こちら駿ゼミ予備校緑地公園寮

hiroki1983

文字の大きさ
6 / 13

ジャングル久留米

しおりを挟む
 ある時、事件が起きた。

 ここ何日か、便器にうんちがついているという事象が連続して続いたのである。

 休日の昼下がり、3階の住人メンバーが廊下でだべっている時に、
 「そういえば、最近便器にうんこついてへん?」という一人の発言がきっかけとなり、
 「俺も被害にあった!誰やねん、あれ」「バイオテロやろ」「人間の所業ではない」など、被害にあった者達が一斉に声をあげはじめたのである。

 僕もその被害者の一人であった。
 個室トイレに入ると、うんちがちょうど尾てい骨がおさまる部分にべっとりとついていたことがあった。
 これは正直、しんどい。
 これから腰を落ち着けて心静かに「風の気持ち」で精神の統一をはかろうとする場面にこれに遭遇すると、びっくりするくらいテンションが下がる。
 「ほんまなんやねん……ちくしょう」と思いながら、トイレットペーパーで汚れを拭き取った苦い記憶が呼び覚まされ、怒りに震えた。

 皆の怒りは共鳴しあい、ブルースのように加速していった。
 共同生活を脅かす由々しき事態である。
 平和を取り戻すため、犯人は即刻死刑にしなくてはならない。
 
 早速、犯人探しが始まった。

 我々が考えた推理はこうだ。

 ・トイレに付着したうんこの位置がちょうど尻から便が出る動線上にあることから、いたずら目的ではなく、単純にうんこの仕方が下手くそ(奥深くに腰をかけすぎている)
 ・洋式トイレを使うことに慣れていない奴の仕業
 ・水洗トイレが行き渡っていない田舎者の仕業

 結果として、見た目が若干不潔であるのと、徳島の田舎から来ているという何とも理不尽な理由で、久留米くんが犯人ではないかという結論に達した。
 とんでもない理由で槍玉に挙げられた久留米くんに若干の同情を覚えたが、僕も「あるいはそうかも知れない」と、少し納得していたのも事実だ。
  
 「まぁ田舎やから多分ぼっとん便所しかないんやろなぁ」と、川野くんは笑っている。
 「洋式トイレの座り方知らんから、和式みたいにして座ってるんちゃうか」という意見もあった。
 それであの位置にうんこが付くってどんな座り方やねん、と皆笑った。

 しかし、どうやって久留米くんが犯人であることを突き止めようか、皆困り果てた。
 彼が個室のトイレから出てくるのを待ち、現場を押さえるという案が出たが、誰がずっと見張っておくのか。
 正直、面倒くさくて、そこまで誰もやりたがらなかった。
 久留米くんが大便しているのを外で待っておくという場面がシュール過ぎる。
 絶対にそんな役やりたくない。あんぱんと牛乳をやると言われても無理である。
 イエローキャブのMEGUMIに頼まれたら考えるけど……。

 というか、もう若干ネタと化しつつあり、皆どうでも良くなってきている。
 久留米くんが犯人であるというのも本気というより、ネタの延長であった。
 ここで生活していると、いちいち細かいことは気にならなくなってくるのだ。
 「こまけぇこたぁいいんだよ」を地で行くのが、この寮のスタイルでありDNAだ。
 「想像の向こう側」が毎日、毎日やってくる。
 一個一個付き合っていたら神経が持たなくなる。
 全てネタだということで片付けてしまうしかない。

 そんなこんなでこの話題もネタとして消化されつつある時、久留米くんがやってきた。

 皆がザワつき始めたその時、いきなり、僕の隣部屋の田中くんが久留米くんに突撃した。

 「久留米くん、トイレにうんこつけてるだら?」と、静岡弁でまくしたてた。

 いきなり本題をぶつけに行くとか、勇者過ぎるやろ……。

 「いやいや……久留米くんが犯人だというのもネタだから」というのが、半ば共通見解だったはずだと、誰もが思ったはずだ。
 まさか真正面からいきなり突撃するとは誰も予想していなかったので、他の皆は固まってしまった。

 久留米くんと僕らの間に、一瞬の間が千秒にも感じられるほどの時間の超越が生じた。
  
 「場合によっては久留米くんがキレる可能性も……」と誰もが考えた。
 もし、濡れ衣ならぶちキレても良い場面である。殴られてもおかしくない。大阪湾に沈められても文句も言えない。

 沈黙が時間を支配した後、久留米くんが口を開いた。

 「ああ、俺かも知れん……」とバツの悪そうに笑っている。

 「えぇ、ほんまにそうなん!?」と爆笑が起きた。

 「このやろう!」「何が『俺かも知れん』や、拭けカス!」「汚な過ぎるやろ、お前!」「このハゲ!」と、久留米くんを囲んで集中砲火を一斉に浴びせた。
 それでも久留米くんは笑っている。というより、いじられて何やら嬉しそうである。

 結局、上手い形でネタとして昇華され、その後便器にうんこが付くことも無くなった。
 やっぱり久留米くんが犯人だったのだ。
 事件を経験し、若干、皆の仲が深まった。

 「やっぱり寮って懐が深いな」と改めて思った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小学生をもう一度

廣瀬純七
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

不思議な夏休み

廣瀬純七
青春
夏休みの初日に体が入れ替わった四人の高校生の男女が経験した不思議な話

処理中です...