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第二章 『終焉の獣』

番外編1 『闇夜に溶ける白辰の舞』

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   「大和国へ初詣に行く!?」

    場所は夜桜傭兵団の団長室。珍しく団員一同が揃って集まっており、その理由を聞いてタツヤだけが驚嘆の声を上げた形だ。
    だが三白眼の強面の男、アトスはそんなタツヤの驚きを全く気にしない様子で話を続ける。

   「夜桜傭兵団の毎年恒例の行事だ。新年は大和国にある月読神社でお参りをする。もちろん全団員強制参加だ。何か問題があるのか?」

   「あるよあるある!アトス団長も知ってるだろ?俺は故郷を追われた身なんだって。」

   「それなら任務用の認識阻害のコートを着用すればいいだろ。」

    「それは...そうだけどさ。」

   夜桜傭兵団にある認識阻害の魔法具。それは正体を知られていない相手には、景色同然、ただの通りすがりの一般人だと錯覚させるコートだ。それがあればタツヤはたしかに堂々と大和国内を歩くことが出来る。しかし、

   「心の準備とかさ、色々あるんだよ。」

   「つまり大丈夫ってことだな。それで移動手段だが...」

   「ちょっとは心配してくれよ!」

   あっさりとタツヤの苦悩を切り捨てるアトス。そのままタツヤの叫びを無視して説明を続ける彼の言葉を、団員一同は黙って聞いていたのであった。

   「というわけで時間もないからすぐ出発するぞー。お前ら準備しろー。」

    「「はーい。」」

    「いや、こういうのって普通、事前に伝えておくやつじゃね?」
   
   説明をしてすぐ出発。ほかの団員達はいつもの事のように、平然と旅行の準備に取り掛かっている。
   そんな彼らをジト目で見つめながら、タツヤは小さく呟いた。

   「何事も無ければ良いけど。」

   今日は12月30日。タツヤ達が夜桜傭兵団に入っておよそ1年が経とうとしていた。

△▼△▼△▼△

   「「あけましておめでとう~!」」

   そして呆気なく年が明けた。時は1月1日午前7時。タツヤ達は月読神社にある絶景スポットで初日の出を拝んでいたのだ。

  煌めく太陽が地平線から顔を出す瞬間、空は炎に包まれるかの如く、美しく朱に染まる。紫色の雲と橙の空が、まるで絵画のような絶景を作り出していたのだ。
   その幻想的な大自然が作り出す光景にタツヤ達は目を奪われていた。

    それからしばらくしてセレイネが、タツヤの前に立ち塞がるような形で立つ。

   「そういえば私の着物姿、まだ感想貰ってないんだけど。」

   彼女の服装は桃色を基調とした桜柄の着物姿だ。その薄紫髪には簪で留めた桃色の花が優雅に揺れ、和と美の融合が彼女の気品を一段と際立たせている。

   もちろん美しいセレイネの姿を見て、タツヤは内心舞い上がっていた。しかし太陽を背にして輝く、やけに神々しい彼女の姿を見て、タツヤは変な感想を口からこぼす。

   「神様みたいだ。」

   「...それ褒めてる?なんか全然嬉しくないんだけど。」

   可愛く頬を膨らませて抗議するセレイネ。そんな二人の元へ、シノンがやってきた。空色髪のミニツインテールという髪型は変わっていないが、その服装はしっかりとした着物姿だ。

   「仕方ないですよセレイネ。下僕は本当に乙女心が分からないんですから。こういうのは練習あるのみです。ほら下僕、試しにわたくしを褒めてみてください。」

   シノンの着物は鮮やかな紺色の生地に白色の花が描かれているものだ。そんな奥ゆかしい着物が彼女の魅力をより一層引き立たせているのだが、タツヤはどうやって褒めたら良いのか分からなかった。だから有り触れた言葉しか、彼の口からは出てこなかったのだ。

   「えっと...可愛くてキュートだと思う。」

   そんなタツヤの薄っぺらい褒め言葉を聞いて、シノンは凄く嫌そうな顔をした。彼女の射殺しそうなほど鋭い眼差しがタツヤに深く突き刺さる。

   「こんな美少女相手にそれしか言葉が出てこないんですか。この語彙貧弱ゴミ下僕が。」

   「今日はいつもより辛辣だな!」

   シノンから罵声浴びせられ、しかしそれも仕方ないと心の中で密かに反省するタツヤなのであった。

△▼△▼△▼△

  そしてタツヤ達一行は、おみくじをしに行く為に境内を歩いていた。
   フード付きの黒いローブで身を包んでいるタツヤは、関係者に出会ってしまわないかビクビクしているのだが、どうやらその心配は無さそうである。なぜならこんなに怪しい格好であるにも関わらず、道行く人はタツヤの事を気にも留めていないからだ。流石は認識阻害の魔法具である。

   しかしそんなタツヤ達一行の中に、一際人目を惹いてしまう存在が1人いる。それは明るい桃色と黒色の2色で染めたジェミニヘアの美しい女性、エナだ。
   彼女は着物を着ておらず、いつもの露出度の高い服装で、小さな翼と黒いしっぽをさらけ出していたのだ。

   オネイロス大陸と繋がっておらず、四方が海に囲まれた国、大和では異種族を見かけるのはごく稀である。
  外見は人間とほぼ変わらない吸血鬼のコハルはさておき、サキュバスのエナが周りの視線を集めてしまうのは至極当然であった。

   「お姉ちゃん、どうしてしっぽが生えてるの?」
   「もしかして異種族かい?あんた。」

    そんな人々の純粋な質問を受けて、エナは赤面しながら返答する。小さな翼をパタパタさせている様子は、彼女が緊張している証だ。

   「えっとボクはサキュバス...のコスプレをしている者です。」

   「すっごく似合ってるね。お姉ちゃん!」
    「はえー、淫魔の格好を真似てるのかい。寒いのに頑張るねぇあんた。」

   今にも消えてしまいそうな声で自身の事を偽るエナ。どうやら彼女はこの国で自身の正体を明かすべきでは無いと判断したらしい。その事については同意だが、タツヤには色々思うところがあった。

   「もっとマシな言い訳あっただろ。サキュバスのコスプレしてるって、逆に正体明かすよりも恥ずかしくね?」

    「...やっぱりタツヤもそう思う?」

    そんなタツヤの指摘を受けて、エナは鼻の下に人差し指を当てて、はにかんだのであった。

△▼△▼△▼△

   おみくじ売り場へと辿り着いたタツヤ達。そこには巫女服姿の女性が二人立っていた。
   そして彼女達に声をかける人物が1人。その声音はまるで清らかな泉のように澄んでいる。

   「おはようございます。いつ見ても巫女服姿の女性というのは、お淑やかで可愛らしいですね。」

   それは金色の艶やかな髪を腰まで伸ばした美しい女性であった。名前はミリア。夜桜傭兵団の一員である。その上品な仕草や佇まいからは、まさしく清楚な女性といったイメージを抱かせる。

  ーーしかし彼女の本当の姿は違う。

   「ところで噂によると巫女服って下着を基本的に身につけないらしいのですが、それって本当なんですか?あぁ、お淑やかな女性に公衆の面前で、なんて破廉恥な格好をさせるんでしょう。だけどそのギャップが良い。大和国のデザイナーは天才ですか!?」

   「いえ、今は普通に履いてますよ。」

    「え、そんな...」

    勝手にした妄想を、一言で打ち砕かれて意気消沈しているミリア。
   清楚の皮を被った変態美人。それがミリアという女性なのである。

   「大丈夫ですよ、ミリア。神社は大和中にまだまだ沢山あります。1箇所くらいは、下着を履かない巫女が残っていてもおかしくありません。」

   「テセロス...。そうね、いつか必ず見つけましょう!わたし達の希望を。」

   ミリアは同志である変態執事テセロスに元気づけられる。そうして二人は熱い握手を交わしたのであった。

   それから次々とみんながおみくじを引いていく中、ビクビク怯えている緑髪の少年がいた。
  
   「僕、大凶だったら立ち直れる気がしないよ。」

   それはキリマルだ。彼は震える手でなんとか、みくじ筒を持っている。
  そんなキリマルの肩にぽんと手を置いたのは、銀髪のウェーブ髪を肩まで伸ばした女性、セーナである。彼女はピンク色の瞳を輝かせて、盛大なネタバレを口にした。

   「大丈夫だよ、キリマルは吉だったから。あたし予知夢で見たんだよね。」

   「趣無さすぎるだろ!他人のおみくじをネタバレとかド畜生すぎる。」

   衝撃的な光景を目にしたタツヤが思わずツッコミを入れる。しかし当のネタバレされた本人はその言葉に勇気づけられたのか、ホッと胸を撫で下ろしておみくじを引いた。

   「あっ、本当に吉だった。ありがとうセーナ。」

    「どういたしまして~。ちなみにあたしは凶だったから引かない。」
 
   「それでいいのかよ、キリマル...」

    がっくりとしたまま、哀れみの目でキリマルを見るタツヤ。しかし本人達が幸せそうなので、これ以上口を挟むのは辞めておくことにする。

   「んじゃあセーナにネタバレされる前にとっとと引くか。」

   それからタツヤはおみくじを引いた。その内容を目にした彼は驚きのあまり、その場で叫んでしまう。

   「大凶!?しかももうすぐ死ぬって書かれてるんだけど!!なんだこのおみくじ、破っちまおうか!?」

   「大丈夫。タツヤは私が必ず守るから。」

    「うぅ。セレイネ。」

   涙目でセレイネを見るタツヤ。そんな彼にセレイネは男らしいセリフを口にする。
   普通は逆だと思うのだが、タツヤよりセレイネの方が強いのは周知の事実なので素直に受け止めておく。

 それにこの1年間、幾度となく彼女はタツヤの命を救ってくれたのだ。もう本当に女神様なのではないかと思えてくる。

   「それでセレイネはおみくじ引かないのか?」

   「私、占いとか予言とかは信じないタイプなの。」

    「待て、今聞き捨てならない言葉を耳にしたんだが。」

    苦笑しながら衝撃的な言葉を口にするセレイネ。彼女の予言を信じてここまでついてきたタツヤからしてみれば、とんでもないセリフである。
    そして訝しむタツヤの様子に気づいたセレイネは、慌てて先程の発言を訂正する。

   「えっと予言はちょっぴり、ほんのちょっとだけ信じてる...と思う?」

    「なんで疑問形なんだよ。まあセーナも世界が滅びるって言ってるんだし、そこに疑いはないけどさ。」

    結局、そのセレイネの言っていた予言者という人物とタツヤはこの1年間、一度も会ったことが無いのだ。だが今更彼女の事を疑うつもりなど、タツヤにはこれっぽっちも無い。なぜなら彼女はもう大切な仲間なのだから。

   「つ、次は神様にお祈りするんだって。行こう、タツヤ。」

    「おう。」

   そしてセレイネに手を引かれる形でタツヤは拝殿へと向かった。美しい彼女の姿に目を奪われていたタツヤは、道中すれ違った銀髪の美少女の存在に気が付かない。

   「これは、兄様の匂い?」

   その美少女は首を傾げて、タツヤ達の方へ振り返ったのであった。

△▼△▼△▼△

   拝殿の前へとやってきたタツヤ達は二拝二拍手一拝をして、お祈りをする。

   ーーみんなが生きたまま来年を迎えられますように。

   それはタツヤの心からの願いだった。みんなで世界を救って、来年も変わらぬ面子で、またここにお参りをしに来るのだ。それがタツヤの願いであり、目標でもある。

   そうしてお祈りを終えたタツヤ達は拝殿に背を向け、神社を出ようとした。そんな時、突如タツヤに声がかけられる。

  「兄様。まさか、本当に兄様なのですか!?」

   声のした方を向くと、そこには銀色のショートヘアーをした美少女がいたのだ。

   「ツクヨ!?どうしてここに?」

    「それはこちらのセリフですよ兄様!」

   まさかの最愛の妹との遭遇。ツクヨと再開するのは、タツヤが故郷を出てからなので、およそ5年は経つ。まだ幼かった彼女の身体も、この5年で起伏に富んだ女性らしい体つきになっていたのだ。そんな妹の成長を見て、タツヤは感慨に耽る。

   「大きくなったなぁ。ツクヨ。」

    「あれから5年も経ってますからね。というか来るなら連絡してください!」

   「わ、悪い。ほんとに急に決まったんだよ。」

    ぷくーっと頬を膨らませて怒るツクヨの仕草は昔と変わらない。そうやって二人で再会を盛り上がっていると、アトスから声がかかる。

   「えっと君はタツヤの妹さんなのかな?俺はアトス。お兄さんの所属している傭兵の団長だ。」

   アトスの自己紹介を聞いて、慌ててツクヨが頭を下げる。それから周りの視線に気づいた彼女は、みんなに向けて自己紹介をした。

   「申し遅れました。私はタツヤの妹のツクヨです。どうぞよしなに。」

    それから他の団員達もツクヨに自己紹介をする。そして二人を交互に見ていたセーナがふと口を開いた。

   「へー、タツヤの妹ね。あんまり...似てない?」

    「よく言われます。」

    セーナのデリカシーの無い発言に、ツクヨは苦笑しながら慣れたように返事をする。
   たしかに髪の色も違えば、タツヤのような鋭い目つきもツクヨには無い。それもそのはず、

   「父親は一緒だけど、母親は違うんだよ。ちょっと複雑な家庭事情でな。」

   「へー色々あるんだね。」

   補足説明としてタツヤが代わりに妹との関係性について話す。それを聞いたセーナはありきたりな感想をこぼした。
   正確に言うと、タツヤの家系の複雑さは、ちょっとどころではないのだが、詳しく話すのも面倒なので黙っておく。

   「それにしても面白い方ばかりいらっしゃるのですね。せっかくの機会ですし、少し一緒に遊びませんか?ーー正月らしく、羽根突きで。」

  「羽根突き?」

   突然のツクヨからの遊びの誘い。それを聞いた一同は、初めて聞く名前の遊びに首を傾げたのであった。

△▼△▼△▼△

   「普通にみんな拒否するかと思ったんだけど...」

    「兄貴、俺様から行くっすね!」

    ツクヨの遊びの提案。それをすんなりと団員達は受け入れたのだ。アトスやシノンまでもが乗り気になっていたのは正直、目を疑う光景ではあった。てっきり遊びなんてものとは無縁の二人だと思っていただけに、拍子抜けである。

   そしてタツヤと現在対峙しているのは、空色の短髪をした生意気そうな少年。団員のケントである。シノンの弟でもある彼は、何故かタツヤの事を兄貴と呼んで慕っている。

    ケントがサーブの要領で勢いよく羽子板を用いて羽根を打つ。それをなんとかタツヤは打ち返した形だ。

   羽根突きとは羽子板と呼ばれるラケットと、羽根と呼ばれる黒い球体に色とりどりの葉がついたものを使った遊びだ。ルールは単純で、お互いに羽根を打ち合い、先に羽根を地面に落とした方が負けというものである。そして敗者は墨で顔に落書きをされてしまうのだ。

   「まだ少し身体が覚えてるな!」

   そして試合はタツヤの優勢であった。スマッシュを打ち込まれ、ケントは危うく羽根を地面に落としてしまいそうになる。しかし、

   「負けないっすよ!」

   ケントの腕が突如変形し伸びたのだ。
   彼の固有能力『伸縮自在』は自分の全身を好きな形に変形できる能力だ。さらに、全身からフィロアの刃まで生やすことが出来る為、その応用の幅は非常に広い。そしてその力が今回、こんな遊びにまで猛威を奮ったのである。

   反則級の技で打ち返してきたケントを見て、タツヤは口を尖らせて抗議する。

  「いや、能力使うのはセコいだろケント!」

   「あ、すみません。」

   「隙あり!」

    タツヤに攻められて反射的に頭を下げてしまうケント。その隙をタツヤは見逃さずに、渾身のスマッシュを叩き込んだ。

    「あぁ!ずるいっすよ兄貴!」

    「ふふん。どの口が言ってんだか。」

   そして勝者はタツヤとなった。涙目のケントの顔に、ノリノリで墨を塗る。

   「楽しそうだね。僕も混ぜてくれないかな。」

   それから二人の元へやってきたのは灰色の天然パーマの男性。そのハイライトのない目が特徴的で、不思議な印象を抱かせる美丈夫だ。彼は団員のベルヌーイである。

   「いいよベルヌーイ。俺とやる?」

   「あぁ、タツヤの方が強そうだ。良い実験になる予感がする。」

    「なっ!?今のはたまたまっすよ!」

   そしてタツヤとベルヌーイが対峙して、勝負が始まる。今度はタツヤがサーブをする形だ。

   「とりゃあ!」

   「さて僕の幸運はこんな未知の遊びにも発揮されるのかな?」

   タツヤのサーブによって放たれた羽根は、勢いよくベルヌーイに向かって飛んでいく。すると羽根がまるでベルヌーイの羽子板に吸い込まれるように、不自然にその軌道を変えたのだ。そのまま易々とベルヌーイはタツヤのサーブを打ち返した。

  ーーそして謎の突風が巻き起こる。

   「なんだこれ!?」

    風に乗って普通では有り得ない挙動をしながら、羽根が地面に接触したのだ。勝負の結果はタツヤの負けである。
   しかし明らかに不自然な羽根の動き。タツヤはジト目でベルヌーイの不正を疑う。

   「おい、お前まさか能力使った?」

    「僕の幸運は常時発動しているんだ。使うなと言われても、僕には何も出来ないよ。」

   ベルヌーイの固有能力『幸運』はその名の通り、彼に幸福をもたらす力だ。強引に結果を引き起こすその力は固有能力の中でも常軌を逸しているが、もちろんデメリットもある。

   「痛っ。兄貴、空から突然鍋が降ってきたんっすけど!?」

   それは幸運を引き寄せた分、周りを不幸にしてしまうというデメリットだ。本人にはあまり意味が無いデメリットな為、余計にタチが悪い。

   「それベルヌーイの能力な。ってかお前とやったら遊びにならねぇよ!不公平だ!」

  「はは。手厳しいね。」

   タツヤの憤慨する様子を見て、苦笑したベルヌーイ。ケントといい、ベルヌーイといい、遊びにまで固有能力を持ち出されるこちらの身にもなって欲しいものだ。

   それからタツヤ達は羽根突きで日が暮れるまで遊んだ。地平線の彼方に沈んでいく太陽が、彼らの影を長く伸ばす。そんな時、事件は起こった。

   「突風?またベルヌーイの仕業か?」

   「いや、これは僕の能力じゃない。」

   ーー突如タツヤ達の上空に出現したのは巨大な『空想種』。

   その長い体は大木よりも太くしなやかで、真っ白い宝石のような鱗は一枚一枚が、鍛え上げられた刀剣よりも鋭く見える。そして威厳に満ちた力強い顔と、風になびく立派な長い髭を見れば、その存在の正体に誰だって気が付く。

   「白龍か!?」

   「いかにも。我は白龍。天を司るもの。」

   なんと白龍は言葉を発したのだ。その低く力強い声には、思わずその場でひれ伏してしまいたくなるほどの貫禄がある。しかしそんな白龍の言葉に怯むことなく、アトスが質問を投げかけた。

   「んで?その白龍様が俺達に一体何の用だ?」

   「用があるのはそこの小娘二人よ。」

    「「え?」」

    白龍がジロリと見たのは一緒に羽根突きで遊んでいたセレイネとツクヨだ。そして次の瞬間、彼女達は宙に浮かび上がってしまう。

    「え?なにこれ。」
    「兄様!助けて!」

    「ツクヨ!セレイネ!」

    「この者達を助けたくば、あの山の山頂にある祠まで来い。タツヤ。」

    何故か白龍から名指しされるタツヤ。しかし今はそんなことなどどうでもいい。ツクヨとセレイネを助けるのが先である。
   タツヤは腰の刀を抜いて、白龍に斬りかかる。

    「好きにさせるかよ。」
    「百合の間に挟まる龍には死刑を。」

    さらにアトスが赤いオーラを纏った三叉槍で、テセロスが強靭な糸で、攻撃を加えようとするが、彼らは白龍に近づくことすら出来なかった。なぜなら、

   「これは結界か?それにしても硬すぎるな。」

   それは魔法を用いた防御壁。個人を守るシールドとは違い、空間を覆って防壁を展開する結界だ。その分、長い詠唱を必須とする結界だが、白龍が詠唱をする素振りはなかった。それにテセロスとアトスの一撃を受けてもヒビ1つ入らない様子を見ると、その耐久性も凄まじいものなのだろう。

   「お前たちは邪魔なので消えてもらう。」

   「転移魔法!?」

    そして更に状況は悪化する。団員達の足元に突如魔法陣が出現し、彼らはワープさせられてしまったのだ。
   一人その場に取り残されたタツヤは白龍を睨みつける。

   「絶対殺してやるからなお前。」

   「あの山の山頂だ。待っているぞタツヤ。」

     「タツヤ、私は大丈夫。まずはみんなと合流して。無茶したらダメだからね!」
     「兄様!」

    そして二人を連れた白龍は空高く舞い上がり、指定した山の山頂へと飛んで行ったのだ。

    「待ってろ、すぐ助けに行くからな。」

   不安そうな妹の目を最後に見た。セレイネには悪いが、すぐにタツヤは白龍の後を追うつもりである。それにわざわざ合流なんかしなくても、タツヤの信じる彼らなら山頂で再開できる気がするのだ。

   そして日が落ちて月明かりに照らされれながら、黒髪の少年は駆け出す。

△▼△▼△▼△

  場所は薄暗い森の中、転移させられたエナ、コハル、キリマルの三人は白龍が言っていた山の山頂を目指していた。

   「ボク、結構霊感あるんだよね。」

   「ちょっとこんな時に辞めてよエナ。僕、本当にそういうの苦手なんだから。」

   「わ、吾輩は別にお化けなんか怖くないぞ!」

    不穏なエナの発言にビクビクしているキリマル。心なしか平たい胸を張ったコハルの声も震えているように感じる。
   それから彼らは遠くに人影を発見したのだ。

   「あれって人?おーい。」

  その人影に近づいていく三人。そしてエナの呼びかけに気づいてこちらに振り返ったのは、簪を挿した美しい女性だ。

   「こんばんは。ちょいとあんた達、ここら辺で首の長い女性を見かけなかったかい?ーー例えば、こんなふうな。」

   ーーしかしそれは人間ではなかった。

   首を長く伸ばした異形の怪物。それはろくろ首と呼ばれる妖怪だ。その奇怪な姿を見たエナとコハルは悲鳴を上げる。

    「きゃあぁぁ!」
    「ほんとにお化け出たーー!!!」

    しかし彼女達とは対照的に、不動で突っ立っている人物が一人。それはこの場で一番臆病なはずのキリマルであった。彼ならこの光景を見て、真っ先に悲鳴をあげるはずなのだが、何故か言葉一つ発しない。
    そんなキリマルを二人は怪訝な表情で見る。

   「キリマル、意外となんともない感じ?。」

    「いや違うぞエナ。」

   しかし彼の肩をトントンと叩いたコハルは何かに気づいたようである。

    「こいつ、立ったまま気絶してる!?」

    なんとキリマルは意識を失っていたのである。それを見たろくろ首がほくそ笑む。

   「一番強そうなやつがこんな腰抜けだったなんてラッキーね。あとは女二人だけ。楽な仕事だわ。」
  
    「この化け物、多分女性だよね。僕の特性が効かないから詰んだかも。」
    「わ、吾輩も今は本気を出せないぞ!?」

   そして長い首を鞭のように動かして、牙を剥き出しにしたろくろ首がエナとコハルに襲いかかる。
   残念ながら今の二人に、この妖怪を倒す手段は無い。だから二人は、最後の希望である彼に向かって必死に呼びかける。

   「「なんとかしてよ、キリマル!!」」

   「こんな腰抜けに何が出来る...え?」

   ーー次の瞬間、ろくろ首の首が切断された。

   「仲間の、助けを呼ぶ声が聞こえる。」

   ーーそれはやけに冷たく落ち着いた少年の声。

   「まさか今の攻撃をこの男がやったの?けれど首を斬られたくらいじゃ、あたしは死なないわ。」

   そして瞬時に首を再生させたろくろ首がキリマルを睨む。腰に差した二本の刀を抜いたようには見えなかったのだが、一体自分は何に斬られたというのか。
  だが考えていても仕方がない。少年の細い首を刎ねる為に、ろくろ首は攻撃を仕掛けたのだ。

   「弱点分かんないし、全部斬っちゃうか。」

    そして少年がぽつりと呟いた瞬間、ろくろ首の全身が一瞬で肉片と化す。そんな身体になって初めて、ろくろ首は気づいたのだ。

    ーー彼がとんでもない怪物であるという事実に。

   キリマルは刀を抜いていない訳では無い。相手にそう錯覚させるほど、剣速が常軌を逸しているのだ。

   「それに比べたら妖怪なんてまだ可愛いものね。」

   苦笑しながらろくろ首は黒い霧となって雲散する。

   「あれ!?あの化け物は?」

   それから我に返ったキリマルが、キョロキョロと辺りを見渡す。

   「いやキリマルが倒したよ。」
   「マジで失神してたんだな。なんで勝ったんだよほんと。」

   ジト目で彼を見る二人。そんな視線を受けて、キリマルが首を傾げる。

   「え?僕?」

   少年の情けない声が森の中に響き渡った。

△▼△▼△▼△

   「くっ。あの結界どうやって突破するんだ?」

   単身で白龍の待っている山頂へと突入したタツヤ。しかし彼は白龍の強固な結界に手も足も出ないでいた。

   「あの球体がこの結界を生み出してるってことは分かったんだが。」

   白龍の近くで宙に浮かんでいる透明な球体。あれがこの結界の核なのだ。しかしそれを壊すためには結界の中に入る必要があり、それでは本末転倒である。

   そして全く攻撃をしてこない白龍。タツヤにはこいつが何をしたいのか、まるで理解できなかった。
   
   「我が結界を前に苦戦しているようだなタツヤ。一つ取引をしないか?」

   「...なんだよ取引って。」

   そんな白龍が突如持ちかけてきた取引。武力では埒が明かない為、タツヤはその申し出に応じる。

   「この二人の小娘。どちらが大事か選べ。選んだ方をすぐに解放してやろう。その代わり、もう1人の娘の方は諦めるんだな。」

   「なんだよそれ。もはや取引ですらないだろ。それをしてお前になんの得があるんだよ。」

   「...考える猶予は1分だ。」

  意味のわからない白龍の発言。しかし考えるまでもない。既にタツヤの答えは決まっているのだから。

    「タツヤ...。」
    「兄様。」

    セレイネとツクヨが不安げな視線をこちらへ向けてくる。その二人とも、タツヤにとってはかけがえのない大切な人なのだから。

   「お前を倒して、二人とも救うに決まってんだろ。バカか。」

  中指を立てて余裕そうな表情の白龍に啖呵を切る。するとタツヤの耳に聞き馴染みのある声が聞こえてきた。

   「よく言った。それでこそ俺の団員に相応しい。」

   それはアトス団長の声だ。しかもそれだけでは無い。彼の後ろから続々と団員達がやってきたのだ。

   「兄貴~もう着いてたんすね!」
   「全く世話のやける下僕ですね。」

   ケントがこちらに手を振り、シノンが相変わらずの鋭い視線をタツヤへ向けている。

   「結局、あの首長お化け以外には何も出会わなかったね。」
    「ふん。次は吾輩が倒してやるつもりだったけどな。」
    「いやボクはもうあんな怖い思いしたくないけどね。」

   キリマル、コハル、エナの三人もどうやら無事に辿り着いたようである。

    「僕は妖怪なんて一度も見てないけどな。運が良いのか悪いのか。」
    「ベルヌーイと一緒だと楽でいいわ~。」

    「私達がその分、戦ったのですが!?」
    「本当に大変だったんですよ!?」

   気楽なベルヌーイとセーナの後ろで、不満をあらわにするテセロスとミリア。

   こうして夜桜傭兵団のみんなが集結したのだ。やっぱりタツヤの思った通りである。

   「けれどあの結界を張られたままじゃ何にも出来ないぞ。」

    「そうだなタツヤ。少し考えるからちょっと待ってろ。」

   結界の対策方法について考えをめぐらすアトスとタツヤ。しかしそれも徒労に終わる。

  「壊すなら今ね。」

  それは結界の中にいたセレイネの発言。彼女は尖った氷塊を出現させると、透明な球体目掛けてそれを放ったのだ。呆気なく球体が砕け散り、白龍の周囲を覆っていた結界が消滅する。

   「なんだと!?」

   「実は結界を消滅させるためにわざと捕まったフリをしてたの。タツヤ1人で戦わせる訳にも行かないから、大人しくしてたけど。...ごめんね。」

  可愛くペロッと舌を出すセレイネ。まさか彼女がわざと囮になっていたなんて、タツヤは思ってもいなかった。
   仲間と合流するように念押ししていた彼女の発言を思い出し、タツヤは苦笑いをする。

   状況の不利を悟って、白い炎を口から放出する白龍。広範囲のとんでもないブレス攻撃だが、それを易々と突破してきたのはテセロスとアトスだ。

   「さて、死刑の続きを始めましょう。」
   「結界がなきゃ雑魚だなお前。」

    強靭な糸が白龍を雁字搦めにして、アトスの三叉槍が分厚い胴体を貫く。

   「どりゃあぁ!」

   そしてトドメはタツヤの刀による斬撃である。その斬撃は白龍の顔を真っ二つにしたのだ。

   「おのれ!」

   こうして呆気なく白龍は黒い霧となって雲散した。

   「兄様!!」

   それから開放されたツクヨが泣きながらタツヤに飛びついてくる。そんな彼女の頭をタツヤは優しく撫でたのであった。

△▼△▼△▼△

   夜が明けてタツヤ達は船着場にいた。色々あったが、2日の朝にはこの国を出るという予定に変更は無い。
   そしてツクヨがタツヤ達をお見送りしに来た形だ。

   「もっとゆっくりしていってもいいんですよ?」

   「仕事があるからな。また戻ってくるって。」

    「今度は事前に言ってくださいね。」

   「できる限り努力はしてみる。」

    ハグを交わすタツヤとツクヨ。それからツクヨはアトス団長の方を向いた。その手には大量の小判が入った箱を持っている。

   「これからも兄様の事をよろしくお願いします。そしてこれは昨日のお礼です。」

   「これ全部金かよ!?ありがとうな。それにしても、あんた一体何者だ?」

   そのお礼の内容に驚嘆の声を上げたアトス。それから彼は苦笑したまま、ツクヨの正体について尋ねる。
    彼の質問にツクヨは隠すことなく、自分の正体を告げた。

   「第51代将軍の娘です。」

    「「つまりお姫様ってこと!?」」

   目を見開いて驚く一同。だが肩書きほど良い待遇のものでは無い。特にタツヤとツクヨに関しては。

   「本当に久遠家から虐められてないんだよな?」

   「はい。その証拠にほら、アザとか全く無いでしょう?」

     タツヤに対して屈託のない笑顔を見せたツクヨ。その発言の通り、彼女には殴られた痕のようなものは見られない。それだけでもタツヤが追放された意味はあったのだ。

   どよめく団員達を船に乗せて、タツヤは振り返る。

    「なんかあったらすぐに手紙を送るんだぞ。それじゃあまたな!」

    「またいつでもいらしてくださいね。兄様!それに夜桜傭兵団の皆さん。」

    ツクヨと別れを告げたタツヤ達。それから船の中では、もちろんタツヤが団員達から問い詰められていた。それを一旦静かにさせて、タツヤは説明をする。

   「俺とツクヨは将軍家の中でも忌み子扱いだったんだよ。そしてとある事件を起こした俺は追放されて、ツクヨに殺された事になってるって訳だ。」

    「つまりお前って知り合いに見つかったら本当にヤバい立場なのか。」

    「そういう事!だから行きたくなかったんだよ。」

    「ならなんで先にそれを言わなかった。」

   「団長ならこの話信じる?」

   「絶対信じない。」

    「でしょうね!」

   それにタツヤはこの話をしたがらない。あまり変な偏見を持たれたくないからである。まあその心配は、この傭兵団内では杞憂だと思うのだが。

    「いや普通に嘘じゃないですか?気品のきの字もない下僕が王子様とか、設定に無理があります。」

    「素行が悪くてごめんね!あともう追放された身だから!一般人だから!」

   「一般人以下の間違いでは?」

   シノンの辛辣な言葉。しかしいつもと変わらないそんな彼女の態度に救われているのも事実だ。

    「まあどんな過去があろうとも、今は俺たちの仲間であることに変わりは無い。これからもよろしくな、タツヤ。」

   「はい!」

   アトスの発言に、団員のみんなが賛同するように頷いている。こうして夜桜傭兵団は、よりいっそう強く固い絆で結ばれたのであった。

△▼△▼△▼△

   場所はタツヤ達が白龍を倒した祠の前。銀色のショートヘアの美少女が、魑魅魍魎に囲まれている。そしてその中にはタツヤ達に倒されたはずの白龍の姿もあった。

   「やれやれツクヨ様も龍使いが荒い。それに、あそこまでする必要はあったのですか?特にあの謎の取引の意味がさっぱり分かりません。」

   「あれは私を選んで欲しかったのでやってみたんですが、まさか両方選ぶなんて、兄様は欲張りでしたね。...まあそういう所も好きなんですが。」

   両手を頬に当てて悶々としているツクヨの元へ、妖怪達がやってくる。
   ろくろ首やのっぺらぼう、ぬりかべ、天狗などその種類は多岐にわたる。しかし彼らはみな共通して、ぶるぶると震えていたのだ。なぜなら、

  「夜桜傭兵団とかいう連中。あんなに強いなんて聞いてませんよ。命がいくつあっても足りないです、ツクヨ様。」

   「それに関しては私も予想外でした。まああれだけ強い人達なら、兄様を守ってくれるでしょう。」

   妖怪は人々の記憶に残り続ける限り、永遠に生きられる存在だ。そんな性質を持つ妖怪達とツクヨの『能力』は相性が良い。だから彼らは自分に付き従ってくれているのだが、酷使しすぎるのも問題である。

    それから心の中で密かに反省していたツクヨに語りかけてきたのは、傘の妖怪、からかさ小僧だ。

   「というかそんなに兄の事が好きなら、ツクヨ様の能力で洗脳しちまえば良かったんじゃねぇか?その方が手っ取り早いだろ。」

   「私はありのままの兄様が良いんです。二度とそんなこと言わないでください。」

   その黒い瞳に敵意を宿して睨みつけるツクヨ。そんな鋭い彼女の視線を受けて、からかさ小僧は恐れ慄く。

   「ひぃー!?すみませんでした!」

   さっき反省したばかりなのに、また妖怪を怖がらせてしまった。兄様の事になると感情を抑えられなくなる自分が恥ずかしい。
   ツクヨはため息をついてから天を仰ぐ。

   「兄様が安心して暮らせる国に私がしてみせますから。」

   それは最愛の兄がこの国を出ていってから、ツクヨが長く思い続けていた願いであった。そしてやっとそれにもう少しで手が届きそうなのだ。だから、

   「どうかご無事で。」

   ただ兄の身を案じる少女の声だけが闇夜に溶けていった。
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