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第一章『霊視の代償』

第一章6 『思わぬ再開』

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  「お前たち。我が息子を殺した目の前の大罪人を殺せ。」

  タリスの死刑宣告。その言葉を聞いて、周りの私兵が武器を構えてじりじりとタツヤの方へ近づいてくる。フリップを殺した大罪人という名を与えられたタツヤ。もちろんそれは冤罪である。だからタツヤは慌てて誤解を解こうとした。

  「ちょ、話聞いてたのか?フリップを殺したのがリュウ団長で、俺はそのリュウ団長を殺したんだって!」

  「口ではいくらでも嘘をつけるだろう。どうせそのリュウ団長だけでなく、フリップも傭兵仲間もみんなお前が殺したに違いない。」

  「そんなわけないだろ!いい加減にしろ!!」

   「無駄な言い争いだな。」

  タツヤの言い分に全く聞く耳を持たないタリス。そんな中、タツヤはある違和感を口にする。

  「なあ、息子を出迎える為だけにこんなに私兵を引き連れてくる必要があるのか?」

  「ま、万が一ということも有り得る。そして、その万が一が今のような状況というわけだ。」

  タツヤの鋭い指摘にタリスが少し動揺しながら返答する。その表情をみて合点がいった。タリスは息子の帰りを待っていた訳では無い。

  「普通息子が死んだって聞いたらもっと悲しむもんだろ。お前の狙いは宝具の奪取か。」

   「お前たち、早く殺れ!」

   タリスの怒号と共に一斉に私兵がタツヤに向かって襲いかかる。だが既にダンジョン攻略によって憔悴しきっているタツヤがこの人数を相手にして勝てるはずがない。つまり生存の一手は逃走のみ。
  タツヤは兵士に向かって突っ込んでいき、腰の刀に触れる。

   「宝具ーー。」

   そのタツヤの言葉を聞いて青ざめた兵士達は彼の直線上の道を開けてしまう。その反応は至極当然のものといえる。
  人智を超えた力『宝具』。天変地異を引き起こし、世界を滅ぼすとも言われている力だ。ましてやタツヤが攻略したのは最難関であるS級ダンジョン。その未知の力に人々は恐怖する。それを逆手に取ったのが今回の作戦だ。

  「ハッタリだよ、ばーか。」

  実のところタツヤは自分の宝具の使い方を全く知らない。だが知らなくても、こうして有効活用することは出来るのだ。
   そのままタツヤは市街地へと逃走していく。そんな彼をじっと見て、重い腰を上げた人物が1人。

  「逃げるということは、何か疚しい事でもあるのか?」

   それは全身に蒼い鎧を纏った男であった。


△▼△▼△▼△


  場所はオネイロス大陸中部に位置するソフタル王国エリュール領。その広大な領地の中で一番大きな都市が、現在タツヤのいるマイミア貿易都市である。
   石やレンガで構成された、橙や薄黄色などの明るい外壁を持つ家が立ち並ぶ市街地。そして舗装された石畳を優雅に散歩する住人達とは反対方向に向かって、猛烈なスピードで駆け抜けていくのは短い黒髪に紺色の着物を着た少年だ。

  「逃げるな!大人しく降伏しろ!!」

  そしてそんな少年の背後には青い軍服を身にまとった大勢の兵士がいた。皆、剣や銃など様々な武装をして、鬼のような形相でタツヤを追いかけている。

  「やっぱりこの人数を撒くのはキツすぎるな。」

  最初のブラフ作戦は上手くいったが、それはただ敵の包囲網を抜けただけである。本番はここから。タツヤは追っ手からなんとかして逃げ切らなければならない。

   「けどいきなり追われることになるなんて思わなかったから、逃亡ルートとか全く考えてねぇ。」

  テキトーに大通りから狭い路地へ。そのままタツヤは迷路のような路地を右へ左へと進み、噴水のある小さな広場に差し掛かった。だが、様子がおかしい。

  「人が全くいない?」

  「お前は完全に包囲されている!武器を捨てて投稿しろ!」

  見ればタツヤの左右の道、そしてさっき通った後ろの道からも、青い軍服の兵士達が逃げ道を塞ぐようにして立ち塞がっている。タツヤはまたしても包囲網を敷かれる形となったのだ。

 「道中不自然に先回りしていた奴らは、俺をこの場所に誘導するための罠か。」

  「そういうことだ。住民に被害を出す訳にもいかないからな。...だがお前の命は最悪どうなってもいいとのことだ。」

  「そうかよ。まあ俺もここでなら全力で暴れられる。」

  タツヤに向かって銃口を向ける兵士達。それに負けじとタツヤも刀に触れ、剣気を放つ。だがそれは虚勢を張っただけだ。全身血まみれで既にタツヤの身体は限界に達していたのである。もっとも万全の状態であったとしても、この人数を相手にできる自信はタツヤにはないが。
   そんな満身創痍のタツヤに向かって兵士の1人が最後通牒を突きつける。

   「宝具を渡すなら命だけは助けてやってもいい。」

   「はっ。みんなが生きた証である宝具を卑劣なお前らに渡すくらいなら、死んだ方がマシだ。」

  しかしタツヤはそれを突っぱねた。当然である。みんなの思いを、遺志を継いだのは自分なのだから。
  タツヤに投降する意志が全くない事を悟った兵士達は、意を決して攻撃を仕掛けてくる。

   「そうか。ならばここで朽ち果てろ!傭兵!」

   「くっ...何か方法は。」

  あるわけがなかった。タツヤは固有能力も、秀でた才能も何も無い、ただの傭兵である。
  マリーやエンダのように便利な能力も、ソルクのような音速の身のこなしも、フローラのような魔法の知識も、リュウのような最強の力もタツヤには無い。今まで生き残ってきたのは小手先の技術とやけに鋭い勘、そしてなにより運が良かったからである。
  だがそんなものは状況を変える頼もしい一手にはならない。タツヤは1人では何も出来ない半端者だ。

  「タツヤ!思いっきりジャンプしなさい!」

   ーー絶望に打ちひしがれる中、聞き馴染みのある少女の声が聞こえた。

  だがそれはもう決して聞くことができないと思っていた声でもある。恐らくタツヤの幻聴であろう。死ぬ間際に聞こえた、ただの幻聴。しかし熱く必死にこちらを呼びかける大切な仲間の声を無視することなんて出来なくて、タツヤはその場で思いっきり飛んだ。

 「これは、マリーのバネ足場!?」

  するとタツヤの足元に黄緑色のバネが出現したのだ。それは見間違うはずもない、マリーの固有能力『バネ足場』だ。

  「なんだこれは!?」

  急にタツヤが上空に打ち上げられ、驚きの声を上げる兵士達。そして打ち上げられたタツヤの背中にバネ足場がまたしても出現する。軌道を変えてタツヤは空を飛んだ。

  「うわぁぁぁ!!」

   悲鳴をあげながら数十秒空を飛び、タツヤは街路樹に落下した。急に空から降ってきたタツヤを奇異の目で見る住人達。そんな彼らから隠れるように、タツヤは路地裏へと逃げ込んだ。
  それから恐る恐る天に向かって呼びかけてみる。

 「マ、マリー?いるのか?」

 「ぷっ。空なんかにいる訳ないじゃない。アタシはあんたの後ろにいるわよ。」

  「後ろ?」

  その声につられて振り向くタツヤ。しかしマリーの姿は見えない。やはり、これはタツヤの幻聴。とうとう頭がおかしくなったということなのだろうか。
   すると、不機嫌そうなマリーの声が近くから聞こえてきた。

  「普通の目で見てどうすんのよ。宝具を使いなさいよ宝具を。」

   「宝具?でも俺、使い方なんて分かんねぇし...」

  「ーータツヤとアタシ達は心で繋がってる。ただそう信じるだけでいいの。」

  「俺とみんなが...」

  目を閉じて深呼吸する。たとえみんながあの世に行ってしまっても心は繋がっている。マリーがそう言ってくれたから思い出すことが出来た。俺達の絆は永遠に不滅なのだと。
   そしてタツヤは静かに目を見開いた。

  ーーその瞳は緋色の光を放っている。

   「マリー!!」

   タツヤの目の前には黄緑色のポニーテールに薄茶色の瞳をした少女の姿があった。
  死に別れしてまだ2時間ほどしか経っていないのに、胸の奥から懐かしさが込み上げてきた。もう永遠に会えないと思っていた彼女の姿を目にして、瞼が熱くなってしまう。
   そんなタツヤの様子を見たマリーが、腰に手を当ててドヤ顔を披露する。

  「ふふん。マリー様参上ってね!ってうわぁ!?近いって!」

  感動の再会に耐えきれず、タツヤがマリーを抱きしめようとしたのだ。しかしその手はマリーを抱きしめることなく、空振りする。

   「すり抜けた?」

   「そりゃあアタシは亡霊だもの。...ほんとに馬鹿なんだから。」

   マリーを抱きしめる事が出来なくて、悲しみに打ちひしがれているタツヤ。そんな彼を見てマリーは苦笑する。その薄茶色の瞳には様々な感情が渦巻いていた。

  そしてタツヤは改めて現実を思い知らされる。マリーは死んだのだと。それは紛れもない真実だ。
  だからこそタツヤには聞かなければならないことがあった。

   「な、なによ。」

   雰囲気が変わったタツヤを察してか、マリーがジト目でこちらを見てくる。そしてタツヤはおもむろに口を開いた。

  「マリーは最期に俺に何かを言おうとしてたよな。実は最期の言葉、よく聞き取れなかったんだ。だから今ここで、教えて欲しい。」

  みんなの遺志を継ぐと決めたから。マリーの最期の言葉を無視することなんてタツヤには出来ない。
  そのタツヤの言葉を聞いてキョトンとするマリー。それから彼女の顔がみるみるうちに赤くなっていく。まるでお風呂でのぼせたかのように、頭に湯気まで出しているマリーは、目を逸らして何故か答えをはぐらかす。

  「え、えっとー、その~、今聞く必要ある?それ。」

  「俺にはマリーの遺志を継ぐ責任があるんだ。怒ってるなら謝る!だから頼む、教えてくれ!」

   あまりに真剣なタツヤの顔を見て、たじろぐマリー。彼女はもじもじしながら、慎重に言葉を選ぶ。

   「別に怒ってなんかないわよ。その最期の言葉は、ちょっとこんなややこしい事態になっちゃったから、言いにくいというかなんというか...」

  「どんな言葉だって俺は受け止めてみせる!だからマリー!」

  「あー!もう!言わないったら言わない!!」
   
  タツヤの必死の懇願。しかしマリーは頑なにその最期の言葉を言おうとしない。彼女はそのままプイっとそっぽを向いて拗ねてしまった。
   こうなったらタツヤが何を言ったか予想するしかない。

  「...やっぱり夢のもふもふ王国を作って欲しいとかか?」

   「いやそれ冗談だから。あの緊迫した場面でそんな事言う?」

  マリーが冷ややかな目でタツヤの予想にツッコミを入れる。自分はマリーの事を少しは分かっていたつもりだったのだが、全然そんな事は無いのだと思い知らされる。
  酷く落胆した様子のタツヤに、マリーは優しく微笑みかけた。

  「...まあ時が来たら教えてあげなくもないわ。」

   「ほんとに?」

   「ほんとよ。このアタシに二言は無いんだから!」

   豊満な胸に手を当て、男らしいセリフを口にするマリー。そんな時、突如爆音が鳴り響いた。

  「こんな暗い路地裏で独り言とは。とうとう壊れたか?傭兵。」
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