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Ⅳ
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「アリスティア殿、お嬢様のお加減はどうですかな?」
侯爵家に長年つかえる老執事は、具合が悪いと部屋に閉じ籠っているお嬢様の部屋から出てきたミルクティー色の長い髪を後ろで束ねた女執事に恐る恐ると声をかけた。
つい1年前の事だった。歴史ある侯爵家の旦那様が病に臥せり、ひと言こう呟いたのだ。「儂には平民との間に娘がいる」と。
旦那様は政略結婚で奥様と結婚なされたが、おふたりの間に子は成されなかった。長年不妊治療をしていたがその成果はなく、奥様は疲れはててしまわれたのだ。“我が子は諦めよう”と肩を落とされた。
そして、それまでの心労からか旦那様が病にかかり……気弱になったからだろう「実は平民の女との間に娘がいる」とポツリと漏らしたのだ。
奥様は驚き、悲しみ……その娘を探した。侯爵家の正統な跡取りを探し出さねばと使命感もあったのかもしれない。
政略結婚とはいえ夫が浮気して子を成していたなんてショックでしかないだろうに「侯爵家の血を絶やしてはいけない」と、必死に探した結果、母親と死に別れ孤児院に引き取られていた娘を見つけたのだ。
その娘は黒髪と黒い瞳をした儚げな美しい少女だった。母親似ではあるが、その瞳の形が旦那様にそっくりだと奥様は涙した。
こうして突如現れたお嬢様だが、ひとりの女性を伴われて侯爵家に連れてこられた。なんでも母の死後、路頭に迷うお嬢様を助けてくれた女性なのだとか。彼女は言うにはすでに死んでいる自身の父親が元どこかの執事をしていて作法を習った事があるのだとか。
一旦は引き離そうとしたが、黒髪のお嬢様はその女と離れるのは嫌だと必死に訴えるのでお嬢様専属の執事として雇うことになった……それがアリスティア殿だ。
「……あら、執事長様。お嬢様なら落ち着いたのか眠ってらっしゃいます。まだ熱は少しありますが……やはり、足の事を気にしていらして……」
蜂蜜色の瞳を翳らせ、お嬢様の専属執事であるアリスティア殿が言いにくそうにうつむく。付け焼き刃であるはずの彼女の執事としての作法は完璧で、長年執事長をしている自分も舌を巻くほどであった。そんな彼女だかお嬢様の事となるとやはり動揺を見せる事が多々ある。若さゆえというのもあるだろうが、そんな綻びに無意識に安堵を覚えている事を老執事本人も気づいていない。
お嬢様は生まれつき足を患っておられ、貧困層の暮らしをしていたせいで治療も受けられずまともに歩く事が出来なかったのだと聞いた。
「ご自分のように足を悪くしている女が侯爵令嬢など烏滸がましいのではないか。と、気にしておられるのです」
「そんな……!」
お嬢様の心の内を聞いて、旦那様の言葉を思い出す。旦那様は奥様との間になかなか子が出来ぬ事にプレッシャーを感じ、つい下町に足を向けたと言っていた。そして夜の飲み屋でとある女性に心惹かれ勢いのまま一夜を共にしたと。別にその女性はそういう商売ではなく、普通のウェイトレスだった。なにせ、旦那様ご自身がその女性の純潔を散らしてしまった。と言っていたのだから。
その時の旦那様からしたらただの遊びだったのだろう。ストレス発散なんて男側だけの都合の良い言い訳だ。例え相手が純潔だろうと、合意の上だと言えばそれまでだ。だが、数ヵ月後……偶然出会ったその女性の腹はふっくらとふくらんでおり、旦那様は直感で自分の子供だと感じたのだとか。
旦那様はその女性にプロポーズしたが断られた。そして、忘れてくれとも言われた。だがそれからもちょくちょく付きまとい女児を産んだ事まで突き止めていたらしい。その女性と同じ黒髪黒目の女の子だと。結局は「奥様に申し訳ないから」とプロポーズを断られた上に行方不明になられたらしい。
しかし、死に際まで忘れることは出来なかったのだと呟かれたのだ。まさか15年の歳月を過ぎて再会出来るなんて奇跡であると。
こうしてやっと見つけたお嬢様だ。足に生まれつきの疾患があろうと、奥様は旦那様の血を受け継いだ子供だと歓喜されていた。
「……それに、出来れば王子殿下との婚約は破棄して欲しいと願われておいでです。最近第3王子殿下はとある男爵令嬢と懇意にしていらっしゃいますし、車椅子で学園に通うお嬢様を蔑んでくる始末……。このままでは……」
言いにくそうに目を伏せるアリスティア殿の姿にお嬢様の心情を察する。
新たに娘が見つかったとわかった途端、婚約を打診してきたのは王家だ。この侯爵家の歴史は深い。王家としてもこの血筋を取り込んでおきたいのだろう。王位継承権の低い第3王子は王宮でもその立場は心もとない。侯爵家を後ろ楯につけゆくゆくは第3王子を侯爵家に入婿させるつもりなのだ。我が子の将来を安泰させたい気持ちはわからないでもないが、それは奥様も同じこと。
……こう言っては不敬だが、第3王子は少々、いや、かなり酷い。見目だけは良いがその中身は最低だ。奥様はお嬢様に最高の治療と愛を注ぎたいと言っていた。何よりもこれまで平民として暮らし足を患っているお嬢様に王子の婚約者など荷が重いに決まっている。そんなツラい想いはさせたくないと婚約の打診を断っていたのに「王命だ」と無理矢理結ばされてしまったのだ。
お嬢様は学園で何かある度に具合を悪くされていた。たぶん心労が溜まっているのだろうと医者に言われ、奥様は「こんな想いをさせるために探し出したんじゃないのに」と泣いておられた。
なぜ陛下は第3王子の暴挙を諌めて下さらないのか。王命まで持ち出して無理矢理結んだ婚約なのに、なぜお嬢様を大切にしてくださらないのか。
王家がこの侯爵家の血筋だけを欲しいと思っているのはわかっている。まさか庶子の娘が見つかった途端、第3王子の婚約者にと打診されるなんて思わなかったが。それでも血を欲して繋がりを求めたくせに、お嬢様を蔑むとはどういったことなのか。そして第3王子はお嬢様と結婚しなければ自分の立ち位置がどうなるかをちゃんと考えているのか。
頼みの綱の旦那様はお嬢様が見つかったとわかったら安心したのか「後は任せる」と言葉を残して亡くなられた。奥様は「この子だけはなんとしても守らねば」と躍起になられているが実は旦那様と同じ病が発覚してもう長くはないと診断されている。
「第3王子殿下がお嬢様の足の事を触れ回っているようでして……。学園でもお嬢様に対して嫌がらせが……」
アリスティア殿が申し訳無さそうに瞳を翳らせた。第3王子はお嬢様の事を「どこの腹から産まれたかもわからない」「足を患った欠陥品」「廃棄するのは可哀相だから使ってやるだけ」などと酷い言葉を言い回っているらしいのだ。
“産みの母親が平民である以上、いつ難癖をつけられるかわからない”それは奥様もおっしゃっていた事だが、まさか本当にこうなるなんて……。
半年後、心配していた事が現実にある。
第3王子がお嬢様を冤罪で断罪しようとしたのだ。
車椅子でも参加できるパーティーだからと、第3王子が珍しくお嬢様を誘ってきた。普段は「車椅子ではダンスもできないだろう」と素っ気なくし、決してエスコートもしなかったのにどんな心境の変化があったのだろうと驚いていたのに。
なんとそのガーデンパーティーで、見知らぬ男爵令嬢の腰を抱きながらめちゃくちゃな罪をお嬢様に言い渡す第3王子の姿にその場に居合わせた侍女たちは言葉を失くしていたらしい。
足を患っているお嬢様がどうやってその男爵令嬢を階段から突き落とすと言うのか?学園にだってアリスティア殿の付き添いがあってやっと通えているというのに……。
お嬢様が侯爵令嬢の地位を悪用して自分と愛し合う男爵令嬢を殺そうとしたと第3王子が訴え、婚約破棄を言い渡したのだ。さらにはお嬢様を侯爵家から追い出し国外追放にするなど……!だいたい第3王子にそのような権限はないではないか!
もちろんお嬢様はそのような事などしていない。それはアリスティア殿が証言している。だが第3王子はお嬢様を車椅子から無理矢理引っ張り降ろし「本当は立てるんじゃないのか!?卑しい売女から産まれたお前が俺の愛する者を傷付けたに決まっている!」とお嬢様の動かない足を踏みつけたと言うではないか。
息を切らしながら屋敷まで教えに来てくれた者に「お嬢様は?!お嬢様はご無事なんですか?!」と掴みかかる勢いで聞くと「それが……」と言いにくそうに言葉を濁した。
侯爵家に長年つかえる老執事は、具合が悪いと部屋に閉じ籠っているお嬢様の部屋から出てきたミルクティー色の長い髪を後ろで束ねた女執事に恐る恐ると声をかけた。
つい1年前の事だった。歴史ある侯爵家の旦那様が病に臥せり、ひと言こう呟いたのだ。「儂には平民との間に娘がいる」と。
旦那様は政略結婚で奥様と結婚なされたが、おふたりの間に子は成されなかった。長年不妊治療をしていたがその成果はなく、奥様は疲れはててしまわれたのだ。“我が子は諦めよう”と肩を落とされた。
そして、それまでの心労からか旦那様が病にかかり……気弱になったからだろう「実は平民の女との間に娘がいる」とポツリと漏らしたのだ。
奥様は驚き、悲しみ……その娘を探した。侯爵家の正統な跡取りを探し出さねばと使命感もあったのかもしれない。
政略結婚とはいえ夫が浮気して子を成していたなんてショックでしかないだろうに「侯爵家の血を絶やしてはいけない」と、必死に探した結果、母親と死に別れ孤児院に引き取られていた娘を見つけたのだ。
その娘は黒髪と黒い瞳をした儚げな美しい少女だった。母親似ではあるが、その瞳の形が旦那様にそっくりだと奥様は涙した。
こうして突如現れたお嬢様だが、ひとりの女性を伴われて侯爵家に連れてこられた。なんでも母の死後、路頭に迷うお嬢様を助けてくれた女性なのだとか。彼女は言うにはすでに死んでいる自身の父親が元どこかの執事をしていて作法を習った事があるのだとか。
一旦は引き離そうとしたが、黒髪のお嬢様はその女と離れるのは嫌だと必死に訴えるのでお嬢様専属の執事として雇うことになった……それがアリスティア殿だ。
「……あら、執事長様。お嬢様なら落ち着いたのか眠ってらっしゃいます。まだ熱は少しありますが……やはり、足の事を気にしていらして……」
蜂蜜色の瞳を翳らせ、お嬢様の専属執事であるアリスティア殿が言いにくそうにうつむく。付け焼き刃であるはずの彼女の執事としての作法は完璧で、長年執事長をしている自分も舌を巻くほどであった。そんな彼女だかお嬢様の事となるとやはり動揺を見せる事が多々ある。若さゆえというのもあるだろうが、そんな綻びに無意識に安堵を覚えている事を老執事本人も気づいていない。
お嬢様は生まれつき足を患っておられ、貧困層の暮らしをしていたせいで治療も受けられずまともに歩く事が出来なかったのだと聞いた。
「ご自分のように足を悪くしている女が侯爵令嬢など烏滸がましいのではないか。と、気にしておられるのです」
「そんな……!」
お嬢様の心の内を聞いて、旦那様の言葉を思い出す。旦那様は奥様との間になかなか子が出来ぬ事にプレッシャーを感じ、つい下町に足を向けたと言っていた。そして夜の飲み屋でとある女性に心惹かれ勢いのまま一夜を共にしたと。別にその女性はそういう商売ではなく、普通のウェイトレスだった。なにせ、旦那様ご自身がその女性の純潔を散らしてしまった。と言っていたのだから。
その時の旦那様からしたらただの遊びだったのだろう。ストレス発散なんて男側だけの都合の良い言い訳だ。例え相手が純潔だろうと、合意の上だと言えばそれまでだ。だが、数ヵ月後……偶然出会ったその女性の腹はふっくらとふくらんでおり、旦那様は直感で自分の子供だと感じたのだとか。
旦那様はその女性にプロポーズしたが断られた。そして、忘れてくれとも言われた。だがそれからもちょくちょく付きまとい女児を産んだ事まで突き止めていたらしい。その女性と同じ黒髪黒目の女の子だと。結局は「奥様に申し訳ないから」とプロポーズを断られた上に行方不明になられたらしい。
しかし、死に際まで忘れることは出来なかったのだと呟かれたのだ。まさか15年の歳月を過ぎて再会出来るなんて奇跡であると。
こうしてやっと見つけたお嬢様だ。足に生まれつきの疾患があろうと、奥様は旦那様の血を受け継いだ子供だと歓喜されていた。
「……それに、出来れば王子殿下との婚約は破棄して欲しいと願われておいでです。最近第3王子殿下はとある男爵令嬢と懇意にしていらっしゃいますし、車椅子で学園に通うお嬢様を蔑んでくる始末……。このままでは……」
言いにくそうに目を伏せるアリスティア殿の姿にお嬢様の心情を察する。
新たに娘が見つかったとわかった途端、婚約を打診してきたのは王家だ。この侯爵家の歴史は深い。王家としてもこの血筋を取り込んでおきたいのだろう。王位継承権の低い第3王子は王宮でもその立場は心もとない。侯爵家を後ろ楯につけゆくゆくは第3王子を侯爵家に入婿させるつもりなのだ。我が子の将来を安泰させたい気持ちはわからないでもないが、それは奥様も同じこと。
……こう言っては不敬だが、第3王子は少々、いや、かなり酷い。見目だけは良いがその中身は最低だ。奥様はお嬢様に最高の治療と愛を注ぎたいと言っていた。何よりもこれまで平民として暮らし足を患っているお嬢様に王子の婚約者など荷が重いに決まっている。そんなツラい想いはさせたくないと婚約の打診を断っていたのに「王命だ」と無理矢理結ばされてしまったのだ。
お嬢様は学園で何かある度に具合を悪くされていた。たぶん心労が溜まっているのだろうと医者に言われ、奥様は「こんな想いをさせるために探し出したんじゃないのに」と泣いておられた。
なぜ陛下は第3王子の暴挙を諌めて下さらないのか。王命まで持ち出して無理矢理結んだ婚約なのに、なぜお嬢様を大切にしてくださらないのか。
王家がこの侯爵家の血筋だけを欲しいと思っているのはわかっている。まさか庶子の娘が見つかった途端、第3王子の婚約者にと打診されるなんて思わなかったが。それでも血を欲して繋がりを求めたくせに、お嬢様を蔑むとはどういったことなのか。そして第3王子はお嬢様と結婚しなければ自分の立ち位置がどうなるかをちゃんと考えているのか。
頼みの綱の旦那様はお嬢様が見つかったとわかったら安心したのか「後は任せる」と言葉を残して亡くなられた。奥様は「この子だけはなんとしても守らねば」と躍起になられているが実は旦那様と同じ病が発覚してもう長くはないと診断されている。
「第3王子殿下がお嬢様の足の事を触れ回っているようでして……。学園でもお嬢様に対して嫌がらせが……」
アリスティア殿が申し訳無さそうに瞳を翳らせた。第3王子はお嬢様の事を「どこの腹から産まれたかもわからない」「足を患った欠陥品」「廃棄するのは可哀相だから使ってやるだけ」などと酷い言葉を言い回っているらしいのだ。
“産みの母親が平民である以上、いつ難癖をつけられるかわからない”それは奥様もおっしゃっていた事だが、まさか本当にこうなるなんて……。
半年後、心配していた事が現実にある。
第3王子がお嬢様を冤罪で断罪しようとしたのだ。
車椅子でも参加できるパーティーだからと、第3王子が珍しくお嬢様を誘ってきた。普段は「車椅子ではダンスもできないだろう」と素っ気なくし、決してエスコートもしなかったのにどんな心境の変化があったのだろうと驚いていたのに。
なんとそのガーデンパーティーで、見知らぬ男爵令嬢の腰を抱きながらめちゃくちゃな罪をお嬢様に言い渡す第3王子の姿にその場に居合わせた侍女たちは言葉を失くしていたらしい。
足を患っているお嬢様がどうやってその男爵令嬢を階段から突き落とすと言うのか?学園にだってアリスティア殿の付き添いがあってやっと通えているというのに……。
お嬢様が侯爵令嬢の地位を悪用して自分と愛し合う男爵令嬢を殺そうとしたと第3王子が訴え、婚約破棄を言い渡したのだ。さらにはお嬢様を侯爵家から追い出し国外追放にするなど……!だいたい第3王子にそのような権限はないではないか!
もちろんお嬢様はそのような事などしていない。それはアリスティア殿が証言している。だが第3王子はお嬢様を車椅子から無理矢理引っ張り降ろし「本当は立てるんじゃないのか!?卑しい売女から産まれたお前が俺の愛する者を傷付けたに決まっている!」とお嬢様の動かない足を踏みつけたと言うではないか。
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