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第二章 『終焉の獣』

第二章6 『喋るマスコット』

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 研究所の中には見た事のない機械や装置が沢山あった。透明な壁で小分けされた部屋には未知の生物が収容されており、研究員達が難しい顔で彼らを観察している。

   そしてタツヤ達は研究所の奥の部屋で、依頼主である所長に自己紹介をしていたのだ。それを聞いた後、所長も自身の事を話す。

   「私の名前はリュカ。このリスディ研究所の所長でもある。ようこそ。ここが空想種、並びに動物研究の最前線さ。」

   ボサボサの赤髪に眼鏡をした男性。ちょび髭を生やした白衣の男は、その縦に長い瞳孔が印象的であった。しかし不思議と威圧感は感じない。物柔らかな態度からは寧ろ、優しそうな雰囲気を感じる。

   「お久しぶりです。リュカ博士。」

    「久しぶりだねミリア。元気にしてたかい?」

   ミリアとリュカが楽しそうに雑談をしている。話に聞いていた通り、二人には面識があるようだ。だから今回の任務で真っ先にメンバー候補に挙がったのは彼女なのである。

   「それにしても凄い施設だな。」

   「オルニス国中の技術が集結しているからね。ここで見たものはあんまり口外しないでもらえると助かる。」

   キョロキョロと辺りを見回すタツヤをリュカは苦笑しながら見ている。それからセレイネが本題を切り出した。

   「それで依頼の事なんだけど...」

   「そうだったね。君達に頼みたいのは二つ。1つ目はリスディ動物園で最近起きている動物失踪事件の解決だ。」

   「失踪事件かぁ。」

   2週間前にも動物失踪事件に着手していたタツヤは苦々しい顔を浮かべる。今回の難易度は前とは比較にならない程難しいだろう。何故ならこのリスディ動物園はとてつもなく広いからだ。

  「そして二つ目は私達研究員の護衛だ。」

   「護衛?」

   物騒なその内容にタツヤ達は首を傾げる。完全に予想外だった依頼の内容。その詳細についてリュカは説明を続けた。

   「最近オルニス国では各地の研究所が襲われる事件も起きていてね。そしてこの国最大の研究所であるここが襲撃されない道理は無い。どちらかといえば、こちらが本命の依頼だよ。」

   「研究するのも大変だな。」

   恐らくは研究所の技術や知識を狙っての犯行だろう。もちろん防衛設備などはあると思うが、それだけでは足りないと判断してタツヤ達が雇われたというわけだ。

   「ちょっとフェルナ!今はお客さんが来てるから出ちゃダメだって!」

  「止められないファイの責任。私は悪くない。」

   そんな時、突然部屋の奥の扉から二人の子供が飛び出してきた。赤髪の少年と濃紫髪の少女。会話から察するに少年がファイ、少女がフェルナという名前だろう。

   「すみませんリュカ博士。僕の隙を見てこいつが抜け出したみたいで。」

   「のろまなファイが悪い。」

   「うーん。じゃあファイの責任かな。」

  「博士!?」

   リュカは慈愛に満ちた眼差しを彼らに向けて笑っている。フェルナに対して激甘なリュカの態度に、ファイは不服そうな表情を浮かべた。

   そしてタツヤが気になったのはフェルナという少女である。

   濃紫髪を首元まで伸ばした少女の頭には、ふさふさの獣耳がついている。
 獣人と呼ばれるその種族は世界的には奇異の目で見られるが、ここオルニス国では特別珍しい存在というわけでは無い。獣人の国とまで言われることのあるオルニスでは、彼らに対する偏見が全く無いからだ。

   だからタツヤも別に獣人であるという点で彼女に興味を示した訳では無い。彼が気になったのはフェルナに抱きしめられながら寝ている小さな生物の方だ。

   「そのミニドラゴン、なんか今日見たやつと似てるな。」

   小さな翼としっぽを生やした短足の生物。竜種のような見た目でありながらやけに丸いそのフォルムは、見る者を悶絶させるほど可愛いらしい。

  今日タツヤ達が見たヴァリちゃんという生物、それと瓜二つの見た目をした存在をフェルナが抱きしめていたのだ。ヴァリちゃんとの唯一の違いは、その黒い毛並みだけだ。

  「名前はクロちゃん。黒いから。」

   「そのまんまじゃねぇか。」

   全く捻りのない名前を聞いて、タツヤは呆れた表情を浮かべる。それから何かの視線に気づいたフェルナはリュカの背中に隠れた。その獣耳を不安そうにピクピクと動かしている。

   「どうした?」

   「そこのお姉さん、ちょっと怖い目をしてた。」

   「私!?」

   フェルナの指差した方向には薄紫髪の美少女、セレイネがいた。当の本人にはその自覚が無いらしく、眉尻を下げてフェルナとどう接するべきかを逡巡しているようだ。そんな彼女をタツヤはからかう。

  「怖がられてますよセレイネさん。」

  「うぅ。タツヤの方が怖い目つきしてるのに。」

  「生まれつきのやつはどうしようもねぇよ!」

   思わぬカウンターを食らい声を荒らげるタツヤ。すると突然、タツヤの頭の中に謎の声が響いた。

  「なんやせっかく気持ちよく眠っとったのに。」

  脳内に直接語りかけられているような奇妙な感覚にタツヤは眉を顰める。聞いた事のない声の正体を探して周囲を見渡すが、部屋に新しく人が入ってきた様子は無い。

   「あっクロちゃん起きたの。おはよう。」

    「おはようさん。」

   お互いに顔を見合わせて挨拶を交わすフェルナとクロちゃん。そんな衝撃的な光景を目の前にして声を上げたのはタツヤだ。

   「クロちゃん喋れるのかよ!!」

   しかしセレイネ達はタツヤのツッコミの意図が分からずにキョトンとした顔をしている。反応したのはリュカとフェルナの二人だ。

   「驚いた。てっきりフェルナの妄言かと思っていたんだが。」
   「お兄さんもクロちゃんの声が聞こえるの?」

   「あぁ。...おっさんみたいな声が聞こえる。」

   渋い顔で頷くタツヤの前にクロちゃんがトコトコと歩いてきた。そのミニドラゴンは品定めするような視線でタツヤの全身を眺めている。

  「あんさんワイの声が聞こえるんか。それにしては弱そうな見た目やなー。」

   「いやお前にだけは言われたくねぇよ。」

   こんなマスコットのような見た目の動物にまで馬鹿にされるなんて、流石のタツヤも心外である。

   「タツヤはクロちゃんの声が聞こえるんですね。いいなぁ、わたしも聞いてみたいです。」

   するとミリアは優しくクロちゃんの頭を撫で始めたのだ。その光景を見てごくりと唾を飲んだのはセレイネだ。彼女は恐らく、ヴァリちゃんと瓜二つの姿をしたクロちゃんに、ある可能性を見出したのだろう。

   それからセレイネはフェルナに近づいていく。少しかがんで目線の高さをフェルナと同じにした彼女は、女神のように優しい目で少女を見つめた。

   「私もクロちゃんに触っていいかな?」

   「いいよ。...そのさっきはごめん。勘違いしてたみたい。」

    「こっちこそ怖がらせちゃってごめんね。」

   それからクロちゃんの手前までやってきたセレイネは、恐る恐るその手を伸ばす。彼女の予想通り、クロちゃんはそれを拒否することなく、お腹を見せて撫でてもらっていた。

   「やっぱり可愛い。ちょっと声が聞けないのが残念ね。」

    「ですよね。」

   二人の美少女にお腹を撫でてもらっているクロちゃん。その光景は大変微笑ましいものに思えるのだが、タツヤは複雑な表情で彼らを見ていた。何故なら、

   「デへへへ。べっぴんさん二人に撫でられるのは気分が良いもんやなぁ。」

   クロちゃんが下卑た笑いを浮かべているからだ。しかし二人にはそんなおっさんの声が可愛い鳴き声に聞こえたようである。

   「可愛い声!ねぇ、今なんて言ったの?」

   「いや、知らない方が幸せだと思う。」

   「ーー?」

    目を輝かせてこちらを見てくるセレイネに、タツヤは苦い顔を浮かべた。
 世の中、知らない方が良い事もあるのだという教訓をクロちゃんから教わるタツヤなのであった。

△▼△▼△▼△

  所長室で談笑していたタツヤ達。気が付けば太陽は完全に沈んで、窓の外はすっかり暗くなっていた。
  そんな時に慌ただしく部屋の中に入ってきたのは研究員の1人だ。

  「B-51エリアで動物の反応が突如消失しました!例の事件に関係があるかと。」

   「つまり俺達の出番ってわけだな。」

   「そうみたいだね。よろしく頼む。」

   リュカの肯定を受け取ってタツヤ達の顔が引き締まる。すると近くにいた赤髪の少年が手を挙げた。

   「僕も行きたい!」

   「危険だからやめとけ。」

    「これでも僕は契約者なんだよ?自分の身くらい守れるよ!」

   ファイがぴょんぴょんと跳ねて、自分の腕に装着している腕輪を指差す。たしかにそれは契約者の証だが、彼はまだ小さな子供である。その判断に迷ったタツヤはリュカの方を見た。

  「ファイは飛竜と契約してるんだよ。それなりに戦えると思うから連れて行ってほしい。」

   「まぁリュカさんがそう言うなら...。」

   「やった!」

   ファイの同行を許可したタツヤ達。それからセレイネが意外な提案を持ちかけた。

   「ねぇ、クロちゃんも連れて行っていい?」

   「なんで?」
   「ワイはめんどいから行きたくないんやけど。」

   「動物の声が聞こえるなら捜査に役立ちそうじゃない?タツヤと意思疎通が取れるならそれもありかなって。」

   「たしかに。」

   納得するタツヤは、その判断をまたリュカに仰ぐ。少し考える仕草をしてから彼は頷いた。

   「実に合理的だね。フェルナもそれでいいかい?」

   「うん。頑張ってクロちゃん。」

   「冗談やろ?...しゃあないな。」

    それからぴょんっとタツヤの肩にクロちゃんが飛び移る。タツヤは怪訝な顔で肩に乗ってきた生物を見た。

   「なんで俺なんだよ。」

   「女子供の肩に負担かける訳にはいかんやろ。」

   「変なところで紳士的だな...。」

   こうして四人と一匹が研究所を出ていく。問題のエリアに辿り着いたタツヤ達は、これから調査を始めるつもりでいたのだが、その必要は無かった。

   ーー謎の装置で動物を捕獲している人影があったからだ。

   おそらく人数は二人であろう。その盗人に向けてタツヤは声をかける。

   「投降しろ!こっちは傭兵だ。大人しくすれば、痛い思いをしなくて済むぞ。」

   「チッ。予想より早いな。」
   「警備ロボットなら返り討ちに出来たんだが。」

   しかし案の定、その二人は逃走という選択肢を取った。小賢しく二手に分かれた彼らを追うには、こちらも二組になる必要がある。

   「わたしはファイ君と一緒に右の人を追うので、セレイネとタツヤは左の人をお願いします。」

   ミリアの指示に頷いた二人は、そのまま森林エリアへと入っていく。

   暗い木々の下で鬱蒼とした茂みがタツヤ達の行く手を遮る。それでも懸命に盗人の後を追っていた彼らだが、突如セレイネが苦痛の声を上げた。

   「痛っ!」

   「大丈夫か?」

    「うん、何かに足を噛まれたみたい。」

   それから足の方を見たセレイネは顔を青ざめた。同じくタツヤも彼女を噛んだ正体に気がついたようだ。

  ーーそれは黄色と紫色の縞模様をした毒蛇であった。

   明らかに危険な存在だと主張する身体の色が、木々の間から差し込んだ月光によって照らされている。もちろんすぐにセレイネは毒蛇を振り払ったのだが、その毒牙は既に彼女の身体を蝕み始めているのだ。

   「毒とか持ってたらヤバいかも。」

   何故かはにかんだセレイネに対して、タツヤは頭を抱えたのであった。
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