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2:初めての展開
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『よし。ならば娘よ、参ろうか……』
「えっ……?」
返事をする間もなく、私の体は闇色のマントにふわりと包まれた。
そのマントの中では不思議な浮遊感があり、まるで壊れ物でも扱うかのようにそっと抱き締めてくる腕と……知らないはずなのに、なぜか懐かしいと感じる匂いが私を待ち構えていたのである。
しかし、同時に怖いとも感じてしまった。その匂いを感じた途端に頭の中に痛みが走った。それは私にとっての“危険信号”だと何かが訴えている気がして────私は思わず目を固く閉じたのだった。
***
『着いたぞ』
くぐもった声がすぐそばで聞こえたかと思うと、いつの間にかマントから解放されていたようで、周りが明るくなったと感じた。
「ここは……?」
ゆっくりと目を開いて周りを見渡すと、私はさっきとは全然違う場所にいたのである。石の壁に囲まれた円形のこの部屋は、いつも遠くから眺めていたあの塔の中なのだろうかと、ぼんやりと考えていた。
どうにも初めての展開で頭がついていかない。まさか、こんな風にあの断罪の場を生き延びる事が出来るなんて思いもしなかったのだ。しかもあまりにも想定外の方法で……。
『……ここは我の研究所────森の奥にある塔だ』
“やっぱり”。と思いながら魔導士様の姿を見つめる。なぜか“怖い”と感じてしまったが今はそんな気持ちも消えていた。あれは気の所為だったのだろうか。
それに、本当なら今頃はあの剣で心臓を貫かれていたはずだ。何度繰り返したとしても決して慣れるような痛みではない。その感覚を思い出して、魔導士様に感じたモノとは別の意味でゾッとしてしまい……ポロリと涙が溢れた。
『……どうした、顔色が悪いぞ。やはり婚約破棄されたのがショックだったのか?』
「えっ……いえ、それは大丈夫ですので……!」
私は慌てて頭を横に振って袖で涙を拭った。決して“大丈夫”ではなかったが、この涙の本当の意味なんて言えるわけがない。いくら魔導士様でも信じてくれるはずがないと思ったからだ。だって、私本人ですらなぜなのか分かっていないのだから。
────私があの断罪で命を奪われては過去へ戻るというループを繰り返していて、この世界が10回目の人生だなんて────。
私は改めて魔導士様に頭を下げた。
「魔導士様……、先ほどは助けていただいてありがとうございました。でも、なぜ……?」
助けてもらったことにお礼を言ったものの、面識のない自分をわざわざ助けてくれた理由がわからず首を傾げてしまう。魔導士様と言えば雲の上の存在だ。いくら殿下の婚約者だったとはいえ、雑草令嬢なんて揶揄される私を助けるメリットなんてないはずだ。
『それは……っ』
すると魔導士様の黒マントが激しく揺れ、……『そんなの、決まっているだろう』とつぶやいたのだ。
何か変なことを聞いてしまったのだろうか?と、ふと殿下と魔導士様の会話を思い出した。そういえば、どうせ平民として捨てるなら有効活用してやるとかなんとかおっしゃっていたような……?
「決まっているって……あっ!もしかして新しい魔法薬の開発の人体実験に私を……?か、解剖されるとか?」
『なっ!?そんな恐ろしいことするか!じょ、……助手だ!そう、助手!お前、確か学園でも成績トップクラスだったろ!薬草学に詳しかったよな?!わ、我の今後の研究の為にも人手が欲しくてだな!もう平民なのだし助手として雇ってやろうと思っただけだ!』
なんだ、よかった。いくら助けてもらってもさすがに解剖されるのはお断りするところだった。だって……どんな方法にせよ、せっかく生き延びたのだから、どうせなら私の目的を果たしたいと思ったのだ。
それにハッキリとはわからないが、魔導士様の研究のお手伝いが出来るのならば願ったり叶ったりだとも思う気持ちがある。
……ん?はて?
「なぜ、私の学園での成績をご存知なのですか?魔導士様は学園とは関わりがないのに……しかも薬草学はマイナーな授業であまり生徒には人気が無いのですが……」
特に殿下は薬草ばかりいじっている私のことをずっと馬鹿にしていた。雑草など学んでなんの役に立つのかと……そのくせテストの点数で私に負けると「生意気だ」とか「俺を馬鹿にしている」などと難癖をつけてきていたのだ。殿下がそんな態度だったから、殿下の取り巻きからも「雑草令嬢」なんて馬鹿にされていたのである。それでも、私にはどうしても必要な科目だったのだけれど。
そんなことを思い出しながら魔導士様を見ると、魔導士様はマントで覆われた顔をぷいと横に向ける。
『そ、そんなの……我が魔導士だからだ!』
表情はわからないが、なんだかそれが拗ねたように感じてしまった。魔導士様はずっと謎めいた人物だったが、やはり謎だらけだ。それでも私を助けてくれて、“雑草令嬢”だと馬鹿にしない唯一の人でもある。だから、なんとなくだけれど……信じられる気がしたのだ。
「よくわかりませんが、わかりました。どのみち公爵家からも縁を切られて行く当てのない身でございます。私などでよろしければ、ふつつかものではございますがよろしくお願いいたします」
その場に正座をして三つ指をついてから深々と頭を下げると、今度は魔導士様から「ぼんっ」と謎の破裂音が聞こえる。
「???」
驚いて頭を上げて視線を向けると、魔導士様はマントの中で謎にジタバタと両手足を動かしていた。
『なんか、それじゃ、よm……。ん゙ん゙っ!いや、な、なんでもない。とにかく、これからはこの塔に住み込みで働いてもらうからな!下の階に部屋を用意してあるから、今日のところはゆっくり休むがいい』
魔導士様の言葉に私はにっこりと笑みを浮かべた。
「御心遣いありがとうございます。これからお役に立てるように頑張りますね!」
『……ああ、期待している』
私の笑みを見て、魔導士様のくぐもった声が低くなった気がした。この張り付けたような笑みが嘘くさいとバレたのかもしれない。しかし、助手として頑張ろうと思っているのは本当だ。それは、“魔導士様の助手”という立場が利用出来ると打算したからだった。それにきっと、魔導士様だってただの親切で私を助けたわけではないだろう。解剖はされないにしても、私を利用する何かがあるに決まっている。だってこれまでのループで私に何かしてくれた人はみんなそうだったから。
信じられる気がすると言いながら、私も魔導士様を利用しようとしているのだ。だから魔導士様が私をどう利用しようと文句を言うつもりはない。それに、動揺はしたが、これまでになかった初めての展開だからこそ、もしかしたら……。そう考えることにした。
そうでもしないと、理由もわからずこんな世界を10回も繰り返し続ける私の心が壊れてしまいそうな気がしたから────。
だから、気づかなかった。魔導士様がマントの奥で瞳を光らせて、私を見つめていた事に。
『……やっぱり、覚えていないのか』と、つぶやいたことに。
「えっ……?」
返事をする間もなく、私の体は闇色のマントにふわりと包まれた。
そのマントの中では不思議な浮遊感があり、まるで壊れ物でも扱うかのようにそっと抱き締めてくる腕と……知らないはずなのに、なぜか懐かしいと感じる匂いが私を待ち構えていたのである。
しかし、同時に怖いとも感じてしまった。その匂いを感じた途端に頭の中に痛みが走った。それは私にとっての“危険信号”だと何かが訴えている気がして────私は思わず目を固く閉じたのだった。
***
『着いたぞ』
くぐもった声がすぐそばで聞こえたかと思うと、いつの間にかマントから解放されていたようで、周りが明るくなったと感じた。
「ここは……?」
ゆっくりと目を開いて周りを見渡すと、私はさっきとは全然違う場所にいたのである。石の壁に囲まれた円形のこの部屋は、いつも遠くから眺めていたあの塔の中なのだろうかと、ぼんやりと考えていた。
どうにも初めての展開で頭がついていかない。まさか、こんな風にあの断罪の場を生き延びる事が出来るなんて思いもしなかったのだ。しかもあまりにも想定外の方法で……。
『……ここは我の研究所────森の奥にある塔だ』
“やっぱり”。と思いながら魔導士様の姿を見つめる。なぜか“怖い”と感じてしまったが今はそんな気持ちも消えていた。あれは気の所為だったのだろうか。
それに、本当なら今頃はあの剣で心臓を貫かれていたはずだ。何度繰り返したとしても決して慣れるような痛みではない。その感覚を思い出して、魔導士様に感じたモノとは別の意味でゾッとしてしまい……ポロリと涙が溢れた。
『……どうした、顔色が悪いぞ。やはり婚約破棄されたのがショックだったのか?』
「えっ……いえ、それは大丈夫ですので……!」
私は慌てて頭を横に振って袖で涙を拭った。決して“大丈夫”ではなかったが、この涙の本当の意味なんて言えるわけがない。いくら魔導士様でも信じてくれるはずがないと思ったからだ。だって、私本人ですらなぜなのか分かっていないのだから。
────私があの断罪で命を奪われては過去へ戻るというループを繰り返していて、この世界が10回目の人生だなんて────。
私は改めて魔導士様に頭を下げた。
「魔導士様……、先ほどは助けていただいてありがとうございました。でも、なぜ……?」
助けてもらったことにお礼を言ったものの、面識のない自分をわざわざ助けてくれた理由がわからず首を傾げてしまう。魔導士様と言えば雲の上の存在だ。いくら殿下の婚約者だったとはいえ、雑草令嬢なんて揶揄される私を助けるメリットなんてないはずだ。
『それは……っ』
すると魔導士様の黒マントが激しく揺れ、……『そんなの、決まっているだろう』とつぶやいたのだ。
何か変なことを聞いてしまったのだろうか?と、ふと殿下と魔導士様の会話を思い出した。そういえば、どうせ平民として捨てるなら有効活用してやるとかなんとかおっしゃっていたような……?
「決まっているって……あっ!もしかして新しい魔法薬の開発の人体実験に私を……?か、解剖されるとか?」
『なっ!?そんな恐ろしいことするか!じょ、……助手だ!そう、助手!お前、確か学園でも成績トップクラスだったろ!薬草学に詳しかったよな?!わ、我の今後の研究の為にも人手が欲しくてだな!もう平民なのだし助手として雇ってやろうと思っただけだ!』
なんだ、よかった。いくら助けてもらってもさすがに解剖されるのはお断りするところだった。だって……どんな方法にせよ、せっかく生き延びたのだから、どうせなら私の目的を果たしたいと思ったのだ。
それにハッキリとはわからないが、魔導士様の研究のお手伝いが出来るのならば願ったり叶ったりだとも思う気持ちがある。
……ん?はて?
「なぜ、私の学園での成績をご存知なのですか?魔導士様は学園とは関わりがないのに……しかも薬草学はマイナーな授業であまり生徒には人気が無いのですが……」
特に殿下は薬草ばかりいじっている私のことをずっと馬鹿にしていた。雑草など学んでなんの役に立つのかと……そのくせテストの点数で私に負けると「生意気だ」とか「俺を馬鹿にしている」などと難癖をつけてきていたのだ。殿下がそんな態度だったから、殿下の取り巻きからも「雑草令嬢」なんて馬鹿にされていたのである。それでも、私にはどうしても必要な科目だったのだけれど。
そんなことを思い出しながら魔導士様を見ると、魔導士様はマントで覆われた顔をぷいと横に向ける。
『そ、そんなの……我が魔導士だからだ!』
表情はわからないが、なんだかそれが拗ねたように感じてしまった。魔導士様はずっと謎めいた人物だったが、やはり謎だらけだ。それでも私を助けてくれて、“雑草令嬢”だと馬鹿にしない唯一の人でもある。だから、なんとなくだけれど……信じられる気がしたのだ。
「よくわかりませんが、わかりました。どのみち公爵家からも縁を切られて行く当てのない身でございます。私などでよろしければ、ふつつかものではございますがよろしくお願いいたします」
その場に正座をして三つ指をついてから深々と頭を下げると、今度は魔導士様から「ぼんっ」と謎の破裂音が聞こえる。
「???」
驚いて頭を上げて視線を向けると、魔導士様はマントの中で謎にジタバタと両手足を動かしていた。
『なんか、それじゃ、よm……。ん゙ん゙っ!いや、な、なんでもない。とにかく、これからはこの塔に住み込みで働いてもらうからな!下の階に部屋を用意してあるから、今日のところはゆっくり休むがいい』
魔導士様の言葉に私はにっこりと笑みを浮かべた。
「御心遣いありがとうございます。これからお役に立てるように頑張りますね!」
『……ああ、期待している』
私の笑みを見て、魔導士様のくぐもった声が低くなった気がした。この張り付けたような笑みが嘘くさいとバレたのかもしれない。しかし、助手として頑張ろうと思っているのは本当だ。それは、“魔導士様の助手”という立場が利用出来ると打算したからだった。それにきっと、魔導士様だってただの親切で私を助けたわけではないだろう。解剖はされないにしても、私を利用する何かがあるに決まっている。だってこれまでのループで私に何かしてくれた人はみんなそうだったから。
信じられる気がすると言いながら、私も魔導士様を利用しようとしているのだ。だから魔導士様が私をどう利用しようと文句を言うつもりはない。それに、動揺はしたが、これまでになかった初めての展開だからこそ、もしかしたら……。そう考えることにした。
そうでもしないと、理由もわからずこんな世界を10回も繰り返し続ける私の心が壊れてしまいそうな気がしたから────。
だから、気づかなかった。魔導士様がマントの奥で瞳を光らせて、私を見つめていた事に。
『……やっぱり、覚えていないのか』と、つぶやいたことに。
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