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第二章 『終焉の獣』

第二章8 『光龍ヴァリエール』

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  龍の体躯は5メートル程であろうか。月光を閉じ込めたかのような金色の鱗は、まばゆい輝きを放っている。太い前足と後ろ足には黒曜石のような美しい爪が備わっていて、理知的な黄金の瞳がタツヤ達を真っ直ぐ見つめていた。

  「手酷くやられたね。ドルアガ。」

   「力及ばず、申し訳ありません。」

   そしてその龍の背中に乗っているのは白いフードを被った人物だ。声からしておそらく男性であろう。その男が大サソリを召喚した屈強な男性と話している。つまり二人は仲間である可能性が高い。

   「お前はそいつらの仲間か?」

    「そうだね。彼らとは協力関係にある。」

   「俺達はリスディ動物園の動物失踪事件を調査している者だ。犯人の疑いがあるそこの4人を引き渡して欲しい。」

   「嫌だと言ったら?」

    「ーー実力行使に出るまでだ。」

   タツヤの発言と同時に、ミリアの妖精が無数の氷柱を、ファイの飛竜が灼熱のブレスを放つ。しかしその攻撃は黄金龍の鱗によって吸収されたのだ。

  「血気盛んだね。その蛮勇、いつまで続くかな?」

   軽く手を上げたその仕草は攻撃の合図である。フード男の指示に従って、黄金龍が複数の金色の円環を生成した。そこから放たれたのは光線だ。契約獣に向けられたその攻撃を回避不可能と悟ったミリア達は、シールドを彼らの前に生成する。

   「なんですか!?この威力は。」
   「相棒!!」

   ーーだが光線は圧倒的なパワーでシールドを貫通し、契約獣達を貫いたのだ。

   光による攻撃は回避が困難だが、その分威力に乏しいといった欠点がある。だからシールドを張って防御するというのが、一般的な光攻撃への対策なのだ。だがこの黄金龍は普通では無かった。シールドを貫通するほど高威力な光線など、タツヤも生まれて初めて目にする。

   黒い霧となって雲散するミリア達の契約獣。次の攻撃が来れば、タツヤ達も同じ結末を辿ることになるだろう。

  タツヤは瞬時にロケットランチャーを撃ち込んだが、黄金龍は回避する素振りすら見せない。ロケット弾は直撃したが、月光を受けて光り輝く鱗には傷一つついていなかったのだ。

   「おそらくその鱗は特定の攻撃しか通さない性質。だから狙うのは契約者の方よ。」

   一方で黄金龍の背後へとワープしたセレイネは、複数の魔法を発動する。一般的には二つの魔法を同時に行使することすら難しいとされているのだが、彼女はなんと4つの魔法を一斉に放ってみせたのだ。しかも無詠唱で。珍しく冷徹なその眼差しは、彼女が本気を出している証拠でもある。

  業火が、雷撃が、氷塊が、風刃が、フード男に向かって放たれた。それを防いだのは彼のシールドでは無く、黄金龍が生成した光の盾だ。

  「そこのお嬢さんは黒髪の少年より頭が良いね。ーーけれど一番賢い判断は、ここで逃げる選択をすることだったよ。」

  「...どうせ追ってくるくせに。」

   苦々しい顔で呟いたセレイネを見て、フード男は笑い声を上げた。

   「ーー!くふふ。そうだね、ボクが君達を逃がす理由は無い。勘も良いときたら、益々ここで潰しておかないと面倒になりそうだ。」

  再びフード男が攻撃の合図をする。黄金龍が生成した金環は先程よりも数が多い。そして不可避、防御不能の光線がタツヤ達に向けて放たれる。

   一応シールドを張ったタツヤだが、さっきの光景を見てしまうと防ぎ切れる気がしない。眩い死がタツヤ達に迫る。

  「させないわ!」

  その死をうち破ったのはセレイネだ。自身を含めて4人をワープさせることによって光線を回避したのである。それを見たフード男は素直に賞賛の声を上げた。

   「光を回避するなんて凄いね。ならこれはどうかな?」

   それから彼が黄金龍に生成させたのは無数の光の剣だ。だが、放たれた光剣は先程の光線よりも速度が遅い。タツヤはファイを抱えて、身体強化で回避を試みる。

   「ちょっと曲がるなんてレベルじゃねぇ!」

   ーーしかし光剣は執拗にタツヤ達を追尾してきたのだ。

   四方八方を光剣で囲まれて、タツヤは逃げ道を失う。絶体絶命の少年を救ったのは、またもやセレイネのワープである。
   彼女がいなければ、タツヤは何回死んでいたか分からない。

   「光剣の追尾性能が切れた?ワープというよりは世界から一瞬消失したような反応だったが。」

   「フィロアは出来るだけ温存しておきたいんだけど。」

   しかし隣にいるセレイネの横顔には、確かな疲労の色があった。彼女のワープはその対象の数が増えるにつれて、消費するフィロアも大きくなるらしい。今は何とか防げているが、このワープが使えなくなるのも時間の問題だろう。

   「おや、随分と余裕そうな発言だね。ボクより強い者なんてそうそういないと思うけど。」

   「世界を滅亡させる相手よりはマシね。」

   「いったい君は何と戦っているのやら。...じゃあせいぜい足掻いてみせてよ。」

  攻撃の合図をするフード男を見て、セレイネの額から汗が流れる。タツヤも現状を打破するために思考を巡らすが、この強大な存在を倒す方法などそう簡単に浮かぶはずもなかった。

  ーーそんな時、タツヤ達と黄金龍の間に割って入ったのは黒い毛並みをした短足のドラゴンだ。

   「ワイの顔に免じて、今日のところは見逃してくれへんか?ーー光龍ヴァリエール。」

   ずっと後ろで静観していたクロちゃんが、突如前に出てきて停戦を申し出たのだ。彼らと面識があるように思えるその発言にタツヤは驚く。しかし一番驚いていたのは、クロちゃんと対峙している黄金龍の方であった。

   「あなたは...。」

   「今、あの黄金龍が言葉を発しませんでしたか?」

   そして龍は女性の声を発したのだ。脳内に直接語りかけられているような奇妙な感覚。ミリアが驚きの声を上げたということは、タツヤ以外の人にも聞こえたというわけだ。

   「その姿でヴァリエールの知り合い。つまりはそういうことか。」

   「どうされますか?」

   「少し考えるよ。」

   何かに気づいた様子のフード男は黄金龍に指示を求められて、思案しているようだ。

   「別にワイはここで神話の再現をしてもかまへんで。」

   欠伸をしながら何気なしに呟いたクロちゃんの発言。しかしそれを聞いた黄金龍の方は、明確な殺意をクロちゃんへと放ったのだ。

  警戒心を顕にする最強の龍と、緊張感の欠片もないぬいぐるみのようなドラゴン。全て正反対の両者が、全く動かぬまま対峙している光景はかなり奇妙であった。その気になればクロちゃんなんて、簡単に始末されてしまうと思うのだが。

   「いやここは素直に引き上げよう。ボク達にはまだすべき事がある。彼らがいて、計画に支障をきたすようなことは無いしね。」

   「分かりました。この者達は?」

   「もちろん回収するよ。ほら君達、乗って。」

   フード男に急かされて、黒ずくめの5人が慌てて黄金龍の背中にしがみつく。それからフード男がタツヤ達に別れの言葉を告げた。

   「命拾いしたね。また会えたらその時は殺してあげるよ。」

   「ーーその前にそろそろ正体を明かしてくれないかしら。」

   しかしセレイネは、ただで彼らを返すつもりは無いらしい。魔法によって突風が起こり、男のフードが脱げてしまう。
  薄黄色の長い髪を後ろで一つに括った男性。その姿にタツヤは見覚えがあった。彼は今日の夕方に出会った飼育員である。

   「アルフ!?」

   「隠すつもりでいたんだけど、お嬢さんは本当に性格が悪いね。ーーボクの名前はアルフレッド。そしてこの子が光龍ヴァリエール。通称ヴァリちゃんだよ。...それじゃあまたね。」

  アルフレッドが衝撃の事実を告げた後、光龍ヴァリエールがその金色の翼を大きく広げて飛び立つ。

    その後、張り詰めていた緊張の糸がプツッと切れて、タツヤ達はへなへなとその場に座り込んだ。

    「まさかあの伝説の契約者、アルフレッドに会うとは思いませんでした。それにしても彼が敵とは厄介ですね。」

   「伝説の契約者?それって凄いやつなのか。」

    「タツヤお兄さん、まさかアルフレッドを知らないの!?」

   ファイが信じられないといった表情でタツヤを見る。それから彼は興奮した様子で説明を続けた。

   「たった一人でオルニス国を救った英雄だよ。アルフレッドは契約者みんなの憧れなんだ!...だからこんな事をするなんて絶対何かの間違いだよ。」

   「彼はここ20年消息不明だったらしいですが、その間に何かあったんですかね。」

   ファイとミリアは、2人とも沈んだ顔つきでアルフレッドの事を話している。契約者である彼らは、そんな英雄の暗い部分を見て思うところがあるのだろう。
   だから彼らを励ますために、タツヤは前向きな考えを口にする。

   「まぁ俺達の命があって良かったじゃないか。クロちゃんのおかげでアルフレッドが撤退したのがよく分からないけど。...お前ってもしかしてでっかい龍になれたりする?」

   「なれるもんならなっとるわい。ヴァリエールと知り合いやっただけで撤退してくれたのは運が良かったわ。」

   「...だよな。けど助かった。ありがとう。」

   「なら今度美味い肉奢ってや。」

    「強力な麻痺肉ならセレイネが持ってるぞ。」

    「いらんわそんなもん!」

    盛大なクロちゃんのツッコミを受けてタツヤは小さく噴き出す。その後、ニヤニヤしながらクロちゃんに近寄っていくのはセレイネとミリアだ。

   「本当にクロちゃんには助かったわ。ご褒美に撫で撫でしてあげるね。」
   「よく分からないけれどクロちゃんのおかげなんですね。よしよし。」

    「でへへへ。やっぱり美味しい肉よりべっぴんさんやな。」

    やけに俗物なクロちゃんは、先程の気品溢れる黄金龍の風上にも置けない。ジト目でその光景を見ていたタツヤだが、ふと何かを思い出したように辺りを見渡す。

   「そういえば、あの女性の幽霊ってどこいったんだ?」

   しかしどれだけ探しても彼女は見つからなかった。礼のひとつでも言いたかったのだが仕方がない。

   周囲に目を向けている黒髪の少年。彼から隠れるようにして、濃紫髪の幽霊は木の裏に隠れた。それから彼女は口元に手を当ててクスクスと笑う。

   「フェルナをよろしく頼みますね。傭兵さん。」

   その言葉は誰にも聞かれることなく、夜の闇に溶けていった。
   
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