幻想世界のセラピスト ~言の音の呪いと聖賢の乙女~

鈴片ひかり

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サマリー8 ダドゥンガース

DAF

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 側音化構音とは一般人では認識しにくい側方偏移音であり、アナウンサーが側音化しているケースも多々みられる。声優でも側音化している場合もあり様々なキャラを演じ抜くための個性として見られている場合がほとんどである。

「先生、具体的にはどのようなアプローチと手続きで側音化構音の訓練をなさるのですか?」

「お皿舌の状態で へー ふー ひー という音を何度も練習。ここで真っすぐ呼気が出ることを意識してもらいできるようになったら、へーひー から各行の子音と組み合わせていくんだ」

「なぜ ハ行からなのでしょうか?」

「ハ行はため息に似たリラックスしやすい構音なので、導入として使いやすいんだ。しかも正中を意識しやすいからね」

「す、すごい! とても緻密で計算された方法なのですね」

「まるで自分が考えたように披露してるけど、僕も学校とか先輩たちが積み上げ研鑽してきたものを教わってきているので」

「だとしてもそれを自分の技術にしているところがすごいです。自分が担当してみて思い知らされました、先生が放つタイミングと指示と褒める言葉のチョイスや抑揚の付け方、どれをとっても自分がどれだけ未熟だって」

「すごいなあそこまで分かってるのかぁ、大丈夫ですフィーネさんは僕が足元にも及ばないぐらいのセラピストになりますから」

「ありえません!」





「「 エルグリンデに光を! 」」

気合いの入った号令と共に入室してきたのはアルシャークの副官ディオルであった。

「アルシャーク様、第三王子レインドが言の音の呪いから解呪された一連の流れについての報告でございます」

書類の束を見ていたアルシャークは、その色素の薄い冷たそうな瞳でくすんだ金髪の副官を一瞥した。

「報告するまでもない。あの忌々しいフィーネ・アリスティアと黒髪の解呪士の仕業であろう、それよりもダドゥンガースの一件だが
な、黒髪の解呪士に対して行った邪神像を用いた呪いの儀式が原因だと私は睨んでいるが、実行者からの報告が上がっておらんようだ」

「し、失礼しました。その件なのですが、委員会の了解も得ぬままに黒髪の解呪士に対して最大規模の呪いをかけようとしたようです。しかしなぜか儀式は失敗し呪者たちは魔物化、呪いの本体たる黒い霧が首都近郊小麦畑の方角へ飛び去ったと、いうことのようです」

書類を乱雑にテーブルへ叩きつけたアルシャークは、すっと立ち上がると愛用の杖を手に取りディオルへ向け言い放った。

「最初の暗殺失敗時、呪文をかけたが効果なく仕方なく剣で襲ったという報告がある。

そもそもこの事実を軽んじたバカどものせいで計画が台無しだ」

「どういうことなのでしょう」

「奴には治癒呪文が効かないという情報がある。もしかしたら稀人には魔法全般が効かぬのかもしれん」

「まさか!?」

「ディオル! 次にやるべきことは分かっていような!?」

「はっ! 証拠を隠滅し最終局面に備えます!」

「フォーベルやトランバルスは既に呪いの儀式で触媒にされたのだろう?」

「はい、触媒として生贄にされた時に魔物化し黒焦げにされたそうです。巫女の保護を怠り調教するという愚行を犯したバカも始末しておきます」

「支配する国が無くなっては元も子もないというのに愚か者共め」

 アルシャークは塔の窓からラングワースの王都を睨みつけている。

「忌々しいフィーネ・アリスティアめ! 魔導学院と王国軍特務魔法兵団エルグリンデとの演習にて受けた屈辱は絶対に忘れん!」
渦巻く灰褐色の魔力放射が周囲の置物や家具を凍らせていく。

「ダドゥンガースから王国を救う手柄はくれてやる。だが、ラングワースを支配するのは我々エルグリンデだ。待っているがいい」







 ラングワース王国騎士団 団長のファルベリオスの元には王都周辺で魔物の発生が相次いでいるとの報告が毎日のように飛び込んできた。

冒険者ギルドにも協力を依頼し魔物討伐を行っているが、近隣では見かけない大型種やオークという豚人間のような狂暴な妖人種の群れが現れ騎士団もその対応に追われていた。

 そのため捕縛対象になっていた特級治療師イルミスやトランバルスらの所在が未だつかめず、人員不足により後手に回っている感が否めなかった。

小麦の収穫が大幅に減少するのではという噂から物価が高騰し、人々の不安が広がりつつある。
 

 キョウは段々とお話しをしてくれるようになり、神殿に来る前のことを教えてくれた。

「パパとママはね、ラングワースじゃなくて山の上にあるお家に住んでたの。巫女の修行があったんだって。でもね、盗賊に襲われてふたりぃが死んじゃって」

「いいんだよ、ありがとね教えてくれて。ここはもう安全だから」

「うん、大丈夫。光平とねフィーネがね、いてくれるから」

書類を書いていたフィーネの背中に抱きついたキョウは、そのまま首を撫でながら髪の毛をいじり始めている。ストロベリーブロンドの髪をツインテールにすると張り切っていた。

「フィーネお姉ちゃん大好き」

ほろりと、フィーネの頬を涙が零れた。

子供の何気ない言葉が、大人の心をいともたやすく癒してくれることがある。

今回もそれだろう。飾りのない純粋な言葉の持つ魔力なのだろうか? 今までの苦労もつらい思い出も吹き飛ばしてくれる優しい言葉。
フィーネはキョウを抱きしめると涙ながらに囁いた。

「私もキョウが大好きよ」

「わーい!」

夜はフィーネといっしょにお風呂に入り、光平が寝る前に本を読んであげる。

なぜか3人で親子のような生活が続き、お互いに何かの穴を埋めるように、慈しむように、慮るように、互いを必要としていた。
「光平も髪伸ばしてツインテールにしようよ~」

「え~? 僕の歳でそれをやると捕まっちゃうと思うよ」

「くすっあはははは! 想像したらやばいですね先生」

「もうフィーネまで」

キョウが飛びついて抱っこしてくる。

くるくると回し笑い声が響き、クライグが肩車をしてキョウと遊ぶ。

キースの髪の毛を三つ編みにすると言い出し、逃げるキースを皆で捕まえる、そんな優しい時間が徐々にキョウの緊張を解いていく。


 光平はもう少し保護が遅ければ、吃音を発症していた可能性が高かったと考えている。

事後で入った報告によれば虐待調教は週に4,5回ほど。気分次第でそれはひどい有様だったという。

キョウを保護していた担当者を罷免し、地方へ追いやりイルミスがでしゃばってきたという。ちょうどレインド王子解呪の功績を横取りしようとして、王宮から恥知らずの外道と称され行き場を失っていた時期と重なる。

このストレス要因が虐待調教の原因だとは思うが、妙にタイミングが良すぎるのも気になっている。

 念のためではあるが、ベリダさん……ちゃんに以前改良を頼んだ呪道具を届けてもらっていた。期待以上の仕上がりであるが、出番がこないことを願うばかり。

DAF 遅延聴覚フィードバック装置。

大型の拳銃のようなデザインにファンシーなデコが施されたかわいい見た目。

厚革の専用鞄に納めると次の呪道具の確認に移る光平。彼もまた緊張を隠せなくなってきていた。大勢の命がかかった訓練という重荷に耐えているそんな夜。

 なんとか側音化構音の訓練に入ることができたが、ここでも特異な現象が生じている。

フィーネが選別した、イ列ウ列の少ない基礎魔法詠唱は難なく唱えられていたのだ。

今まで遭遇した言の音の呪いの特徴は、対象音以外の音で構成された呪文でも詠唱が成立していなかった。

今回は特異ケースなのかという疑念はあったが、目指すべき呪文ヴァルヌヤースの練習にとりかかるにはまだ時間を要していた。

恐らくキョウは、言の音の呪いにかかっていない。

 こうなるとせっつかれるのが光平とフィーネたち。

何も理解しない連中が、奴らはラングワースを滅ぼそうとする悪魔の化身だなどという噂を流すものの、スペンサーはそれらの発進元を特定しきつい処罰を厳命させた。

遅れた原因はイルミスの虐待であり、それを取り戻そうと必死なのが光平たちなのだ。

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