幻想世界のセラピスト ~言の音の呪いと聖賢の乙女~

鈴片ひかり

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サマリー1 音無光平

フィーネ

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 その人はまるで天使か天女のようにしか思えなかった。幻想世界だからこその神秘的存在なのだろうかと。

手に杖を持ち、治療院の制服を着ているが光を放つかのような煌めくストレートロングに、ストロベリーブロンドの髪が森を抜けるそよ風に優しく揺れている。

大きく愛嬌たっぷりの目とその瞳はエメラルドブルーに煌めいていた。

年のころは17前後だろう。あまりの美しさ、可憐さに思わず見惚れていた。

 あえて音無光平の弁護をする気もないが、彼の性的嗜好は大人の甘えさせてくる優しいお姉さんタイプ(おっぱいの大きな)が好みである。

ロリ系にはまったく関心がないが、この少女の美貌はそういったものを超越しているとしか思えない。

「あっもしたして、治療院にあたらしとぅちた人ですた?」

「え? えっとうん、音無光平っていいます」

思わずお辞儀をすると、光平のような冴えないおっさんに対しても丁寧に返礼してくれたのだ。

いい子だな。他の治療院スタッフの中には光平をお荷物のゴミ扱いしている者もいるため、こういう丁寧な対応は精神に優しい。

 だが光平の鍛えられた耳が、この少女の発音にかなりの違和感を感じとっていた。

「おとなし とうへいさんですね」

 やはり…… カ行がタ行に入れ替わっている、置換としか思えない。

 そう、さきほどの会話は誤字ではなく、彼女の発音がそうであったということだ。

カ行→タ行への置換がある子は必然的に ガ行がダ行への入れ替わりが生じる。

例を挙げるならば、げんき を でんち と言ったり、からす が たらす となったりする。

「わたしは、フィーネ・アリスティア と申します」

ほう、K音が混ざっていない挨拶を選んだな、頭の回転が速い子のようだ。

「今何をしていたんですか? 魔法の詠唱?」

「はい、えっと私、ととの音の呪いで魔法だつたえなつなっちゃったんです」

光平のプロとして蓄積された経験が、この状況をほぼ強制的に分析し始めている。

じっと見つめる光平の視線を受け、フィーネはやや頬を染めながら戸惑いつつあった。

 尋問官との会話、治療院スタッフや入院患者とのやりとりにより、日本語がそのまま使える世界であるというのは何ともご都合主義だと呆れていた。

だが謎の幼女の言い分といい、もしかしたらこういう世界だからこそ自分が呼ばれたのか?

フィーネが言いたかったのは、”ととの音の呪い” ではなく ”言(こと)の音の呪い” だろう。

 言の音。つまり……言語発達上獲得した構音が16,7歳の年齢で再び喪失したということになる。

 ならばそれは脳血管障害後遺症に伴う、失認(しつにん)や失行(しっこう)という中枢系、高次脳機能障害(こうじのうきのうしょうがい)の可能性、つまり脳の損傷で起こりうる様々な症状を調べる必要があるということだ。

「えっと、話を整理すると、君は以前は出来た魔法詠唱が出来なくなり魔法が使えなくなった。その原因は言の音の呪いということでいいのかい?」
「は、はい! そのとおりです!」

 中枢系の問題であればまた違ったアプローチになるであろうが、この世界特有の伝染性疾患の可能性もある。

少し調べてみるか……いや、調べる必然を感じる。こう胸の奥を掻きむしるような動かねばならないと思える衝動とも言うべきで使命感だった。

「フィーネさんは毎日ここで魔法詠唱の練習をしてるの?」

「はい、やっぱり魔法をつたっておおつの人をたすてたいんです」

諦めない真っすぐな瞳に思わず、吸い込まれそうだった。

問診をしてみると彼女から聞き出せたのは、頭を強く打ったり気絶するような出来事はなかったという。頭痛も特に経験がないらしい。
手足の痺れや言葉が思い出せないという症状もないという。
ということは脳血管障害や頭部外傷、硬膜下血腫は(こうまくかけっしゅ)考えにくい。

家族歴を調べても、内臓疾患を持つ親類がいるぐらいで気になる既往歴もない。

 光平はすぐに治療院の資料室へ走った。フィーネに起きた症状を引き起こす特殊疾患や魔法系に影響を与える感染症など、原因疾患を探るためである。

脳機能関連の書物を引っ張りだすと、廊下の掃除担当であったのを見事に忘れて調べものに没頭した。

 フィーネという少女を助けたい、もしかしたら自分に出来ることがあるのではないか?

まだ初心の頃の思いが蘇ったような気恥しさと、一方的な使命感が光平を突き動かした。

無気力に死にたがっていた心の器に、何か熱いものが注がれていく感覚。

調べれば調べるほどすごいと思った。

 この世界の魔法は、いわゆる脳血管障害で生じた脳の損傷さえも回復させてしまうという。

現代医学では損傷した脳細胞の回復手段はないに等しい。IPS細胞による再生医療の可能性が将来的にあるかもしれないが……血流回復や新たな経路を活性化させるという手段による回復を狙うケースがほとんどである。

 そして発音に関する疾患としては、舌癌や外傷性の神経切断なども考えられたが、治癒魔法は神経系までも再生接続させる機能があるようだ。

フィーネがこれらの治癒魔法を受けていないことのほうが考えいにくいし、あれほどの自主練をしているのであれば、脳細胞の損傷で起こりうる失認系の発音障害であるとしても改善の可能性は高い。

 怒られたついでに治療院のスタッフに聞いてみると……

「フィーネちゃんね、まさか数百年に一度の天才、聖賢の乙女 とまで称されたあの子が言の音の呪いにかかるなんて。魔導学院関係者や軍関係者もかなり落胆したって聞いたよ」

「せいけんのおとめ?」

「なんだいそんなことも知らないのかい。神聖魔法である治癒魔法を扱える人は精霊魔法や召喚魔法を扱えない、また逆もしかりなのよ。ところがフィーネちゃんは両方扱えちゃったのね」

「それが数百年に一度ってことか、だからあんなに練習をしていたんですね」

それほどの才能の持ち主であっても、腐らずに自主訓練を続ける姿が目の奥に焼き付き胸を抉る。

「そうよ。魔導学院を退学処分になっても、誰かの役に立ちたいからって治療院でそれはもうみんなが嫌がる仕事までがんばっていてね、その合間にもう半年ほど毎日ああやって練習を欠かさないのよ」

 がんばり屋なのか、仕事ぶりの評判もかなり良かった。治療院のスタッフたちは不憫すぎると、かなり気の毒に思っているらしい。
それでもバカにしていじめる職員も数名いるらしいが、どこにでもクズは存在するってことだと光平の胸の奥がずんと重くなった。

 よし、自分に出来ることがあるはずだ。その思いを強くした光平は森の中で練習中のフィーネの元へ急いだ。


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