幻想世界のセラピスト ~言の音の呪いと聖賢の乙女~

鈴片ひかり

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サマリー8 ダドゥンガース

緊急招集

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 そんなある日の早朝、いつものようにラジオ体操モドキで体をほぐしていた光平とそれに付き合っているフィーネの二人だったが、坂道を駆けあがる馬の蹄の音に何事かと顔を見合わせていた。

騎士ではなく身軽な軽装備姿で、光平とフィーネを視認すると慣れた身のこなしで馬を飛び降りすぐに駆け寄って来た。

「黒髪の解呪士 音無光平殿と、聖賢の乙女 フィーネ・アリスティア様でありましょうか?」

連絡員は良く通る声で馬から飛び降りると、そのまま跪き二人の返答を待った。

「えっと、僕は音無光平、本人です」

「フィーネ・アリスティアは私です。王国軍 参謀本部の方とお見受けいたしました」

「はい、王国軍参謀本部と王立魔導研究所からお二方をすぐにお連れするよう命を受けました。すぐに迎えの馬車が来ますのでお仕度を。普段着でもかまわぬとのことです」

「……先生、これは向かうべきと思います。すぐに準備をいたしますね」

「うん、僕もさすがに部屋着じゃまずいから着替えてくるよ。えっとお勤めありがとうございます」

「お噂通り腰が低いのですね、威張り散らす人ばかりなのでなんとなくほっとしました、では!」
いったい何事だろう。

二人は急ぎ身支度を済ませ迎えを待つことにしたが、フィーネの衣服があまりに凛々しかったので光平はしばし視線を外すことができなくなっていた。

いわゆるセーラー服に近い魔導ローブでストロベリーブロンドの髪に気品のあるサークレットとスリットの入ったロングブリーツスカート、それに装飾の入った金属プレートがおしゃれなブーツを履いている。手には宝石があしらわれた特注の中型杖を持ちその表情は凛々しく可憐で周囲の空気がピリピリと震えているようにさえ感じた。

 光平といえば、ルビナに複製魔法と服飾魔法で作ってもらった紺のトレーナーとデニムジーンズ、それにスニーカーという、なんとも庶民臭さが漂うおっさんスタイルだ。

「フィーネさんすごく似合っていて素敵です」

「え、そ、そうですか。えっとうれしいです」

「まるで戦闘用のローブみたいですね」

フィーネの表情が強張っていく。

「先生、この装備なのですがアリスティア家に伝わる魔導戦闘用の戦装束であり、女魔導師が身に着ける礼服でもあるのです。今回はかなり事態が深刻と、馬車が来たようです」

軍が手配した馬車に乗り込むと、市中鐘を鳴らしながら突っ走り王城に入っていく。

いつも見ているあの白亜の城にようやく入れるのか、とドキドキしていたが周囲の空気があまりにも緊張し張り詰めていることに軽く足が震えている。

 そっとフィーネが手を握ってくれてようやく落ち着くが、武装した兵や騎士、仰々しいローブを身に着けた魔導師たちが集まっていったのは城一階にある大会議室であった。

どうしたものかと大理石の柱の後ろで様子をうかがっていると、あのキースがいつもは見せない面持ちで声をかけてきた。

「いいか二人とも、今回の会議の主役はおっさんとフィーネ様になる。くれぐれも安易な発言はしないでくださいね」

「主役って」と言い返した時にはもう、キースは人混みの渦に飲み込まれ姿を追いきれない。

「先生、キースの言葉を信じるなら、言の音の呪いに関わる一大事なのかもしれません」

今回の招集がただの慣例や慣習的なものではなく、緊急性の高いものだと光平でもそう思えた理由は、到着後わずか4、5分で大会議室に集まるよう命じられたが、入室の順番や席次を省略したものであったからだ。

しかも一部の出席者たちは会議室中央の椅子への着席を促されている。

 ただ事じゃないという雰囲気が出席者の表情筋の緊張を引き上げており、皆の服装もチェニックや気安いフードローブなど様々でトレーナー姿の光平でも浮いていないという状況になっていた。

 すぐに中央で声を張り上げたのは、初老で迫力のある白髪と髭の持ち主だ。

「こたびの緊急招集に集まっていただき感謝する。もったいぶらずに単刀直入に申し上げる! 

我がラングワースに滅亡の危機が迫っている、その名は 【 ダドゥンガース 】 !」

会場が呻きと悲鳴に包まれる。貴族女性の数名が気絶し近くの人に支えられているほどだ。

もちろん光平だけは理解できず見まわしているとフィーネが青い顔で震え始め、肩にしがみつき手を握って来た。

フィーネの取り乱し方に、光平は伝説の悪魔とか魔王とかそういったものが復活したのかと想像していたが、事態は想像もしない方向に進んでいく。

「四日ほど前のこと、ラングワース近郊の小麦農場で働く農夫がある一本の黒い穂を発見した。その穂は触れること叶わず、影のように小麦の中に生え、黒い霧のようなものを振りまきながら徐々に広がっている。周辺の麦を急ぎ刈り取り拡散を防いで入るが、いつまでもつか、というのが現状である」

あの迫力白髪の老人はロッドウェル将軍で、追放処分を受けた宮廷魔術師フォーベルたちは姿を見せず後任のまだ30代後半のスペンサーが出席していた。

「しかし! 我らの国はこの日に備え大地母神神殿のある巫女の一族が、ダドゥンガースを祓う呪文を受け継いでいるのだ!」

『『『うおおおおおおお!』』』

希望が見えたことに人々は歓声を上げ喜び抱き合い、拍手が響き渡る。

「待て待たれよ! だがそう簡単なことではないのだ、大地母神神殿の前特級治療師イルミスがその巫女の指導を行ってきたのだが、つい先日のこと祓いの巫女が言の音の呪いに罹ってかかっていることが判明した」

そういうことか、妙に納得した光平ではあったがイルミスという名が出たことに悪い予感がこみ上げてくる。
フィーネも同じ思いであり、渋い表情でその美貌を曇らせている。

「大地母神は我等を見捨ててはいない! 皆も噂を耳にしたことがあろう! 言の音の呪いに罹った聖賢の乙女を呪いから解放させ、内密にしてはいたが第三王子レインド殿下も言の音の呪いに罹ってしまい、それを解呪された方があそこにおられる、黒髪の解呪士 オトナシコウヘイ殿だ!」

希望が繋がったことが分かり一瞬喜びかけるも、光平のあまりの普通っぷりに皆が喜んだ拳をどう降ろそうか悩んでいるという微妙な空気が広がった。

「音無殿は我が騎士団所属で今回の剣術大会優勝者クライグにかかった呪いも解いてくれた恩人である、私が保証しよう彼は本物であると」

フィーネが耳元でこしょこしょっと教えてくれたのが、クライグの上司にあたる騎士団長ファルベリオスだという。何かにつけて便宜を図ってくれている、影の支援者とも言える人だ。

「これから我等は一致団結しダドゥンガースから国を国土を、民を守らねばならぬ、収穫までがタイムリミットになる、必ずや皆で乗り切ろうぞ!」

『『おおおお!』』

床を揺らすような気合の入った声が響き渡るが、光平にとっては分からないことだらけだ。

どこからともなく現れたキースが二人を誘導し、城内の別室へと引っ張ってくる。



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