神界のティエラ

大志目マサオ

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本編

12 壮年所長心臓収縮計画

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 此処は国際魔法研究機構IMRO中央棟12F所長室。そこにはティエラと、IMRO所長グラヴィス・ライ・ネルズバーンの2人がいた。

「さ、とりあえずそこにかけたまえ」
「はい、失礼します」

 ティエラは何度か足を運んだことがある所長室の、所長のデスクの対面に置いてある椅子の前に立った。

 グラヴィスはティエラに着席を促すと、つかつかと奥へ歩き一際ひときわ大きく、身体への負担に極限まで配慮された豪華な黒い革張の椅子へと腰掛けた。

 ティエラにとって見慣れたという程ではないが、流石は世界でも最高峰の研究機構の所長室だ。
 見るからに高そうな調度品や世界各国の魔法科学庁、またはそれに準ずる組織から贈られたと見られる書状などの贈呈品が、所狭しと壁の棚1面に並んでいる。
 その内のいくつかの書状を見て、紙などという高級品を使ってまで、わざわざ貢献に対する感謝を示すなんて理解しかねる。と、ティエラは思ったが、所長に目をやると早く話せと言わんばかりの眼差しでこちらを凝視しており、不意に湧いた邪念を振り払い、意を決して口を開いた。

「では、ネーヴェのことなんですが」
「うむ、それで? 何が問題なんだね」

 ティエラは普段の温厚な態度とは違う態度を見せる所長に、これから言うことが彼にとって大したことじゃなかったらどうしようかと一瞬思案したが、いや、そんな訳がない。と思い直し続きを話した。

「まず、ネーヴェから提案がありました。DEの新しい研究内容に関してです」
「ふむ、続けなさい」
「はい、では単刀直入に申し上げます。空間魔法くうかんまほうの開発を提案されました」
「なんと……それは誠かね?」
「はい、間違いありません。私の自宅での会話ですが」
「それで、彼女はそれが可能だと言っているのか?」
「はい、その通りです。それと細かいことはまだまだありますが、もう1点大事なことを伝えなければなりません」
「わかった……。聞かせてくれ」

 ティエラはこれを伝えた場合、いや、まず自分が誰かから聞かされたとしたら、なんの冗談なんだ。と、その真意を問うだろうと思った。
 しかも空間魔法くうかんまほうなどという絵空事を聞かされた後にだ。
 それはハッキリ言って正気の沙汰ではない、ともすればその話をした人物の信用は底辺以下になるだろう。現在の常識に鑑みればそれぐらいの事なのだ。

「どうしたんだね? いいから続きを話しなさい」
「所長、事前に申し上げておきますが、私は断じて正気を失ってはおりません」
「もったいつけないでくれないか? そもそもDE発足以前から君が正気だなんて、私は思ったことがないよ」

 ティエラはこの場面では冗談とも本気とも判断がつかない所長の言葉に、次の言葉を伝えるか再び迷いが生じたが、流石にここまで来てはもはや引き返せない。

「ネーヴェは、彼女の始祖オリジナル、GHOSTと交信しています」

 ――ガタン!

 所長はまるで号令をかけられた軍人の様な素早さで椅子から立ち上がると、もはや疑いなのか怒りなのか、その両方が混濁した表情を浮かべ、口をパクパクと動かしていた。

「重ねて申し上げます。事実です」
「………………言葉が見つからんぞ。いったいどうやって……GHOSTは確か今……」
「はい、私もそこに思いあたりました。なのでどうしても所長にお伝えしたかったのです」
「そうか、それは急を要する訳だな。……いや、すまなかったなティエラ君、長官との会合なんぞ比べるまでもない問題だったようだ」
「いえ、ご理解いただけたなら良かったです。私こそ無理にお引き止めして申し訳ありませんでした」

 所長は椅子から立ち上がったままデスクの上に手を付き、この場ではいくら考えても出てこない対応策に冷や汗が滲み出ているようだった。
 ティエラはその所長の様子に何故か仲間意識が芽生え、所長の今の心情とは裏腹に少しだけ安堵した。

「ネーヴェを……連れてきてくれないかね?」
「……わかりました。では、こちらまで連れてきますので少々お待ちください」
「ああ、私はここで待つとしよう、少し時間をかけても構わないからな。少しばかり心を落ち着けなくてはならん……ハハ……」

 ティエラは所長に一礼して、出入口の自動扉に向けて歩き始めた。

「多分、今なら管理室フェアヴァルタールームにいるはずだわ」

 ティエラは魔法通信装置エルフォンを起動させると、メモリ内からネーヴェを呼び出した。
 ティエラが部屋を出ようと自動扉へ近付いたその瞬間、扉が開いた。
 
「通信は不要です。ネーヴェは……」
「あ、ネーヴェ? って、キャアアアアアア!!」

 ティエラは驚きのあまり絶叫し腰が抜けた。グラヴィスは早速気持ちを落ち着けようと、わざわざ国外から取り寄せた自慢のコーヒーメーカーの前でカップを手に持ったまま、その出入口の光景を見た。グラヴィスは心臓が強く収縮する感覚を覚えた。

 くだんの少女は所長室出入口前に、無表情で立っていた。
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