41 / 51
本編
29 国際魔法研究機構襲撃計画 1
しおりを挟む
――此処はIMRO中央棟会議室。そこにはIMRO所長と数名の役員、主任研究者12名、そしてそこに2名の刑事を加えた約20名程が集い、昨日警察に出されたIMROに対する犯行予告についての対策会議が始まっていた。
ティエラは昨晩食べたトンカツ定食の量があまりに多く、開始早々若干の胸焼けに襲われていた。
よって、少々冒頭を聞き逃してしまったが、まず所長が会議の始めの言葉を全員に向けて告げているところだった。
「――以上の事から本日集まってもらった諸君には、意見を出してもらい、そしてこの会議が終わった後、または最中に何か起きるような事があれば、迅速に動いてもらいたい。私からは以上だ」
所長が席に座ると、次いで会議の進行を務める男性役員が立ち上がり発言した。
「犯行予告に関する情報を、本日警察からお越しの刑事コタロウ・ヒラツカ氏からご説明願います」
特に気にしてもいなかった人物だったが、説明を頼まれたヒラツカという刑事が立ち上がると、その身から発する異様な雰囲気に、ティエラを含めた幾人かは少々緊張感を覚えた。
ティエラは周りに聞こえないぐらいの声量で、自然と独り言ちた。
「……こんな事態に呼ばれているのだから当然だけど、只者じゃなさそうね」
薄茶色の整えられた短髪、顔立ちは西洋系だが瞳は黒茶色、大体の目寸で背は180と少し、目立たない程度にシワの入った黒いスーツ、年齢は見た目だけで言えばティエラと同じくらいだろう。
だが、このヒラツカという刑事の特徴で何よりも目を引いたのは、彼が腰に手をあてると共に大きく開かれたジャケットの内側で、ホルスターに収められた2丁の旧式拳銃だ。
その拳銃のグリップには高度な刻印魔法だろうか、不思議な波動を放つ細緻な紋様がある。それは一瞬だったがティエラの目に入った。
と、そこまで考えが及んだ瞬間、ティエラは丁度対面にいたヒラツカと真っ直ぐに目が合った。
ヒラツカは少し目を細め、その口元だけに笑みを浮かべると、はっきりとした口調で話し始めた。
「ご紹介にあずかりました。刑事のコタロウ・ヒラツカです。ヒラツカとお呼びください。よろしくお願いします。そしてこちらが……おい」
「はい、ヒラツカさん」
ヒラツカの隣に座っていたもう1人の刑事が、スッと立ち上がった。
「私はケンイチ・センギョウと申します。以後、お見知りおきを」
センギョウと呼ばれた刑事はヒラツカよりもやや若く見え、混血の進んだ今では珍しい――純日系人なのだろうか、髪、瞳共に黒く、鋭い切れ長の目が特徴的だ。
この男もまたティエラと目が合ったが、特に表情は変えず、そのまま所長と進行役の男性役員の方を向き目配せをした。
センギョウから目配せを受けた2人は、それに頷くことで返し、続きを促した。
「……では、少々照明を暗くしてください。お願いします」
照明が弱められると、センギョウが人差し指に嵌っていた指輪を外し、円形のテーブルの中心に飛ばした。
飛ばされた指輪は空中で停止し、そのうえに立体画像が投影された。
この指輪は恐らく警察が使っている魔器だろう。
指輪から投影された画像には昨日も会った、見覚えのある男が映し出されていた。
そして、ヒラツカが再び話し始めた。
「この画像の男は、通称回向と呼ばれる組織の人間です」
ティエラにはまったく聞き覚えの無い名だが、それはこの場にいるほとんどが同じ様子だった。
しかし、唯一大きな反応を示した者がいた。
「ヒラツカ刑事……それは……回向というのは間違いないのだな?」
「ええ、グラヴィス所長、我々警察の調べでは確実です」
「むぅ……そうか、そうなのか……いや、すまない。続きを頼む」
「はい……あ、それと照明は戻していただいて結構です」
しかし、照明は部分的に戻っただけで元の明るさにはならなかった。
テーブル中央と出入口付近は明るくなったが、それ以外は暗いままだ。
「すみません。少々不具合が起きているようです」
ティエラは咄嗟に返事をした声が男性役員とは違った様な気がしたが、話の続きが気になり、それを些事と思うことにして流した。
「そうですか……まあ、このままでも構いません。正直この組織の名前を聞いてピンと来られた方は少ないでしょう。ですが……」
ヒラツカが続けようとしたが、隣合う者同士で聞き覚えの無い回向という組織について意見を交換したり、或いは独り言を呟きながら考える者の声で少々会議の場は騒がしくなっていた。
するとそんな状態を見兼ねた進行役の男性役員が注意を促した。
「ヒラツカ氏が喋っているのだ。静かにしないか」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
「いえ、しかし……」
少しばかり声を張り、ヒラツカがやや大仰な身振り手振りを交えて続けた。
「優秀な魔法科学者であり、また名のある魔導士である皆さんなら、この名を聞けば黙らざるを得ない……いや、聞けばより大きな騒ぎとなるかも知れませんがね」
ヒラツカの言葉にせきをうったように、さっきまでの騒がしさが静まった。
「……そして、できればあまり方方に言いふらさないことを願います。回向は……回向の指導者と呼ばれる人物の名は、あの暁光計画で有名な、当時の東日本国魔法科学庁長官ヤマト・ユカワ。の息子……タイジ・ユカワです」
その名前を聞いた途端、会議室は先程とは比較にならない程に騒然となった。
「そんなバカな! タイジ・ユカワは死んだのではないのか!?」
「その通りだ! ヤマト・ユカワの息子だと? あり得ないぞ!」
「警察も墜ちたものですな。いくらなんでも……」
「タイジ・ユカワとは眉唾な。都市伝説が警察の情報元ですか?」
――ドタドタドタドタドタドタドタドタ。バタンッ
その時、会議室のドアを乱暴に開け放ち、大慌てで数名の職員が駆け込んできた。
「一体何事だ! 今は対策会議の真っ最中だぞ!」
進行役を務めていた男性役員が、駆け込んで来た者達へ怒声を飛ばした。
「ハァ……ハァ……誠に申し訳ありません……ハァ……しかし、緊急の要件なんです!」
すると所長が席を立ち、駆けつけた職員に問いただした。
「……早速現れたのだな。して、どこにいる?」
「はい、正門に3名の不審者が現れました。そして突然攻撃魔法を行使し、正門ごと吹き飛ばされました!」
会議室はまたもや騒然となった。
「バカな! 結界はどうした!?」
「いくら犯行予告までしてきたテロリストとは言え、正面突破など正気か!? ここはIMROなんだぞ!」
「イヤァァ! 私死にたくない!」
「落ち着け! 護衛士官だっているんだ!」
と、皆口々に不安から来る正直な思いを叫んでいた。
とはいえそうなるのも無理は無い。IMRO襲撃など前例は数える程しか無い上に、そのほとんどは門前払い――失敗しているのだ。
それにまともな神経であれば、IMROに直接武力行使に及ぶ輩など普通はいない。
何故ならば、この施設には世界でも有数の実力者、ランカー達が常時いるからだ。
だが、それでも尚、正面から破ってくるということはそれ相応の実力者、または自殺志願者だけだ。
「センギョウ」
「はい、ヒラツカさん。表は私が引き受けます」
「ああ、頼んだ。あいつの狙いは絶対にこっちだ。待機させていた特務の奴等を呼んで迎撃にあたれ」
「わかりました。では、手筈通りに……」
「刑事さん! ちょっと待ってください! それと皆さんにも、もう1点伝えなければならないことがあります!」
会議室を離れようとしたセンギョウを遮るように、先程報告をした職員が大声で制止した。
その慌て様に対し、恐らく何が起こったのか瞬時に察したセンギョウがヒラツカの方へ振り向いた。
ヒラツカはその職員を見据え、言わんとしていた続きを自ら口に出して説明した。
「なるほど……結界ですね。それと、外部との連絡も取れない……といった状況ですかね?」
「刑事さん! そ、そうなんです! 未知の結界が施設の外周を覆うように張られてしまい、触れたり魔法を使って破ろうとした数名の職員が重傷を負ってしまいました!」
「それは……やられましたね。その方達の手当ては?」
「全員医務室に運ばれました。ですが、遠くからでしたので何とも言えません。途中伝え聞いた怪我の具合からすると恐らく予断は許さない状態です」
「応援は無し……応戦は中の人間だけで……ですか、困りましたね」
会議室にいる者達の騒ぎは増し、一層紛糾した。
そして不安に駆られた者達の声は、責任の所在をテロリスト達から角度を変え、今度は警察の対応に対して向けられた。
「おい! あんたら刑事なんだろ! なんとかしろよ!」
「そうよ! 元はと言えば犯行予告が出ていたのに後手に回ったあんた達の責任なのよ!」
「そうだそうだ! 市民の為に命を張るのはお前達の仕事だろ!」
「なんとかしろ! 税金泥棒め!」
そのあまりに見当違いな罵詈雑言に、センギョウが一番近くで文句を言っている他の試験棟で主任研究者を務める男性職員の胸ぐらを掴んだ。
「……貴様、口が過ぎるぞ」
「ぐっ……おいおい! 刑事ってのはろくでもねぇな! 市民にまで手上げんのかよ!」
「おい、センギョウ。よせ」
ヒラツカはセンギョウを凍りつくような鋭い眼差しで見つめた。
「しかし、ヒラツカさん……」
「いいからやめろ。ここで無益に争っている場合ではない」
センギョウはヒラツカに諭され、男性職員の胸ぐらから手を離した。
「チッ、一発ぐらい殴ってくれりゃあ山ほど慰謝料ふんだくってやったのによ」
「……貴様のその顔、忘れんからな」
「おう、勝手にしろや税金泥棒が」
――ドカン
「いい加減にせんか! 見苦しい!」
会議室にいた全員が音のした方に注目した。
そこには怒りに任せて叩いたテーブルに両手をつき、部分的に明るくなった照明に、まるでスポットライトの様に照らされたその顔を、耳まで真っ赤にして憤慨している所長がいた。
「皆よく聞け、これはIMRO始まって以来未曾有の事態だ。それに加え、ここにいる主任研究者のほとんどがランカーとは言え、大会ではルールありき、命のかかった実戦経験のある者は少ないはずだ。当然、他の役員を始め、職員の皆が不安になる気持ちもわかる。だがな……」
所長はそこで一旦言葉を切り、ハッキリとまでは見えていないであろうこの場にいる1人1人の顔を、だがそれでもゆっくりと見回すように続きを話した。
「……君達はこの世界に名だたるIMROの職員、研究者であり、誰もが憧れる魔導士だろう……? IMROには決して努力したからと言って誰もが勤められるものではない。それだけの才能と、それに伴う苦労が各々あったはずだ……だから頼む。どうかその理性と智慧でもって行動してはくれないだろうか……私はこのIMROの所長として、いや、1人の人間として今の君達の行動は見るに耐えん。ただただ恥ずかしい限りだ」
先程センギョウに食ってかかり、胸ぐらを掴まれた男性職員は下を向き、その他の騒いでいた職員達も己の行動の愚かさを恥じている様子だった。
「あんた……いや、センギョウ刑事、さっきはいい過ぎた。許してくれ」
「……先に手を出したのはこちらだ。刑事としてあるまじき行為だった……忘れることにしよう」
男性職員から謝罪の言葉を受け、センギョウも溜飲が下がった様だった。
「グラヴィス所長、あなたは上に立つ者の鑑だ。警察にもあなたのような御仁ばかりなら良いのですがね」
「ヒラツカ刑事……それは聞かなかったことにしておこう」
「フッ……これはいけません。失言でしたね。そうしていただけるとありがたい」
「……さて、なんのことかな? もう忘れてしまったよ」
「……あなたは本当に面白い方だ」
所長は一瞬見せたヒラツカの、どこか寂し気な表情に、どこか懐かしいものを感じた。
「ふむ……? ヒラツカ刑事、君とはどこかで会ったような……」
この場にいて唯一人、事態を静観していたティエラはふと嫌な予感。否、昨日も経験したことのある嫌な気配に緊張感を覚えた。
――パチッパチッパチッパチッ
「ほう……名演説だな。さすがはIMRO所長……って、ところか」
「む、誰だお前は」
急に割って入った拍手と野太い声に所長が反応した。
「すいませんヒラツカさん……出遅れました」
と、それに続いて悔しげな表情を浮かべたセンギョウが、喉の奥から絞り出す様な声で不覚を口にした。
「過ぎたことはいい。いいからその場を動くなセンギョウ……あの魔粒子量はマズい」
ヒラツカは既にこの後の行動について頭をフル回転させていたが、センギョウを制止するのが関の山という状態だった。
会議室での騒ぎの中心は出入口付近に集中していた。その為、所長の近辺には誰もおらず、一番近くにいるヒラツカでも約3m程の距離が出来ていた。
「丁度いい具合に動いてくれて助かったぜ。作戦通りだ。まあ、少し抜かったな……なあ、刑事さんよ」
不具合が起きていたはずの会議室の照明が不意に戻されると、所長の背後にはセンギョウの指輪から投影されていた件の男が立ち、その機械化された腕に誰が見ても尋常ではないと解るほどの魔粒子を込め、所長の方へと向けていた。
✡✡✡✡✡✡
「――神はいる。この心に……神はいない。この世界に」
科学誌ヴァーハイト、カンジ・セイルデン・バンジョウへのインタビュー記事より抜粋
ティエラは昨晩食べたトンカツ定食の量があまりに多く、開始早々若干の胸焼けに襲われていた。
よって、少々冒頭を聞き逃してしまったが、まず所長が会議の始めの言葉を全員に向けて告げているところだった。
「――以上の事から本日集まってもらった諸君には、意見を出してもらい、そしてこの会議が終わった後、または最中に何か起きるような事があれば、迅速に動いてもらいたい。私からは以上だ」
所長が席に座ると、次いで会議の進行を務める男性役員が立ち上がり発言した。
「犯行予告に関する情報を、本日警察からお越しの刑事コタロウ・ヒラツカ氏からご説明願います」
特に気にしてもいなかった人物だったが、説明を頼まれたヒラツカという刑事が立ち上がると、その身から発する異様な雰囲気に、ティエラを含めた幾人かは少々緊張感を覚えた。
ティエラは周りに聞こえないぐらいの声量で、自然と独り言ちた。
「……こんな事態に呼ばれているのだから当然だけど、只者じゃなさそうね」
薄茶色の整えられた短髪、顔立ちは西洋系だが瞳は黒茶色、大体の目寸で背は180と少し、目立たない程度にシワの入った黒いスーツ、年齢は見た目だけで言えばティエラと同じくらいだろう。
だが、このヒラツカという刑事の特徴で何よりも目を引いたのは、彼が腰に手をあてると共に大きく開かれたジャケットの内側で、ホルスターに収められた2丁の旧式拳銃だ。
その拳銃のグリップには高度な刻印魔法だろうか、不思議な波動を放つ細緻な紋様がある。それは一瞬だったがティエラの目に入った。
と、そこまで考えが及んだ瞬間、ティエラは丁度対面にいたヒラツカと真っ直ぐに目が合った。
ヒラツカは少し目を細め、その口元だけに笑みを浮かべると、はっきりとした口調で話し始めた。
「ご紹介にあずかりました。刑事のコタロウ・ヒラツカです。ヒラツカとお呼びください。よろしくお願いします。そしてこちらが……おい」
「はい、ヒラツカさん」
ヒラツカの隣に座っていたもう1人の刑事が、スッと立ち上がった。
「私はケンイチ・センギョウと申します。以後、お見知りおきを」
センギョウと呼ばれた刑事はヒラツカよりもやや若く見え、混血の進んだ今では珍しい――純日系人なのだろうか、髪、瞳共に黒く、鋭い切れ長の目が特徴的だ。
この男もまたティエラと目が合ったが、特に表情は変えず、そのまま所長と進行役の男性役員の方を向き目配せをした。
センギョウから目配せを受けた2人は、それに頷くことで返し、続きを促した。
「……では、少々照明を暗くしてください。お願いします」
照明が弱められると、センギョウが人差し指に嵌っていた指輪を外し、円形のテーブルの中心に飛ばした。
飛ばされた指輪は空中で停止し、そのうえに立体画像が投影された。
この指輪は恐らく警察が使っている魔器だろう。
指輪から投影された画像には昨日も会った、見覚えのある男が映し出されていた。
そして、ヒラツカが再び話し始めた。
「この画像の男は、通称回向と呼ばれる組織の人間です」
ティエラにはまったく聞き覚えの無い名だが、それはこの場にいるほとんどが同じ様子だった。
しかし、唯一大きな反応を示した者がいた。
「ヒラツカ刑事……それは……回向というのは間違いないのだな?」
「ええ、グラヴィス所長、我々警察の調べでは確実です」
「むぅ……そうか、そうなのか……いや、すまない。続きを頼む」
「はい……あ、それと照明は戻していただいて結構です」
しかし、照明は部分的に戻っただけで元の明るさにはならなかった。
テーブル中央と出入口付近は明るくなったが、それ以外は暗いままだ。
「すみません。少々不具合が起きているようです」
ティエラは咄嗟に返事をした声が男性役員とは違った様な気がしたが、話の続きが気になり、それを些事と思うことにして流した。
「そうですか……まあ、このままでも構いません。正直この組織の名前を聞いてピンと来られた方は少ないでしょう。ですが……」
ヒラツカが続けようとしたが、隣合う者同士で聞き覚えの無い回向という組織について意見を交換したり、或いは独り言を呟きながら考える者の声で少々会議の場は騒がしくなっていた。
するとそんな状態を見兼ねた進行役の男性役員が注意を促した。
「ヒラツカ氏が喋っているのだ。静かにしないか」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
「いえ、しかし……」
少しばかり声を張り、ヒラツカがやや大仰な身振り手振りを交えて続けた。
「優秀な魔法科学者であり、また名のある魔導士である皆さんなら、この名を聞けば黙らざるを得ない……いや、聞けばより大きな騒ぎとなるかも知れませんがね」
ヒラツカの言葉にせきをうったように、さっきまでの騒がしさが静まった。
「……そして、できればあまり方方に言いふらさないことを願います。回向は……回向の指導者と呼ばれる人物の名は、あの暁光計画で有名な、当時の東日本国魔法科学庁長官ヤマト・ユカワ。の息子……タイジ・ユカワです」
その名前を聞いた途端、会議室は先程とは比較にならない程に騒然となった。
「そんなバカな! タイジ・ユカワは死んだのではないのか!?」
「その通りだ! ヤマト・ユカワの息子だと? あり得ないぞ!」
「警察も墜ちたものですな。いくらなんでも……」
「タイジ・ユカワとは眉唾な。都市伝説が警察の情報元ですか?」
――ドタドタドタドタドタドタドタドタ。バタンッ
その時、会議室のドアを乱暴に開け放ち、大慌てで数名の職員が駆け込んできた。
「一体何事だ! 今は対策会議の真っ最中だぞ!」
進行役を務めていた男性役員が、駆け込んで来た者達へ怒声を飛ばした。
「ハァ……ハァ……誠に申し訳ありません……ハァ……しかし、緊急の要件なんです!」
すると所長が席を立ち、駆けつけた職員に問いただした。
「……早速現れたのだな。して、どこにいる?」
「はい、正門に3名の不審者が現れました。そして突然攻撃魔法を行使し、正門ごと吹き飛ばされました!」
会議室はまたもや騒然となった。
「バカな! 結界はどうした!?」
「いくら犯行予告までしてきたテロリストとは言え、正面突破など正気か!? ここはIMROなんだぞ!」
「イヤァァ! 私死にたくない!」
「落ち着け! 護衛士官だっているんだ!」
と、皆口々に不安から来る正直な思いを叫んでいた。
とはいえそうなるのも無理は無い。IMRO襲撃など前例は数える程しか無い上に、そのほとんどは門前払い――失敗しているのだ。
それにまともな神経であれば、IMROに直接武力行使に及ぶ輩など普通はいない。
何故ならば、この施設には世界でも有数の実力者、ランカー達が常時いるからだ。
だが、それでも尚、正面から破ってくるということはそれ相応の実力者、または自殺志願者だけだ。
「センギョウ」
「はい、ヒラツカさん。表は私が引き受けます」
「ああ、頼んだ。あいつの狙いは絶対にこっちだ。待機させていた特務の奴等を呼んで迎撃にあたれ」
「わかりました。では、手筈通りに……」
「刑事さん! ちょっと待ってください! それと皆さんにも、もう1点伝えなければならないことがあります!」
会議室を離れようとしたセンギョウを遮るように、先程報告をした職員が大声で制止した。
その慌て様に対し、恐らく何が起こったのか瞬時に察したセンギョウがヒラツカの方へ振り向いた。
ヒラツカはその職員を見据え、言わんとしていた続きを自ら口に出して説明した。
「なるほど……結界ですね。それと、外部との連絡も取れない……といった状況ですかね?」
「刑事さん! そ、そうなんです! 未知の結界が施設の外周を覆うように張られてしまい、触れたり魔法を使って破ろうとした数名の職員が重傷を負ってしまいました!」
「それは……やられましたね。その方達の手当ては?」
「全員医務室に運ばれました。ですが、遠くからでしたので何とも言えません。途中伝え聞いた怪我の具合からすると恐らく予断は許さない状態です」
「応援は無し……応戦は中の人間だけで……ですか、困りましたね」
会議室にいる者達の騒ぎは増し、一層紛糾した。
そして不安に駆られた者達の声は、責任の所在をテロリスト達から角度を変え、今度は警察の対応に対して向けられた。
「おい! あんたら刑事なんだろ! なんとかしろよ!」
「そうよ! 元はと言えば犯行予告が出ていたのに後手に回ったあんた達の責任なのよ!」
「そうだそうだ! 市民の為に命を張るのはお前達の仕事だろ!」
「なんとかしろ! 税金泥棒め!」
そのあまりに見当違いな罵詈雑言に、センギョウが一番近くで文句を言っている他の試験棟で主任研究者を務める男性職員の胸ぐらを掴んだ。
「……貴様、口が過ぎるぞ」
「ぐっ……おいおい! 刑事ってのはろくでもねぇな! 市民にまで手上げんのかよ!」
「おい、センギョウ。よせ」
ヒラツカはセンギョウを凍りつくような鋭い眼差しで見つめた。
「しかし、ヒラツカさん……」
「いいからやめろ。ここで無益に争っている場合ではない」
センギョウはヒラツカに諭され、男性職員の胸ぐらから手を離した。
「チッ、一発ぐらい殴ってくれりゃあ山ほど慰謝料ふんだくってやったのによ」
「……貴様のその顔、忘れんからな」
「おう、勝手にしろや税金泥棒が」
――ドカン
「いい加減にせんか! 見苦しい!」
会議室にいた全員が音のした方に注目した。
そこには怒りに任せて叩いたテーブルに両手をつき、部分的に明るくなった照明に、まるでスポットライトの様に照らされたその顔を、耳まで真っ赤にして憤慨している所長がいた。
「皆よく聞け、これはIMRO始まって以来未曾有の事態だ。それに加え、ここにいる主任研究者のほとんどがランカーとは言え、大会ではルールありき、命のかかった実戦経験のある者は少ないはずだ。当然、他の役員を始め、職員の皆が不安になる気持ちもわかる。だがな……」
所長はそこで一旦言葉を切り、ハッキリとまでは見えていないであろうこの場にいる1人1人の顔を、だがそれでもゆっくりと見回すように続きを話した。
「……君達はこの世界に名だたるIMROの職員、研究者であり、誰もが憧れる魔導士だろう……? IMROには決して努力したからと言って誰もが勤められるものではない。それだけの才能と、それに伴う苦労が各々あったはずだ……だから頼む。どうかその理性と智慧でもって行動してはくれないだろうか……私はこのIMROの所長として、いや、1人の人間として今の君達の行動は見るに耐えん。ただただ恥ずかしい限りだ」
先程センギョウに食ってかかり、胸ぐらを掴まれた男性職員は下を向き、その他の騒いでいた職員達も己の行動の愚かさを恥じている様子だった。
「あんた……いや、センギョウ刑事、さっきはいい過ぎた。許してくれ」
「……先に手を出したのはこちらだ。刑事としてあるまじき行為だった……忘れることにしよう」
男性職員から謝罪の言葉を受け、センギョウも溜飲が下がった様だった。
「グラヴィス所長、あなたは上に立つ者の鑑だ。警察にもあなたのような御仁ばかりなら良いのですがね」
「ヒラツカ刑事……それは聞かなかったことにしておこう」
「フッ……これはいけません。失言でしたね。そうしていただけるとありがたい」
「……さて、なんのことかな? もう忘れてしまったよ」
「……あなたは本当に面白い方だ」
所長は一瞬見せたヒラツカの、どこか寂し気な表情に、どこか懐かしいものを感じた。
「ふむ……? ヒラツカ刑事、君とはどこかで会ったような……」
この場にいて唯一人、事態を静観していたティエラはふと嫌な予感。否、昨日も経験したことのある嫌な気配に緊張感を覚えた。
――パチッパチッパチッパチッ
「ほう……名演説だな。さすがはIMRO所長……って、ところか」
「む、誰だお前は」
急に割って入った拍手と野太い声に所長が反応した。
「すいませんヒラツカさん……出遅れました」
と、それに続いて悔しげな表情を浮かべたセンギョウが、喉の奥から絞り出す様な声で不覚を口にした。
「過ぎたことはいい。いいからその場を動くなセンギョウ……あの魔粒子量はマズい」
ヒラツカは既にこの後の行動について頭をフル回転させていたが、センギョウを制止するのが関の山という状態だった。
会議室での騒ぎの中心は出入口付近に集中していた。その為、所長の近辺には誰もおらず、一番近くにいるヒラツカでも約3m程の距離が出来ていた。
「丁度いい具合に動いてくれて助かったぜ。作戦通りだ。まあ、少し抜かったな……なあ、刑事さんよ」
不具合が起きていたはずの会議室の照明が不意に戻されると、所長の背後にはセンギョウの指輪から投影されていた件の男が立ち、その機械化された腕に誰が見ても尋常ではないと解るほどの魔粒子を込め、所長の方へと向けていた。
✡✡✡✡✡✡
「――神はいる。この心に……神はいない。この世界に」
科学誌ヴァーハイト、カンジ・セイルデン・バンジョウへのインタビュー記事より抜粋
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
8
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる