7 / 22
執事は掃除を致します
しおりを挟む
それは、1週間ほど前の出来事でした。
あの竜人(ドラゴニュート)ハーフの王子が正式な王位継承者として発表され、竜人(ドラゴニュート)の側妃が得意気な顔で王子の横にたっていました。
もちろん国民たちは戸惑ったようですが、王妃様が認めたのならとさほど騒ぎにもなりませんでした……王妃様への信頼が厚すぎるのか国民が能天気すぎるのか、悩ましい問題ですね。
魔物である竜人(ドラゴニュート)を見た上にさらには自国の王族になったというのに、もう少し驚くなり慌てるなりするものではないのでしょうかね?
私が不思議に思っているとアイリ様が「これがモブの強制力か……」と、また謎の言葉を呟かれていました。よくわかりませんでしたが、こうゆうものだそうです。
いまだに人間とは不思議な生き物だとつくづく思いました。
まぁ、私としては騒ぎになろうがなるまいがアイリ様に被害が無ければどちらでもいいです。
しかし、あの王子のひと言でそうも言ってられない事態になってしまいました。
「りゅーたんは、わーうるふのくにをほろぼすのです!」
なんと、すでに異国に戦争宣言をしていました。さすがにこれは大問題です。
いえ、竜人(ドラゴニュート)と人狼(ワーウルフ)が勝手に戦争をするのは別に構いませんよ?問題なのは、その戦争を宣言したのがこの国の王子だと言うことです。これでは竜人(ドラゴニュート)ではなく、この国が人狼(ワーウルフ)たちと戦争することになってしまいます。
さらに……。
「わーうるふのおーじをころして、あいりをおよめさんにするです!」
アイリ様が巻き込まれることが決定してしまった瞬間です。それからが大騒ぎでした。
色々と説明が面倒なのでかいつまんで言いますと……。
王家が、乗っ取られてしまいました。
どうやらあの双子王子が脱獄した上に腹違いの弟王子と側妃を懐柔し、なにをどうやったのか王様を操っているようです。
この国の王家の警備はどうなってるんですか?そんな簡単に脱獄できるならもう兵士などいる意味ないのではないですか?
呆れる私の横でアイリ様が「こんなイベント知らないのに、どうなってるの?!バグか?!」と叫ばれました。どうやらだいぶ混乱なさっているようです。
オロオロなさるアイリ様を落ち着かせようと思い、抱き締めてから耳元にふぅっと息をかけるとなぜか鼻血を出されて気絶してしまいました。
……おとなしくなったからよしとしましょう。
今後の事を旦那様と相談するためルーベンス家に戻ると、すぐさま屋敷を竜人(ドラゴニュート)の兵隊に囲まれました。
「ソノムスメヲコチラニヒキワタセ!」
呼び鈴も鳴らさず、出迎えてもいないのに扉を壊し屋敷内に侵入し、あまつさえまだ気絶したままソファに横たわっているアイリ様に触れようとしたので思わず回し蹴りで一掃してしまいました。
数匹ほど吹っ飛び壁にめり込みましたが、旦那様が私に向かってとても良い笑顔で親指を立てて「セバスチャン、ぐっじょぶ!」とおっしゃられたので正しい対応だったようです。
それから私はアイリ様を抱き上げ屋敷の裏口から逃げました。
その際、旦那様から荷物を持たされたのですが……アイリ様の駆け落ちセットだそうです。なぜ、アイリ様が駆け落ちする前提でその荷物を旦那様が準備されてらっしゃるのでしょうか?
その期待に満ちた顔で私にウィンクしないでください。気持ち悪いです。
とりあえずそんな旦那様から荷物を受け取り裏口を出ると、ルチア様のボディーガードさんが待っておられました。
ルチア様が待っているという隠れ家に行きます。するとそこにはニコラスもいました。ニコラスが私と二人で話がしたいといい、アイリ様をルチア様に任せ別室へ連れていかれました。
そこで、我が目を疑うような事が起きました。
ニコラスが、私に頭を下げたのです。
「陰険執事……、いや、セバスチャン!どうかリリーを守ってくれ!」
「言われるまでもなく、アイリ様は守りますが……。何があったんです?」
あの犬が私に頭を下げるなど、明日は嵐ですか?
「……いいか?これから俺が言うことはお前には理解できないかもしれない。俺の頭がおかしくなったと思うかもしれない。
でも真実だ。だから、よく聞いてくれ」
いつになく真剣な眼差しのニコラスの姿に、私は静かにうなずきました。
「今起こってることは、すべてのルートをクリアした時にだけ現れるシークレットステージなんだ。
隠しキャラクターをクリアした後、ヒロイン……リリーにはある秘密があることがわかるはずだった。本当なら隠しキャラクターとヒロインがその秘密を知った上で竜人(ドラゴニュート)たちと闘って魔物と人間たちの新しい世界を作るはずだったんだけど、俺が知ってるストーリーとどんどん違ってきて、リリーの秘密も暴かれてないのに竜人(ドラゴニュート)が現れるし、色々と裏で調べてはいたんだけど異国……俺の国からも帰ってこいって連絡が来て、でもリリーの事は今は保留にするって言われて、もうどうしたらいいか……」
顔色を悪くし頭を抱えて支離滅裂になるニコラスでしだが、嘘をついてるようにはみえませんでした。しかし、私にはその意味がまったくわかりません。
「そうですね……。意味はわかりませんが、アイリ様には何か秘密があり、そのせいで竜人(ドラゴニュート)に狙われている。と言うことでよろしいですか?」
「……信じてくれるのか?」
この駄犬はなにを言っているのでしょうね?
「躾のなってない駄犬でも、飼い主であるアイリ様に関してだけは嘘はつかないでしょう?」
「……俺、リリーに飼われてんの?」
「アイリ様はお優しいですから、1度拾った犬を簡単に捨てたりしません。ただ、もしアイリ様に噛みつくようなら私がこの世から消しますが」
ニコラスの顔色がどんどん良くなり、いつもの生意気な笑みを私に向けてきました。
「……ふっ、あはははっ!
ちびコウモリに吸血鬼、人魚に人狼(ワーウルフ)。リリーのペット軍団なわけだ」
「私はペットではありません。そのペットたちの教育係です」
「俺さ、ずっと不思議だったんだ。お前が吸血鬼なのはわかってたし、リリーが呪いにかかってるのも知ってる。けどお前はエンディングを迎えたはずなのにリリーを獲物にも眷属にもしようとしない。
そもそもこのルートには呪いの存在だけで吸血鬼自体は出てこないはずなのになぜか執事になってるし、この世界は俺が知ってる世界とは違うのかって……」
ニコラスがまたよくわからない事を言い出します。
「なんの話ですか?」
「俺が、リリーに関してだけはお前を信用するって話。お前は絶対にリリーを守るだろ?」
「駄犬に言われるまでもないと言っています」
私とニコラスの視線が合い、ニコラスが次に口を開こうとした時、外が騒がしくなりました。ボディーガードさんが「竜人(ドラゴニュート)たちが来ました」と教えてくれます。
「陰険執事、リリーを連れて大国に行け!そこでリリーの秘密がわかる!」
大国とはあの縦ドリルの国ですね。
「俺が時間を稼ぐ、早く行け!リリーに、俺が愛してるのはリリーだけだよって伝えといてよ!」
私がアイリ様の元へ行こうとすると、ニコラスは私と反対側……竜人(ドラゴニュート)のいる方を見ました。
「そんなこと、自分で言いなさい」
一瞬私を見るその金色の瞳がまた生意気に光り、そのまま走り出したのでした。
その後、ルチア様に案内していただき抜け道を使って外に出ます。そして詳細は省き、とにかく大国に行く事を伝えるとルチア様も一緒に行くことになりました。
身分を隠した方が良いだろうとアイリ様とルチア様は男装され、ボディーガードさんは追手を引き付けるためにおふたりに似せた影武者を連れて別の国へ行く豪華客船に乗り込みました。
ルチア様の影武者がいるのはわかりますが、なぜアイリ様の影武者までいるのでしょうか。
ルチア様は「もしものための対策は常備しておくものですわ!」とおっしゃっていました。ちなみにアイリ様はその影武者をご覧になられて「これがご都合主義の強制力……っ」とまた謎の言葉を叫ばれて嬉しそうでした。 ……人間の世界ではそれが常識なようです。
と、そんな事情があってこの船に乗り込んだわけでございます。ちなみにアイリ様の男装用のウィッグや衣類は旦那様から渡された荷物に入っておりました。最低限の携帯食料等々色々と入っております。
小さな手提げ袋なはずなのに、なぜこんなに入っているのでしょうか?もちろん酔い止め薬も入っていましたが、船酔いをしてから飲んだからかアイリ様が薬が効きにくい体質なのか先ほどのようなことになっていたわけです。
さすがに祝福の力も船酔いには効果がなく、苦しまれておいででした。
「ルチア様、私は仕事に戻りますのでこのままアイリ様をお願いいたします」
そろそろ休憩時間が終わりますからね。仕事に遅れてまたあの不快な男に絡まれるのは嫌ですし。
「あ、でもわたくしもなにか仕事をしないと……」
「私が3人分してきます。この部屋は鍵もかかりませんし、今のアイリ様をひとりにはしておけませんので」
眠るアイリ様に視線を向け、ルチア様がうなずかれました。
「わかりましたわ。アイリちゃんのことは任せてくださいませ」
「よろしくお願いいたします」
少々嫌な予感も致しますし、早く終わらせて戻ってきましょう。
それから10分後、嫌な予感が的中します。
私が3人分の仕事をすると申し出ると、あの不快な男はニヤニヤとしながらどう考えてもその倍はありそうな仕事を私に押し付けてきました。力仕事はもちろん分厚い書類の束に永遠に続きそうな計算式……これは下働きの人間に任せていい仕事では無い気がします。極秘って書いてありますよ?
やりましたけどね。そしてそれが終わろうとした頃、アイリ様の周辺に複数の嫌な気配を感じました。
私は吸血鬼の能力を使い瞬時にアイリ様の所へ跳びます。目が紅色に戻ってしまいますが、人間には見えない速度で動くので特に問題はありません。
部屋の扉が開けられ、あの不快な男が一歩中へ足を踏み入れていました。
「へっへっへっ、おれらがかわいがっぐへぇあっ?!」
「はい、そこまでです」
その汚らわしい手をアイリ様に向かって伸ばした瞬間、脳天に踵落としを食らわせました。少しへこんだようですが、破裂しなかっただけマシでしょう。
アイリ様に汚い物をお見せするわけにはいきません。
『ぎゅい――――っっっ(この人間許せないっっっ!)』
ナイトが怒り狂って飛び出すと、床に倒れた不快な男を頭から丸飲みしました。
男装しててはバレッタがつけられないしピンキーリングも不自然なので、小さなコインの姿にしてアイリ様の服のポケットに隠れさせておいたのですが、巨大になったコインが人間を飲み込んでその形に変形しています。
「この男どもを海の藻屑にしてやりますわ……!」
さらにその横で2人の男が鞭でぐるぐる巻きにされルチア様に踏みつけられていました。
アイリ様は……まだ寝ていますね。
どうやら私に仕事を押し付けて不在の間にアイリ様とルチア様を襲おうとしていたようですね。しかしルチア様は目の前でコインが巨大化して人間を丸飲みしているのに驚いている様子もありません。
私の視線に気づいたルチア様がにっこりと微笑まれました。
「アイリちゃんが無事なら、なんでも有りですわ!」
なんでも有りだそうです。特に驚かれていないならいいことにしておきましょう。
「ナイト、それを吐き出しなさい」
『きゅぺっ!』
まだかろうじて息をしている男を吐き出させ、水差しの中身をぶっかけてやりました。
「うっ……」
男が意識を取り戻します。
「どうなさいますの?」
ルチア様から鞭で縛られた男たちも受け取り、執事スマイルでお答えしました。
「面白いものをお見せしますよ」
パチン!と指を鳴らすと、床に出来た水溜まりからゆっくりと人影が現れます。もちろん人魚です。人魚には海に潜り船の周りに待機してもらっていました。
外から竜人(ドラゴニュート)が襲ってきた場合に備えてでしたが水溜まりさえあればいつでも呼び出し可能です。
「さぁ、アイリ様を襲おうとしたのですからどんなお仕置きがいいでしょうか?」
「……そろそろお腹がすいてたのよねぇ」
人魚は魔物の方の顔でニタリと笑うと男どもを掴み、水溜まりの中へとズブズブと沈んでいきました。人魚もだいぶ怒り狂っているようですね。
普段ならこんな不味そうな人間など味見する気も起こらないでしょうに。
アイリ様が眠っていて良かったです。人魚は以前アイリ様にもう人間は食べないと約束していたようでしたから。 ……あぁ、でもそうですね。
アイリ様を襲おうとするような生き物は人間ではなく生ゴミなので掃除をしただけ……、約束を違えてはいませんよね?
ちゃぷん。
恐怖にもがきながら男どもが消えると、ルチア様がその場にペタリと座り込んでしまいました。
さすがに人魚には驚いてしまわれたでしょうか?
「あれは、人魚……。アイリちゃんは人魚も飼ってますのね、素敵ですわ!」
大丈夫みたいです。ルチア様はアイリ様が関係するととても寛容ですね。私がアイリ様を抱き上げるとナイトは即座に小さくなりポケットの中に戻ります。
「ルチア様、申し訳ありませんが私にしっかりと掴まって頂けませんか?できれば目を閉じていて頂けると助かります」
ルチア様は何も言わずに私の腰に腕を回し掴まると、目をつむりました。
「しばらくご辛抱ください」
私は吸血鬼の姿に戻ります。ルチア様になら正体をばらしてもいいような気もしますが、アイリ様以外にはあまりこの姿を見られたくないので。私とアイリ様の秘密ですからね。
メキメキと音が響き、背中から大きなコウモリの羽を出しました。この羽を出すのはだいぶ久しぶりな気がします。
そして壁を突き破り、大空へと飛び出したのでした。
あの竜人(ドラゴニュート)ハーフの王子が正式な王位継承者として発表され、竜人(ドラゴニュート)の側妃が得意気な顔で王子の横にたっていました。
もちろん国民たちは戸惑ったようですが、王妃様が認めたのならとさほど騒ぎにもなりませんでした……王妃様への信頼が厚すぎるのか国民が能天気すぎるのか、悩ましい問題ですね。
魔物である竜人(ドラゴニュート)を見た上にさらには自国の王族になったというのに、もう少し驚くなり慌てるなりするものではないのでしょうかね?
私が不思議に思っているとアイリ様が「これがモブの強制力か……」と、また謎の言葉を呟かれていました。よくわかりませんでしたが、こうゆうものだそうです。
いまだに人間とは不思議な生き物だとつくづく思いました。
まぁ、私としては騒ぎになろうがなるまいがアイリ様に被害が無ければどちらでもいいです。
しかし、あの王子のひと言でそうも言ってられない事態になってしまいました。
「りゅーたんは、わーうるふのくにをほろぼすのです!」
なんと、すでに異国に戦争宣言をしていました。さすがにこれは大問題です。
いえ、竜人(ドラゴニュート)と人狼(ワーウルフ)が勝手に戦争をするのは別に構いませんよ?問題なのは、その戦争を宣言したのがこの国の王子だと言うことです。これでは竜人(ドラゴニュート)ではなく、この国が人狼(ワーウルフ)たちと戦争することになってしまいます。
さらに……。
「わーうるふのおーじをころして、あいりをおよめさんにするです!」
アイリ様が巻き込まれることが決定してしまった瞬間です。それからが大騒ぎでした。
色々と説明が面倒なのでかいつまんで言いますと……。
王家が、乗っ取られてしまいました。
どうやらあの双子王子が脱獄した上に腹違いの弟王子と側妃を懐柔し、なにをどうやったのか王様を操っているようです。
この国の王家の警備はどうなってるんですか?そんな簡単に脱獄できるならもう兵士などいる意味ないのではないですか?
呆れる私の横でアイリ様が「こんなイベント知らないのに、どうなってるの?!バグか?!」と叫ばれました。どうやらだいぶ混乱なさっているようです。
オロオロなさるアイリ様を落ち着かせようと思い、抱き締めてから耳元にふぅっと息をかけるとなぜか鼻血を出されて気絶してしまいました。
……おとなしくなったからよしとしましょう。
今後の事を旦那様と相談するためルーベンス家に戻ると、すぐさま屋敷を竜人(ドラゴニュート)の兵隊に囲まれました。
「ソノムスメヲコチラニヒキワタセ!」
呼び鈴も鳴らさず、出迎えてもいないのに扉を壊し屋敷内に侵入し、あまつさえまだ気絶したままソファに横たわっているアイリ様に触れようとしたので思わず回し蹴りで一掃してしまいました。
数匹ほど吹っ飛び壁にめり込みましたが、旦那様が私に向かってとても良い笑顔で親指を立てて「セバスチャン、ぐっじょぶ!」とおっしゃられたので正しい対応だったようです。
それから私はアイリ様を抱き上げ屋敷の裏口から逃げました。
その際、旦那様から荷物を持たされたのですが……アイリ様の駆け落ちセットだそうです。なぜ、アイリ様が駆け落ちする前提でその荷物を旦那様が準備されてらっしゃるのでしょうか?
その期待に満ちた顔で私にウィンクしないでください。気持ち悪いです。
とりあえずそんな旦那様から荷物を受け取り裏口を出ると、ルチア様のボディーガードさんが待っておられました。
ルチア様が待っているという隠れ家に行きます。するとそこにはニコラスもいました。ニコラスが私と二人で話がしたいといい、アイリ様をルチア様に任せ別室へ連れていかれました。
そこで、我が目を疑うような事が起きました。
ニコラスが、私に頭を下げたのです。
「陰険執事……、いや、セバスチャン!どうかリリーを守ってくれ!」
「言われるまでもなく、アイリ様は守りますが……。何があったんです?」
あの犬が私に頭を下げるなど、明日は嵐ですか?
「……いいか?これから俺が言うことはお前には理解できないかもしれない。俺の頭がおかしくなったと思うかもしれない。
でも真実だ。だから、よく聞いてくれ」
いつになく真剣な眼差しのニコラスの姿に、私は静かにうなずきました。
「今起こってることは、すべてのルートをクリアした時にだけ現れるシークレットステージなんだ。
隠しキャラクターをクリアした後、ヒロイン……リリーにはある秘密があることがわかるはずだった。本当なら隠しキャラクターとヒロインがその秘密を知った上で竜人(ドラゴニュート)たちと闘って魔物と人間たちの新しい世界を作るはずだったんだけど、俺が知ってるストーリーとどんどん違ってきて、リリーの秘密も暴かれてないのに竜人(ドラゴニュート)が現れるし、色々と裏で調べてはいたんだけど異国……俺の国からも帰ってこいって連絡が来て、でもリリーの事は今は保留にするって言われて、もうどうしたらいいか……」
顔色を悪くし頭を抱えて支離滅裂になるニコラスでしだが、嘘をついてるようにはみえませんでした。しかし、私にはその意味がまったくわかりません。
「そうですね……。意味はわかりませんが、アイリ様には何か秘密があり、そのせいで竜人(ドラゴニュート)に狙われている。と言うことでよろしいですか?」
「……信じてくれるのか?」
この駄犬はなにを言っているのでしょうね?
「躾のなってない駄犬でも、飼い主であるアイリ様に関してだけは嘘はつかないでしょう?」
「……俺、リリーに飼われてんの?」
「アイリ様はお優しいですから、1度拾った犬を簡単に捨てたりしません。ただ、もしアイリ様に噛みつくようなら私がこの世から消しますが」
ニコラスの顔色がどんどん良くなり、いつもの生意気な笑みを私に向けてきました。
「……ふっ、あはははっ!
ちびコウモリに吸血鬼、人魚に人狼(ワーウルフ)。リリーのペット軍団なわけだ」
「私はペットではありません。そのペットたちの教育係です」
「俺さ、ずっと不思議だったんだ。お前が吸血鬼なのはわかってたし、リリーが呪いにかかってるのも知ってる。けどお前はエンディングを迎えたはずなのにリリーを獲物にも眷属にもしようとしない。
そもそもこのルートには呪いの存在だけで吸血鬼自体は出てこないはずなのになぜか執事になってるし、この世界は俺が知ってる世界とは違うのかって……」
ニコラスがまたよくわからない事を言い出します。
「なんの話ですか?」
「俺が、リリーに関してだけはお前を信用するって話。お前は絶対にリリーを守るだろ?」
「駄犬に言われるまでもないと言っています」
私とニコラスの視線が合い、ニコラスが次に口を開こうとした時、外が騒がしくなりました。ボディーガードさんが「竜人(ドラゴニュート)たちが来ました」と教えてくれます。
「陰険執事、リリーを連れて大国に行け!そこでリリーの秘密がわかる!」
大国とはあの縦ドリルの国ですね。
「俺が時間を稼ぐ、早く行け!リリーに、俺が愛してるのはリリーだけだよって伝えといてよ!」
私がアイリ様の元へ行こうとすると、ニコラスは私と反対側……竜人(ドラゴニュート)のいる方を見ました。
「そんなこと、自分で言いなさい」
一瞬私を見るその金色の瞳がまた生意気に光り、そのまま走り出したのでした。
その後、ルチア様に案内していただき抜け道を使って外に出ます。そして詳細は省き、とにかく大国に行く事を伝えるとルチア様も一緒に行くことになりました。
身分を隠した方が良いだろうとアイリ様とルチア様は男装され、ボディーガードさんは追手を引き付けるためにおふたりに似せた影武者を連れて別の国へ行く豪華客船に乗り込みました。
ルチア様の影武者がいるのはわかりますが、なぜアイリ様の影武者までいるのでしょうか。
ルチア様は「もしものための対策は常備しておくものですわ!」とおっしゃっていました。ちなみにアイリ様はその影武者をご覧になられて「これがご都合主義の強制力……っ」とまた謎の言葉を叫ばれて嬉しそうでした。 ……人間の世界ではそれが常識なようです。
と、そんな事情があってこの船に乗り込んだわけでございます。ちなみにアイリ様の男装用のウィッグや衣類は旦那様から渡された荷物に入っておりました。最低限の携帯食料等々色々と入っております。
小さな手提げ袋なはずなのに、なぜこんなに入っているのでしょうか?もちろん酔い止め薬も入っていましたが、船酔いをしてから飲んだからかアイリ様が薬が効きにくい体質なのか先ほどのようなことになっていたわけです。
さすがに祝福の力も船酔いには効果がなく、苦しまれておいででした。
「ルチア様、私は仕事に戻りますのでこのままアイリ様をお願いいたします」
そろそろ休憩時間が終わりますからね。仕事に遅れてまたあの不快な男に絡まれるのは嫌ですし。
「あ、でもわたくしもなにか仕事をしないと……」
「私が3人分してきます。この部屋は鍵もかかりませんし、今のアイリ様をひとりにはしておけませんので」
眠るアイリ様に視線を向け、ルチア様がうなずかれました。
「わかりましたわ。アイリちゃんのことは任せてくださいませ」
「よろしくお願いいたします」
少々嫌な予感も致しますし、早く終わらせて戻ってきましょう。
それから10分後、嫌な予感が的中します。
私が3人分の仕事をすると申し出ると、あの不快な男はニヤニヤとしながらどう考えてもその倍はありそうな仕事を私に押し付けてきました。力仕事はもちろん分厚い書類の束に永遠に続きそうな計算式……これは下働きの人間に任せていい仕事では無い気がします。極秘って書いてありますよ?
やりましたけどね。そしてそれが終わろうとした頃、アイリ様の周辺に複数の嫌な気配を感じました。
私は吸血鬼の能力を使い瞬時にアイリ様の所へ跳びます。目が紅色に戻ってしまいますが、人間には見えない速度で動くので特に問題はありません。
部屋の扉が開けられ、あの不快な男が一歩中へ足を踏み入れていました。
「へっへっへっ、おれらがかわいがっぐへぇあっ?!」
「はい、そこまでです」
その汚らわしい手をアイリ様に向かって伸ばした瞬間、脳天に踵落としを食らわせました。少しへこんだようですが、破裂しなかっただけマシでしょう。
アイリ様に汚い物をお見せするわけにはいきません。
『ぎゅい――――っっっ(この人間許せないっっっ!)』
ナイトが怒り狂って飛び出すと、床に倒れた不快な男を頭から丸飲みしました。
男装しててはバレッタがつけられないしピンキーリングも不自然なので、小さなコインの姿にしてアイリ様の服のポケットに隠れさせておいたのですが、巨大になったコインが人間を飲み込んでその形に変形しています。
「この男どもを海の藻屑にしてやりますわ……!」
さらにその横で2人の男が鞭でぐるぐる巻きにされルチア様に踏みつけられていました。
アイリ様は……まだ寝ていますね。
どうやら私に仕事を押し付けて不在の間にアイリ様とルチア様を襲おうとしていたようですね。しかしルチア様は目の前でコインが巨大化して人間を丸飲みしているのに驚いている様子もありません。
私の視線に気づいたルチア様がにっこりと微笑まれました。
「アイリちゃんが無事なら、なんでも有りですわ!」
なんでも有りだそうです。特に驚かれていないならいいことにしておきましょう。
「ナイト、それを吐き出しなさい」
『きゅぺっ!』
まだかろうじて息をしている男を吐き出させ、水差しの中身をぶっかけてやりました。
「うっ……」
男が意識を取り戻します。
「どうなさいますの?」
ルチア様から鞭で縛られた男たちも受け取り、執事スマイルでお答えしました。
「面白いものをお見せしますよ」
パチン!と指を鳴らすと、床に出来た水溜まりからゆっくりと人影が現れます。もちろん人魚です。人魚には海に潜り船の周りに待機してもらっていました。
外から竜人(ドラゴニュート)が襲ってきた場合に備えてでしたが水溜まりさえあればいつでも呼び出し可能です。
「さぁ、アイリ様を襲おうとしたのですからどんなお仕置きがいいでしょうか?」
「……そろそろお腹がすいてたのよねぇ」
人魚は魔物の方の顔でニタリと笑うと男どもを掴み、水溜まりの中へとズブズブと沈んでいきました。人魚もだいぶ怒り狂っているようですね。
普段ならこんな不味そうな人間など味見する気も起こらないでしょうに。
アイリ様が眠っていて良かったです。人魚は以前アイリ様にもう人間は食べないと約束していたようでしたから。 ……あぁ、でもそうですね。
アイリ様を襲おうとするような生き物は人間ではなく生ゴミなので掃除をしただけ……、約束を違えてはいませんよね?
ちゃぷん。
恐怖にもがきながら男どもが消えると、ルチア様がその場にペタリと座り込んでしまいました。
さすがに人魚には驚いてしまわれたでしょうか?
「あれは、人魚……。アイリちゃんは人魚も飼ってますのね、素敵ですわ!」
大丈夫みたいです。ルチア様はアイリ様が関係するととても寛容ですね。私がアイリ様を抱き上げるとナイトは即座に小さくなりポケットの中に戻ります。
「ルチア様、申し訳ありませんが私にしっかりと掴まって頂けませんか?できれば目を閉じていて頂けると助かります」
ルチア様は何も言わずに私の腰に腕を回し掴まると、目をつむりました。
「しばらくご辛抱ください」
私は吸血鬼の姿に戻ります。ルチア様になら正体をばらしてもいいような気もしますが、アイリ様以外にはあまりこの姿を見られたくないので。私とアイリ様の秘密ですからね。
メキメキと音が響き、背中から大きなコウモリの羽を出しました。この羽を出すのはだいぶ久しぶりな気がします。
そして壁を突き破り、大空へと飛び出したのでした。
5
あなたにおすすめの小説
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。
槙村まき
恋愛
スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。
それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。
挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。
そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……!
第二章以降は、11時と23時に更新予定です。
他サイトにも掲載しています。
よろしくお願いします。
25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!
なりゆきで妻になった割に大事にされている……と思ったら溺愛されてた
たぬきち25番
恋愛
男爵家の三女イリスに転生した七海は、貴族の夜会で相手を見つけることができずに女官になった。
女官として認められ、夜会を仕切る部署に配属された。
そして今回、既婚者しか入れない夜会の責任者を任せられた。
夜会当日、伯爵家のリカルドがどうしても公爵に会う必要があるので夜会会場に入れてほしいと懇願された。
だが、会場に入るためには結婚をしている必要があり……?
※本当に申し訳ないです、感想の返信できないかもしれません……
※他サイト様にも掲載始めました!
乙女ゲームのヒロインに転生したのに、ストーリーが始まる前になぜかウチの従者が全部終わらせてたんですが
侑子
恋愛
十歳の時、自分が乙女ゲームのヒロインに転生していたと気づいたアリス。幼なじみで従者のジェイドと準備をしながら、ハッピーエンドを目指してゲームスタートの魔法学園入学までの日々を過ごす。
しかし、いざ入学してみれば、攻略対象たちはなぜか皆他の令嬢たちとラブラブで、アリスの入る隙間はこれっぽっちもない。
「どうして!? 一体どうしてなの~!?」
いつの間にか従者に外堀を埋められ、乙女ゲームが始まらないようにされていたヒロインのお話。
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。
ねーさん
恋愛
あ、私、悪役令嬢だ。
クリスティナは婚約者であるアレクシス王子に近付くフローラを階段から落とそうとして、誤って自分が落ちてしまう。
気を失ったクリスティナの頭に前世で読んだ小説のストーリーが甦る。自分がその小説の悪役令嬢に転生したと気付いたクリスティナは、目が覚めた時「貴方は誰?」と咄嗟に記憶を失くしたフリをしてしまって──…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる