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本編
14 情報統括監視員班長説得計画
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国際魔法研究機構IMRO第3試験棟管理室では、その日の仕事を終え続々と帰路に就く職員達と、ある人物の動向を伺うティエラがいた。
ティエラはその、ある人物と帰るタイミングを同じくする為、管理室中央に位置する自分の席に身を隠し、時折見る歴史番組やアニメ等に登場する、日本国が祖とされる【SHINOBI】さながらに気配を絶ち――あくまでも本人的には――探っていた。
ティエラの席は管理室中央奥の1番高い位置にあり、身を潜めて動向を探るにはうってつけの場所だ。
そこでしばらく様子を見ていると、ティエラはふと身を伏せている自分の背後に、小さな気配があることに気が付いた。
「協力します。ネーヴェは共にノアを説得します」
「ネーヴェ……! もう、ダメよ。今は」
「疑問を呈します。ネーヴェは何故、協力してはいけないのですか?」
「違うのよ。自然なタイミングを狙って合わせないとダメなの。ここは大丈夫だから、試験棟の出入口か正門で待ってて」
ほとんどの研究員が既に管理室を出たが、1つだけこちらに近づく足音が聞こえた。
「……ティエラ、何をコソコソやってるカ、用があるならちゃんと言うヨ」
「あ、あらノア……やっぱバレてました?」
「驚愕します。ネーヴェは何故ノアに気付かれたのか不明です」
「ティエラの様子の違いなんか鈍感な奴にでも大抵わかるヨ」
「え、そんなにわかりやすい?」
「自分のことはもっとよく知っといた方がいいネ。それで、どういう風のふきまわしカ?」
探っていたつもりが、どうやら動向を探られていたのはティエラの方だったようだ。
「いや、それがね。ちょっとこの場では、というかなんと言いますか……」
「……旦那がしばらく出張してるから、外食でも大丈夫ヨ。ちゃんと理由を聞かせてもらうから、わかったネ?」
「歓喜します。ネーヴェはノアの説得で食事ができるとは思っていませんでした」
ネーヴェは今ここで伝えてはならない説得という言葉を、生体に移植されてからというもの最大の楽しみである食に対する欲求に負け、見事一瞬で吐いてしまった。
とはいえネーヴェ本人にそれが禁止ワードという認識もないので、仕方ないのだが。
「ほう、説得? これはしっかりと聞かなきゃならないみたいだネ。楽しみになってきたヨ」
「ハ、ハハ……はい、ちゃんとお話ししますです。はい」
「質問します。ネーヴェは何を食べられますか?」
「ネーヴェ……あなたって娘が一層わからなくなってきたわ」
「私と旦那が行きつけのとっても美味しい中華料理屋があるヨ。主任の奢りでたくさん食べるといいネ」
「感動します。ネーヴェは最近何故か、あまり食べさせてもらっていないので悲嘆に暮れていました。その中華料理? を、たくさん食べます」
ティエラは説得の成否だけではなく、自分の懐も心配しなくてはいけなくなったことに若干テンションが下がった。
「はぁ……また経費申請しなきゃいけないわね。そろそろ怒られないか心配になってきたわ……」
◆◆◆◆◆
ノアが夫婦で行きつけだという中華料理屋に到着した3人は、少々強面の店員に最も奥にある個室へと案内された。
強面の店員はすぐに個室を出ず、口元だけに笑みを浮かべ、ノアへと話し掛けた。
「チャン様、当店をいつもご贔屓にしていただきありがとうございます」
「この店は好きヨ。旦那が出張中だから最近来れてなくて申し訳ないネ」
「いえいえ、こうして来ていただき誠に感謝しております。本日は当店に来るのが初めてのお客様もいらっしゃるようなので、念の為ご注文の仕方を改めてご説明させていただきます」
「わかったヨ」
「はい、ではまず魔法情報通信、またはネットワークに繋がれたマイクロチップをお持ちの方でしたら、そちらからアクセスしていただければご注文できますのでご利用くださいませ。お持ちでない場合は、テーブルにある専用端末からもご注文できますのでよろしくお願い致します。それでは、食事を楽しみながらごゆっくりとお過ごし下さいませ。ご説明が長くなりまして申し訳ございません。失礼致します」
やや過剰とも言える丁寧な言葉遣いで注文方法を説明をした店員は、その場を後にした。
「なんだか見た目の割に随分丁寧な店員ね」
「接客の良くない店は嫌いヨ。見た目は……まあ捉え方はそれぞれネ。きっと慣れもあるヨ」
接客や見た目の良し悪しはともかく、現代の飲食店では常套句とも言える内容の一連の案内を聞いて、3人は4人用の円卓席に着いた。
ティエラとノアが向かい合って座り、その間にネーヴェが着席した。
「あ、ネーヴェ……少しは手加減してね?」
「ティエラの言うことは無視でいいヨ」
「歓喜します。ネーヴェはノアの言うことに従います」
「まったくもう……」
ティエラは本来の目的を見失っているネーヴェに嘆息しながらも、ノアの説得にあたる為に考えてきた言葉を脳内で反芻していた。
「それで、本題は注文してからでいいカ?」
「ええ、そうね」
「驚嘆します。ネーヴェはこのフカヒレというのを食べてみたいです」
ネットワークを用いて視界に浮かぶメニューを見ながら、ネーヴェが目新しい中華料理に興味を示した。
「それは絶品ネ。北京ダックも美味しいヨ」
「ハァ……私は何をしにきてるのかしら……」
注文の品が揃い、ネーヴェだけが一心不乱に食事を進める中、ティエラはノアに最初の質問を切り出した。
「ねぇノア。私が言うのもなんだけど、このままDEの研究を続けてて、別次元は発見できると思う?」
何を今更、という内容にノアは素っ気なく返した。
「……ティエラがそれを言い出したら元も子もないと思うけどネ」
「ええ、だからまあ……それはそうなんだけど、ノアの見解を聞きたいのよ」
「それは……正直に言っていいカ?」
「ええ、もちろん」
ノアはボトルキープしていた紹興酒を、空いたぐい呑みに並々注ぐと、それにザラメを1つまみだけ入れて半分程飲み、ティエラの質問に答えた。
「……はっきり言ってこのままだと途中でとん挫するカ、採算取れなくて上から中止させられると思うヨ」
「そうよね……私もそう思うわ」
「でも、そんなこと聞きたくてわざわざ呼んだりしないはずヨ。説得ってなんのことか教えるネ」
ティエラは【ハチガネ】という香り高いことで有名な麦焼酎のロックを一口呷ると、今回の本題について質問を交えながら話し始めた。
「やっぱりこのお酒美味いわね。……ノアは空間魔法についてどう考えてる?」
「最初からすごいのがきたネ。空間魔法? そんなもの無理に決まってるヨ、これ常識ネ。まさかそれが説得の内容に関わるのカ?」
「ええ、私も少し前まではノアと同意見……というか、夢物語だと思っていたわ」
「その言い方だと今は違う考えって、聞こえるヨ」
「出来るかも知れない……。いえ、既に実現の可能性は示されているの」
「いやいや、全然信じられないネ。魔法使い、ましてや魔導士である人間なら尚更ヨ」
すると激甘炭酸飲料と北京ダックのコンビネーションに夢中になっていたネーヴェが、唐突に食事の手を止め話に割って入った。
「説明します。ネーヴェは空間魔法の理論を始祖と確立してあります。既にデータ化していますので送信しますか?」
「ハラルツァオヴァークンスト? 空間魔法のことカ? ……ベルハルトあたりにちゃんと診てもらった方がいいヨ。それか餌付けのし過ぎでおかしくなってるネ。好きに食べさせたのは失敗したカ」
「ネーヴェの言ってることは事実よ。信じられないなら見てちょうだい」
真剣な眼差しで言うティエラを見て、ノアは先程半分になったぐい呑みの残りを一口で空にすると、今度は溢れるぐらいにそこへ紹興酒を注ぎ、ザラメ無しでそれを一気に飲み干した。
「ふぅ……まさか本当に理論が完成してるのカ? ……驚きだヨ、今見ても大丈夫カ?」
「私に、私達に協力するって約束してくれる?」
「……それは酷い交渉術ヨ。恐らくIMROに勤める魔法使いだったら誰もが1度は挑戦してみる問題ネ」
「結局その誰もが失敗に終わるけどね」
「交渉します。ネーヴェにデータを要求しますか?」
「……さすがに少し考えさせてくれるカ?」
「ええ、もちろんよ。ただ、できれば今日この場で結論を出して欲しいの」
「本当に酷い交渉ネ。……わかったヨ。ふぅ、困ったネ」
ノアは食事にほとんど手を付けず、腕を組んでしばらく考え込んでしまった。
彼女は時折ぐい呑みが空になると酒を注ぎ、そしてまた空になっては酒を注いだ。まったく酔えなくて困っているようにも見えた。
ティエラはネーヴェの食事量とノアの様子を気にしながらも、自分の食事を進めた。
そして、1時間近くが経過した。
時間の経過を見計らい、テーブルにも据えてある旧式の注文用端末の画面に食後のデザートを勧める画像が表示されている。
それは立体画像になっていて、既に絶滅してしまったパンダをモチーフにしたコミカルなキャラクターが、数種類のデザートを代わる代わる美味しそうに食べているものだ。
ノアはそのパンダのキャラクターを、表示が消えるまで見つめてから静かに口を開いた。
「…………わかった乗るヨ、私にも見せて欲しいネ」
「ノア……ありがとう。あなたならそう言ってくれると思ったわ。ネーヴェ、とりあえず概要だけ送ってあげて」
「送信します。ネーヴェは概要のみをノアに開示します」
「まだ焦らすのカ? もう協力するって決めたのにカ?」
「話はこれだけじゃないのよ。ノア」
「もうお腹いっぱい……ていうか飲み過ぎたネ。もう何聞かされても驚かないヨ」
「それはどうかしら……」
「なんでもこいヨ」
「ねぇノア……第9試験棟って知ってる?」
ノアは続くティエラの言葉に大きく目を見開いた。ティエラと付き合いの長い彼女も、空想や都市伝説紛いの話がこうも連続して繰り広げられるとは思っていなかった。
「前言撤回ネ。酔いが冷めたヨ」
一旦手を止めて話の成り行きを眺めたネーヴェは、説得が上手くいきそうだと踏んだのか、再び一心不乱に食事を再開した。
「本当にあるらしいのよ、すごいでしょ? まだ見てはいないんだけど所長が存在を認めたわ。関わる人員も厳選するの、それでね……」
この晩はネーヴェが眠気を訴えるまで話が続いた。ティエラは会計に驚愕し、皆勤賞を貫いていたノアは翌日の仕事に遅刻した。
✡✡✡✡✡✡
『――空想や都市伝説とは解明されるまでの仮称に過ぎない』
科学誌ヴァーハイト、チャールズ・ルシールへのインタビュー記事より抜粋
ティエラはその、ある人物と帰るタイミングを同じくする為、管理室中央に位置する自分の席に身を隠し、時折見る歴史番組やアニメ等に登場する、日本国が祖とされる【SHINOBI】さながらに気配を絶ち――あくまでも本人的には――探っていた。
ティエラの席は管理室中央奥の1番高い位置にあり、身を潜めて動向を探るにはうってつけの場所だ。
そこでしばらく様子を見ていると、ティエラはふと身を伏せている自分の背後に、小さな気配があることに気が付いた。
「協力します。ネーヴェは共にノアを説得します」
「ネーヴェ……! もう、ダメよ。今は」
「疑問を呈します。ネーヴェは何故、協力してはいけないのですか?」
「違うのよ。自然なタイミングを狙って合わせないとダメなの。ここは大丈夫だから、試験棟の出入口か正門で待ってて」
ほとんどの研究員が既に管理室を出たが、1つだけこちらに近づく足音が聞こえた。
「……ティエラ、何をコソコソやってるカ、用があるならちゃんと言うヨ」
「あ、あらノア……やっぱバレてました?」
「驚愕します。ネーヴェは何故ノアに気付かれたのか不明です」
「ティエラの様子の違いなんか鈍感な奴にでも大抵わかるヨ」
「え、そんなにわかりやすい?」
「自分のことはもっとよく知っといた方がいいネ。それで、どういう風のふきまわしカ?」
探っていたつもりが、どうやら動向を探られていたのはティエラの方だったようだ。
「いや、それがね。ちょっとこの場では、というかなんと言いますか……」
「……旦那がしばらく出張してるから、外食でも大丈夫ヨ。ちゃんと理由を聞かせてもらうから、わかったネ?」
「歓喜します。ネーヴェはノアの説得で食事ができるとは思っていませんでした」
ネーヴェは今ここで伝えてはならない説得という言葉を、生体に移植されてからというもの最大の楽しみである食に対する欲求に負け、見事一瞬で吐いてしまった。
とはいえネーヴェ本人にそれが禁止ワードという認識もないので、仕方ないのだが。
「ほう、説得? これはしっかりと聞かなきゃならないみたいだネ。楽しみになってきたヨ」
「ハ、ハハ……はい、ちゃんとお話ししますです。はい」
「質問します。ネーヴェは何を食べられますか?」
「ネーヴェ……あなたって娘が一層わからなくなってきたわ」
「私と旦那が行きつけのとっても美味しい中華料理屋があるヨ。主任の奢りでたくさん食べるといいネ」
「感動します。ネーヴェは最近何故か、あまり食べさせてもらっていないので悲嘆に暮れていました。その中華料理? を、たくさん食べます」
ティエラは説得の成否だけではなく、自分の懐も心配しなくてはいけなくなったことに若干テンションが下がった。
「はぁ……また経費申請しなきゃいけないわね。そろそろ怒られないか心配になってきたわ……」
◆◆◆◆◆
ノアが夫婦で行きつけだという中華料理屋に到着した3人は、少々強面の店員に最も奥にある個室へと案内された。
強面の店員はすぐに個室を出ず、口元だけに笑みを浮かべ、ノアへと話し掛けた。
「チャン様、当店をいつもご贔屓にしていただきありがとうございます」
「この店は好きヨ。旦那が出張中だから最近来れてなくて申し訳ないネ」
「いえいえ、こうして来ていただき誠に感謝しております。本日は当店に来るのが初めてのお客様もいらっしゃるようなので、念の為ご注文の仕方を改めてご説明させていただきます」
「わかったヨ」
「はい、ではまず魔法情報通信、またはネットワークに繋がれたマイクロチップをお持ちの方でしたら、そちらからアクセスしていただければご注文できますのでご利用くださいませ。お持ちでない場合は、テーブルにある専用端末からもご注文できますのでよろしくお願い致します。それでは、食事を楽しみながらごゆっくりとお過ごし下さいませ。ご説明が長くなりまして申し訳ございません。失礼致します」
やや過剰とも言える丁寧な言葉遣いで注文方法を説明をした店員は、その場を後にした。
「なんだか見た目の割に随分丁寧な店員ね」
「接客の良くない店は嫌いヨ。見た目は……まあ捉え方はそれぞれネ。きっと慣れもあるヨ」
接客や見た目の良し悪しはともかく、現代の飲食店では常套句とも言える内容の一連の案内を聞いて、3人は4人用の円卓席に着いた。
ティエラとノアが向かい合って座り、その間にネーヴェが着席した。
「あ、ネーヴェ……少しは手加減してね?」
「ティエラの言うことは無視でいいヨ」
「歓喜します。ネーヴェはノアの言うことに従います」
「まったくもう……」
ティエラは本来の目的を見失っているネーヴェに嘆息しながらも、ノアの説得にあたる為に考えてきた言葉を脳内で反芻していた。
「それで、本題は注文してからでいいカ?」
「ええ、そうね」
「驚嘆します。ネーヴェはこのフカヒレというのを食べてみたいです」
ネットワークを用いて視界に浮かぶメニューを見ながら、ネーヴェが目新しい中華料理に興味を示した。
「それは絶品ネ。北京ダックも美味しいヨ」
「ハァ……私は何をしにきてるのかしら……」
注文の品が揃い、ネーヴェだけが一心不乱に食事を進める中、ティエラはノアに最初の質問を切り出した。
「ねぇノア。私が言うのもなんだけど、このままDEの研究を続けてて、別次元は発見できると思う?」
何を今更、という内容にノアは素っ気なく返した。
「……ティエラがそれを言い出したら元も子もないと思うけどネ」
「ええ、だからまあ……それはそうなんだけど、ノアの見解を聞きたいのよ」
「それは……正直に言っていいカ?」
「ええ、もちろん」
ノアはボトルキープしていた紹興酒を、空いたぐい呑みに並々注ぐと、それにザラメを1つまみだけ入れて半分程飲み、ティエラの質問に答えた。
「……はっきり言ってこのままだと途中でとん挫するカ、採算取れなくて上から中止させられると思うヨ」
「そうよね……私もそう思うわ」
「でも、そんなこと聞きたくてわざわざ呼んだりしないはずヨ。説得ってなんのことか教えるネ」
ティエラは【ハチガネ】という香り高いことで有名な麦焼酎のロックを一口呷ると、今回の本題について質問を交えながら話し始めた。
「やっぱりこのお酒美味いわね。……ノアは空間魔法についてどう考えてる?」
「最初からすごいのがきたネ。空間魔法? そんなもの無理に決まってるヨ、これ常識ネ。まさかそれが説得の内容に関わるのカ?」
「ええ、私も少し前まではノアと同意見……というか、夢物語だと思っていたわ」
「その言い方だと今は違う考えって、聞こえるヨ」
「出来るかも知れない……。いえ、既に実現の可能性は示されているの」
「いやいや、全然信じられないネ。魔法使い、ましてや魔導士である人間なら尚更ヨ」
すると激甘炭酸飲料と北京ダックのコンビネーションに夢中になっていたネーヴェが、唐突に食事の手を止め話に割って入った。
「説明します。ネーヴェは空間魔法の理論を始祖と確立してあります。既にデータ化していますので送信しますか?」
「ハラルツァオヴァークンスト? 空間魔法のことカ? ……ベルハルトあたりにちゃんと診てもらった方がいいヨ。それか餌付けのし過ぎでおかしくなってるネ。好きに食べさせたのは失敗したカ」
「ネーヴェの言ってることは事実よ。信じられないなら見てちょうだい」
真剣な眼差しで言うティエラを見て、ノアは先程半分になったぐい呑みの残りを一口で空にすると、今度は溢れるぐらいにそこへ紹興酒を注ぎ、ザラメ無しでそれを一気に飲み干した。
「ふぅ……まさか本当に理論が完成してるのカ? ……驚きだヨ、今見ても大丈夫カ?」
「私に、私達に協力するって約束してくれる?」
「……それは酷い交渉術ヨ。恐らくIMROに勤める魔法使いだったら誰もが1度は挑戦してみる問題ネ」
「結局その誰もが失敗に終わるけどね」
「交渉します。ネーヴェにデータを要求しますか?」
「……さすがに少し考えさせてくれるカ?」
「ええ、もちろんよ。ただ、できれば今日この場で結論を出して欲しいの」
「本当に酷い交渉ネ。……わかったヨ。ふぅ、困ったネ」
ノアは食事にほとんど手を付けず、腕を組んでしばらく考え込んでしまった。
彼女は時折ぐい呑みが空になると酒を注ぎ、そしてまた空になっては酒を注いだ。まったく酔えなくて困っているようにも見えた。
ティエラはネーヴェの食事量とノアの様子を気にしながらも、自分の食事を進めた。
そして、1時間近くが経過した。
時間の経過を見計らい、テーブルにも据えてある旧式の注文用端末の画面に食後のデザートを勧める画像が表示されている。
それは立体画像になっていて、既に絶滅してしまったパンダをモチーフにしたコミカルなキャラクターが、数種類のデザートを代わる代わる美味しそうに食べているものだ。
ノアはそのパンダのキャラクターを、表示が消えるまで見つめてから静かに口を開いた。
「…………わかった乗るヨ、私にも見せて欲しいネ」
「ノア……ありがとう。あなたならそう言ってくれると思ったわ。ネーヴェ、とりあえず概要だけ送ってあげて」
「送信します。ネーヴェは概要のみをノアに開示します」
「まだ焦らすのカ? もう協力するって決めたのにカ?」
「話はこれだけじゃないのよ。ノア」
「もうお腹いっぱい……ていうか飲み過ぎたネ。もう何聞かされても驚かないヨ」
「それはどうかしら……」
「なんでもこいヨ」
「ねぇノア……第9試験棟って知ってる?」
ノアは続くティエラの言葉に大きく目を見開いた。ティエラと付き合いの長い彼女も、空想や都市伝説紛いの話がこうも連続して繰り広げられるとは思っていなかった。
「前言撤回ネ。酔いが冷めたヨ」
一旦手を止めて話の成り行きを眺めたネーヴェは、説得が上手くいきそうだと踏んだのか、再び一心不乱に食事を再開した。
「本当にあるらしいのよ、すごいでしょ? まだ見てはいないんだけど所長が存在を認めたわ。関わる人員も厳選するの、それでね……」
この晩はネーヴェが眠気を訴えるまで話が続いた。ティエラは会計に驚愕し、皆勤賞を貫いていたノアは翌日の仕事に遅刻した。
✡✡✡✡✡✡
『――空想や都市伝説とは解明されるまでの仮称に過ぎない』
科学誌ヴァーハイト、チャールズ・ルシールへのインタビュー記事より抜粋
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