【完結】わがまま婚約者を断捨離したいと思います〜馬鹿な子ほど可愛いとは申しますが、我慢の限界です！〜

番外編 初恋の行方

　これは、ラース国の王太子であるアレクシスと倭国の皇女シラユキが正式に婚約してから３年過ぎた頃のことである。





「今日も疲れましたわ……」

　今日はいつものオスカー殿下と会う日だったのですが、あまりの疲労感に王城から帰ってくるなり庭の芝生にごろんと寝転がってしまいました。

　行儀が悪いとはわかっていますが、少しくらいは許して欲しいですわ。なにせここ最近は毎回顔を合わすたびにあの馬鹿な婚約者が馬鹿なことばかり言ってくるからその対応に非常に疲れるのです。

「お嬢様、お行儀が悪いですよ」

　侍女であるアンナはお茶の準備をしながら窘めてきますがこの行為を無理にやめさせようとはしません。私がどれだけ疲れているかを１番よく知っているのはアンナですからね。

「そんなにお疲れになるくらいなら、旦那様に言いつけてはどうですか？」

「そうもいかないわ……。きっと今回も数日のうちに撤回してくるでしょうし、なによりあんなくだらない理由で婚約破棄を宣言されたなんて言ってもお父様を困らせるだけよ」

　それにあの馬鹿な婚約者が多少叱られたくらいでどうにかなるなら苦労しませんわ。なによりも婚約者のちょうきょ……ゲフンゲフン、教育も私の仕事のひとつだと言われたらそれまでですもの。困ったことにあの親バ……陛下はオスカー殿下にだけ本当に激甘ですのよね。

「確かにくだらない理由でした。本日はお嬢様の召されているドレスの色がお気に召さなかったようですね」

「そうね、このドレス気に入っていたのだけれど……仕方がないからオスカー殿下のいない所で着ることにするわ」

　そう、今日は私の着ているドレスが気に入らなかったようで「それを脱いでこっちを着ないと婚約破棄するぞ！」となにやらキンキラリンのド派手なプラチナ色のドレスを投げつけてきたのです。なんの嫌がらせかと思いましたわ。

　そしてなにをトチ狂ったのか私が今着ている淡い紫色のドレスのレースを思い切り引っ張ったものですからびっくりしました。レースは千切れるしドレスは汚れるし散々です。まぁ、ルドルフが後ろ足でオスカー殿下を蹴飛ばしてくれたので気絶している間に帰ってきたのですけれど。

「それにしてもあのドレスどうしようかしら……」

　申し訳ないですがあんなド派手なドレスなんて私の趣味ではありませんわ。なにせ刺繍もプラチナ色、装飾のビーズやリボンもプラチナ色で所々にダイヤまでついてて光を反射するくらいキンキラリンでしたのよ。あれじゃ歩くミラーボールです。チカチカして目が痛いったらないですわ。なんであんな色にしたのかしら？

　まさかとは思いますが、あれを着てパーティーに参加しろなんて言わないでしょうね……。と、想像したら威張りながら言いそうだなと思ってしまい深いため息が出てしまいました。


「おや、ため息なんてついてどうしたんですか？」


　突然聞き慣れた声が耳に届き、驚いて顔をあげるとそこにはなんとハルベルト殿下がいらっしゃるではないですか。

「は、ハルベルト殿下？どうしましたの？」

　私は慌てて起き上がりドレスについた葉っぱを払いました。こんな芝生に寝転がってため息をついている姿を見られるなんて恥ずかしいですわ！

「突然申し訳ありません。実はあなたの忘れ物をお届けに来たんですが……」

「えぇっ？！」

　まさか第二王子が弟の婚約者とはいえ公爵令嬢の忘れ物を届けて下さるなんてあり得ない状況に軽くパニックになりました。だって普通なら使用人に届けさせるとか、ましてや私は定期的に王城に出向いていますからその時に渡すこともできますもの。

「も、申し訳ありません！私ったらなにを忘れて――――」

　するとハルベルト殿下は日傘を差してくれていたお付きの従者を下がらせてからあるものを差し出されたのです。

「これなんですが、どうやら壊れてしまっていて……」

　そう言って手渡されたのは私が今日つけていたはずの花飾りのついたピンブローチでした。レースを留めるためにつけていたはずですのにいつの間に取れていたのでしょうか、全然気付きませんでしたわ。

　……あぁ、たぶんオスカー殿下に引っ張られた時ですわね。留め金が曲がってますし装飾の花弁が欠けてしまっています。これではもう使えませんわね。このドレスに合わせたお気に入りでしたのに。

「こんな物にお手間を取らせてしまい申し訳ありません……。でもお気に入りのブローチでしたの。ありがとうございます」

　ハルベルト殿下からピンブローチを受け取りお礼を言うと「それで」と小さな小箱を渡されました。

「よかったら、これを受け取って下さいますか？」

「これは……？」

　促されるままに蓋をあけると、箱の中には小さなピンブローチが入っていました。真珠と銀細工を施したシンプルだけど上品な感じで、とても素敵です。

「もしかしなくても、そのピンブローチを壊したのは弟ではないですか？あれは少々元気過ぎるところがあるので婚約者のあなたにもご苦労をかけていると思いまして……。もしご迷惑でなければこれを受け取って下さい」

　オスカー殿下が会うたびに婚約破棄を宣言しては暴れていることは誰にも言っていません。シラユキ様や使用人にもお願いして口止めしていますし、婚約破棄を訴えられていることは知られていないと思いますが……もしかしたら疲れが顔に出ていたのかしら？ハルベルト殿下にご心配をおかけしてしまうなんて申し訳ないですわ。

「このような素敵な品を……ありがとうございます」

「気に入って頂けましたか？」

「はい！すごく嬉しいです！」

　思わず自然に笑みがこぼれてしまいました。ですがすぐに「あっ」と身を固くしました。ちゃんと淑女らしくお礼をしなければいけないのについはしゃいでしまうなんてはしたない子だと思われてしまったかもしれません。

「……良かったです」

　しかしハルベルト殿下は私を窘めることもせず、一瞬ホッとしたように微笑んで私の頭を優しく撫でて下さったのです。その時に灰色がかった銀髪がサラリと揺れたのを見て、このピンブローチの銀細工と同じ色で綺麗だな。と思ってしまい不覚にもドキリと胸が高鳴ってしまったのですわ。

　本当なら婚約者以外の男性からプレゼントなんて受け取ってはいけないのでしょうが、相手はオスカー殿下の兄で第二王子です。断る方が失礼ですわね。なにより、こんなに素敵な物をプレゼントされたのは初めてだったのですごく嬉しかったのですわ。

　それにしてもこんなに素敵な品物を贈られるなんて他の令嬢なら勘違いしてしまいそうですわね。でも、ハルベルト殿下はオスカー殿下のお兄様で私がこのままオスカー殿下と結婚すれば義理の兄になる方です。それにハルベルト殿下は昔から私を実の妹のように大切にしてくださってますし、これはきっと兄から妹へのプレゼントのようなものですわ。

　それに私はひとりっ子ですから、もし兄弟がいたらハルベルト殿下のような兄が欲しいとずっと思っていましたし、こんなに素敵なお兄様がいらっしゃるオスカー殿下が羨ましいと思います。


　ハルベルト殿下がお帰りになったあとも、銀細工のピンブローチを見つめていると笑みが止まりませんでした。

「第二王子殿下はさすがでございますね、素晴らしい紳士です」

　いつもオスカー殿下のわがままっぷりを見ているアンナは「同じ遺伝子を持っているとは信じられません」と、誰かに聞かれたら不敬で捕まりそうな事を堂々と口にします。いつも無表情だけどどうやら今日はかなり怒っているようね。

「同じ王族なら、ハルベルト殿下の婚約者になられたらよろしかったのではないですか？」

「アンナ、それ以上は不敬よ。私とオスカー殿下の婚約は王命だと知っているでしょう？それに、ハルベルト殿下は将来国王の補佐役となることが決まっておいでだから、公爵家に婿養子になんてこれないわ。私はひとりっ子だし、この国では直系の第一子が家を継ぐことが義務付けられているから私が婿養子を取らねば公爵家が途絶えてしまうのよ」

「お嬢様はまだ１０歳ですのに、枯れてますね」

　失礼ね、枯れてませんわ。今は潤ってます。

「いいのよ。それに、将来ハルベルト殿下が義兄になって下さるんだからそれだけで幸せなことだわ」

　アンナがため息混じりに「お嬢様がそれでよろしいのでしたら」と諦めたように呟いたのを見て心配をかけているのだなと反省しましたわ。

「……そういえばお嬢様はご存知ですか？ご令嬢たちの間では恋人や婚約者の髪や瞳と同じ色のアクセサリーやドレスを身につけるのが流行なのだそうですよ」

「まぁ、そんなことが流行っているのね。どんな意味があるのかしら？」

「なんでもその方の色を身につけることによって“あなた色に染まっています”と言う意思表示だそうです。そうやって殿方の独占欲を満たす事でお相手との仲が円満になるのだとか」

「ふーん？」

　殿方の独占欲ねぇ？そうゆうのってよくわかりませんわ。噂を聞こうにもそんな話が出来るような友達なんていませんし……。

　そんなことを考えながらアンナが淹れてくれたお茶を飲み、ハルベルト殿下にもらったピンブローチをなんとなく眺めているとオスカー殿下のせいでゴリゴリに削られた精神がちょっとだけ回復した気がしたのでした。





「……そういえば、逆に殿方が自分色の物を贈って愛を告白するっていうのもあったような……？」

　カップを片付けながらアンナがなにか思い出したように呟いたが、それはセレーネの耳には届かなかった。






＊＊＊




　その後、なにかと理由をつけてはハルベルトがセレーネの屋敷に顔を出すようになりいつの間にかふたりはお茶会をするのが当たり前になっていった。

　ハルベルトの体質を知り夏場などはお茶会の場所を庭から屋敷内へと変えたりするがふたりに怪しい噂が流れることはなかった。それはハルベルトがセレーネの名前を呼び捨てにするようなことはないし甘い雰囲気になることも決してなく、あくまでも和やかにお茶をするだけの関係が続いているからである。その話の内容も勉強のことや新しい流通のこと、時にはオスカーのこと。色恋のことなど欠片も話題には出ないのはすべての使用人が証言している。そしていつしかふたりはお互いになんでも相談出来る仲になっていった。

　ハルベルトの誰にも言えない秘め事以外は。

　そして年頃に成長すると、友達とまではいかなくてもそれなりに仲の良い令嬢たちと話すことが増えたセレーネは、そこでコイバナに巻き込まれ初恋について学習する機会が訪れたのだが……。

　あの時のトキメキがもしかしたら自分の初恋だったのだろうと結論は出たが、それを表に出すことはまったく無く誰にも言わずに思い出として心の奥に閉まうことにした。まさか未来の義兄に懸想していたかもなんて言えるはずもないからだ。それに、兄と言う存在に憧れていたから余計にハルベルトにそんな感情を重ねてしまったのだろうと考えたのだ。こんなことだからセレーネは枯れている、なんて侍女に言われるのである。



　オスカーがやらかして、セレーネが我慢の限界を迎えるのはこれからもう少しあとのこと。




　あの銀細工のピンブローチは、セレーネの部屋の宝箱の中に今も大切に保管されている。