渡辺と彼女

文字の大きさ
上 下
2 / 5

あおぞら公園

しおりを挟む

瞼を閉じてからどれほどの時間が経ったのだろうか

わたしの服は水を含んでずっしりと重たくなっていた。髪先からは水がぽたぽたと滴り落ちていてぺたりと肌にくっ付いている

わたしはこういう時どうしたら良いのか全く知らない。
どうして何て野暮な事は聞かなくても分かるだろう

わたしには記憶が無い

何処で産まれて育ったのか、名前はなんて言うのか、自分の事は一切知らない

ついでに此処が何処なのかも分からない

この世の中に記憶を全部消したいと思っている人が居るなら一つだけ言って置く、記憶が無くなっていい事なんて少ししかないから思い直した方が良い。お薦めはしない

取り敢えず、わたしは少し休める所を探す為に此処から動く事を決めた、と言っても何処に何があるかなんて全く分からないからほとんど勘で進む

さっきの場所から右に真っ直ぐ進むと丁字路に出たので自分の勘を信じて左に曲がりまた歩き始めた

歩く度にぱしゃぴしゃと音がする。この音もなかなか愉快な音でわたしの心を少しくすぶる

暫く歩くと少し先に看板が見えてきた

「あおぞら公園」

公園ならお手洗い場があるかも知れないと思い、わたしは小走りで公園へと向かった。

少し走っただけなのに息が切れる。普段のわたしは何をしていたんだろう。体は適度に動かさないと健康に悪いのにと思いつつわたしはお手洗いを探した。

「あった!」

やっとの事で公園に着き、お手洗い場を見つけて少し大袈裟に反応してみたけれどこれはこれで疲れる

 思いのほかそんなに大きな公園ではないが遊具や設備はしっかりしていてほっと安堵の息を漏らす

お手洗い場も何も無い所だったらどうしようかと思った

お手洗い場に着くとわたしは服に含まれた水を絞る為に一旦着ていた服を脱いだ。やはり初冬という事もあって肌寒い。ずっしりとした服をぎゅっと絞ってみたら予想を上回る量の水が出てきて吃驚したがかなり軽くなったので良しとしてまた服を着る。いささか着ごごちが悪いが我慢して個室から出てすぐにある鏡の前に立ってみた

白い肌に背中まである黒髪、薄桃色の唇に少し茶色い瞳、そしてくっきりとした二重瞼。この時わたしは初めて自分の顔を見た。不健康そのものの様な容姿で少し気分が下がる

「はぁ...」

わたしは半分失望を交えた溜息をついた

髪が濡れていてぺたりと肌にくっ付いているので冷たい
そして此処のお手洗い場は臭いがキツすぎる。こんな所に居たら鼻が駄目になってしまうのではないかと恐れたわたしは外にある屋根付きのベンチへと移動した

「此処なら誰も来ないでしょう。少し疲れてしまいました」

わたしはベンチに腰を下ろすなり瞼を閉じた。どうやら暫く雨は止まない様だ

ざぁざぁと屋根を激しく打ち付ける雨音が次第に遠のいていく

しおりを挟む

処理中です...