挟む
 
 入寮早々に奈落の底に突き落とされた僕は、一つの決心をした。

 「他の寮生と接触することは極力避けよう」

 ここで生き残るにはそうするしかない。あの金髪坊主のような輩が他にもウヨウヨといるかも知れない。下手するとここは男塾ばりの筋骨逞しい強面ばかりが入寮するソッチ系専門の寮である可能性も……。そうなると、勉強はおろかやはり生命が危ない。
 まだ彼女すらいたことが無いのに、こんな所で死ぬのは惜しい。ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!
 
 決めた、他の寮生とは十分過ぎるほどの距離をとろう。これしかない。押忍、押忍、押忍、やると決めたら勇気はモーレツ。孤独に生きるのだ。
 
 最初は、他の寮生との接触は上手く避けられそうな気もしたが、すぐに己の浅はかさに気付き悶絶した。
 ご飯は食堂を利用することになっていて、風呂、洗濯機、トイレは共同である。
 また、部屋には冷蔵庫は無く、これまでに見たことが無いほどに小さい、シルバニアファミリーサイズの冷蔵庫が廊下に一つ置いてあるのみ。「ちっさ過ぎるやろ……」と思ったが、どうやらこれも共同らしい。
 どう足掻いても、他の寮生と出会ってしまうのだ。
 
 「もう許してくれ」と、思わず呟きそうになる。

 色々と作戦を考えた結果がこうだ。食堂には人がいなさそうな遅い時間に行き、風呂はシャワーのみを使用する。都合の良いことに大浴場とは別に、個室のシャワールームがある。
 それからトイレは扉をそっと開き廊下を見て、誰もいなさそうなタイミングで一気に走っていく。もちろん大便用の個室トイレしか使わない。
 他の寮生から逆に怪しい奴だと思われてそうでもあるが、仕方がない。
 
 勉強に集中するためにこの寮に入ったはずだが、僕は一体、何をやっているのだろう。
 大金を払って寮に入れてくれている親に心底申し訳ない。
 まさか勉強以前に寮の生活でこのような難問が立ちはだかろうとは夢にも思っていなかった。
 宅浪をしていた方がずっとマシだったのではないかと、冬の日本海のようにドス黒い後悔が押し寄せてくる……。
 田舎のお祖母ちゃん、お父さん、お母さん、そして、弟と妹よ、スマン、もう僕は既に限界かも知れない。

 数日の間はなんとかなったが、こそこそと生活することに限界が来た。
 例えば、洗濯物が山のように溜まってきたのである。
 実家では一度も洗濯を自分でしたことが無かったため、たった数日でこれほどまでに異臭がするのかと驚いた。まるでゴミのようだ。これは何とかせねばならぬ。
 しかし部屋の外が怖い。

 悩んだ挙句、人が少ない早朝に洗濯機を使おうと、洗面所に向かった。 
 するとそこには一人、先客がいた。
 
 「やぁ、おはよう」
 「あ、おはようございます……」
 
 まずいぞ。非常にまずいことになってしまった。人を避け孤独に生きることを決意したにも関わらず、話しかけられてしまった。
 ただ、外見は背が高く少しがっしりとした体格だが、怖いという感じはしない、いやむしろ優しそうでさえある。
 あの金髪坊主とは明らかに違う雰囲気だ。
 しかし、油断は禁物。この大都会大阪では、僕の常識は一切通用しないと思った方が良い。
 
 「僕は309号室の川野です。3階の方?」
 「そうです。303号室の伊澤です」
 「ここにはいつから来てるん?」
 「一昨日からです」
 「俺は昨日来たとこなんやけど、洗濯機の使い方がわからなくて、色々試してんねん。壊してしもたらあかんしな」と、彼は笑いながら言った。
 
 話してみると、拍子抜けするほどに普通の人である。滋賀県出身で、年は僕より一つ上、昨年は自宅で勉強していたが成果が挙がらず、勉強に集中するために今年は寮に入ったとのこと。予備校のクラスも理系で同じ。
 
 何という僥倖であろうか、天涯孤独を決め込んでいたが、思いがけず普通の人に巡りあえた。恐怖心や猜疑心で壊れかけていた僕だが、少し持ち直せるかも知れない。

 「川野くん、早速やけど洗濯機の使い方教えてもらえませんか」
 「あはは、なんや君も知らんのかいな」

 感謝しよう、彼と出会えたこれまでのすべてに。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小学生をもう一度

廣瀬純七
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

不思議な夏休み

廣瀬純七
青春
夏休みの初日に体が入れ替わった四人の高校生の男女が経験した不思議な話

処理中です...