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第45話 厄災の起こった日
しおりを挟む『────正確にはぁ、“青い精霊の気配”が怒り狂ってる感じがするからぁ、早くどうにかしないと大変な事が起こるわよぉう?ってことぉ』
「……えっ?」
突然のその言葉に私が驚きを隠せないでいると、大変な事が起こると言いながらもセイレーンはにんまりと口の端をつり上げて楽しそうに鼻歌を歌っている。そんなセイレーンを横目で見つつ、“青い精霊”と言われて私の脳裏にはすぐさまアオの姿が浮かんでしまっていた。
「……ね、ねぇ!それってどういうい『だからぁ、ルルの事はわたくしが守るからいいんだけどぉ~他の人間はどうなっても関係ないし知らないんだからぁ。んふふ!わたくしはとぉっても優しいからぁ、ちゃあんと教えてあげたわよぉ?今度はどんなハプニングがあるのか今から楽しみだわぁ~』あっ!ちょっと待って、もっと詳しく教えてよ!?」
慌ててその体を掴もうと手を出したが間に合うことはなく、自分の言いたい事だけを口にするとセイレーンは再び姿を消してしまったのだ。
「もう!教えてくれるならちゃんと全部教えてよ!しかもオーラの方については結局はぐらかされたし……。それにしても……“青い精霊”が怒ってるって、やっぱりアオの身になにかあったのかしら……?」
アオがいなくなってたったの一晩だが、その間に何があったというのか。アオが危険な目に遭っているのかもしれないと思うと心配でたまらなくなった。アオは強いし、普通の精霊ともちょっぴり違う存在だ。だから、滅多なことなんてないと思うけれど……。
「アオ……」
前方を歩くルルとカンナシース先生にはバレないように小さくため息をついていると、足を止めたルルがこちらを振り返った。
「フィレンツェア様、ついたみたいですよ!来たときとは通る道が違っていて、なんだか迷路みたいでしたね!カンナシース先生がいなかったら迷っちゃいそう~……先生の服、掴んどいた方がいいかなぁ」
「さぁ、この部屋ですよ。ハンダーソンさん、ブリュードさん。ふふっ、驚いたでしょう?実はこの建物の内部には学園長先生の精霊魔法によって侵入者防止のための魔法が施されているんです。ですから毎回通り道は違う仕様になるように変化するし、さらには教員の許可がなくては行きたい部屋に辿り着けないようにもなっているんですよ。下手に忍び込んだらそのままゴールの無い迷宮に閉じ込められてしまうとっても恐ろしい場所ですからね。まぁ、優秀な守護精霊がいればそのうち出られるとは思いますけれど……あらやだ、守護精霊のいないブリュードさんだったら死ぬまで出られなくなってしまうわ!面白半分で入ったら終わりよ、本当に気を付けてね?!」
またもや、はっ!とした顔でカンナシース先生が慌てて私の手を握ってきた。たぶん、本気で私のことを心配しているのだとは……思うけれど。やっぱり何かチクチクと言われている気がするのも気の所為ではないだろう。
「……ええ、わかっていますわ。私だって自分が“加護無し”であることはちゃんと自覚していますから、大丈夫です。早く部屋に入りましょう、カンナシース先生」
反論しても長引くだけだと察して、にこりと笑みを浮かべながら目の前の扉へと促すとカンナシース先生「そうね、そうだわ。あらやだ、わたしったら!ブリュードさんだってそこまで愚かではないわよね!だって生まれたときから“加護無し”なんですもの、誰にも守ってもらえないってじゅうぶんわかっているわよね!」と軽く握った拳でコツンと自分のおでこを小突いた。
「あ、でもわたしはブリュードさんの味方ですからね!」
「ありがとうございます」
私の返事に満足したのかそこからのカンナシース先生は饒舌だった。チラリとルルの方に視線を向ければ「ここから長いよ~」とジェスチャーと口パクでお知らせされてしまった。たぶん、本当に長いのだろう。
「さぁ、いいですか?この部屋の中には教師たちの統括をしていて学年主任でもあるレフレクスィオーン先生が待っておられますから、ちゃんと挨拶をしてくださいね!なんといってもレフレクスィオーン先生は国王の遠縁であり学園長の知り合いでもあるとても偉い先生ですから、決して失礼のないようにするんですよ?くれぐれも髭が邪魔そうだとか、頭部が寒そうだとかなんて口にしてはいけませんからね?人の見た目を悪く言ったりするのは最低の人間のすることです。確かにレフレクスィオーン先生は性格も見た目も醜悪で酷いものですが、ちゃんと立派な守護精霊がいらっしゃるんですから!それに、あなたたちが下手に逆らって機嫌を損ねてしまったらここまで連れてきたわたしにも被害が及んでしまうかもしれないし、もちろん“加護無し”の担任であるシュヴァリエ先生にもご迷惑がかかってしまうわ。それに、もしもそれが原因でシュヴァリエ先生と離れ離れにされてしまったらと考えるだけで耐えられないの……。だから、誰かに迷惑をかけるような……自分で責任の取れない事はしてはいけませんよ?」
私とルルが黙っていると、それを肯定と捉えたのかカンナシース先生はにっこりと貼り付けた笑みを見せて「先生との約束よ」と笑った。
「それじゃあ、中に入るわよ。さぁ、ちゃんと淑女らしく素敵な挨拶をしてちょうだいね!
レフレクスィオーン先生、お待たせしまし────あら?絶対に部屋でふんぞり返っていると思ったのに、どこへ行ってしまったのかしら……?!も、もしかしてシュヴァリエ先生に何かあったんじゃ……!」
開いた扉の中をキョロキョロと見渡し、首を傾げた後にカンナシース先生の顔色がサッと変わった。
「先生、どぉしたの~?」
ルルが無邪気な雰囲気のままカンナシース先生の横から部屋を覗き込むと「誰もいませんねぇ。あ、椅子が転がってるぅ」と中に向かって指をさしている。
そして「ほら、フィレンツェア様も早く見て~!ね?椅子が転がってるでしょぉ?」と、慌てた様子で部屋に入ろうとするカンナシース先生の袖を掴みながら私に振り返った。何で急に椅子に固執してるのかわからなかった。
「椅子なんて別に……」
しかしルルはそう言った私に「一緒に部屋に入っておかないと、扉が閉まったらまた道が変わっちゃうかもしれないよ」と、こそっと耳打ちをしてきたのである。その可能性もあるのかと初めて気付いて、急いで滑り込むように部屋に入ったのだが……やはりと言うかカンナシース先生は私になど見向きもせずに扉を閉めようとしていた。
……ルルが気付いてくれなかったら、確実に置いていかれてたわね。
「レ、レフレクスィオーン先生~?!どこかに隠れていらっしゃるんですかぁ~?!……生徒たちが全員揃ったらこの部屋で教師としてのありがたい話を披露してやるんだと高笑いなさっていたのに、まさか緊急事態でもあったのかしら……あああ、やっぱり部屋のどこにもいないわ。いつもの偉そうな気配も消えているし……た、大変だわ……シュヴァリエ先生は大丈夫かしら……」
見るからに狼狽えているカンナシース先生が部屋の中をうろうろとしているが、さほど広くはない部屋の真ん中には少し豪華な椅子が転がっているだけで全体的にガランとしている。特に家具が置いてあるわけでもなく、この扉以外にもいくつかの扉はありはするが、とてもじゃないが人が隠れられるような場所はないように見えた。精霊魔法で隠れている場合もあるだろうが、そうだとしたら意図がわからない。
「……レフレクスィオーン先生って、やったら偉そーな先生だったよね。いっつも他の先生や成績の悪い生徒相手にふんぞり返ってて、なんかよくわかんないマウントとかとりながらニヤニヤしてるの見たことあるもーん。確か、“加護無し”のフィレンツェア様を目の敵にしてたよね。こんな、フィレンツェア様に堂々と嫌味を言えるチャンスを逃すとは思えないんだけどなぁ~。どこに行ったんだろうねぇ」
「そうね……さすがに公爵家に対して直接的に文句は言ってこなかったけれど、遠回しには色々言われていたのは知ってるわ。────ねぇ、ルルさん。……もしかして、全部知っていたの?あなたは……本当は何者なの?」
こんな状況、ゲームのストーリーの中にあるどのイベントにも見覚えが無かった。ルルがゲームの攻略方法を知っている転生者だとして、ゲームでも表現されていなかったはずの細かい事を知りすぎている気がする。ルルの行動が、なんとなく全てのパターンを最初から熟知していたかのように見えてきてしまったのだ。そして、相反する妙な違和感も。
一度そう認識してしまえば、この妙な違和感が少しづつ気になるものになってきた。……もちろん転生者のようにも思えるし、まるで“この世界を何度も創造し直した”神様のような態度のようにも見えてきてしまうのだ。だがそれすらも曖昧で、あれだけ確信を持っていたことに今更疑問ばかりが浮かんでしまう。
「…………そ、れは────」
ルルが真っ直ぐに私を見た。透き通るようなピンク色の大きな瞳に生唾を飲み込む私の顔がハッキリと映っている。はたから見ればさながらヒロインに詰め寄る悪役令嬢のシーンだろうか。
そして「あ」と思った。
これってもしかしなくてもゲームのシナリオっぽいんじゃない?と。まさしく神様が好きそうなシーンだ。やっぱりこの世界には、悪役令嬢の知らないストーリーがたくさんあるんだ。と思うと、またもやわからなくなってくる。
ヒロインは転生者なの?違うの?まさか神様の分身なんて言わないわよね?それとも、神様自身がこの世界に転生してきたとか────。
「……ううん、別に何者でもないよ。────あたしはあたしだもん。それに、こんなのは初めてだし?」
「……こんなの?」
一瞬、迷いを見せるかのように瞳が揺らいだ気がした。すぐにいつもの調子に戻ったかのように首を傾げたルルだったが、やはり何かが引っかかる。何かを誤魔化して必死に隠しているような気がしてならない。
「「でも────あ、」」
やっぱりルルは何かを隠している。どうしてもこのルルが、私の知っている“ゲームのヒロイン”と同じヒロインには思えなかった。だが、私とルルの声が同時に重なり言葉に詰まっていると、部屋の中にある別の扉が勢い良く開いたことにより全員の視線がそちらに集まってしまった。
「レフレクスィオーン先生、緊急事態で……カンナシース先生、これは……何かあったんですか?レフレクスィオーン先生は一体どこに……」
顔を出したのは疲れた様子のグラヴィスと、小さなフィレンツェアの記憶では確か王族関連の生徒を受け持つ男性の教師だった。そして、なぜかそのすぐ後ろにはジェスティード王子がいたのだ。
「あれは……」
そこにいたのは、見た目にはとことん気を使い綺羅びやかな完璧王子を装っている“いつも”とはまるで違う風貌のジェスティード王子がいたのである。
見開いた目は血走っているし瞳の焦点がぐるぐると回っていてどこにも合っていない。それに、息遣いもだいぶ荒いようだった。髪は艶を無くしてボサボサで、顔色なんて真っ青を通り越して真っ白だ。全身がビショビショに濡れているのも気になるが、何かをずっとブツブツと呟いている姿はなんだか不気味な存在に見えてくる。さらにその後ろからは複雑そうに表情を歪めているジュドーが続いていて出てきたのだが同じく全身がビショビショだった。少し遅れてから顔を出したアルバートは濡れていないし平然そうにしていたが、何か騒動があったことだけは明白であった。
なんでジェスティード王子がここにいるのか?どこから湧いてきたのかは知らないが、こちらもゲームのシナリオとは全然違うようである。
「あ、ジェスティード様だぁ~♡」
ジェスティード王子の姿が見えた途端、ルルから「きゅるん♪」と擬音が鳴った気がした。大きな瞳がうるうると潤んだと思うとピンクの髪がより一層ふわふわと揺れ出したのだ。ほんの一瞬のうちにさっきまで纏っていた雰囲気とはまるで別人のようになっていて、その早業に思わず一歩引いてしまったほどだ。
このヒロインの姿にジェスティード王子はメロメロになったわけだから、こっちが本来のヒロインの姿なのだろうけれど。
でもこれは……今だからこそ思うのだが、天然というよりは相手によって使い分けてるって感じがして、もはや職人技のようだ。結局ルルの本当の正体はわからないままだが、ただ者ではないことだけは確かだろう。私が知っている“乙女ゲームのヒロイン”そのものがここにいるわけだが、その中身が“違う”ことを私はすでに知ってしまったのだから。
ルルが「おーい」と手を振ると、それに気が付いたジェスティード王子が血走った目をさらにひん剥いて反応した。一気に焦点の合った瞳がルルの姿を捕らえると、少しだけ頬に色味が戻ったように見えた。
「ちくしょう、パーフェクトファングクローめ!裏切り者、大嫌いだ、あいつなんか、あいつなんか────あ!ル、ルル……!?ああ、ルル!ル、ルルなんだな?!あい、会いたかった……!会いたくて、ずっと探していたんだぞ……!!お、俺は……!俺は!!」
そこいらに唾を飛ばしまくり、ルルの名前を鼻息を荒くしながら連呼するジェスティード王子のその過剰な反応にルル本人は唇の端をヒクヒクと震わせて「うわぁ……ナニコレ」と苦笑いで呟いている。だが、すでに盲目になっているジェスティード王子の目には不都合な真実などは見えていないようだった。きっと自分を見て頬を赤らめて再会を喜ぶルル……そんな夢のような光景が脳裏に広がっているのだろう。
そんなジェスティード王子が、まるで餌を目の前にぶら下げられた馬のような勢いでルルに駆け寄ろうとしたがグラヴィスの腕がそれを瞬時に止めていた。
「申し訳ありませんが……今は他生徒との接近はご遠慮下さい、ジェスティード王子殿下。理由はわかっていますよね?」
グラヴィスの眼鏡がギラリと光ると、ジェスティード王子は目をギラギラと殺気立たせ鼻息は荒いままで今度は苦虫を噛み潰したような顔をしてそっぽを向いた。ギリギリと歯を食いしばっている剥き出しの歯茎
からは血が滲んでいる。
私も、もちろん小さなフィレンツェアもこんな姿のジェスティード王子は初めて見た。神様はジェスティード王子の事を「少しだけコンプレックスを持った完璧王子の設定なんだよ♪」と言っていたから余計に驚いたのかもしれない。
一体ジェスティード王子が何をやらかしたのか気にはなるが、グラヴィスがやたらピリピリしているように感じてそれを聞き出す雰囲気ではない。それにジュドーも何も言わずに大人しくしてはいるが、やはりジェスティード王子と同じく殺気立っているようにも見えた。
「あああ、シュヴァリエ先生!ご無事だったんですね?!わたし、もうどうしたらいいかわからなくて……!」
ここぞとばかりにグラヴィスに抱きつこうとしたカンナシース先生だったが、無意識なのかわざとなのかグラヴィスはそれをヒラリとかわして私とルルに怪我はないかと声をかけてくる。真っ先に生徒の心配をするところがグラヴィスらしいと言うべきか。ルルが「カンナシース先生の片想いって、実らなそうだよね」と小声で言ってきた。カンナシース先生には申し訳ないが同意してしまいそうになった。
もう一人の男性教師がよろけたカンナシース先生に心配そうに駆け寄っていたが、グラヴィスは視線すら向けない。カンナシース先生は引きつった笑みを浮かべるばかりだ。あれだけグラヴィスに心酔しているカンナシース先生だが、ルルの読み通り、恋の相手として意識はされていないようである。
「……マッカオーニ先生、カンナシース先生。この場の調査は後にして、まずは生徒たちを帰しましょう。レフレクスィオーン先生のことですから心配は無いと思いますし、まずは一刻も早くジェスティード王子殿下と守護精霊の事を陛下にお伝えしないと……」
「そうですね。特に守護精霊については……もしものことがないとも限りませんし。アレは、冗談だったで終わる話では無いと思います」
「そ、そちらでは何があったんですか?それになぜジェスティード王子殿下がご一緒に……も、もしかして彼らが王族である王子と喧嘩をしたんですか……?!それは大変ですわ!あああ、どうしましょう……」
3人の教師たち(一部勘違い)の話し合いにより、その後、私たちの話や詳しい調書は後日にまた改めて聞く事になったからとそれぞれが家や寄宿舎に帰されることになった。
だが、その日が来ることはなかったのだ。
あれから数日後、レフレクスィオーン先生が失踪し行方不明だと正式に発表された。それを聞き、あの時の事だと確信する。本人がいつも自慢気に語っていた、自分に忠誠を誓っているというレフレクスィオーン先生の守護精霊もいなくなってしまったそうだ。
それだけでも学園を騒然とさせるにはじゅうぶんな騒ぎだと言うのに、さらに隣国では守護精霊が消えてしまい“加護無し”になる人が続出していると言うのだ。
そして、この世界に厄災が降りかかっているのだと宣告された。
ある日突然、守護精霊が消えてしまい呼び掛けに応えてもらえなくなった人たちは“精霊に見捨てられた存在”として混乱のさなかに王族から“加護無し”の烙印を押されてしまった。さらに、それにより巻き起こった暴動と争いのせいで、想像を絶するような事になっているらしい。
その厄災は、もちろんこの国の王族にも降りかかっていた。
「なぁ、パーフェクトファングクロー!拗ねてないでそろそろ出てこいよ……。頼む、謝るからさぁ!」
何度も繰り返して名前を呼んでも、その声に反応する守護精霊はその場に現れなかった。それを目撃した国王は床に手をつき嘆いたという。
守護精霊との繋がりすらも感じられなくなったジェスティード王子は────あんなに嫌っていた“加護無し”と認定されてしまったのだ。それが何を意味するのかは、ジェスティード本人がよくわかっているはずだった。
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