聖典の守護者

らむか

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四章 背徳のクルセイダー

Mas † Kaleido Knight

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 宮廷の催事は、主に国王の侍従や小姓、王妃の侍女や召使いたちのお見合いの場も兼ねている。
 貴族のよい家柄の子息子女たちが、ことさらにめかしこんで自分自身を売る場でもあるのだ。

 ここで、若い男女は囁き合い、伝言や手紙を交わし、そして誘惑の戯曲がはじまる。

 ロイドは敢えて晩餐には参加せず、その後の王のオペラハウスの大広間で踊りがはじまるのを静かに待っていた。

 今夜は、真紅のローブコートではなく黒のローブコートを着ていた。もちろん仮面を着けて。
 紅は目立つ。戦場で目立つのは至高の喜びだが、宮廷で目立ちたくはなかった。

 なるべく貴族の令嬢たちの目に止まるのを避けた。
 仮面で鼻から上を隠し、ローブコートの襟を立てて鼻から下を隠しても、生まれ持つ独特のオーラは隠しきれず、何人かの美しく飾り立てた若い女をやり過ごさなければならなかった。

「先約がありますので、これで」
 しつこく踊りに誘われたロイドは、見知らぬ若い女をなんとか振り切ると、大広間をぐるっと囲む回廊へ続く階段を足早に上がった。

 階段を上がった先にアッシュがいた。
「今のはフォーサイス公爵のご令嬢だ。フォーサイス家はこの国の北部諸州を受け継ぐ名家だ。彼女のお父さんは国王の次にお金持ちで、彼女は王妃の一番のお気に入りの侍女でもある。彼女に踊りに誘われるなんてこの上ない名誉なのに、即座に断ったものだから、厄介なことに彼女を狙う侍従たちがロイを意識しだした」
 回廊の豪奢な欄干に寄りかかるようにしてフロアを見下ろすアッシュは、ロイドを見ることなしに言った。

「おまえ……。どこでそんなネタ仕入れてきたの」
「ここは子供じみた噂話で持ちきりだ。大広間をぐるっと一周したら、誰でも宮廷貴族のゴシップに詳しくなる」

「あっそう」
 ロイドは鼻を鳴らした。
 まだ子供といってもおかしくない年齢のアッシュが、宮廷の大人たちの振る舞いに当然の批判をしていることを滑稽に思った。

「誰か探しているのか?」
 ロイドが、身を乗り出して大広間を眺め回すアッシュに声をかけた丁度その時、シェリスがユーゴに手を取られながら階段を上がってきた。

 今夜のシェリスは、ブラウスとスカートの地味でシンプルな装いではなかった。
 肩を露出させた軽やかなエンパイアドレスを身にまとい、頭には羽根飾りのついた仮面付きのおしゃれなファシネーターを着用していた。

「シェリス!」
 アッシュはシェリスに走り寄ると、ユーゴから奪うようにして彼女の手を取った。
「こんばんは、アッシュ。遅れてごめんなさい。迷子になっちゃって……。あら、それが国家制式装備のコートなのね? とても似合ってるわ」
 シェリスはアッシュが着ているマスタード色のインパネスコートを見て、いささかはしゃいだ。

 シェリーやシャンパンを持ってフロアを廻る給仕人から一杯もらったのだろう。シェリスの頬はやや朱に染まり、大きな茶色の瞳が潤んでいた。

「そうだよ。君も羽織ってみるといい」
 彼女の危うい雰囲気を察したアッシュは急いでコートを脱ぐと、シェリスの肩を自身のコートで覆った。

 コートが露になった肩と、美しく波打つウェーブのかかった長い髪を隠し、これが本来の目的なのだが、舐め回すような男どもの視線を遮った。

「おまえは立派なボディガードになれるよ」
 そんな様子を背後で見ていたロイドは意味深な含み笑いを漏らすと、ユーゴに向き直り「ティアは?」と聞いた。

 光沢のあるシルバーのファントムマスクで顔の片側を隠しているユーゴは、冷たく澄んだ純度の高いサファイアの瞳でロイドを睨んだ。

「おまえが彼女・・を連れていない同じ理由で、わたしも彼女・・を連れていない。それだけだ」
 わかりきったことを聞くな、と言わんばかりの口調で切り捨てた。
「なんだよ。せっかくシルクシャンタンの生地を贈ったのに」ロイドはぶつぶつと文句を言った。

「ロイド、あの紅い珠をどこで手に入れた?」
 ユーゴは給仕人からシェリーのグラスを取ると口をつけた。
「拾ったんだ。ユーゴ、おまえのあの光る地球儀のような珠は?」
 ロイドもそれに倣うようにグラスを取った。
「出入りの行商人から買ったものだ」
「同じものかな」
「わからない。ただ、どちらもこの世界に存在しない鉱物からできているのは確かだ」
 アッシュが給仕人の持つ盆からグラスを取るのをロイドが片手を挙げて制し、彼の額を軽く小突いた。
 アッシュはしぶしぶシェリスに向き直った。

 大広間に踊りと音楽が始まった。
 楽士たちが奏でる音楽は、取り乱した女の悲鳴のように耳障りだが、集団催眠のように熱を持った人々に歓迎された。

 華やかな衣装をまとう男女が一組になり踊るさまは、高い回廊の欄干から見下ろす者の目に、夜空に弾ける花火のように映った。

「よくもまぁ、ぶつからずに踊れるもんだ。さすが貴人どもだな。粗野で不躾な雇われ軍人の俺たちとは違うね」
 ロイドの嘲るような言いぐさに、ユーゴは“おまえと一緒にするな”と口から出かけた言葉を喉の奥へ引っ込めた。
 いつもどこからか降ってわくロイドの謎の優位意識には、反応しないことにしていた。
 この国で唯一、ドラゴンを配下に持ち、軍神オーディンの神通力をその血に受けた者独特のなせる技なのか……。ユーゴは考えるのを止めた。

 大広間の扉が大きく開いた。
 けたたましい音楽に合わせて踊る男女の間を、颯爽と横切る白い騎士が現れた。

聖十字騎士クルセイダー……!」
 欄干からその騎士を見たユーゴは目をみはり、息を呑んだ。
 その言葉にロイドとアッシュが反応した。

 背に八端十字架を負ったシェルクロスは、白い袖無しのぴったりとしたサーコートの下に、白い長衣を着ていた。

 革のサッシュベルトでブラウジングした長衣の胸元には赤い末広十字クロス・パッティの紋章が施され、絹で織った腕章にも同じように赤い十字の紋章が施されていた。

 白いサーコートは聖十字騎士クルセイダーの穢れなき純潔を意味し、血のように赤い胸の十字は、彼らと神との特別な関係を、腕章にある十字は、修道騎士として戦い流される血、彼らの犠牲的精神を意味した。

 赤と白の極端で鮮烈な色のコントラストが、彼の赤毛の短髪と相まって、見る者の目に強烈に印象付けた。

「うそ……。あれが僕の上官? いつもと全然違うじゃないか! めちゃくちゃカッコいい!」
 アッシュは、フロアを横切るシェルクロスを欄干から身を乗り出すようにして凝視した。
「そうだ。あれが彼の……彼ら聖十字騎士クルセイダーの本来の姿だ」
 ユーゴもまた、シェルクロスを見つめた。
「いや、あれは……かなりヤバイぞ」
 言葉が持つ切迫した意味とは裏腹に、ロイドは事の展開に好奇心で突き動かされたような笑い声を立てた。
「そうだな……」
 ロイドの言葉にユーゴはうなずいた。しかし、ロイドの考えとはまったく別の意味で同意したのだった。

「どういう意味?」
 アッシュの問いかけにロイドは、「見てりゃわかる」と短く答えた。

 勇壮のなかの華々しさ、剛直のなかの凛々しさを持った白い騎士シェルクロスの存在は、その登場とともに方々の注目を浴びた。
 彼の素性を囁き合う声が織りをなすように、音楽と踊りの熱へ溶け込む。
 彼は、はっきりとした意思と目的を持って、この熱気のなかに歩を進めていた。


 ††


 マイヤは、シェルクロスが同じ空間に居るとは夢にも思っていなかった。
 たまたま・・・・隣にいた王に仕える小姓(どこかの領主の息子)に話しかけられ、少し相手をしていたところへ、突然、傍らに現れた白い騎士に手を取られた。

 シェルクロスの白い騎士の姿は、マイヤの目にはさして珍しいものでもなかったが、突然の登場には驚き、狼狽えた。

「カーマイン?」
 名前を呼ぶのがやっとだった。
 彼女の見開かれた淡褐色ヘーゼルの瞳が、彼の琥珀色アンバーの瞳を一心に見つめた。
 誰かの仮装ではなく、本物のカーマイン・シェルクロスであることを確かめるように。

 話の邪魔をされ、さらに話し相手が邪魔者に気を取られていることを面白く思わない小姓はまくしたてた。
「彼女は、今僕と話をしているんだが!」

「いや、彼女は今、俺と踊りたがっている」
 シェルクロスはマイヤの手を引き寄せた。
 マイヤは自然な動作でシェルクロスに身を寄せた。
 小姓は、二人の間の特別な雰囲気に止む無くも自身の敗北を認めると、ふん! と鼻を鳴らして歩き去った。

 シェルクロスはマイヤの腰に腕を回すと、踊りの輪の中へいざなった。
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