こちら駿ゼミ予備校緑地公園寮

hiroki1983

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次元の狭間でつまづいて

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 ある日、参考書を買おうと思い、本屋に出かけた。

 寮は閑散とした住宅街にあり、周りにはコンビニすら無い。それどころか、自販機すらも無い。
 ましてや本屋などある訳もなく、僕は30分ほどかけて歩き、江坂の本屋にたどり着いた。

 「やっぱり地元の本屋とは違うわ」と大阪の本屋の規模に驚愕し、興奮し、尻がむず痒くなった。

 地元には小規模な個店しかなく、置いてある参考書も少ない。
 本を見るのは1分あれば十分で、本をじっくりと選ぶという僥倖に浸ることも無い。
 それに長居をしようものなら、店のオヤジが咳払いをはじめる。そんな世界で生きてきた。
 そういう不遇の学生時代を過ごしてきた僕には、この見渡す限り本が広がる空間で、じっくりと心行くまで本を眺めることができることは、まさにパラダイスであった。 
 田舎の本屋しか知らなかった僕が、都会の本屋に行けるようになり、どれほど興奮したことか。
 感極まって、うっとりとした気分になり、すぐトイレに行きたくなってしまうではないか。
 んー都会の本屋にはトイレもあるのか、何と言う天国だ。

 「さて、参考書でもじっくりと選ぶか……」と思った矢先、ふと思うところがあって、小説のコーナーに立ち寄った。
 
 ある一冊の短い小説を僕は探した。
 私大の試験だったか、センター試験の模試だったかで、この小説が現代文の問題として扱われていた。
 ほんの数節だったが、流れるような文章の虜になり、頭の片隅で「いつかしっかりと読んでみたい」と思っていたのである。
 
 果たして、お目当ての小説を見つけ、最初から読んでみた。

 すると、手が止まらなくなってしまった。

 「なんじゃこりゃー!」と、多感な青春街道驀進中の僕は小説の主人公の「僕」にハマりにハマってしまい、一気に引き込まれていった。
 まるで違う世界に迷いこんだみたいに、あらゆる風景が違って見える。
 立ち読みだったにも関わらず、無我夢中で最後までそのまま読んでしまった。

 「こんなはずでは無かったのに」と後悔しても、もう遅い。
 勉強以外のことは全てを我慢するつもりで、大阪に来たのに、早速小説にうつつを抜かしてしまった自分に腹が立ったのも束の間、「もう参考書どころやないでぇ……」と、その続編ほか何冊かを小脇に抱え、足早にレジに向かっていた。

 寮についてからも小説に夢中で、誰かが部屋をノックする音も無視し、ご飯も食べず、かじりつくように貪り読んだ。

 浪人生には絶対にあってはならない展開だ。
 浪人生とは!ハチマキをして、辞書をちぎっては食べ、眠気がすればリポDを流し込み、時には鉛筆で太ももを刺し、血反吐を吐きながら英単語を覚える!これが我々のあるべき姿だ!
 ベッドに寝転んで小説を読み耽るなど、言語道断。即刻、腹を切るべきである。

 勉強が全く手につかなくなってしまったではないか。
 今はもうクールでニヒルな「僕」の虜になり、他のものが目に入らない。
 
 夜中にふと我に返り、「やれやれ、僕は一体何をやっているんだ」と思わず、呟きそうになる。

 僕はこれ以降、完全に小説にハマってしまい、勉強よりも読書の時間が圧倒的に多い生活になってしまうのだった。
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