神界のティエラ

大志目マサオ

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本編

30 国際魔法研究機構襲撃計画 2

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「――おっと、一歩も動くな」
「一体何が目的だ。答えろ」
「……気が早ぇぜ、所長さんよ。まずは刑事と……そうだな。そこのピンク髪の女、それ以外は全員この場から失せろ」
「誰がお前なんぞの意見を! 痛ぅっ……ぐぅ……は、離せ……」

 所長の背後に立つ男は、向けていた手でそのまま所長の首を掴んだ。
 所長の首からは僅かに煙が立ち、肉が焼けるような音がした。

「きゃああああ!」
「おい! その手を放せ!」

 男の凶行に悲鳴と怒号が飛び交った。

「ちょっと、やめなさいよ!」
「おいおい、叫んだところでどうなる? こちとら冗談で言ってる訳じゃあ無ぇ……あんたならわかるだろ」

 男は自身の行いを制止しようと声をあげるティエラに向けてそう言い放った。

 この男との市街地戦の当事者であるティエラには、その言葉がただのハッタリや脅しの類では無いことがよくわかった。
 
「しゃくだけど仕方ないわね……ここは従いましょう。ヒラツカ刑事、いいかしら?」
「ええ、この状況ではやむを得ません。皆さん、この部屋から出てください。さあ、早く!」
「それでいい……10秒やる」

 男が提示した僅かな時間に、ティエラ、所長、ヒラツカ以外の全員が慌てて会議室から出て行った。

「……舞台は整ったな」
「それで、あなたの目的は何? あと所長を放して、その状態じゃ会話もままならないわ」

 所長は声もあげずに耐えているが、その表情は苦痛に歪み、今にも我慢の限界が訪れそうな様子だ。
 ティエラは沸々とわき上がる攻撃を仕掛けたい衝動を抑え、あくまで平然を装うことに徹した。

「……いいだろう。ただし、お前と刑事はこちらに背を向けて跪ずけ」
「あら、あなた流の降参は両手を挙げるんじゃなかったかしら?」
「ほう……よく覚えてるじゃないか」

 男は不気味な笑みをたたえながら、ティエラのイチャモンにも等しい言葉に答えた。

「……だが、ここはお前達の流儀でやれ。今すぐだ」

 ティエラは危険性をかんがみて躊躇ためらったが、ヒラツカは存外素直に従い、男に背を向けて両手を後ろ手に組み跪いた。

 ヒラツカのその様子を見て、渋々ながらティエラもそれにならった。

 ――ドサッ

 所長は男から開放されると共にその場にうずくまった。

「ぐぬぅ……」
「フッ……叫び出さないとは、根性もなかなかのようだ」
「所長……その、身体は大丈夫ですか」
「な、なにこの程度……し、心配はいらんさ。ティエラ君」
「ですが……」
「おいおい、勝手に口を開くな。お前達は聞かれたことだけに答えろ」

 1分程度とはいえ高温の熱に晒されていたのだ。所長の首には赤く生々しくただれる大きな手型の火傷が出来ていた。

「まずは、そうだな……回りくどいのは好かない。第9試験棟はどこだ」
「そんなものはない!」
「……強い拒絶は肯定してるようなもんだ、ありがとよ。まあ、そうやせ我慢するな。あとは場所だ、どこにある。答えろ」
「だ、誰が貴様なんぞに!」
「おっと、いいのか? さっきも言ったが、俺が容赦する様な奴に見えてるのなら、それは大きな間違いだ」

 男はおもむろに所長の腕を掴み、強く握った。

 所長の腕からはミシミシと骨が軋む音が鳴り、また高温の熱による相乗効果も相まったそのあまりの苦痛に、所長は声にもならない声を出して呻いた。

「ぐぉおぅぅぅああああ!」
「……まったく耳障りだな……よく鳴く豚だ。さ、少しは話す気になったか?」

 平然を装うことに徹していたティエラだが、再び所長に加えられた凶行に対し、呆気なくそれは崩壊した。

「やめなさい、そんなの拷問よ! 所長が死んだらあなたも困るんじゃないの!?」
「黙れ、お前が喋る毎に事態は悪化すると思え」
「……めろ」
「……ん? え……ヒラツカ刑事? 今なんて……」
「……やめろ! もうやめてくださいよジンダイジさん! 何故こんなことをするんですか!」

 ティエラは僅かな時間しか関わっていないが、このヒラツカという刑事の物腰は、常に落ち着いていた様に見えていた。にも関わらずこの変貌振りは一体どうしたというのだろうか、そもジンダイジとは?この男の名前なのだろうか……。

 ティエラは自身の中ではもはや恒例となった謎が謎を呼ぶイベントに、状況の打開を考えつつも、上気した感情を落ち着ける為、成り行きを見守ることにした。

 そして、ジンダイジと呼ばれた男はヒラツカの叫びに対して何か反応を示すでもなく、時が止まったかの様に固まっていた。

「いい加減目を覚ましてください! 回向パリナーマナに……いえ、タイジの夢に希望なんてどこにも無いんです! 今すぐこんなことはやめて、自首してください!」

 しばし固まっていた男は、ハッと気付いたように所長の腕から手を放し、ヒラツカの言にようやく反応した。

「そうか、お前は知っているんだな……昔の俺は確かそんな名前で呼ばれていたらしいな。だが、残念なことにそのジンダイジって奴の記憶は俺の頭の中のどこにもない、今はジョンという名で通っている。そして……」

 ティエラは接した回数は少ないものの、口数の少ない方だと思っていた男が、何故かヒラツカへの返しに興が乗ったように喋り続けているのを不思議に感じた。
 男はどこか虚ろ気な雰囲気を醸し、自分を取り巻く状況を忘れ、まるで自動音声が再生されているかの如く淡々と喋り続けていた。

 すると先程は動転していた様子に見えたヒラツカが、その場で微動だにしないまま、冷静な声色で囁く様にティエラへと話しかけた。

「あの……ティエラさん、でしたよね?」
「……?」
「そのまま……下を向いたまま聞いてください」

 ティエラはヒラツカの言葉に目線で返し、男に悟られないよう黙したまま続きを待った。
 特殊な技法、または魔器デバイスを用いているのか、ヒラツカの声は指向性を持ってティエラの耳に届いているように聞こえた。

「私がジンダイジさんに……いえ、ジョンに攻撃を仕掛けます。ですので、所長さんの安全確保をお願いしてもよろしいでしょうか?」

 ティエラは返答の仕様の無いその提案に困ったが、この状況のままでは恐らく何一つ事態の好転は見込めないことも理解はしていた。
 ヒラツカの話は普通に考えれば如何にティエラが魔導士ザーヴェラーとはいえ、刑事が一民間人に頼むことではない。
 だが、ティエラとてランカーの端くれなどとは言いはばかる程には戦える。
 所長の救出を依頼したのも、もちろんヒラツカが事前にIMROに関する大方の情報を把握しているからこその提案なのだろう。

 よもやこれ以上の思案に時間を割いている猶予は無い、男の話が終わってしまえば逆戻りだ。

 ヒラツカはただ一方通行に話し、この状況ではティエラが明確に返答できる訳ではない、何しろティエラ自身他に策も無いのだ。結局は彼の提示した策に否応なく乗るしかないのだ。

 ティエラはゆっくりと静かに目を閉じ、姿勢を正し、呼吸を整えると共に丹田に力を入れ、いつでも動き出せるよう覚悟を決めた。

「そう……だからいくらお前達が俺に交渉を試みようとも……」
「それでは……いきます」

 ――ズドンッ

 ヒラツカは座った姿勢のまま懐のホルスターにしまってある拳銃に手をかけ、自身のスーツ越しに一発見舞った。
 銃口から放たれた魔法を帯びた弾丸は、男……ジンダイジ……否、ジョンの左肩に命中し、不意の一撃にジョンは少し仰け反った。だが、身体のほとんどを機械化されたジョンには大したダメージでもなく、反射的に所長へと手を伸ばした。
 だが、その瞬間何を思ったのか、ヒラツカはもう一方の拳銃を抜き、構えるかと思いきや、思い切りその拳銃をジョンに投げつけた。
 
「え!?」

 ティエラはさすがに拳銃を投げつけるとは予想していなかったので一瞬困惑したが、投げられた拳銃はジョンにぶつかることはなく、その周囲を縦横無尽に飛び回り、自動でジョンへ向けて引鉄が引かれ続けた。

 ――ズドンッズドンッズドンッズドンッ

「ほう……面白い魔法だ。話を聞き出す為とはいえ、結界を省いたのは失策だったか」

 拳銃から放たれる一発一発は大したダメージにはならずとも、ジョン程の巨体が仰け反る威力だ。
 弾丸に魔法阻害効果でもあるのか、ジョンは結界が発動しないことを少し不審に思いつつも、即座に両手を頭部付近で交差させ、防御姿勢を取っていた。
 ヒラツカは手元に残っていた拳銃を更にジョンへと撃ち込みながらティエラに叫んだ。

「ティエラさん!」
「ええ、光輝の盾ブライトネスシールド!」

 ティエラの生み出した光の結界は、ジョンと所長の間を遮るように展開された。
 ティエラは結界を展開すると共に纏術てんじゅつで身体能力を強化し、高速で所長の元へと駆け寄ると、所長を脇に抱え即座にジョンと大きく距離を取った。

「所長! 大丈夫ですか!?」
「あ、ああ……ティエラ君、このぐらい大丈夫だとも……」

 所長は重度の火傷に骨折を負った状態だ。正直意識を保っているのもやっとだろう。

「ティエラさん、阻害効果は僅かしか保ちません! 所長さんを連れて早くこの場から退避を!」
「ええ、安全な場所まで連れていったらすぐに戻ります!」
「はい、お願いします!」
「安全な場所だと……逃がすと思うか?」

 気が付くとジョンの身体には可視化出来る程に濃密な魔粒子エーテルが湧き出ていた。どうやら阻害効果は切れてしまったようだ。
 それと共にあの市街地戦でも見せたもの、本調子で無かったとはいえノアの最強の一撃にも耐えきった強固な結界を展開し、自身の守りも固めた。

「あれは……ティエラさん! 可能ならより強固な結界を早く! そして出来る限り重ねてください!」
「ええ、あれは……ヤバそうね……光輝の重厚盾ブライトネスカイトシールド!」

 ティエラは自身が扱える最強最硬の結界魔法を多重に発動し、半球体状の光り輝く障壁で所長ごと覆った。
 特に試したことは無いが、1枚1枚は精霊銀壁ミスリルウォールには及ばずとも、重ねた状態ならば匹敵するはずだ。いや、匹敵させなければ命は無い、と願いを込めて展開した。

「それにしてもどうやってあの密度の魔粒子エーテルを……あんなの人間技じゃないわ。まさか体内に増幅器ブースターでも仕込んでるのかしら……って、ヒラツカ刑事、あなたはどうするの!?」
「一か八かですが……やってみます」

 ヒラツカはそう言うと、彼の身体にもまたジョンと同様に可視化出来る程濃密な魔粒子エーテルが湧き出た。

「やってみますって何を!? あなたも早くこっちに! せめて何かしら結界を!」
「……もはや間に合いません。あの密度の魔法が放たれれば被害が建物全域に及んでしまいます。いえ、それで済むかどうか……なので、全力で返します・・・・
「え? 返すって……?」

 ティエラがヒラツカに聞き返し、その方法を伺おうとした瞬間、ジョンは歯をむき出しにし、両手を広げ大声で笑いながら言い放った。

「フハハハハハ! 第9試験棟の存在が判明した時点で成果は十分だ。探すのは組織の得意分野なもんでな……あとは全て消えてもらう! 火天の一撃アグニゴリマー!」

 この時、一瞬会議室内はシンと静まり、まるで世界から音が消えたかの様な感覚を想起させた。

 目を閉じて直立し、握りしめた拳を僅かに腰の横に引いた、まるで武術の基本姿勢の様な体勢を取っていたヒラツカは、その目をハッキリと開き、真っ直ぐにジョンを見据え、おごそかな声色で言った。

「ジンダイジさん……いや、回向パリナーマナのジョン、消えてもらうのはあなたです。魔道流守之型奥義まどうりゅうしゅのかたおうぎ……絶界反射ぜっかいはんしゃ

 2人の様子を障壁の内側から見詰めていたティエラは爆発の瞬間、世界が爆ぜたのかと錯覚した。
  
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